Neetel Inside ニートノベル
表紙

旅人伝 ナルゲンの魔法研究
闘争~シンセイの国

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「へぇ~、あんたみたいなのが研究家ねぇ」
ごく一般的な、酒場で二人の男が話し込んでいた。周りには他の客はいない。片方はこの店の主人であろう。蝶ネクタイとチョビヒゲが印象に残る、紳士風の男だ。もう片方は、長旅をしているのであろう、みすぼらしいぼろぼろのマント、長く履き続けたのであろう茶色の皮のブーツ。腰には戦士が使うような剣と、短剣がぶら下がっている。足元には小さめの背のうがおいてある。
マスターは続ける。
「でも、あんたも大変だな。一人で各地を回ってまだよくわかってないものの研究をして」
「仕方ないさ、そもそも俺の考えでは魔法は天気に影響される。なら、他の地域でバンバン魔法を使って、その違いを記録しなくちゃいけない」
「でも一人じゃ厳しいだろ?最近は盗賊だけじゃなくて魔物も襲ってくる。お前に研究を任せたおっさんがついていくか、護衛をつけたりしてもよかったんじゃないか?」
「仕方ないさ、あんたの言うおっさんは足を怪我しててとても旅には出れない。あと町長をやめさせてもらえないだろうし、それに娘さんが寝込んでいるんだ。とてもじゃないが無理!」
ケラケラ笑いながら旅人は続ける。
「護衛も考えたけど、金がもったいないから却下、なんだかんだ魔法で追い払えるからな。それに……」
「それに?」
「俺、人望ないんだよ」
「……すまんな」
マスターは申し訳ないことを聞いたと心底後悔した。それもそうだ、飲む、打つ、買うは当たり前、研究費はほぼ全てそれにつぎ込み、ネマリの国から遠くはないこのまちに着くまえにはほとんど使いきる。そんな男に人望なんて……
「いいんだ、後悔はしてない、これが俺の生き方さ」
その台詞は別の人間が使うべきである。とマスターは思った。

「でも、本当にあんたは魔法を使うことができるのか?」
「お!疑ってるね?」
なぜか男は嬉しそうだ。
「マスターはうんがいいな!目の前で魔法が見れるなんて」そういうと、男は背のうから薪を数本取り出す。
「ではわたくし、ナルゲンが魔法の実用性を目の前で実演したいと思います」と演技っぽくはじめだした。
「まず、火を起こすには多大な労力が必要になります。しかし魔法が使えれば……」
そういうと、ナルゲンは薪に手をかざし、「はっ!」と気合いを入れると同時に薪が燃え上がる。
「うわ!本当に燃えた!」
マスターは興奮する。しかし、薪が少ないのか、火が強すぎたのか、どんどん火の勢いが弱まっていく。
「あ~あ、火が弱まっていく!簡単に火をつけられても、薪がなければ意味ないじゃん。そう思ったあなた!大丈夫です」
何が大丈夫なのか?マスターは思う。怪訝な表情を浮かべるマスターとは対象にナルゲンはまたもケラケラ笑いながら人差し指をくるくる回しながら火に指差す。
「実は、魔法で起こす火は薪を必要としないんです!」
そういうと、さっきまで弱まっていた火が今まで以上に燃え上がる。
「もちろん強弱の変化も可能!」
そういうと、人差し指の回転を弱めれば、火は弱まり、激しく回すと、それに反応して激しく燃え上がる。
「消化も簡単!」
手を「ぱん!」と叩くと火は消える。
「ね?すごいでしょ!でも、森や、油の近くではこれをやんないでくださいね。燃え移った火は自力では消せないんで。ということで、魔法の実演講習をわたくし、ナルゲンがお送りしました。」
「……マジか」
「マジだよ」
ナルゲンはヘラヘラ笑っている。対照的にマスターは未だに信じられないようだった。
「まぁ、今まで人間は魔法を使えなかったからな。身近ではないよな」
そういうと、ナルゲンは帰りの仕度を始める。
「マスター、会計はいくら?」
ナルゲンは財布を取り出す。
「……いや、会計はいい。今日は貴重なものを見せてもらった」
「なら、遠慮なく」
ナルゲンは店を出ていった。

人間が魔法を使うことができるかもしれない。最初聞いたときは内心バカにしていた。いろんな研究家がこの店を訪れては、誇らしげに自らの研究の成果を語っていくが、それすらも馬鹿馬鹿しかった。彼に、ナルゲンに会うまでは。
時代は動くのであろう、いい方にも、悪い方にも。マスターはナルゲンが帰ったあとも興奮していた。

     

ここはシンセイの国、シャーケイ。トキマの国と比べ晴れの日が多いのが特徴である。
シンセイの国は、西側に人間が、大陸最大の河川、ナガエ川を挟んで東側に魚人が多く住み、魔人は東西の地域に人間、魚人と共に暮らしている。
「さあよってくアル、見ていくアル、今しか買えないものがアルヨ!」市場では多くの商人がひしめきあっているが、通り行く人々は一人の魔人に注目してしまう。顔は人そのものだが、肌は紫色で一目で人間ではないことがわかり、独特の訛りに甲高い声、体は山のように大きく、とてもではないが喧嘩を売ればただでは返してもらえなくなるであろう。しかし顔立ちはふくよかで人が良さそうであり、頭にはターバンを巻いている。
「すいません、通ります」ナルゲンは人ごみをかき分けて、商品の前に出た。売っているものは様々で、この地域では珍しいバナナやパインなどの果実、高価な宝石が埋め込まれているネックレスや指輪などの装飾品。誰が書いたのかわからない詩集や研究書、剣や槍、盾といった装備品など、様々なものが置いてあった。その中から、魔法の研究書をひとつとっては開き、読んで戻す。またひとつとっては読んでまた戻す。
「いい本は見つかったアルか?」主人の一言にはっとなってナルゲンは周りを見渡す。さっきまでは自分の真上にあったはずの太陽はすでに傾き初め、商店を囲んでいた群衆は姿を消していた。
「あの……すんません」夢中になっていたとはいえ、さすがに申し訳なかった。置いてあった本は七冊、うちの四冊はかなり古いものであったため軽く読み流し、二冊は最近のものであったため気になるところだけを読み、一冊はちょうど今読み初めたところだった。
ナルゲンの謝罪に対し、主人は笑顔で「いいアル、気にすることないヨ」と返した。
主人は続ける。
「気になるならこの本売るヨ。値段は十ケイン。どうある?」
「十ケインですか……」本としては高すぎるというのがナルゲンの本音であった。
ちなみに十ケインがあれば、一週間、贅沢をしなければ三食の飯には困らない。関係ないが女であれば15ケインで買える。
悩んでいると主人はこうきりだした
「お金困ってるならいい考えアルヨ、ちょっと体張るケド」
「いや、それは……」体を張る仕事……何をされるかわかったもんじゃない。
「大丈夫、変な仕事じゃないヨ。ただ、しばらくの間護衛してもらいたいだけダヨ」
「あぁ、そういうことですか」

店の主人はヒーヘンという名前で、聞くところによると、東にある人魚の集落、トン村へ商売をするつもりだったらしいが、その途中にある道で、魚人に襲われ、護衛と少しの食糧を失いながら このシャーケイの町に戻ってきたらしい。
「とりあえず、トン村で商売をして、こっちに戻ってくるまでが俺の仕事ですね」
「そうある、引き受けてくれるアルか?」
「まぁ、給料がいいんでやりますよ」
「なら、契約成立アル」
このときの条件は契約金五十ケイン、任務達成でさらに五十ケインの合計百ケインプラスアルファ。職業無職、肩書研究家のナルゲンが断る理由はなかった。
「なら、早速装備を整えて出発アル」
こうして、二人は東へ向かって出発するのであった。

     

「おお、いい感じアルネ!」
     新しい装備に身を包んだナルゲンを見てヒーヘンは感嘆の声をあげる。
     要所要所を守るように作られたレザーアーマー、新調したばかりの皮ブーツに皮の手袋。肘と膝には鉄のプロテクターが身に付けられている。
     ナルゲンはその場で跳躍、肘膝を曲げて体がしっかり動くか確認する。
「ヒーヘンさん、こいつはすげぇや」
「当たり前アル、ワタシが持ってた防具のなかで一番いいやつ、アナタにあげた」
      素材は動物の皮ではなく、強力な魔物の皮から作ったものらしい。値段にしてセットで50ケイン。とてもではないがナルゲンでは手を出せない品物であった。
「では、行くアル!」
       荷物を積み込んだ馬車にヒーヘン、ナルゲンが乗り込む。馬車の運転手はヒーヘン。ナルゲンは積み荷と一緒に揺られることになる。
「アイヤ」というヒーヘンの掛け声と共に馬車は走り出した。
 
       シャーケイを出てからしばらくすると、向かい側から歩道を邪魔しない配慮のためか、縦二列に大勢の人間が歩いてくる。ほとんどのものが同じ鎧を着けていることからこの国の兵隊であろう。先頭には甲冑鎧を見にまとい、赤い馬に乗る男が見える。ヒーヘンは馬車を止め、ナルゲンに声をかける。
「降りるアル!将軍様がお見栄になられたアルよ」
      ヒーヘンに言われナルゲンは外に降りる。するとヒーヘンはその場に膝まずき、ナルゲンにも同じようにするように小声で指示をする。
    馬が地面を蹴る音、鎧の音が近づいてくる。
「おお!貴公はヒーヘン殿ではないか!」
      男の声がする。ナルゲンは声の方向に顔を向ける。そこにいたのは、先ほど馬に乗っていた将軍様である。馬に乗っているのと、甲冑を着ているせいか、かなり大きく見える。馬に降りたとしても、ヒーヘンと同じくらいあるのではないかと思ってしまう。顔立ちは三十代くらいであろうか、顔立ちは険しく所々に傷がある。髭だけでなく、髪も綺麗に剃られていた。しかし、ヒーヘンをみるその目は優しかった。
      尚もヒーヘンは膝まずき、頭を垂れている。
「アイヤ!この間は恩にきたアル。シャーケイで商売できたこと、全部将軍様のおかげ、そして初めてあったときの無礼、本当に申し訳なかったアル」
ヒーヘンは声を張って感謝の言葉を将軍に言った。将軍は笑いながら「いいんだ、いいんだ」と返した。
「ヒーヘン殿、体を上げてください。あなたがシャーケイに来てくれたことで私たち人間が持っていた魔人に対する偏見、それを払拭してくれた。それにあなたが私に売ってくれたこの鎧に馬、本当に気に入っている」
将軍が着ている鎧と赤い馬はヒーヘンが仕入れたものらしい。将軍は続ける。
「それに、頭が高いといかりだしたのは我が家臣。私は一切気にしていない。それに、もしあなたが今立ち上がったとしても今なら問題はない。なぁ、ヨンギ?」今将軍に名前を呼ばれた男は渋そうな顔をしている。ヒーヘンは頭をあげたものの、膝まずいたままである。
「して、またトン村に行くのであるか?」将軍はヒーヘンに問う。
「そうアル。ワタシ、トン村に行って商売スル。そのために人をまた雇った、今度こそトン村にツク」
「そうか、なら気を付けろよ。そうだ、ついでにこれをトン村の村長に渡してくれ。読んでくれるかどうかはわからないがな。では、私はシャーケイに戻るとする。全軍前へ進め!」
号令と共に将軍達はシャーケイに歩いていった。


あとからヒーヘンに聞いた話によると、将軍の名前はヨンプといい、シンセイの国の、国民的英雄らしい。何でも、先の戦争では、絶望的な戦局でありながら、一騎当千の働きで味方の部隊を救出、反撃のきっかけをつくったり、敵の将軍を何人も討ち取ってきたらしい。
    「将軍様はいい人アル。ワタシ達、魔人にも優しい。シャーケイでのんびり仕事できるの、将軍様のおかげ」
と、何回も言っていたのが印象に残った。
 
  さらに道を進んでいくと海……ではなく、湖が見えてきた。あまりに広いため、初めてここを訪れた物は海と勘違いするらしい。ナルゲンもその一人だった。
「ハハハ、仕方ないアル」と笑うヒーヘン。
「でもここから気を引き締めてほしいアル。ここでワタシの友達、殺された」
その瞬間、湖から五つの影が飛び出した。
「ナルゲン、仕事アル」
ナルゲンは積み荷から降り、先ほどの影の正体を確かめる。そこには三人の魚人と二匹のカエル型の魔物が道を塞いでいた。
ヒーヘンの方を見る、ヒーヘンは鋭い視線で道を塞ぐものたちを見ていた。
一対五、状況は厳しいかもしれない。

     

「おう、止まれやにいちゃん達」
  魚人の一人が声を荒らげる。
  ナルゲンは相手を観察する。普通魚人は、見た目は人間そのものである。しかし、今声を荒らげた魚人は上半身こそこそそうであったが、下半身は魚のそれ、顔は鯉であった。後ろの二人はまさに人間そのものであったがちょっと違う。
肌は鱗のようなもの……いや、鱗であろう。それに被われている。一人は男でもう一人は女。人間であるナルゲンが見ても。鯉男とは対照的に、彼らの容姿は良いものだった。
彼ら二人を守るようにカエルの魔物がそれぞれに付き添っている。男の方には毒々しい赤と黒の斑模様を持つカエル。女の方には緑色をしたカエル。
「今ある荷物を全部おいていくんや。そうすれば命までは奪わへん」
鯉男はヒーヘンとは違う訛りでナルゲン達を脅す。
「お前らに渡す物はないヨ」
ヒーヘンが反論すると、魚人の男女はクスクス笑い出す。
「そういって大切なお友だちをこの子達の餌にしたのは誰かしら?」
「まだ懲りてないなんて信じられないよ」
「ん?何の話や?」
鯉男は頭に?が浮かんだような顔をしている。一方に女魚人のいう『この子達』はぴょんぴょん跳ねている。
ナルゲンは左手のみで剣を構えた。今はこの状況を切り抜ける事。それがナルゲンの意思であった。

「にいちゃん、ええ度胸やんけ!」
かかれ!という鯉男の号令と共にカエル達が襲いかかる。
   ナルゲンはカエル達は魔法を使う必要な相手ではないと判断する。
「みどりの!これでも喰らえ」そういうと、右手でみどり色のカエルにナイフを投げる。運悪く腹部をかすったのみで……否、カエルにとっては運悪くかすってしまったというのが正解だった。ナルゲンに勢いよく飛び付いた筈の緑色のカエルは突然失速。その後は地面についたと思えば泡を吹いて仰向けに倒れた。
「一匹なら大したことない!」口を開きながら飛び付くカエルの喉に剣を一突き、しばらく足でもがいたかと思えばそのまま動かなくなった。それもそうだ、剣は喉から入り背中を貫いている。虫でもない限りは、または運がよくない限り絶命は避けられない。ナルゲンは剣を一振りし、カエルの亡骸を湖と回りの人間から遠ざけるように捨てた。カエルが貫かれた場所には血溜まりができており、ナルゲンの剣にもどっぺりと、それがついていた。
「兄ちゃんやるやんけ!次はワイの出番じゃ!」
「いや、やめておけ。あんたしにたくないだろ?」
「は?何いうてんや?」
「なら、 実験の時間だ」
ナルゲンはまだ息のある緑色のカエルに、剣に付いた血を、一滴垂らす。
その瞬間、カエルはこの世のものとは思えない断末魔をあげ苦しそうに体をじたばたさせるものの、その数秒後には息絶えた。
「……アカン」鯉男は恐ろしさで震え上がっている。
「ちなみに後ろの二人はもう逃げたよ。どうする?それでも戦う?」
鯉男はどこから出したのかわからない白旗を振っている。

「とにかくワイは何も知らへん。あの二人にちょっとだけそそのかされただけや」
先ほどの鯉男、魔物であり、種族マーマンのモーガンは必死に弁解した。
モーガンの言い分はこうだ。たまたま賭けに負けてむしゃくしゃしているところに先ほどの魚人、男の方の名前はカノー、女はローズ。その二人に「ここで通せん棒をしていれば商人が通る、そうすれば今回負けた分は取り返せるはず」と言われたらしい。
「腕には自信があったんやが、いやぁ、あんさんも強いのぉ」
どうやら反省はしていないらしい。
ナルゲンはヒーヘンに問う。
「ヒーヘンさん。こいつをどうしますか?」しかしここで意外な答えが返ってくる。
「雇うアル」 
「え?」信じられなかった。下手をすれば殺されていた相手に対しての処置ではなかった。
「たぶん、アル。この先も危険いっぱい。ナルゲンだけ、心細いのが本音」
「だったらシャーケイで人を集めれば……」
「ダメ、シャーケイにワタシ守れる人いない感がいってる」
「感ですか……」直感で魔法を使えるようになったナルゲンはこれ以上何も言わなかった。これも一種の魔法なのであろう。
「じゃあワイは……」
「採用アル。でもまだ給料出せない、働きぶりで判断するアル」
「……まぁ、ええか」
一行にまた仲間が加わった。魔人に魔物に人間のパーティー。
「そうだ、ヒーヘンさん。瓶と予備の手袋ってありますか?」
「アルよ。」
ヒーヘンはナルゲンに瓶を数個と皮の手袋ニセットを渡した。
「助かります。さっきの赤カエルの血は猛毒です。しかし、それゆえに武器に使えるんで」
「何でそんなことしってるんや?」
「たまたま発見したんだよ。自分の体で。おかげで人からもらった鎧がお釈迦になったよ」
「へぇ、大変やったんやな」
モーガンは他人事である。
「とりあえずモーガン、カエルの血を集めるの手伝ってくれよ」
「え?嘘やろ?」
しかし、ナルゲンの目はマジだった。

       

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Neetsha