書けば良い。思うままに書けば良い。
寧ろ、名前を書く段階からすでに躊躇っているようであれば、貴兄にはどだい就職活動など向いていない。今すぐこの門を出給え。それから象牙の塔で哲学を学ぶか、そうでなければ精神科にでも行くが良い。どちらにせよ大きな違いは無いと見て良い。
さて、ここまで回りくどい嫌味を聴かされても平気でいられる貴兄は逆に不感症の気がある。今すぐすすきのに向かい、ＳＭクラブに入ってみることを勧めたい。……と思ってgoogle検索で「すすきの ＳＭクラブ」と入力してエンターキーを押してみたが、賢明な貴兄はこのような行為に一万五千円も払いたく無かろう。せいぜいAmazonでムチとロウソクを買う程度にしておき給え。
さて、ムチとロウソクが届くまで北海道であれば三日はかかる。貴兄がエントリーシートを書かねばならぬと本腰を入れてネットサーフィンに明け暮れてからすでに二日経ち、締め切りまではあと二日。今日中に書き終えて郵便局の時間外窓口に向かわねば受理すら危うい。
とにかく、書き給え。かき玉丼？ では無い。書き給え。冗談を言っている場合ではない。
名前がどうしても思い出せないという向きには、一度自分の胸の中をじいっと覗いてみることをお勧めする。自分の胸の中に壁が見えたらめでたく貴兄も安部公房によって生み出された被造物であり、やはり精神病棟へと向かうべきである。
迷うこと勿れ。名前なんて何でも良いのだ。こと就職活動においては貴兄の名前など単なる記号に過ぎない。貴兄かそうで無いかを見極めるためだけに使われるのである。アダルトサイトを利用するときの捨てアドなんかと変わらない。さて、何でも良い、書き給え。
名前：勝新太郎
良くやった。良くやりおおせた。これも貴兄のセンスの賜物である。……のだが、惜しい。実に惜しい。なぜなら「勝新太郎」を書いたことで貴兄には「中村玉緒」を設定する必要性が生じてしまったのだから。勝新を語る時には中村玉緒を外す訳にはいかない。
さて、貴兄に彼女がいるなら彼女に、ＳＮＳで纏わりついてきた頭の悪そうな女性（と思われる）アカウントがいるならそれでも良い、「中村玉緒」と名付けておこう。当人に通知する必要は無い。貴兄が名付けた段階で、貴兄の世界ではもはや彼女は中村玉緒でえございますう……。
まったく、命名という作業は本当に骨が折れる。それが例え他所の素材を適当にサンプリングしてくる作業であったとしても、である。しかし、ともあれこれで貴兄の名前が決まった。早いところエントリーシートの続きを書いて行かなければ、日が暮れてしまう。
次に書くべきは生年月日……と思った貴兄は少し甘い。ふりがな、である。ふりがなも、無意識に記入できるような容易な構造を持っていない。心してかかるべきである。
