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学者が助走をつけて殴るレベルの「古事記」
第六章「天孫降臨編-そして伝説へ…」-その2

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 サルタヒコの先導あって、ニニギとアメノウズメは、道に迷う事なく楽々と出雲への道を進んで行く事が出来ました。そして、その道中で、サルタヒコの様々な事がわかりました。
 サルタヒコは、天上世界の神様ではありませんでした。出雲の神様です。出雲に産まれ、出雲で育った神様でした。
「その出雲の神様のアンタが、何であんな所で座り込んでたのよ」
「別に、天之八衢に行こうと思って行ったわけじゃねぇよ。旅が好きで、あちこちに旅してる道中、あそこに辿り着いただけだ」
「はた迷惑な奴ねぇ……。あまりご両親に心配かけるんじゃないわよ」
「両親なんかいねぇよ」
 サルタヒコが、何の事でもないと言わんばかりにそう言いました。
「いねぇっつうか、いるかもしれねぇけど、俺の記憶にはない。産まれた時から一人だったからな」
「……ごめん」
「別にいいよ。そんな神なんざ、珍しくないだろ? お前には、親がいるのか?」
「『お前』って言うな。……そりゃ、私だっていないけどさ」
「それ見ろ」と言って、サルタヒコは笑いました。確かに、親がいない神様は珍しくありません。厳密には、いるのかもしれないけれども、それを知らない神様は、いくらでもいます。
「ねぇ、サル」
「サルタヒコだ。略すんじゃねぇ。……何だよ?」
「家族って、どんな感じなのかな?」
 アメノウズメの質問に、サルタヒコは顎をつまんで考え込みます。それは、今まで考えた事もなかった事でした。
 アメノウズメは、イザナギからアマテラスが産まれた事を知っています。そのアマテラスも、息子に恵まれ、孫にも恵まれました。その孫こそが、今、自分が護衛しているニニギなのです。
「アマテラス様は、子である三兄弟様を大層可愛がっておられた。それに、孫であるニニギ様も。……家族って、そんなに可愛いものなのかな? 大事なものなのかな?」
「そりゃあ……自分の体の一部から産まれるんだから、可愛いんじゃねぇの?」
 はたと、サルタヒコが思いついたように。
「そんなに気になるなら、お前も結婚して子供産めばいいじゃねぇか」
「誰とよ?」
「そんなの知るかよ。そこまで面倒見ないといかんのか、俺は」
 簡単に結婚とは言いますが、そんなに簡単なものじゃ……まぁ、前例を見れば簡単なのかもしれませんが、アメノウズメはそれをしようとは思いませんでした。
 何せ自分は、例の件で、大多数の神様に裸体を見られています。あの時はノリと勢いで快諾したものの、今となっては後悔していました。あの一件以来、「アメノウズメは脱ぎ癖がある」と天上世界の神様に噂され、男神一同からはドン引きされていたのです。
 それのせいかどうかは知りませんが、結局アメノウズメは、今もこうして独身貴族を貫いています。とはいえ、アメノウズメ本人も、そもそも自分が結婚などとは考えもしていませんでした。そういうものです。
「まっ、出雲にイイ男神でもいれば、考えてやってもいいわね」
「さようか。まぁ、頑張んな」
 そんな会話をしながら、三人は道中を進んで行きます。
(……僕、ハブられてる?)
 ニニギは、そんな二人の会話に混ざる事も出来ずに、黙って二人の後をついて行きます。アマテラスの孫の人かわいそう。

「……ここを通るの?」
 ニニギが、目の前に広がる断崖絶壁を見上げて、恐る恐るとサルタヒコに問います。
 天高くそびえる断崖からは、時折、ゴロゴロと大岩が降って来る事もありました。ここを通るというのだから、ぞっとしない話です。
「最初はこんなんじゃなかったんだけどな。何か、ヤクザみてぇなのが派手に暴れながら通って行ったせいで、こんな事になっちまった」
「……タケミカヅチ様……何をやっているんですか……」
 頭を抱えながらも、アメノウズメは覚悟を決めます。自分は、ニニギの護衛の身です。何かあれば、真っ先に自分が立ち回らなければいけません。
 ほどなくして、ニニギも覚悟を決め、三人はいよいよ断崖を渡ります。頭上からは何かが崩れるような音が聞こえ、そしてその度に頭に小石が降って来るものだから、生きた心地がしませんでした。
 ふと、ニニギの頭上に、大きく暗い影が差しました。その正体を確認しようと、アメノウズメが頭上を見上げました。そして、目を剥きます。
「ニニギ様、危ない!」
 突然、アメノウズメは、ニニギを突き飛ばしました。何事かとニニギがアメノウズメを振り返った時、その顔色は、困惑の色を残したまま、さっと青ざめます。
 何と、突如、大きなおおきな岩が降って来たのです。その岩に、アメノウズメが押し潰されてしまいました。アメノウズメが突き飛ばしてくれなかったら、この大岩に押し潰されていたのはニニギだったのです。
「アメノウズメちゃん!」
「慌てんなよ、ニニギの旦那。女なら無事だ」
 背後からサルタヒコの声が聞こえ、ニニギが振り向きます。
 そこには、何が起こったかが理解出来てないアメノウズメを抱きかかえたサルタヒコが立っていました。
「……えっ? 何? ちょっとサル、どうなってんのよ?」
「お前がニニギの旦那を突き飛ばした後、俺がお前を抱きかかえて避難した」
 何でもないようにサルタヒコはそう言いましたが、全ては一瞬でした。それが事実だとしたら、サルタヒコは、アマテラスの孫であり相応の力を持ち合わせているニニギの目にすら止まらぬ速度で動いた事になります。
「大丈夫か?」
「……う、うん……その……ありがと……」
 思いの外、サルタヒコの顔が近くにあり、それに気付いたアメノウズメは顔を真っ赤にして背けます。
「……その、下ろして欲しいんだけど……」
「駄目。お前、足痛めたぞ」
 サルタヒコにそう指摘されるのと、突然足に激痛が走ったのは、ほぼ同時でした。
「ニニギの旦那を突き飛ばした時、足を捻ってた。しばらくはまともに歩けねぇよ」
 そう言って、サルタヒコが、ニニギに向き直ります。
「そういう事だ、ニニギの旦那。悪いが、引き返すぞ。この女が先に進むのは、もう無理だ」
「う、うん。そうだね。残念だけど、アメノウズメちゃんは、もう無理かな……」
「それはいけません、ニニギ様!」
 ニニギとサルタヒコの決定に、アメノウズメが喰ってかかりました。
「私は、ニニギ様の護衛の命を受けた身です! その私の為に道を引き返す事になれば、私は恥さらしになってしまいます!」
「……お前、話聞いてなかったのか? 馬鹿なのか? その脚じゃ無理だっつってんだろうが」
「勝手に決めないで! 無理かどうかなんて、やって見なきゃわからないじゃないのよ!」
 そうは言いつつも、アメノウズメの足は、只事ではないほどドス黒く膨れています。誰がどう見ても、歩く事はおろか、立つ事もままならない事は明白です。そしてそれは、本人が一番よくわかっていました。
 だからと言って、ここで引き下がるアメノウズメではありません。その根性と度胸があったからこそ、アメノウズメは、今回の命を賜ったのです。皮肉な話でした。
「大丈夫よ、サル。私に何かあっても、心配したり悲しんだりする両親も家族もいないから。だから、少しくらい無茶しても……」
「……お前、マジで馬鹿なのな。いい馬鹿だと思ったが、悪い馬鹿でもあった。馬鹿、ば~か」
「この……! ぶん殴ってやる! 降ろしなさいよ!」
「言葉もわからんほど馬鹿なのか。駄目だっつったろうが」
 サルタヒコが、アメノウズメを抱えたまま、ニニギに振り返りました。
「……っつーわけだ、ニニギの旦那。このまま進むぞ。コイツは俺が運ぶ」
「あっ、えっ? ……あっ、うん……」
 ニニギは生返事を返しましたが、サルタヒコはニニギの返事を待つ前に歩き出していました。
「ちょ、ちょっと……!」
「何だよ、さっきから? 行くのか行かないのかハッキリしろ。歩くのは却下。立つのも却下」
「ふ、ふざけんな! 降ろせ! 降-ろーせー!」
 結局、成り行きに任せるままに、三人は出雲への旅を続ける事になります。結局その日、アメノウズメは、サルタヒコの腕の中で、ずっとギャーギャー言ってました。

       

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