Neetel Inside 文芸新都
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バイバイ母ちゃん
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「ブンさん!ブンさん!」
  遺影の向こう側でにっこり笑っているケンさんに年甲斐もなく大声で泣く大地とそれを支える、顔を真っ赤にして今にも泣き崩れそうな大男たち。もちろん俺も泣きたい。ここにいる人間だけじゃない。近所の犬や猫も、ごみをつつくカラスも、仕舞いにはそこらに咲いてる草木や花でさえ泣いちまう。誰にでも優しくて、すぐ笑って、すぐ怒って、見た目は頼りにならなさそうなのに俺たち小僧のために一生懸命で、俺たちのことを弟や息子のように思ってくれていたそんなケンさんが若くして死んだ。
  大地が仲間に支えられながら焼香をあげ終え次は俺の番。ケンさんは相も変わらず、もう死んじまったのに、もう会えないのに、いつものように「またな!」と手を振って家に向かって帰っていく姿がちらつく。あの時もだ。ケンさん、あんたは何で俺にあんなことを言ったんだよ。

     

「文太、実は俺な5年前に家族と縁切ってるんだよ」
  お酒で顔を真っ赤にして、笑顔でカミングアウトをするケンさん。飲んでいるときに関わらず、たまにケンさんはとんでもないことをカミングアウトする、冗談としか思えないようなことを平気で。
「ケンさん、とんでもない豪速球をぶっこむのやめてください」
「今回はどんな感じよ?」
「……ど真ん中に168キロストレートって感じですね」
  本当に理解しているのかどうかは知らないケンさんは「そうかそうか」なんてケタケタ笑ってる。辛いときほどいつもより馬鹿笑いするのがケンさん節だ。ケンさんが飼ってたウサギが死んだときもそう、辛くて悲しいはずなのに、目を真っ赤にして、  涙を浮かべて……でも笑ってる。そんなケンさん。
「なぁ、文太よ。家族は好きか?」
  顔は笑ってるけど目は笑ってない。「そうっすね」と返事をするしかなかった。家族が好き?考えたこともなかった。いるのが当たり前で、時にはうざくて、でも一緒にいると楽しい。ってことは俺は家族のことが好きなのか?。
「なぁ文太、喋らしてくれよ。実は俺な……」
  ポツリ、ポツリと語るケンさん。

「ふざけんな!もう俺に関わるんじゃねぇ」
  電話越しで大好きな母ちゃんと弟にキレるケンさん。弟の学費のことで話がこじれたらしい。学費のことだけじゃない。決して安くない額の金を毎月支払ってきた。どんなに月の生活が苦しくてもだ。更には家族に何かあったときのための貯金もしてた。
  ケンさんは家族のことが大好きだった。女手ひとつで一生懸命弟と妹2人を育ててる母ちゃんを何とかしたかった。長男坊として、男として。
  だけど家族は自分のことを本当に心配してはるのだろうかと疑問に思った。毎月毎月金を要求する母ちゃん。来月は大丈夫。それを毎月聞かされ金をせびられ、本当に苦しくて払えないと断ると「妹が可愛そうじゃないのか?」「電気やガスのない生活をさせるのか?」と脅しではないが、無理矢理にでも金を払わされた。だからケンさんは聞いた、ケンさんは怒った。
「本当に俺のことを心配してるのか!」「俺が働くまでやりたいことができなかったずっと我慢してたんだ!友達とも遊びたかった!」「家を出てまでまた俺は我慢しなくちゃいけないのか?」思いを全部ぶつけた。でも、帰ってきたのはケンさんが望んでた答えじゃなかった。長男だから、ケンさんが優しいから、頼るのはケンさんしかいないから……
  違う!違う!俺が欲しいのはそういう言葉じゃない。
「俺だって金額は少ないけど毎月何かあったときに貯金してるんだよ。それは自分のために。」
「……なにに使うの?」
「急に車が欲しくなったり、家が欲しくなったり、結婚するときも金がかかるから……」
  そしたらケンさん、電話越しで母ちゃんに馬鹿にされた。あんたにはまだ早いそんなのもう少し年を取ってからでいい。その金を家に回してくれ。
ケンさんは悲しくなった。嗚呼、やっぱり家族は俺のことを金づるとしか思ってない。このままだと一生俺の脛をかじったままだ。そんなの嫌だ。
  家族を助けるのは立派なこと、ましてや自分が汗水かいて稼いだものだ。そう言う風に回りの大人に教えられた。でも、今の会話を聞いて回りの大人は、それでも俺に家族を助けることはいいことだぞと誉めてくれるだろうか?
「母ちゃん!あんたじゃ話になんねえ。それよりも太一はどうした?あいつが必要なんだろ?金が。なんであいつが電話にでない!変われ!早く変われ!」
  ケンさんは完全にキレた。母ちゃんをあらゆる言葉で罵り、罵倒し、無理矢理にでも弟に電話を変わらせた。
  呑気な声で「何?」という弟の言葉が帰ってくる。全然状況がわかってない弟にケンさんは更にキレた。
「何じゃねえ!てめぇの話だろ!」
  それでも帰ってくるのは間延びした「あぁ」という返事。
「お前が金を借りるんだろ?なんで俺に直接電話しない!なんで母ちゃんがお願いするんだ?言え!言ってみろ!」
  その時のことははっきり覚えてないとケンさんは言ってた。もっと汚い事を言ってた気がする。ただ、弟が言った言葉は今でも心に刺さり、それが嵐を呼ぶきっかけになった。
「なんで行きたくもない大学の金を俺があんたに頭下げてもらわなきゃ行けないんだよ!」
  他にも、本当は就職したかったとか、無理矢理にでも大学にいかされそうになってる。俺は被害者だ。なんて言ってた気がする。許せなかったし、悲しかった。兄は大学に行けなかったけど弟くらいは。その親心を踏みにじり、そんなことなら!と金を出そうとする兄の思いを踏みにじり……
  半狂乱のまま電話を切ったケンさん。しばらく冷静になったあとまた母ちゃんに電話をかけた。
「母ちゃん、ごめん俺もう無理だ。縁を切りたい。この家に金を入れられないし、もう関わりたくない」
「馬鹿なこと言わないでよ。ねぇ、考え直してそもそもあんたが太一に汚い言葉をぶつけたから太一だって……」
  駄目だ。あの言葉を聞いても母ちゃんはこの家が異常だということを、自分達が異常だということがわからないらしい。
「なんで俺が怒ってるのかわからないのか?」
「わからないよ!ねぇ、どうしたの?仕事で嫌なことがあったの?ストレスがたまってたからあんなことを言ったんでしょ!ねぇ、一度家に帰って話し合いましょ!」
「なんでわからないの?」
「逆に教えてよ!なんで怒ってるの?あたしはバカだから、言ってくれなきゃわかんないの。だから教えてよ!なんで怒ってるの?」
  今にも泣きそうな声がマイクから流れる。一瞬心が動きそうになった。辛かった。でも、伝えたい事を伝えるべきだ。もう、うやむやにしてはいけない。それは家族のためでもあるし、自分のためでもある。今の会話を聞いて俺がやろうとしてることを止める人もいないだろう。
「ごめんな母ちゃん、やっぱりもう無理だよ。なんで俺が怒ってるのか、自分達の何がいけないのわかったら俺に電話してくれ、それまではもう俺はあんたには関わりたくない」
  必死にケンさんを止める母ちゃんの言葉を無視して電話を切った。 

     

「本当に馬鹿な話だよな」
  笑ってるケンさん。俺は笑えなかったし、相づちをうつこともできなかった。
「あれから結局電話がかかってこなくてな、縁を切った2年後は妹が中学生になっててな、そしたら制服が必要だろ?俺が金を出して、制服姿の妹と写真を撮りたかったなぁ。そしてお兄ちゃんダイスキ!って言われてなぁ……」
  止まらないケンさん。顔を下げ、俺に顔を隠す。涙は出てないが、態度には出さないが、それでも心のなかで泣いているのがケンさんの雰囲気を見ればなんとなくわかる。
「何でだろうな、やっぱり俺がやったことって間違ってたのかな?なぁ、文太。どう思うよ」
  黙ってるしかなかった。俺にはそれしかできない。なが話で温くなったビールを口に流し込む。いつもより不味く感じる。
「知らない番号から電話がかかってきてな、弟が家族全員を殺して自分も自殺してアパートごと燃やしたって。結局大学には言ったんだけど途中でやめたんだってよ。で、借金だけのこって、でも仕事もうまくいかなくてそれでな、やっちまったらしい」
「そのあと警察から電話がかかってきてな、遺体の確認をしてほしいって。でも俺わかんねぇよ。5年も会ってないし、四人とも丸焦げだって聞いたし。」
「結局残った借金やら、アパートの損害賠償は俺が払うことになるらしい。残った家族は俺しかいないし、勝手に保証人にされてたらしくてな……まいっちまうよ」
「まぁ、そういうことだ話聞いてくれてありがとよ、これは礼だよ」
  そう言って会計よりも遥かに多い金を残してケンさんは店を出ていった。そのときも笑顔だった。いつもと変わらない、ヘラヘラした、何にも苦労してなさそうな笑顔で……
  俺が見た最後のケンさんは翌日、ケンさんの地元で発見された。享年27歳。死因は出血死。自殺だったそうだ。

       

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