Neetel Inside 文芸新都
表紙

新都社島奇談
灰色の箱

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 何年も前に卒業したはずの小学校の教壇に立たされて一分間スピーチをさせられる、そんな夢を見ていた。よく見る夢のひとつだった。人前で喋らされる、遅刻しそうになる、追いかけたくない相手を追いかけさせられる、僕はそんな夢ばかり見る男だ。半覚醒のまま身体を起こすと、知らない場所だった。僕は灰色の、窮屈な部屋の中で布団もしかず寝ていた。床も天井も壁も同じ素材で、安いプラスチックのような、売れない食玩のような色合いをしていた。一見しただけでは分からなかったが、ドアが付いていた。ドアも同じ素材で出来ていたからだ。開けてみると、確かに外のような、開けた場所に出た。海は見えなかったが、島だと思った。僕は子供の頃は本州から少し離れた島に住んでいて、あの時と同じ、取り残された風のようなものを感じた。僕が寝ていた灰色の箱、その近くに赤いポストが立っていた。中を見ると、何もない。それもそのはずだと僕は思った。僕は、ちょっと前にこの島に初めて訪れた者であり、そんな僕に何か言いたいことがある人など居ないはずだ。周りを見れば、僕が寝ていた箱と同じようなものがたくさんある。大きい箱、高い箱、カラフルに仕立てられた箱。歩いて行けそうな距離ではないが、遠くの方に、古くはあるがバベルの塔のように巨大なものもあった。僕のより小さいものは見当たらなかった。だがみな一様に、僕のと同じ赤いポストが立っていた。

 ポストにはどれも、鍵というものが付いていなかった。他人の家のポストを勝手に開けてはならないという感覚も、僕の頭から取り去られていた。僕の箱の近くに建っていた比較的大きい箱のポストを開けてみると、郵便物が綺麗に整理されて保管されており、見てくださいと言うように封も何もされていなかった。手にとって色々眺めてみると、誰かを、おそらくはその箱の持ち主に対してだろうが、褒めているようなもの、逆に貶しているようなもの、また、一読しただけでは意味がわからないものなど、様々だった。それらはどれも、届いた日時なのか分からないが正確な時間と、ランダムのような英数字が記入されていた。英数字は、差出人の名前なのかもしれない。そしてどれにも、糊で貼り付けられた何かが剥がされたような後が付いていた。僕はそれらの郵便物をポストに丁寧に戻すと、再び歩きまわり、色々な箱のポストを開けては郵便物を読んで回ってみた。

 何時間そうしていたのか、何個目のポストなのか分からないが、それを開けてみた時、驚いた。今までのものとは比べ物にならないほど大量の郵便物が入っていたからだ。それほど大きい箱でもないのにと気になって、一番奥にある郵便物から読み始めてみた。いくつか回ってみて気付いたのだが、一番奥にあるのが最初に届いたものであり、順に新しいものであるようだ。読んでみて、納得した。郵便物に書いてある言葉が、今までのポストにあったものと違い、だいぶ親しげなのであった。つまりこの箱の持ち主は、それなりに長いことこの島に住んでいるらしかった。それらを読んでいるうちに、ふとこの箱の中がどうなっているのか気になった。もちろんその箱にもドアがあり、鍵など付いていなかった。それどころかむしろ、入って中を見てくれと言うように、ドアが風にゆらゆら揺れていた。ドアには、『気が狂いました』と穏やかでない言葉が書いてあった。

 箱の中にはまた小さな箱が、綺麗に整理されて置いてあった。箱の扱い方に小慣れたものを感じた。おそらくここの持ち主にとって、この箱が初めてのものではないのだろうと思った。小さな箱を開けてみると、紙が入っていて、何やら絵が描かれていた。ところどころに文字も書いてあった。これは漫画だ、と僕は思った。小学生の頃、毎月欠かさずお小遣いをせびっては買って読んでいた、漫画だ。漫画は大好きだったが、いつしか買わなくなった。小学生の頃は周りの皆も漫画を買っていたが、だんだんと買う奴が少なくなっていって、僕も何だか冷めてしまい、携帯や楽器などに興味を移してしまった。懐かしいなと思い、小さな箱に入っていた漫画を読み始めた。

 内容は、恐ろしいものだった。主人公は精神病院に入院させられて気が狂ってしまったという設定なのだが、どうやらその主人公は箱の持ち主そのものを描写したもので、いわゆるエッセイのような漫画らしかった。僕の知識がないせいか理解できない部分もあったが、推察するに、ポストに届いた郵便物もまた、精神に異常をきたす原因のひとつらしかった。僕は、気が狂った人間というのに会ったことがない。メディア等で見聞きしたことはあるが、実在するものだという実感は沸かなかった。そんな架空の存在であるはずの人間が、この漫画を描いたという。狂ったふりではないというような、真に迫るものを感じた。箱の一角には、紙とペンが用意されており、紙はポストに入っていた郵便物と同じ物のようだ。この持ち主に言いたいことがあれば、紙に書いてポストに入れろということだろうか。僕は…


 何も書くことが出来なかった。何だか疲れてしまって、横になりたいと思った。『気が狂いました』の箱を出て、来た道を戻る。僕の居場所、僕が帰る場所は、初めに僕が寝ていたあの一番小さな箱以外にないと思った。くたびれた足で歩き続け、ようやく僕の箱が見えてきた。箱と、ポスト。

       

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