真っ黒で不思議な空間のなか、
私はその中に、身を、ゆだねようとしていた。
白の部屋 第一話
「無色の空間」
暖かくて真っ暗。
なんだかとっても眠たいけれど、
でも、何だか心がざわついた。
重たい体を持ち上げて、めまいを無理矢理押しのけて、
ふらふら足を歩かせた。
何か周りに居ないかと、必死にあたりを見渡せど、
真っ黒な空間は広がっていた。
何日も、歩いているような感覚がした。
どんどん足は重たくなって、
だんだんめまいが強く、酷く・・・
やがてわたしは、ゆっくりひざをつく。
もういいや、って思い始める。
横になろう、すこうしだけ眠ったら、
また立ちあがって何かを探そう。
わたしは目を閉じる。
何かに包まれる感覚がする。
でも、もうどうでもよかった。
わたしはもう眠たいの・・・
「・・・リコ!リコこっちだよ。おいでよ!」
黒い何かに飲まれようとしていた7歳の少女「リコ」は、
甲高い声に呼び戻されました。
その声に目が覚めて、リコはゆっくり体を起こします。
顔にかかったセミロングの真っ黒な髪をとりあえず整えて、
声のしたような気がする方向をみつめます。
「・・・だれ・・・?私の事、知ってるの?」
「しってるよ。おれたち、リコの事よくしってる。」
今度は少年の声です。
聞いたことがあるような、懐かしい声です。
リコは、なんだか暖かい気持ちになりました。
周りは相変わらずの真っ黒な空間です。
それでも、リコは声の持ち主に会いたくて、
重たい体を少し無理矢理に立ちあがらせます。
このとき、やっと自分がひざ下程の、ワンピースを着ていることが分かりました。
「あの、どこにいますか。会いたいです。」
声のした方向に、リコは力いっぱいよびかけます。
自分の声が響きます。
するとすぐに、明るい女の子の声が返ってきます。
「大丈夫、すぐに会えるよ。あたいたち、これから歌をうたうから、
声のするほうへ向かっておいでよ!」
「・・・うん!」
リコはなんだか安心しました。
体がかるくなりました。
まるで重力が無いように、声のするほうへ走って行きます。
すぐ会えるという言葉を信じて。
声のするほうからは、明るくて楽しい歌がきこえてきます。
何と言っているかはわからないけれど、リコはそれを聞いているだけで、
力が湧いてくるようでした。
・・・しばらく走ったり歩いたりしましたが、
最初のように体が重たくなることは有りませんでした。
周辺を良く見てみると、不思議な模様が入っていたり、
みたこともない虫がうごめいていたり、
みれば見るほど心のざわつく場所でした。
でも、とにかく声の持ち主たちに出会おうと、リコは楽しくすすみます。
「・・・あの」
「え?」
突然、声をかけられました。
あまりにも突然だったので、リコは周りを見回します。
「どちらに向かっているんですか?」
リコが良く見てみると、
真っ黒な服を着た、髪の長い男性が右後ろに立っていました。
とっても背が高く、180センチほどでしょうか。
髪はウェーブがかかっていて、真黒です。
肌が白くて、光を吸収するような、真っ黒な瞳。
でもとても優しい目をしています。
「・・・歌のするほうへいくの。」
「・・・歌?あの、ぼくもつれていってもらえませんか?
いつの間にかここに居て・・・迷子なんです。」
「あなたも迷子なの?」
「はい・・・良い歳をして、恥ずかしながら・・・」
「・・・うん!一緒に行こう。」
リコは手を差し伸べました。
男の人は、少し驚いたような顔をして、
すぐににっこりと笑いました。
「ぼくは、エンサー。よろしくね。」
「わたし、リコ。」
簡単に自己紹介をすると、二人はすぐに仲良くなりました。
二人とも、何故か名前以外の記憶がありませんでしたが、
話しているだけで楽しく感じられました。
「・・・あれ?」
「どうしたの、リコ。」
「歌が聞こえないの・・・」
「ええっ・・・どうしてだろう。」
リコは耳をすませます。
少し歩いて、歌の聞こえる方向を探します。
少しすすむと、ちゃんと歌が聞こえてきました。
「・・・こっち、こっちだ。」
「よかった!きこえたんだね。」
「うん!大丈夫。」
また、二人は並んで歩きはじめます。
歌は楽しい気持ちにさせます。
エンサーはとても背が高いので、
エンサーはリコを見下ろして、
リコはエンサーを見上げて話さなければなりませんでした。
それでも、二人には気になりませんでした。
「ね、リコはこの歌を歌っている子たちにあってどうするの?」
「・・・わからないけれど、会わなきゃ。
きっとエンサーも、声のほうに行ったら何かわかると思う。」
「そうかな。たのしみだね。」
「うん!」
そんな話をしながら二人はすすむと、
やがて不思議な扉が目の前に現れました。
扉の奥から、歌が聞こえます。
扉は、角ばった蛇のようなかんぬきがかかっています。
不思議な模様が入っています。
何だか触るのも恐ろしく感じる模様でした。
「・・・扉だ・・・」
「リコ?そこに居るのはリコ?」
歌がやんで、少女の声が聞こえます。
それは、初めに呼びかけてくれた声でした。
「うん、リコだよ!」
「リコ!よかった!そっちから扉は開く?おれたちじゃどうしてもあかないんだよ。」
今度は少年の声です。
あちらから扉を開けようと、カタカタと扉が動きます。
「ちょっとまってて、いま、開けるから・・・」
扉を速く開けようと、
重たいヘビのかんぬきを抱えます。
それを見たエンサーも手伝ってくれました。
手伝いながら、ぽつりと彼は問いかけます。
「・・・ね、リコ、本当に会うの?」
「え?どうして?」
「この扉の向こうが、悪い奴だったらどうするの?」
「悪い人じゃないよ、私、この声知ってるもの。
・・・今は思い出せないけど、ずっと一緒に居たはずなの。だから、大丈夫。」
「そう・・・かな。ぼくも一緒に行って良いんだろうか。」
「大丈夫だよエンサー。一緒に行こう。」
リコは、「不思議な質問をする人だな」、と思いながら、
エンサーの力をかりつつかんぬきをどけて、
扉をおしてみます。
扉はとても重たく感じました。
全部の力を振り絞って、両手をぴったり扉に付けて、
目いっぱいおしました。
エンサーも、一生懸命押しました。
そうして、重たい扉は少しずつ、少しずつ、開いて行きます・・・
扉から、光があふれます。
ああ、もうすぐ声の主と会える!
リコの気持ちは、嬉しさでいっぱいになりました。