Neetel Inside ニートノベル
表紙

テイルズ・オブ・オレガカク
01.居眠りザンク

見開き   最大化      


「……起きて……」
「……う~ん」
「起きて……ザンク……」
「……う~」
「……起きろって言ってんのよ、この眠り魔!」
「うぼぁっ!?」

 俺はぶっ飛ばされてベッドから転げ落ちた。何が何だかわからない。朝だということは、窓の外に広がる青空でわかる。
 ここは、宿屋だっけ……?
 俺は頭を振りながら起き上った。
 ベッドの側に腕を組んで立って、旅装の少女が俺を見下ろしていた。

「やっとお目覚め? もう虎の刻なんですけど」
「……アージィ、おまえ、ぶつのはやめてって言ってんじゃん」
「ぶたなきゃ起きないでしょーが」

 アージィはため息をついた。
 この少女は今、俺と一緒に旅をしている。
 そして、俺が旅している理由は……

「ザンク、あんた、また眠りが深くなってない?」
「そうかもしれねぇな」

 俺はぶたれた顎を嵌め直しながら答えた。
 そう。
 俺は眠り病なのだ。俺がこのフォルスティア大陸をアテもなく旅しているのも、それが原因だったりする。
 それは突然、発症した。コモルの村でのんびりと平凡な村人として生まれ、いずれ実家の宿屋を継いで、どっちかというとそちらが本業の羊飼いになろうと思っていた俺ことザンク・ビスカリオは、ある時パッタリ眠り込むようになってしまった。働いていてもパッタリ、遊んでいてもパッタリ。これじゃどーにもならんと長老に相談に行ったら、

「旅に出ろ、ザンク。正直、呪われてるとしか思えん」

 と、あっさり見捨てられてしまった。家族も「仕方ないね」みたいな感じで俺の荷造りをしてくれたはいいものの、俺をバックパック一つで村から追い出した。目的はもちろん眠り病の快癒だ。それから俺の孤独な旅が始まった……
 まあ、俺にはどうも剣の才能があったみたいで、眠りこけながらも、なんとか近場の都市へとたどり着いた。そこで涙ながらに「仲間ください」と酒場に駆け込み、出会ったのが今俺をぶったアージィ・ゼルライドである。職業は精獣信仰者(スピライター)。簡単に言っちゃうと、魔法を使いながら魔法の元である精霊と仲良くなって世界の理とか知っていこうねって感じだ。詳しいことは俺にもようわからん。

「……アージィ」

 ぴょこん、とベッドの反対側から、亜麻色の髪の少女がおでこを出した。

「あまり、ザンクをいじめちゃダメ……」
「いじめてない。これはザンクのためを思ってやってることなの」
「なら、いい」

 幼女ちょれぇー。
 俺を擁護する気配だけ見せて丸め込まれた亜麻色の髪の少女が、トコトコとベッドを回り込んで来て姿を現した。この少女が、俺のもう一人の仲間だ。
 名前はカルナルカ・コードユーペア。いつもまだ膨らみかけの胸に一冊の分厚い古書を抱いている少女。ただの文学少女と侮るなかれ、この少女は手持ちの魔導書から古代魔法を繰り出して、町一個くらいなら朝飯食べればぶっ飛ばせるくらいの大魔導師なのだ。俺がアージィと出会って、眠り病のことを告白し、そんなものはピンチになれば自然と目が覚めるとかワケわからんスパルタ理論で魔物が跋扈する洞窟に一人でぶち込まれた時に、そこで出会った。盗賊たちに襲われていたカルナは、倒そうと思えば盗賊どもを撃退できたのだが、人を殺すのを躊躇って、いけない遊びをされそうになっていた。それを見て、眠気がバッチリ覚めた俺が我流で覚えた剣技で華麗にカルナを助け、なんか流れでそのまま仲間になった。

「……ザンク、おなかすいた。お金ちょうだい」
「うんうん、最近、飯代だけはいくらタカっても許されるって思ってるよな、カルナ?」

 カルナは、記憶を失っていて、それを探すために旅をしているらしい。いつも胸元に抱えている本は、唯一の記憶の手がかりで、そこには原始の雷魔に関する記述が書いてあるそうな。なんかヤバそうな少女っちゃ少女だが、前衛剣士として不具同然のこの俺のフォローをすると言ってくれた少女を、俺は見捨てる気になれない。
 そんなわけで、
 俺、アージィ、カルナの三人組は、基本的にはアージィのワンマン運転でこの広大なフォルスティア大陸を旅しているのであった。
 ちなみに、俺は自伝を書いていて、それを行く先々の雑貨屋に売りつけるのだが、結構好評だったりする。

 ○

「で、アージィ。この町にいる精獣とのおしゃべりは終わったのか?」
「うん、終わったよ」

 宿屋一階の食堂で、朝食の後のコーヒータイムを楽しんでいる時のことだった。
 アージィの職業である精獣信仰者というのは、各地を旅して現地にいる精獣と接し、その力や理を学ばせてもらうことを目的とした冒険者のこと。冒険というより修行に近いようで、アージィはいつも地図と睨めっこしながら、次にどの精獣と会おうかと試行錯誤している。俺の眠り病は各地で治し方を聞いて回るしかないし、カルナの記憶にいたっては手がかりがほぼゼロ。なので冒険のコンパスはすべてアージィに委ねられている。

「この土地は賢狼伝説の通りに、いい精狼がいたよ。いろいろと面白い話も聞けたし」
「へぇ、どんな?」
「三百年前の黒騎士ゾッドル・ノーンライファがなぜ時の皇帝に反逆したのかとか」
「難しい話は分からん。おいカルナ、俺のコーヒーに塩を入れるのはやめろ」
「なぜ?」

 なぜって何やねん。とにかくやめろや。甘党になんてことするんだ。
 俺はカルナを脇の下から抱っこして、テーブルの下に下ろした。

「黒騎士は死ぬ間際に『雷魔にそそのかされた』って言いながらギロチンにかけられたんだって」
「雷魔? ……ってことは、カルナの魔導書の……」
「うん、その本に書いてある雷魔の中の一柱が、関わっていたのかもしれない……だからこれから、黒騎士ゾッドルの城址に行ってみようと思うんだけど」
「城址ってなに?」

 テーブルに小さな顎を乗せたカルナがつぶらな瞳で尋ねた。アージィはその亜麻色の頭をわしゃわしゃと撫でた。

「んーん、カルナは知らなくていいんだよ」
「いやなんでやねん。教えてやれよ。あのなカルナ、城址ってのは昔のお城の跡地のことだ」
「ふーん。お城にはなにか面白いものがある?」
「ふっふっふ、お化けとか出ちゃうかもしれないぞ~」

 俺は普通にテーブルの下で幼女にスネをおもっくそ蹴られた。幼女は俺を冷たく見上げた。

「練り込みが甘い」
「いまそのダメ出し必要かな? いってぇーちょっと擦り剥けたんだけど」
「ちょっと汚いなあ、食事の席でズボンまくりあげないでよ」
「俺の衛生観念がピンチなんだよ」
「イナカモノのくせに」
「大自然の精霊に愛されながら育つことが出来たって言ってくれ」

 俺がスネに傷薬を塗っている間に、アージィが給仕の女の子をとっ捕まえた。

「ねえ、ここから黒騎士の城址へ行くにはどの道が近い? 地図じゃよくわかんなくって」
「そうですねぇ」赤いリボンで黒髪をまとめた給仕は考え込んだ。
「いくつか行き方はありますけど、最短ならジッド街道から丘を越えていくのが早いと思います。それ以外だと、一度、ノルスタット街道へ出て、城址の後ろから回り込むことになるかな。ほかはガイドがいないと旅行者には面倒な裏道ばかりです」
「オッケーありがと。……今夜どう?」

 給仕の手を握って微笑むアージィ。べつにソッチの気はないらしいが、女の子を口説き落とすことが楽しいらしく、よく修羅場っている。いろんな意味で魔女だ。
 俺たちは三日ほど世話になった宿屋を後にして、ジッド街道へ出ることにした。

 ○

 くらっと来た。睡魔だ。俺は声を出すのもしんどくなって、街道の真ん中で呻き声を出した。アージィがすぐに気づいて、俺の腕を掴んだ。

「大丈夫? 休憩しようか」
「頼む……」
「ザンク……」

 カルナが心配そうに俺を見上げてくる。俺は力強く出来たかどうかはわからないが、微笑んで、カルナの髪を撫でた。そして木陰へいって、倒れ込んだ。

「うう……眠い……」
「今日はここで夜営ね。カルナ、あたし結界を張ってくるから、ここでザンク見ててくれる?」
「承知」
「あんまり甘やかさないでね」
「まかせろ」

 俺は誓う。今度いつか必ず、この少女の口調を矯正しようと。どっからこんな外連味たっぷりのセリフを覚えて来るんだ? たまにアージィと演劇を見に行っているが、そこだろうか。
 そんなことを考えながら、俺は幼女に膝枕されるという羞恥プレイを小鳥に晒しつつ、眠りに落ちていった……

 ○

 俺は夢を見た。コモル村にいたときのことだ。
 まともに働けなくなって、自宅で寝たきりみたいになっていた俺に、村長がやってきて俺に言った。

「眠い眠いって、そりゃみんな眠いよ、ザンク。お前だけじゃない」

 俺は村長に無理やり連れだされ、根性入れろときつい大工仕事や、動物狩りをやらされた。嫌いじゃないし、目さえ覚めていれば出来るのだが、絶え間ない睡魔に襲われていては、まともに何かが出来るはずもない。俺は高所から転落したり、寝ぼけて音を立てて鹿に逃げられたりした。村長はため息をついて俺を見た。

「せっかく俺が仕事をくれてやったのに、出来ないのか。お前みたいな怠け者は見たことがない」
「え……?」

 俺はもう、眠すぎて村長が何を言っているのか、まったく心に沁み込んで来なかった。チッと村長が舌打ちをして、

「……なんで俺の村にこんなのが生まれてきたんだ。なんか俺、悪いことしたかな……」

 すぐには響かなかったその言葉を、
 今でも俺は、夢に見る……

 ○

「……はっ」

 俺は目を覚ました。ずぶ濡れになったように身体が重い。いま、何時だろう。烏の刻あたりか? 三匹間くらい眠った感じがする……夕暮れだ……
 俺は愛剣を探して、寝ぼけ眼で周囲をまさぐった。何もない……いや、あった。剣の柄を握り締める。仲間が見つかるまで、俺はずっと独りぼっちだった。眠っている時に襲われたらそれまでだったから、剣を抱き締めて寝た。だから、今ではもう剣に触れていないと心のどこかが落ち着かない……
 その時、悲鳴がした。

「……アージィっ!?」

 俺はよろめきながら立ち上がった。寝起きで目が完全には開かない。おまけに悪い酒でも飲んだように気分が悪かった。くそっ。俺はこんな事態だというのに、小走り程度のおっとり刀で駆け出した。これで仲間に何かあったら腹かっさばいて死のう。
 アージィは森の中にいた。何か大きな、クマのような魔物と対峙している。

「アージィ!」
「ザンク!」
「カルナは!?」
「そっち!」

 見ると、カルナは魔導書を抱えて、犬小屋ほどもある大きな鳥に追いかけられていた。俺は鞘から剣を抜き放って、魔鳥を一刀両断した。

「悪い、寝てた」
「知ってる」

 だろうな。膝枕してくれてたし。

「……アージィを助ける」
「ああ」

 アージィは魔熊と戦闘していた。

「……結成せよ、光の子、喜びの歌、聖なる誇りっ! 《賢狼イグルガム》!!」

 アージィは小型のナイフを逆手に持って、虚空に召喚紋章を刻み込んだ。その軌跡が光輝を放ち魔法陣となり、そこから風と霧と魔から作られた賢狼の分身(ゴースト)が出現した。魔熊に襲い掛かり、噛みつき、後ろ足で飛び蹴りをかまして仮初のご主人の元へと回帰する。
 だが、魔熊は軽く怯んだ程度でダメージをさほど受けた様子はない。

「くっ……」

 精霊信仰者は、心優しい者が多い。心優しいということは、戦闘に向いていないということ。だからアージィは、誰よりも精獣を研究し、愛し、調査しているにも関わらず、戦闘力がかなり低い。小技は多いが、ああいう魔熊のようなタフネス一辺倒で押し潰そうとしてくるパワーモンスターを相手にすると、手も足も出ない。
 そこで俺の出番というわけだ。

「《双撃衝》っ!!」

 俺は名も無き愛剣から烈風波を二連続で放った。魔熊が分厚い脂肪に傷を受け、真っ黒な血を流した。

「アージィ、お前はそのへんをうろついてる魔鳥を倒してくれ。俺はコイツを引き受ける!」
「でも……」
「カルナのガードは、お前の方が上手い」
「……。わかった」

 アージィは悔しそうな顔をしながら、後方に下がった。俺はその後ろ姿を見ながら思う。戦闘に向いてないなんて、本当は、いいことのはずなのに……
 俺は複雑な思いで、剣を構え直しながら、魔熊と向き合った。
 改めてみても、デカイ。
 小型の宿屋くらいの大きさはある。俺はにやっと笑った。

「へっ……試し斬りし甲斐がありそうだ。研ぎ直したばかりの剣の切れ味、確かめさせてもらうぜっ!」
「グオォォォォォォッ!!」

 魔熊が鉤爪で俺に襲い掛かって来た。俺はバックステップでそれを回避したが、風圧だけでレザーアーマーが軽く裂けた。まともに直撃を喰らったら精獣の仲間入りだ。

「だが……俺の方が強いっ!!」

 根拠は、無いっ!!
 俺は姿勢を低くして突撃、魔熊の立ち足を狙って、

「《臥旋陣》っ!!」

 水平斬りを見舞った。剣は魔熊の骨に当たって跳ね返されたが、ダメージは通った。魔熊がたまらずよろけたところを、俺は剛毛にサンダルを埋め込みながら駆け上がる。ジャンプして前回転しながら、剣先を怯んだ魔熊の首筋に叩き下ろした。

「《墜翔斬》っ!!」

 分厚い脂肪に剣がめり込むっ!
 が、やはり弾き返されてしまった。バランスを崩した俺は、むしろ投げ飛ばされたかのように無様に地面に着地した。

「くそっ! 駄目か……」

 チラっとアージィを見る。アージィとのコンビネーションで精獣の力を剣に宿して攻撃できれば、俺の剣でも魔熊を倒すことも出来るかもしれないが、いまアージィは詠唱中のカルナを守るために魔鳥相手に防戦中だ。こちらに意識を向けさせたらあっという間に食い殺されるだろう。
 カルナの魔法が完成するまで、俺が一人でコイツを食い止めなければ……
 いつもは胸に抱いている魔導書を開き、わずかにいつも帯電しているそれを、絶縁手袋(ボルトカットグローブ)に包まれた両手で抱えながら、カルナは瞑目し、囁き続ける。

「……其は悠久の騎士、蒼穹に駆ける金鎖、其は変わらぬ力……」

 仲間の詠唱を聞きながら、俺は吼えた。

「おおおおっ!! 来いクソバケモノ! 俺がきっちり殺してやる!」
「グァァァァァッ!!」

 突進してくる魔熊に、俺は剣を突き立てなかった。
 地面に剣先を突き立て、それを思い切り振り抜くっ!

「《劣閃攻》っ!!」

 要するに、砂を巻き上げた目潰しだ。ゆえに《劣閃攻》……褒められた技ではない。
 が、割にこれが魔熊を怯ませた。目に砂が入った魔熊は、その尖った爪で顔に触れ、自らの器官を傷つけてしまったのだ。苦悶と怨嗟の声が夕暮れの森に響き渡る。俺はその隙に、巨木の一つの前に立った。あとで薪にするから許してくれっ!

「おおおおおおっ!! 《真眼衝》っ!!」

 俺は鞘に納めた剣から、居合抜きで巨木を切り倒した。ごっ……と、ゆっくり巨木が倒れ込み、魔熊の背に落ちた。ばさばさと木の葉が舞い散った。

「グアアアアアアアアアッ!?」
「よし、さらに……うぐっ!?」

 俺はその場に跪いた。なんてこった。こんな土壇場で睡魔に襲われるとは……急速に脳裏から鮮明さが消えていく。現実感が喪失し、何もかもがどうでもよくなる。生きるか死ぬかの瀬戸際で、生命のことに興味が無くなる……

「ち、畜生っ……あとちょっとだったってのに……」

 だが、もう充分だったらしい。
 ドカッと何者かに体当たりされた。見るとアージィが、俺を抱きかかえて木陰へ逃げ込むところだった。

「アージィ……?」
「ヤっちゃって、カルナっ!!」

 その叫びに応じるように、詠唱の結びが森間に木霊した。

「……褒めよ湛えよ我を見よ、顕現せしは原始への憤怒……悔い改めろっ、《イグナキルド・ガイアボルト》っ!!」

 無数の雷撃が森に落ちた。俺はアージィに抱きすくめられ、目を守られ、そして睡魔に意識を持っていかれた。おそらくそこで死んでいても何も気づかなかっただろう。
 俺が起きた時、森はもう、そこには残っていなかった。ただ、Vサインをする幼女が立っているばかり。
 これが俺と共に旅する記憶喪失の天才魔導師・カルナルカ・コードユーペアの膨大な力のほんの一端である。

 ……いや、自伝用に話を盛ってるわけじゃないよ? ほんとほんと。

       

表紙

顎男 [website] 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

Tweet

Neetsha