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表紙

生贄の旅
プロットナンバー04.『依頼』 筆者:滝杉こげお

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プロットナンバー4.『依頼』

目的の村が立地するのは、かつてより『不死の森』と呼ばれ、亡者が徘徊
すると噂される広大な森の近くであった。不死の森には『不可視木』と呼
ばれる一定方向から見れば無色透明な樹木や、『魔花不死木』と呼ばれる
幻覚作用を持つ花粉を飛ばす樹木が群生しており、森に踏み入ったものを
惑わすといわれている。言葉を解する魔剣『エアルド』は不死の森を前に
ある種の違和感を覚えていた。
『ジャスバル』
「ああ、ボクも感じる」
 エアルドが言葉を言い終わる前に素早く、それでいて周りに聞こえぬ小
声でそう返事をしたエアルドの所有者であるジャスバルは、エアルドをそ
の背から引き抜くとゆっくりと先を行く仲間たちの後に続いていく……


**

「それはないんじゃないか、ミレイ?」
「ええい、うるさい!!」

時刻は午前5時15分。窓の外はいまだ黒一色であり、明るい部屋の中から
の視線を遮る。こんな時刻だというのに隣室の迷惑を考えないのであろう
か、とエアルドはその体を壁に預け人間でいう眠っている状態へ入ろうと
していた。無生物である彼に睡眠はいらない。だが、思考速度を徐々に落
としていき、何もない闇に包まれる感覚。それこそ彼にとっての睡眠であ
り、隣人が耳元でがなり立てるこういった心的負荷の高い状態を乗り切る
のには、一番の手段であった。
けれども、彼のその逃避手段も長くは持続しない。

―コンッ

『いい加減にやめんか!!』
「うわっ」
 王国より派遣され旅を共にする騎士のミレイ。彼女とジャスバルのけん
かを止めようと、隣室から駆け付けた巫女のディリシア。彼女が投げつけ
た、軍事用鉄アレーがエアルドに命中し、キレたエアルドの怒号がジャス
バルを襲ったのであった。

「なんだいきなり」
「いや、なんでもない」
 けんか相手の突然の奇声に虚を突かれたミレイはジャスバルの身を案じ
声をかけるが、当のジャスバルはエアルドの方をきょとんと見つめ、生返
事を返すのみ。エアルドの声はジャスバル以外には聞こえないのである。
「それで、何をそんなに言い争っていたんですか?」
 ディリシアは、軍事用鉄アレーを投げけんかを仲裁できたことにほっと
したのか、安堵の笑みを浮かべながらその輝かしい両の瞳でふたりを見つ
める。
「別に言い争っていたわけではないんだ。ミレイに王国から命令書が届い
たって言うんだけど、その内容を見せてくれないんだ」
「当り前だろう。これは私に届いた命令書だ。なぜ、貴様ごとき軟弱男子
にこの血よりも大切な命令書を見せねばならんのだ」
「だって僕ら、一緒に旅をする仲間だろう? 私的な内容ならいざ知らず
王国からの命令書っていうのならボクらにも関係あることなんじゃないの
か」
「王国からの命令書だからこそだ。王は我が剣をささげた先。よって命令
書に書かれた内容は、どんな言葉よりも重い。それをやすやすと人に見せ
られるわけが……」
「どうしても、ダメ?」
 ミレイ、ジャスバルの言い争いの中に突如入ってきたディリシア。本人
はまったく狙っていないのであろうが、完璧な角度の上目使いによりミレ
イを見つめる。
「ディリシアの頼みなら、仕方がないな……だが、ジャスバルは絶対見て
はならんぞ」
「なんでだよ!!」
「いいよ、ジャスバルには私が読んであげるから」
「いや……そういう問題じゃなくてだな」
 反論を試みるジャスバルであったがエアルドから『しつこい男は嫌われ
るぞ』と脳内に語りかけられ、仕方なく押し黙るのであった。
 
 命令書を熟読するディリシア。彼女の横でジャスバルはふてくされた顔
をして椅子に座り足を揺らしていた。
「!! 大変。王女様が行方不明みたいだわ」
 ディリシアが突如声を上げる。それに反応してジャスバルが立ち上がる。
「はあ? 王女様って、あの美人でおしとやかで人民からの人望も厚い、あ
の第一王女様か!?」
「いや、その人じゃなくて」
「じゃあ、冷酷で独善的だけど、知的で美人だから人民からの人気も高い、
あの第二王女様か!?」
「そうでもなくて」
「てことは、粗暴で野蛮なのに加え、顔面がキュビズム見たいと人民から
ネタにされているあの第三王zy」
「無礼者おおおおおお!!!!!!!」
 ジャスバルの顔面にミレイの強烈な膝が飛ぶ。
「その発言は一国の王女様である前に、一人の女性に対するものとして失
礼すぎるだろ!! それに第三王女様は粗暴で、野蛮で、顔が面白いだけだ!!」
「……なんでボク蹴られたんだ?」
『そういう役回りだからだろうな』
 妙に同情的なエアルドの言葉に、痛む顔を押さえながら涙するジャスバ
ルであった。


**

「ここがその王女様が訪れていたっていう村なんだな?」
「ええ。ここが『サンノヴァン』、別名『蘇りの村』」
 サンノヴァン――悔恨の滝や温泉、ママナール古代遺跡など多数の観光
資源に加え、『不死の森』探索に向かう冒険家たちが訪れるため観光産業
が盛んな村。特に温泉は不死の森に群生する樹木、不可視木の樹液が地下
水へと溶け出しており、入ったものは透き通るような美肌になるという効
能が歌われている。そのため特に女性の間では大人気で、遠方から月に何
度も通ってくるという客も珍しくないのだとか。
「ここの温泉目当てで女王様もいらしていたみたいですね……」
「けど、このありさまはどういうことなのでしょう」
 漂う腐臭。温泉独特のにおいとはまた別な、死のにおいが辺りに立ち込
めていた。その匂いは街の奥に行けばいくほど強くなっていく。辺りには
人影がなく、静かである。ジャスバルは本能的にこれまでにないほど強烈
な危険を感じ取っていた。それは他の者も同じようで四人の間には張りつ
めた空気が流れている。
「エアルド」
 二人に聞こえない声でジャスバルが話しかける。
『これは、間違いない。生と死をつかさどるアーティファクト「ダグダ」、
それがこの村に存在している。気を付けろ、ダグダに触れた生者は死に
死者はダグダの持ち主の傀儡としてよみがえる』
 いつになくエアルドの声からは焦りの色が読み取れる。エアルドの話、
それを聞いたジャスバルは最悪の事態を想定し、ミレイの方を見やる。
「なんだ、私の顔に何かついているか?」
「いや、なんでもない」
 最悪の事態、起こらないに越したことはないがもしものときは……ジャ
スバルはひそかに心に誓う。


**

『近いぞ』
「ああ。……二人とも聞いてくれ」
 エアルドの警告を聞いたジャスバルは、ディリシア、ミレイに声をかけ
る。辺りに立ち込める腐臭はさらに強まり、心なしか空気も淀んで見える。
すでにここは村の中心、エアルドの言う『ダグダの持ち主』がいつあらわ
れてきても、不思議ではない状況であった。自然とこわばるジャスバルの
顔を見て改めて気を引き締めるミレイと、空気に耐え兼ねまごつきだすデ
ィリシア。対称的なふたりを前にジャスバルは口を開く。

「どうやらこの状況はアーティファクト使いにより引き起こされたものら
しい。そして『ダグダ』。これがその使い手の持つアーティファクトの名
前だ」
「『ダグダ』……確か、生と死をつかさどる棍棒、と聞いたことがありま
す」
「その持ち主が今この村に存在しているというのか……にわかに信じられ
ん話だな」

 アーティファクトと言えば、古代の英知の結晶である。ほとんどの物は
国の宝物庫の中に管理されており、それ以外の物でも所有者は国に登録が
義務付けられていて、事件となる案件はほとんど起こったことはない。

「そもそも、どうしてそのことをお前が知っているんだ?」
 ミレイはジャスバルに問いかける。エアルドのことを言ってしまえば、
アーティファクト所有にかかる税を支払う能力のないジャスバルは、エア
ルドを手放さざるをえなくなってしまう。それだけは避けなければ。そう
考えたうえで、けれどもほかに説明しようがないことにも気づき、
「なんとなくだ」
 と、誤魔化しにもならない言葉を発する。これではさっきの言葉に説得
力などなくなってしまうが仕方がない。ジャスバルは目線を落とす。

「……まあ、いい。とにかく重要なのは王女様の安否、そしてこのような
状況を引き起こした奴の目的だろう」
「この状況からこの村の住人達が殺されたことは明らかだ。王女もそれに
巻き込まれたと考えるのが自然だろうな」
「そんな……」
 誰しも予感はしていただろう。けれども言葉にすることで、村人たちの、
そして王女の死という事実は明確に意識せざるをえなくなる。穢れから極
力離されてきたディリシアはもちろん、猟師として生活していたジャスバ
ルも、騎士として生きてきたミレイもこのような巨大な死を前にするのは
初めての経験であった。ゆえに自然と空気は重くなる。けれども、騎士と
しての自負からか、ミレイによってこの沈黙は破られる。
「とにかく、王女の安否を確認するまでは止まるわけにはいかない。また、
王国の騎士としてこのような暴虐許しておけるはずがない。私は、進むぞ」
 決意の目、握り込む拳。その姿を見たジャスバルの胸に熱いものがこみ
あげてくる。
「なら僕も一緒だ」
「私も、行きます」
 ふたりの決意、それが本物であることは、今までの旅でミレイとて分か
っている。けれども……

「今回ばかりはあなた方の力を借りることはできない。二人はここで待っ
ていてください。ここから先は私一人で行きます」
「何言ってんだよ、ミレイ!!」
「そうだよ、私たち仲間じゃない」
 一瞬の沈黙、ミレイが口を開く。
「ディリシア、あなたには巫女としての大切な役目が、世界を救済すると
いう責任があるはずです」
「えっ」
「ジャスバル、あなたはこの旅に何のために同行しているのですか?」
「それは、ディリシアを守るため」
「だったら。あなたも危険に身をさらすべきではないはずです。目的を見
失わないでください。私の代わりに彼女を守ってください」
「だけど」
「私なら大丈夫です。相手が死霊使いであるならば距離を取り遠距離から
術者を狙えば倒せるはずです。それに、騎士は私だけではありません。
もしものときは王国に頼り、新しい騎士を派遣してもらってください」
「そんな、ミレイさん」
 ミレイは背を向ける。ジャスバルは立ち去ろうとする彼女に駆け寄るが、
―ダンッ
 ミレイの、女性の物とは思えない強い力で突き飛ばされるジャスバル。
ディリシアはすぐに倒れるジャスバルに駆け寄る。

「はっきり言います。ついてこられるのは迷惑です。おとなしくここにい
てください」
 そう言い残しミレイはその場から駆け出して行く。後に残されて二人は
掛ける言葉を見つけられずその場にしばらく固まっていた。




**


「や、やめっ、たす」
―ドゴッ
 飛び散る鮮血。殴打された女性の目からは光が消える。
「あと、何人ですかねえ、生き残りは」
―ピチャッ
 血だまりを踏みしめる靴音。袖の先からも返り血がしたたり落ちる。け
れどもそんなことは気にする様子もなく男は棍棒を肩に担いだ。

「棍棒……無粋な武器ですよねえ。力任せにぶんなぐるだけ。ですが、そ
れがいい!! インパクトの際の腕を這うしびれるような衝撃、飛び散る血。
そして蘇ったときのグロテスクさ、これだけはゆずれない。より感動的に、
より刺激的に、見たものには恐怖を、絶望を!!」
 高らかに叫び、自己陶酔。彼は完全にダグダに魅入られているようであ
った。



「ここからなら、狙える」
 精神を研ぎ澄ませろ。チャンスは一度きり、失敗は許されない。ミレイ
は男の背後、ちょうど建物により男の目から視覚になる位置にひそみ、静
かに最大の隙ができる瞬間を待っていた。頬に汗が伝い、けれども大脳は
極限まで冷静に。銃口の先に男の心臓をとらえた。息を止めると同時に引
き金を引く。当然、弾丸なんて視認できる物でもないけれど、その前、発
射されるまでの一瞬が数分に感じられるほど長く引き伸ばされる。

『光陰の矢(アワー・アロー)』

 弾倉に込められた弾丸は、時の精霊の加護が宿った精霊石。効果は射出
時、一瞬だけ周りの時を止めるというもの。絶対不可避の弾丸、それがダ
グダの所有者を打ち抜く。弾丸が穿った穴から間をおいて血が噴き出す。
男は、ダグダを取り落とすと静かに崩れ落ちた。
「ふぅ」
 一息つくミレイであったが、まだ油断はできない。相手が死霊使いであ
る以上、どこに奴の手ごまが隠れているとも限らないし、ましてや所有者
が蘇らないという保証もない。ミレイは周りに警戒しつつ慎重に倒れた男
に近づいていく。遠目から見てもこの出血量、普通なら絶命しているだろ
う。一歩近づくごとに、銃を持つ手に力が入る。
「ミレイ?」
 左! ミレイはとっさに銃口を向ける。声に反応した彼女であったがその
目がとらえたのは、
「ダイサン様!?」 
 髪は乱れ、着ているドレスも泥だらけであるが、その姿は間違いなく第
三王女のダイサンの姿であった。

**

 とにかく安全な場所へ。ミレイは王女をつれ、ジャスバル達に合流しよ
うと、来た道を戻っていた。
「ダイサン様、よくぞご無事で」
「王宮騎士団の兵たちが護ってくださったのです。けれども、そのせいで
彼らは……」
 いつもは奔放で王女にあるまじき振る舞いばかりのダイサンであったが、
今回ばかりは涙を流さずにはいられない様子。ミレイは王女の肩にそっと
手を置く
「お気を落とさずに、ダイサン様。王女には私がついていますよ。それに、
この先には私とともに旅をしている仲間も待機しています。兵の犠牲は誠
に残念ではありますが、彼らも王女の命をつないだとあれば本望でしょう。
彼らの犠牲を無駄にしないためにもあなたは生き延びねばなりません」
「……ありがとう、ミレイ」
 王女と言えど、体力にだけは自身があるダイサン。二人はすでに数百メ
ートルほどの距離をかけ続けていた。背後にダグダの気配はなく、辺りに
響くのは彼女らの駆ける足音のみ。けれどもなぜかここで足を止めるミレ
イ。彼女の挙動を認めたダイサンもその足を止める。
「どうされたのですか、ミレイ」
「ダイサン様。この道をまっすぐ行けば先ほど申し上げた私の仲間が待機
している場所に出ます。ですので先に行ってください。どうやら忘れ物を
してしまったみたいで」
「何を言って」
「いいから早く、お願いします」



『みーつけたーーーーーーーーー』



 一目見て分かる、彼は死んでいる。首から上はなく、全身は血で染まり、
筋は弛緩し、けれどもダグダを握る手だけはしっかりと閉じられている。
これが、不死の力。その姿を認め、体をこわばらせたダイサンの前にミレ
イが立つ。
『長年かかった、宿主見つけた、それ殺した罪、体で払ってもらう』
 首から上がないにもかかわらずどこかから聞こえる声。その不気味さが
さらに二人の思考を縛る。私が守らなければ!! ミレイはダイサンを押し
やると銃口をダグダに合わせる。持ち主の方はもはや屍。ダグダにより
操られている状態だと考えるのが自然。ならばそれを止めるにはダグダ
の破壊しかない。『光陰の矢(アワー・アロー)』まったく無駄のない動
きから放たれたミレイの銃弾。それがダグダへと襲い掛かる。

『即興傀儡(インスタント・スタントマン)』

 ミレイとダグダ。その間に突如人影が躍り出た。
―ズサッ
 肉を切り裂く弾丸の音。穿ったのは死体の肉。『光陰の矢(アワー・ア
ロー)』、不可避の弾丸が破られる。

『アーティファクトに精霊の力は無効、私には効かない』
『怪鳥の翼風(ウイング・ウインド)』

 装填、射出。間髪入れず次弾を放ったミレイ。風の加護を受け、推進力
が増した最速の弾丸。けれども、

『屍使累々(パペット・パニック)』

 立ちはだかる死体の山。一体どこからこれだけの量が? そんな疑問を
考える間もなくすでにうず高く積まれた死体の山から死体がミレイ達めが
け降り注ぐ。

『君は速い、でももう届かない』
 回避行動をとるミレイだったが、振り返った先に捉えたのは当然ダイサ
ンの姿。このままでは彼女に……ミレイはもう一度振り返り、降り注ぐ死
体めがけ銃口を向けた。




**


「ジャスバル……」
「何だよディリシア」
 ミレイの帰りを待つ二人は、今は廃墟となった建物の片隅で並んで座っ
ていた。
「やっぱり、ミレイ「だから心配するなって、あいつなら大丈夫だって」
 ミレイの身を案じるディリシアはじっとしているのが落ち着かないのか
さっきからせわしなく手や足を動かしている。一方ジャスバルは静かにそ
の場に坐し、頑として動かない。けれどもそのジャスバルも心の中ではミ
レイのみを案じ静かに震えていたのである。
『主よ、動揺が私まで伝わってきているぞ』
「……」
 ジャスバルの頭にエアルドの声が響く。
『相手はアーティファクトだ。それにミレイは銃使い、銃は人への殺傷能
力は高いが、物質の破壊にはむかない。精霊の加護で威力が上がっている
としても相性が悪すぎる。このままでは奴は、死ぬぞ』
「それでも!!」
 突如の大声に体を縮こませるディリシア。
「ああ、ごめんよディリシア」
 あわててジャスバルはディリシアに謝る。けれども、ディリシアの目か
らは一筋の涙が。
「ふぁ!? ええー。ちょっと、これぐらいで泣かないでくれよ」
「違うの!! そうじゃなくて……力に慣れない私が、ジャスバルの足かせに
なってる私の存在が、悲しいの」
「何を言ってるんだ」
「だって、そうじゃない。ミレイには銃が、ジャスバルには剣がある。け
れど私は戦いになったら何もできない、ただ回復やサポートをするだけ。
しかも今は私のせいで、ミレイを危険にさらしている、ジャスバルを悩
ませている……お願いよ、ジャスバル。私がいなければ強引にでもミレイ
についていったんでしょう? だったら戦いましょうよ。三人で、一緒に、
戦わなくちゃ。だって、仲間でしょ!!」
ディリシアの悲痛な叫び。彼女を守ることが自分の役割、そう信じるジャ
スバルの心が揺らぐ。
『守られるものの心、今まで感じなかったわけではないだろう。確かにこ
の旅の目的を考えればここで危険を冒すことは得策とは言えない。けれど、
それでいいのか? 私は非生物故、完全には人の心を理解できない。が、そ
れでも今回の場合、二人の心が負の方向に動くことぐらいわかる。ディリ
シアが、そしてお前自身がミレイを助けたいと望んでいる。ならば、向か
うべきではないのか? そうすることが、ディリシアの、そしてひいてはお
前自身の心を守ることにつながるのだから』
 ディリシアの言葉、エアルドの言葉、そして自身の思いが頭をめぐる。
そうだ、ボクはディリシアを守るために旅に出たんだ。ここでミレイが倒
れたらディリシアを傷つけることになる……いや、それだけじゃない。
もう、ミレイは立派な親友だ。そんな彼女が一人で傷つくのをボクの心は
我慢できるのか? 無視できるのか? そんなことできるわけがない!!
「行くよ、ディリシア。ミレイのところに」
「ジャスバル、ありがとう」
 二人は言葉が終わらぬうちに、すでに友の下へ向けて走り出していたの
だった。

**

『逃げ惑え女どもよ、死には誰もあらがえない』
 ダグダの操る数百の屍たち。ミレイは銃を撃ち続けるが、個々の一部を
吹き飛ばすのみ。動きを止めるに至らず徐々に追い詰められていく。
「くそ、死者に体力の概念はないのか」
 飛び跳ねたり、這いつくばったり、転がったり。思い思いの方法でミレ
イたちを追ってくる屍であったが、明らかに不効率なその移動方法にも関
わらず、一向にミレイたちを追うスピードに陰りは見えない。一方、ミレ
イ達の体力はもちろん有限である。特にダイサンの方は、いくら体力に自
信があるといっても一国のお姫様だ。普段から本格的な鍛錬を積んでいる
騎士に比べれば数段、劣ることは言うまでもない。
「はあ、はあ」
「大丈夫ですか、ダイサン様」
 ここで足がもつれればすぐさま屍どもに追いつかれ亡者の仲間入りだ。
それをわかっているからダイサンもここまで頑張ったのだが、やはり限界。
次第に足を動かすペースが乱れ、体が上下に揺れる。
「!? ダイサン様!!」
「もう、だめ」
 とうとうダイサンの足が止まる。こうなってしまっては、もはや亡者の
群れに飲み込まれるのを待つのみ。何とか死者たちの進行を止めたいミレ
イであったが、もはや彼女一人ではどうしようもない数の屍たちが近づい
てきていた。

『剣帝(ロード・オブ・ソード)』
『弾圧する空間(マッシュ・ルーム)』

 一陣の風、光の壁。列なす亡者は切り裂かれ、とびかかる亡者は阻まれ
る。ミレイとダイサンの窮地を救ったのは駆け付けたジャスバル達であっ
た。

「ミレイ、大丈夫?」
「私はいい。それよりもダイサン様を」
「あとはボクたちに任せておけ。ミレイはそこで休んでろよ」
「何を言う、騎士の私に王女の前で醜態をさらせというのか。私は、まだ
やれるぞ」
「なら、ミレイさんにも!! 『聖属性付与(セイント・ジョイント)』」
 ディリシアの手から放たれた光、それがミレイ、ジャスバルを優しく包
む。

「すまない、ディリシア」
「いっきに片付けよう!!」
 聖の精霊の加護を受けた二人は亡者たちを次々薙ぎ払っていく。


「ボクが道を切り開く。その隙からミレイはダグダを狙ってくれ」
「頼むぞ。私も最大威力で行く」
 低く腰を落とし、銃を持つ手を真下に下げる。ミレイの全身を包んでい
た光が手先へと収束していく。

     

「これは負けていられないな」
力をためるミレイを見てジャスバルも同様、剣に力を注ぐ。
『太陽剣(スピキュール・スピア)』
聖なる力を宿したエアルドによる刺突撃。突き出した剣先からまばゆい
光がはなたれ、その線上にいた屍たちを焼き尽くす。

「いまだ!! ミレイ」
消えた壁。その先にいるダグダに向けミレイの銃口が上がる。

『祝福されし弾丸(ブリッド・バレット)』

一閃。螺旋状に回転する光の軌跡がミレイとダグダを繋ぐ。まばゆい光
が辺りを包み、目に映るすべてを白が覆い隠す。一瞬の静寂。けれどもそ
れはすぐに崩される。

『アーティファクトに、聖霊の力は、無効だ!!』
ダグダの身の毛のよだつようなおぞましい叫び。白一色だった視界は、
すぐに黒が侵食し、その中心にはダグダの姿。

『貴様らはもう許さぬ、オワリだ!!「聖殺誉奪(ゴッド・ダグダ)」』
「ええ、終わりよ。あんたがね」
ダグダから漏れ出す闇が辺りを飲み込まんと舞い上がったその時、その
中心に位置するダグダの体からわずかに光が漏れ出す。
『なんだ、これは!?』
「知らないの? 光は闇を飲み込むのよ」
光が闇を照らすように、朝日が夜を穿つように。ダグダの中から出でた
光は瞬時に広がり、ダグダを討つ。
『が、ああ……』
光が消えたときそこに残ったのは消し炭となったダグダのなれの果てで
あった。



**


「このたびは、本当にありがとうございました」
無事、ダグダの破壊に成功したジャスバル達は、ダイサンを竜車で城ま
で送り届けていた。服を着替え、化粧を整えたダイサンの姿は、やはり姫
というのにふさわしい気品の中に、どこかあどけなさの残るかわいらしい
王女の顔へと変貌を遂げる。
「街の噂ってのもあんまし当てにできないな。普通にかわいい子じゃねえ
か」
エアルドに小声で感想を述べるジャスバル。けれどもすぐ隣にいたミレ
イにその声が聞こえてしまう。
「その噂もまるっきりウソってわけではないんだぞ」
「えっ、それはどういう」
「見ていればわかるわ」
そういってミレイは微笑むとダイサンの方に向き直る。

「それでは私たちは再び聖地巡礼の旅に向かいます。ダイサン様、くれぐ
れもお体にお気をつけて」
「何言ってるのよミレイ。この私が体を壊すわけがないでしょ。それより
も今回のことで学んだことが一つあるわ。もっと体力をつけなくちゃ。で
ないとゾンビに追われたときつかまっちゃうからね」
ダイサンは突如懐から、何か面のようなものを取り出し顔にあてがう。

「じゃあ、そういうことだから体力づくりに行ってきまーす」
「あっ。ダイサン様、お待ちください!!」
顔に付けたもの。それは何やらへんてこな装飾がされた仮面であった。
それを付けたダイサンはミレイの制止もなんのその。城の城門に向かい
駆け出していくのであった。

「うわ、ダイサン様!! 勝手に外に行かれては困ります」
「私たち門番の立場も考えてください」
「うるさーーーい!!」
「ダイサン様がまた逃げ出したぞ!!」
「王国騎士団緊急徴収。ダイサン様を探せーーーーーー!!」
門番の制止も振り切り城の外へと掛け出るダイサン。それを見てあわて
て追いかけていく城の兵士、騎士たち。突如凄然となる場内を見回し、ミ
レイは苦笑する。

「今のがダイサン様の普段の姿。街の噂もびっくりでしょ? ああやって
いつも城を抜け出して城下町を駆け回っているのよ。まあ、追うこっちの
身にもなってほしいところだけど、私はダイサン様のああいったところ
が大好きなの。だってかわいらしいでしょ」
「ああ、まあ、程度問題だけど元気なのはいいことだ、よな?」
「うん……そうだよね」
ミレイの問いにあいまいに返事するジャスバルとディリシア。エアルド
は『そんなわけないだろ』と毒づくが当のミレイには届かない。

「さあ、私たちも彼らを手伝って王女様を連れ戻しに行きましょうか」
「……まあ、このまま退散するわけにもいかないか。わかったよ」
「うん、行こう!!」
駆けだす三人。旅はこれからますます激化するだろう。けれどさらに強
固となった彼らの絆は、これから出会う強敵にも決して折れはしないだろ
う。いつか世界がすくわれる日を見て彼らの旅は続いていく。

       

表紙

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