ゆめのなかのゆめ
音楽室のおはなし
「あ」
ミチコちゃんが、不機嫌そうな声をあげた。次の瞬間にはもう、ミチコちゃんは小学校の廊下にきていたのだ。恐らく私の言葉のせいで、小学校を思い出してしまったからだろう。
「あーあ、駅楽しかったのに」
ごめんよ。だけれど、私を責めるのは理不尽というものだ。
「りふじんってなあに?」
退屈なことさ。
「ふうん」
小学校の廊下はいつでも薄暗い。校舎の中は、シーンと静まり返っている。子供たちの笑い声も聞こえない。もうここには、誰もいないのだ。
「音楽室!」
ミチコちゃんは自分の思いつきに、ぱっと顔を輝かせて、薄暗い階段を一目散に駆け上り始める。
ミチコちゃんは音楽室が大好きだ。色々な音の出る楽器、埃っぽい準備室。それだけがぴかぴかに磨かれているグランドピアノ。
音楽室の引き戸のドアをガラガラとあけると、すぐさまミチコちゃんはグランドピアノの前に陣取って、一生懸命力をこめてふたを開け、まだ幼い指で鍵盤を叩く。
「ド、ドレミー」
口で発している音と叩いている音が明らかに違うのだが。
「ちがくないよ、これがド! 」
それはラ。
「これがドなの! 」
はいはい。
一通り遊び終わると、今度は木琴、次はアコーディオンというように、ミチコちゃんは飛んでまわる。まるで花畑を飛ぶミツバチのように。
と、そこへ近づいてくる足音が聞こえた。誰かがやってきたようだ。ミチコちゃんは急いで掃除用具入れの中に隠れる。想定外の出来事に私も慌てる。だが私は隠れる必要がない。
足音の主は、誰かを探しているようだ。誰かといえば、ここにはミチコちゃんしかいない。
私は心臓を鷲掴みにされたようになった。早すぎる。ミチコちゃんが見つかったら一巻の終わりである。
男はまず、グランドピアノの下を見た。次に、楽譜の入った戸棚の中を、その陰を。そして、教室中を一度ぐるりと見回した後、不機嫌そうな顔で掃除用具入れに手をかけた。
バタンッ
男が掃除用具入れを開けたとき、ミチコちゃんはそこにはいなかった。そして私ももう、誰もいない学校の音楽室には、いなかったのだ。