目覚まし時計が鳴っている。
時計に手を伸ばし、アラームを止める。
――今日も朝が来た。
俺は、朝が好きではない。
何かに急かされている感じがするし、何より学校に行かなければならないというのが嫌だ。
しかし学生である限りは、嫌でも学校に行かなければならないのだろう。
重い体を起こして、部屋から出る。
リビングに行くと、何かを焼いているようなにおいが鼻につく。
どうやら母が朝食を作っているらしい。
朝食をとることはあまり好きではない。
母はそのことを知っているので、俺の朝食は毎日用意されていない。
俺の家は4人家族だ。
俺と母と父と兄で構成されている。
父と兄はまだ起きていないらしい。
ソファに座り、テレビを見る。
今は6時30分だ。
朝のニュースは、ろくな内容ではない。
今の流行の洋服だとか、スイーツだとか、そんなものにはまったく興味がない。
興味の無いものを見ていても仕方がないとは思うが、他に診るものがないから、毎日仕方がなく見ている。
――それにしても、眠い。
「学校に行く時間だよ」
突然母に声をかけられた。
何事かと思いテレビを見るたら、もう7時50分になっていた。
自分では少しまどろんでいるだけのつもりであったが、どうやら寝てしまっていたらしい。
このままでは遅刻する。
急いで起き上がり、小走りで部屋にもどる。
部屋に脱ぎ捨てられているしわしわになった制服を拾い上げ、着る。
制服のそばに転がっているリュックに教科書をつめ、背負う。
部屋のドアを乱暴に開け、玄関に走る。
「いってきます」
一言挨拶して、靴を急いで履き、外に出る。
いつも歩いている見慣れた道を、今日は走って進む。
遅刻しそうになること何て滅多にないから、いつもの道がいつもの道じゃないみたいだ。
走っていると、見慣れている景色も、いつもと違って見える。
しばらく走っていると、やっと学校が見えてきた。
学校の時計は、8時10分を指している。
学校には8時20分までに登校すれば、遅刻は免れる。
どうやら何とか間に合ったらしい。
それからは、いつもとまったく変わらない日常だった。
自分の教室に行き、一日中ぼんやりとしながら過ごす。
誰とも関わらず、授業もまじめに受けず。
日常に変化を求めているが、自分では行動しない。
いつも誰かに救いを求めている。
考え事をしている内に、学校が終わった。
誰とも話さずに、階段を下りて下駄箱まで歩く。
辺りを見渡しても、いつもと同じ風景。
飽き飽きするほどに、いつもと同じ。
学校の正門をくぐり、家に向かって歩く。
下を向いて歩いていると、ひとつの黒い玉が落ちていた。
それは何の変哲もないビー玉くらいのサイズの玉だが、何か魅力を感じる。
俺は黒い玉を拾って持って帰ることにした。
黒い玉を手に取り、太陽に透かしてみると、全く光を通していないのがわかった。
ますます魅力的に思えてくる。
しばらく黒い玉をいじっていると、いつの間にか家についていた。
家の鍵を開け、中に入る。
「ただいま」
誰も返事をしない。
それもそのはずだろう。
今は家に誰もいない。
両親は共働きで、毎日夜遅くに帰ってくる。
兄もバイトやら塾やらで、夜まで帰ってこない。
今はこの一人だけの時間を楽しむとしよう。
靴を脱いで洗面所に行く。
手と一緒に黒い玉も洗い、制服を脱ぎ、パンツ一丁になる。
手を拭いて、自分の部屋に入り、パンツ一丁のまま、机に向かう。
服を着るのが面倒くさいので、しばらくこのままでいることにした。
机の上においてあるスタンドの電気をつけ、また黒い玉を観察する。
太陽の光も、スタンドの光も通さないこの黒い玉は、いったい何でできているのだろうか。
半分に割って、破片を顕微鏡か何かで観察しようと思った俺は、引き出しからペンチを取り出した。
ペンチで黒い玉をはさみ、力任せに割る。
黒い玉は轟音を立てながら砕け散った。
その瞬間、辺りが全て闇に包まれた。
――いったい何が起こったんだ?
見渡す限りの黒、黒、黒。
・・・よく見てみると、闇の中に一人の人間が立っている。
その人間の顔は、黒く塗りつぶされているように真っ黒だ。
何かを言っているようだが、よく聞き取れない。
何が何だか分からず混乱していると、その顔が塗りつぶされている人間が、こちらに近づいてくる。
一歩、また一歩。
どんどん近づいてくる。
「お前はいったい、何者なんだ」
問いかけても、答えない。
ついにその人間は俺の目の前まで来た。
「俺 の 器」
――え?
いったい何を言っているんだ?
俺の器?
何が何だか分からない。
その人間が俺の頭に右手を乗せる。
それと同時に、その人間が、文字通り俺の体の中にするりと入ってきた。
俺の意識は、そこで一旦途切れた。
気がつくと、俺は机に突っ伏していた。
机の上にある時計を見てみると、帰ってきてから30分程度しか経っていない。
自分的には3時間くらい経っていたと思っていたのだが・・・。
それより、黒い玉はいったいどうなったんだろう?
あの顔が黒く塗りつぶされた人間は?
とりあえず、机の上を確認する。
無い。
黒い玉がどこにも無い。
さっきまで机の上においていたはずの黒い玉がなくなっている。
何故?何故?何故だ?
俺が混乱していると、頭の中に声が響いてくる。
『少し落ち着け』
「!?」
頭の中に直接声が響く。
いったい何が何なんだ?
『教えてやろう。』
『俺は魔王だ。』
・・・魔王?
魔王っていったら、あのRPGとかでよく出てくる魔王?
『そうだ。』
姿が見えないが、一体どこにいるんだ?
『お前の体の中にいるのが分からないのか?』
俺の体の中だと?
そういえばそう言われてみれば体に少し違和感を感じる。
で、でも何故魔王が俺の体の中なんかに入っているんだ?
『俺だってお前の中なんかに入りたくは無かったが、器が壊れてしまったからな。』
器?
そういえばさっき俺の器だの何だの言っていたな。
さっきの黒塗りの人間が魔王だったのか?
『そうだ。』
『お前が封印の玉を壊したせいで、俺や他の魔物達が野に放たれてしまったわけだ。』
封印の玉ってあの黒い玉のことか?
『ああ。その通りだ。』
他の魔物達といったが、なんで他の魔物達は俺の中に入ってこなかったんだ?
『他の魔物たちは俺と違って、自分の体を持っているからな。』
『俺は人の体に取り付いて、その体を支配して自分の体にする魔物だから、自分の体が無いのだ。だから仕方なく入り込んだわけだ。』
と、言うことは・・・。
俺もお前に支配されてしまうということか?
『俺は人間を支配する気は無いから安心しろ。』
魔王なのに人間を支配する気が無いのか・・・。
『何だ?支配してほしいのか?』
支配してほしいわけじゃないけど、面白いなと思っただけだ。
『面白い?』
だってそうだろ?
魔王って言ったら、人間を殺したりする悪党って感じのイメージがあったからな。
『人間を殺す悪党・・・か。』
『俺も、昔はそうだった。』
やっぱり魔王って言うからには、悪党だったりするんだな。
何で今は人間を支配しようとか思わないんだ?
『さあな』
さあなってお前・・・。
『それより、お前は俺が魔王だってことにあまり驚いていないな。』
ああ、こういうシチュエーションはアニメや漫画でよくあるからな。
いざ自分に起きてみても、ああ、そうか、ぐらいにしか思わないんだ。
『随分冷めているんだな。』
それは言うな。
ところで、さっき他の魔物が野に放たれたと言ったが、それはかなりまずいんじゃないのか?
『お前に襲い掛かってくる魔物はいるだろうが、一般人を襲う魔物はあまりいないから安心しろ。』
安心しろって・・・できるわけないだろ。
俺に襲い掛かってくる魔物がいるってどういうことだ。
『お前の中に俺が入り込んでいるからな。』
『お前が俺の器になるに値するか、実力を確かめにくるはずだ。』
なんてことだ・・・。
たしかに、日常が変化してくれることを望んではいたが、こんなことになるなんて・・・。
『まあそう落ち込むな。』
はあ・・・。
ところで、封印が解けてしまった魔物たちを、もう一度封印することはできるのか?
『ああ。できる。』
『しかし封印の玉が壊れてしまった以上、お前の体の中に封印するしかないがな。』
俺の体の中に?
『そうだ。』
『魔王の俺がお前の中に入っている限り、お前は魔物を封印する器として、その体に魔物を封印することができるようになる。』
『通常の人間では、魔物の魔力を抑えて自分の体に封じ込めるなんてことはできないが、俺の力があれば、魔物を封印することも容易い。』
魔物を自分の体に封印したら、自分も魔物になっちゃうとかないよな?
『無いから大丈夫だ。』
『これから魔物を全員封印するまで、器としてがんばってもらうぞ。』
俺の体に封印する以外の手段は無いのか?
『無い。』
『魔物を封印しておけるほどの魔力を蓄えている物がこの世には存在しないからな。』
何でそんなことがわかるんだ?
『俺は魔力の気配を察知することができるからな。』
『この世界からは強い魔力を全く感じない。』
『魔力を蓄えた物もあるにはあるが、魔力は全て微々たる物だ。』
そうか・・・。
『まあ、死にそうになったらどうにかしてやるから、頑張るんだな。』
わかった。
まあ封印をといちゃったのは俺だしな。
どうにか頑張ってみるよ。
『・・・そうだ。名前を聞いていなかったな。』
俺の名前は東雲和也だ。
『和也か。俺のことは魔王と呼んでくれ。』
名前が無いのか?
『たしかあったような気がするが、もう忘れてしまった。』
そうか。
まあとりあえず、これからよろしく。
『ああ。よろしく頼むぞ。』