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荊の守人
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 《荊の守人》

「今月の全部隊成績発表見たろ」
「丙の部隊ダントツ最低じゃん、それも二箇月連続」
「いやぁ酷ぇや、このまま一クール制覇して見事待遇ダウンだな。御愁傷様」
「彼奴等この前迄はまだまともに働いてたっしょ、何してんの?」
「その『この前』に前の隊長がやらかしてんの発覚して反感買って主要隊員抜けてったんだろ?新入りは愚図ばっかりで当てにならんし、新任の隊長も経験浅くて今一つ隊動かせないし……彼処は壊滅状態だよ」
「再編成も侭ならず……かぁ、成程最悪だ」
「ははっ、誰か御通夜でも行ってやれよ」
「勘弁してくれよ、俺笑うの我慢出来る気しない……謀叛でも起こそうって腹積もりなら話は別だけど」
「莫迦だな、彼の軍勢じゃ何も出来やしないよ」


 国の内外で紛争が勃発。
 数数の国が非常事態に見舞われるなか、彼の国も例外ではなかった。
 すっかり機能を停止した政府、議員達が統べていた筈の領域を彩る様にして、瓦礫は囲む。戦火は点る。人人を縛り付ける鎖が熔けた現在、日常は暴力の止まぬ蹂躙の下、忘却の遥か彼方へ封印され、今一度陽の目を見る事は叶わない。
 現を嘆けば、果てしない。
 良心を失うは容易く、悪は直ぐ傍に在る。人人が進んで蛮行を施すは最早摂理か。尚も心の清浄たらんと欲する者は、自らを殺めに奔った。



『身を置くだけで気を狂わされる、底知れぬディストピア』



 然し乍も「だとしてもだ、それでも我我は一矢報わん」斯く唸る、良心にも似た団体は存在していたのであった。

 その名を「民の衛兵」と名乗る者共だ。

 其等を統轄するは政府でも何でも無い只の民間人だ。

 然し此の無政府状態。何を標とするかも判らぬ時代。人々は藁にも縋れと「民の衛兵」を頼った。
 且つ亦、此の「民の衛兵」は只単に、
『暴虐に苛まれる人人を救う事』
 此れ已を概念としていた。此の単純にして廣く共感を得る概念が、人人を惹き付けた。
 勿論、活動に加わる人員も沢山得る事が出来た。但し此方は殆どの者が現場の厳しさを思い知らされて身を退いてゆくので、実は然程手応えは無いが。

此のように人人の中では多大なる支持を得る「民の衛兵」であるが、其の内部の大部分は決して華華しい物ではなかった。
 「民の衛兵」は幾部隊に分かれ、各方面の保安を担う訳だが、結局其の中の、所属する隊員がいつ何時愚行を為すやも知れない、という不安が常に憑き纏うのだ。「民の衛兵」に入るには、幾多の関門の突破を要するのだが、其の段階を経た隊員の中で、一体何れだけの者が謀叛を企ててきただろうか。世間が土台、悪の跳梁跋扈する中にいるので、選ばれし隊員だとしても、ともすれば奪略の路に向かうべく踵を反す事が間間起こるのだ。
 「民の衛兵」は活動を始めて少しで此の問題にぶち当たった。暫く後に打開策として「二箇年教育プログラム」を開始し、事案の減少に成功したが、其れでも依然として零ではない。実の所は「民の衛兵」の中の調和とは、どうしようもなく脆い物なのだ。
 亦「民の衛兵」では「永続的な対悪精神及び対悪活動の励行」という名目で各部隊にノルマを設けている。此れは実際の所は日本国の昔日の制度「参覲交代」に少しばかり習った物で、「各部隊の勢力を『民の衛兵本部打倒』が為に利用されては敵わない」という考えから行われている。そして仮に謀叛部隊が顕れたとしても「其の部隊を鎮圧すると成績に加算される」仕組みも勿論存在する。此方は以前国際社会にて成立していた「集団安全保障」等と被った格好になるだろうか。
 こうした特徴から部隊同士の関係は嘗て今程荒廃していなかった国際社会の中の国同士の関係にも似ている、と、或る人は語った。特徴としては他にも、表向きには美辞麗句を述べながらも其れを成り立たせる為として配下には血の通っていない様な要求を命じる点等もそうだろうか。
「一人が全体の状態に振り回される所もだ」
 嗚呼、成程。
 偖と、先程は「民の衛兵」乙の部隊が丙の部隊を嗤っていた訳だが、肝心の丙の部隊の動向や如何に。


「貴様等ァ!!二箇月連続も此の様だろッ!てめえ等が危機感無ェ所為でオレ迄罰喰らうのか!?はぁぁフザケるなよ……元はと云えばさぁ!前に居た何処の誰だか知らねぇクソ隊長が?横領か何かやらかして?で、使える奴等が何奴も此奴も出てって、新入りだか何だかのお前等が入って辛うじて拵えた急造の隊の、其の頭としてオレが来て遣ったんだろ!?ンなモンオレは十回でも二十回でも歓迎されて此んなバカ丸出しみてーな扱いされる義理なんぞ無ぇんだよォ!!解ってンだろうな!貴様等が何れだけ不義理かってんがあぁ!!!ああぁあ!?」
 すると部下の内一人が。
「あっ、あの」
「聴こえねえよォォォ!!何だよボソボソ!!偖はテメェ長に文句か!?見ろよ終に部下共が口答えだ!!上層部コノヤロー!オレも最早此の様だ!ったくよー!!大体な!テメー等此んなピエロが給料タダで!不味かないメシでもくれるだけで見れんだ!!有難ェと思いやがれこのバカヤロー!!!オイ!何だよガキ!悪口でも何でも言いやがれえええ!!」
「あの……やはり、ここのノルマ制って厳しすぎると思うんですよ、ですから僕としてはノルマ制の廃止について掛け合いを」
「知らねええええ!!!!オレに其んな権限無ええええ!!!つうかオレに向けてじゃなくて、上層部に対する文句かよおおおお!!!畜生おお!!じゃあテメーが言ってこいよ!!オレが言うと『部下も扱えねぇハスッパ隊長が何を』って目で見て突っ返されるんだよ!!!隊全体悪いみてぇな感じで!!したらお前が先ずゴネて後ろからオレが其れとなく茶々入れた方が何か良さげだろうがああああ!!!ぶっちゃけ上層部が定めたノルマの基準ってのがオレとしては其処まで納得行ってなくて近い内何とかしろとか思ってたんだよおおおお!其れをッ!貴様、良くも、良くも、良か」
ドサッ。
「隊長が死んだ」
「イヤ、まだだよ!まだ!……多分!!誰か救急車」
「無いよ!今はそんなの!救援団体は滅茶苦茶時間かかるし!取り敢えず胸骨圧迫!」
 瀕死の隊長が従える四人の部下の内三人が口口に云う。因みにもう一人は欠勤。
 必死の部下の施しの後、隊長は徐に起き上がった。
「隊長!大丈夫ですか!」
「隊長!御無事ですか?」
「隊長!どうして死んでないんですか?」
 隊長は起きたには起きたが、目が虚ろである。辛うじて喋れるようだ。「…………オレは……大丈夫だし御無事だけど、オイ最後お前杜沢ッ、言い方オカシイだろ……」「てへへ」と杜沢。
「い、一応訊きますね。先ず名前と役職言ってください」
「……そうだな」



「……えっと、オレの名前は久藤芳一(クドウヨシイチ)。役職は『民の衛兵』丙の部隊第九代隊長」



「生年月日と年齢」

「生年月日で歳判るがまあいいや……以前の暦にして二×××年八月廿一日、齢廿六、このビジュアルにして何と愈愈アラサーだ」

「趣味と特技」

「趣味?オレに趣味なんか……そうだ、オレ『無趣味』だわ。特技は内弁慶ってか、何云わすんじゃい」

「好きな食べ物と嫌いな食べ物」

「食べ物は大体好きさ、あ、オレピーマン嫌いかよ」

「最後に…………好きな格言を一つ」

「嗚呼、取って置きのが有るさ。此のクソ組織は大嫌いだが此の言葉だけは、死んでも忘れねー」




『何が為に力を使う?』『其れは己が為だ』

「して、其の真意たるや」

『故に』
『己が愛す人が為』
『己が憎む人が為』
『己を愛す人が為』
『己を憎む人が為』
『己が家族が為』
『己が友人が為』
『己が恋人が為』
『己が宿敵が為』
『何よりも』



『貴方が為だと』
『斯く貴方に云う所存だ』



「このクサさがどうしようもなくてさ」
「拭えない」

「どうだ、お前等」
「生存確認は終いか?」
「其の他、備考を」

「これからも矢鱈気が触れるオレだけど忘れず云っとく、彼 女 絶 賛 募 集 中」


 沈黙する室内。
 然し、安堵を伴う確信が部屋の空気を温めてゆく。
「完璧だ」
「これは……」
「この痛さは……」

「まさしく隊長!!」深見、藏中、杜沢、三人は隊長の復活をいたく慶んだ。そしてもう一人は欠勤。


「ありがとなお前等……そして杜沢はワンツー覚悟しろ」
「真人間に戻れなくて御愁傷様です」
「そうだよな、やっぱ奥義・殲滅チョップが無くちゃオレじゃねえよな、そうハシャぐなよ」

斯くして丙の部隊に再び平静を取り戻した。

 というか、単に久藤の内弁慶が収まっただけである。

 然し残念な事に此の『丙の部隊復活劇』はほんの寄り路でしかない。
 何せ丙の部隊と乙の部隊を含む総部隊を著しく上回る実力を持つ『甲の部隊』が存在するからだ。
 彼らは実に精鋭揃いで人人からも畏れられる存在。其んな人人の話を先にしてしまうと、貴方も一般人と価値観がズレてしまうのだ。

 善悪の基準さえ危うい此の時代。
 我我は求められている。
 狂い無き価値観の堅持。


 何が為に力を――

    《第一部:何が為に〜了〜》

       

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