Neetel Inside 文芸新都
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精霊の國
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ーー世界が崩れてきている。僕がそれを終わらせなくては。少年は強くそう思った。もうどれだけの力を消費し、どれだけ走ったか分からない。街から始まった風景が緑に変わってから既に随分と多くの時間が経過している。先程から木々が並ぶ同じ様な景色が続いていた。方角はおろか進んでいるのかすら曖昧である。しかし少年は立ち止まる事なくある一点を目指して走り続けた。額からは汗が止めどなく流れ、頬を伝って地面に染みを作っていく。朝までは新品同然だった衣服はあちこちが破れ、血で所々赤黒く変色していた。ふと少年は立ち止まった。…見つけた。小さくつぶやいた少年の視線の先にあったのは一本の樹。その樹こそが彼が生まれ育った家を捨て、追っ手を振り切り死力をふりしぼりここまで来た理由である。その樹自体は大して珍しい種類の物ではない。この森はほぼ1種類の樹木で形成されている。その樹高は高く、樹皮は荒い。春になると薄い撫子色の花を咲かせ、遠くから見ると霞の様に見えることからカスミザクラと呼ばれる。この時期は艶のある葉が鬱蒼と地面を見下ろしていて、森を影で閉じ込めていた。少年が真っ直ぐ見つめる樹も、そのうちの一つである。まだそれほど歳を重ねてないのか、周りの樹よりも一回りほど低いが、それでも10メートルはあろうかと言う高さから堂々と少年を見下ろしている。一見他の物とほとんど変わりの無い様に見える。しかし目線を下に戻し、よく目を凝らしてみると確かに違和感を感じる。それは一卵性の双子を見比べた時のような、微かな違和感でしか無いが、確かに何かが違う。少年は再び先に一歩進もうとして膝にうまく力が入らず、前のめりに倒れこんだ。左腕を地面に寝かせ身体を支え、右腕で地面から身体を押し上げる様にして起き上がると、再び力を振り絞って歩きはじめた。肩で大きく息をし、ふらふらと足取りはおぼつかないながらも、一歩、一歩と進んでいく。それは樹に向かって歩くというよりは、樹に吸い寄せられている様に見える。やっとの想いで樹まで辿り着く。達成感で崩れそうな脚を精一杯踏ん張り、樹に向かって手を伸ばし…そして触れた。

途端金属をこすり合わせたとも女性の悲鳴の様にも聞こえる音が森にこだました。少年が触れた樹皮は音をたてながら歪み、裂ける様に横に広がった。樹が広がったことによりできた虚空から、こことは全く違う空気が流れてくる。

ーこれが本当の…。

少年の輪郭が水に溶けた様に曖昧になり、その姿がくしゃりと崩れていく。やがてその姿が泥の塊の様に変化し、完全に形をとどめなくなった頃、塊は虚空へと吸い込まれていった。

気がつけば樹は元どおりその場に影を作っていて、少年の姿はそこにはなかった。

       

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