Neetel Inside 文芸新都
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席にいなければ、うんこです
第一話 会社でうんこ

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 第一話 会社でうんこ

 始業から30分が過ぎた頃、僕はそろりと席を立った。キーボードを叩く音の響くオフィスから廊下に出ると、ふぅ、と軽く息をついて、突き当たりにあるトイレへと向かう。3つある個室のいちばん奥に入り、尻を出して便座に座ると自然に肩の力が抜けた。
 朝一の仕事を眠気の残る頭で片づけたら、便意があろうとなかろうとトイレに行くのが日課だ。たいていはなにか出るし、出なければ出ないでいい。ほんのちょっとの時間でいいから、ここで尻を出してひとりになることが重要なのだ。
 僕は心を落ち着け、腹のささやきに耳を澄ませた。ほのかな便意が腰のあたりをくすぐっている。今日はいいのが出そうな気がした。過去のうんこを思い出してみても、神龍のようなうんこが出るのはこういう静かな便意の時だ。僕はそっと目を閉じた。
 便意が体内で形になり、肛門からするりと滑り出す。調子のいい時は力なんて入れなくても、うんこの方から飛び出してくるのだ。風のような排便によって、滞っていた血液がさらさらと流れだし、頭がクリアになっていく。僕はわき上がる幸福感に満たされ、便座でひとり笑みを浮かべた。
 なじみ深いうんこの香りに包まれて余韻にひたっていると、トイレの入口の開く音がした。僕は現実に引き戻され、個室の中で息を殺した。人の気配が小便器の前に立ち、覇気のない尿がちょろちょろと放出される音が聞こえる。もったいないな……と思いつつ、僕は後ろ手にレバーを回した。
 静かなトイレに水の流れる音が響きわたった。人が来たらうんこを流さずにはいられないのだ。尿の人がトイレから出ていくまで、僕はそのまま気配を殺していた。
 トイレに誰もいなくなってから僕は立ち上がった。便器の中には水しかない。すごくよかったであろう僕のうんこは、誰にも見られないまま便器の奥底に呑み込まれてしまった。僕は尻を拭き、もういちど水を流した。ちらりとでもいいから、流す前にうんこを見ておけばよかったなと思った。

       

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