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表紙

探偵ロックンロール
■1『セレナーデ-愛しのアンブレラ-』

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■1『セレナーデ-愛しのアンブレラ-』

『好みのタイプは名探偵』

 とんでもない言葉だが、なんでも、時雨架子という女はそう言って数多の告白を断ってきたらしい。そう言われた男達は、とても困っただろう。
「俺は名探偵だ!」と自称することは、普通にプライドを持っている男なら出来ないし、だからと言って名探偵である事を証明することは、現実問題としてほとんど不可能だろう。テレビの殺人事件の犯人をぴたっと当てて見せる、とかできればいいんだろうけど。
「くっそくだらねえ」
 俺は呟いて、紫煙を吐いた。授業をサボり、屋上で煙草セブンスターを吸っていた。誤解しないでほしいが、いつもはきちんと(?)家で吸っているし、さすがの俺も授業はサボらないのだが、教室にいると辛い。
『私を助手にしてください』
 時雨架子のその言葉は、恋愛という桃色を好む高校生にとって、格好の餌だった。
 昨日は一日、クラスメイトから視線を集めてしまって、友人には「どうすんだよ名探偵」と言われてしまって、なんか恥ずかしくなって、結局今日は午後から授業に出ることにした。俺は炎のロックンローラーで、将来はCD出したいと思っているけれど、CD出す前にまずは高校を出たいので、全サボりはしない。最低限出ればいいが、最低限を計算する気にもならない。
「めんどくせー、めんどくせえなぁ!」
 なんで俺が逃げなきゃいけないんだ。ロックじゃねえなぁ。けど、針の筵にいるみたいで、教室にいる気はしない。だが、明日からは立ち向かおう。ロックとは反骨精神である。だから俺は、いま、満を持しているのだ。
「おいーっす」
 屋上の扉が開いて、一人の男子生徒が、片手を挙げながら入ってきた。
「んだよ、なんか用か、ナルシ―」
 肩口まで伸びる金髪に、片目を隠すほど長い前髪。華奢な体に、胸元をばっくり開けて、腕まくりしたYシャツ。中性的で、胸元が開いていて、そこが平らであるということが確認できなければ、女性だと勘違いしてしまうような。
 やつの名は『獅子堂愛紗ししどうあいさ』一応、男であり、俺のバンド仲間。アダ名はナルシ―。
「ナルシ―ってアダ名は好きじゃないんだよね。ナルシストってのはさ、なんだか、美しくないのに自分が好きなやつみたいでさ。でも、僕は美しいじゃん?」
「そっすね」
 ナルシ―、由来は当然、自分が好きすぎて池を見つめていたらぼっちゃんした、あのナルシスからである。愛紗は『この世で美しいのは、僕とシド・ヴィシャスのベース』と言い張るほど、自分とセックス・ピストルズを愛する、自分大好きベーシストである。
「下の様子、どうだ?」
「時雨さんは堂々としたもんだ。あれくらいじゃないと、学園のアイドルなんて、勤まらないのかもしれないけど」
 学園のアイドル、という言葉を口にした時、愛紗は少しだけ笑った。俺も笑いそうになった。
「ま、他の連中は、特にタムタムは、すっげえ怒ってるね」
「……顔、合わせたくねえなぁ」
 タムタム。俺の所属するバンドの、ドラマー。俺に時雨の情報をくっちゃべり、告白して、見事玉砕したその人である。アダ名の由来は、ドラムセットのタムタムを、バンド初練習でぶっ壊したから。おそらく、俺達の中でもっとも、モテたいという意欲を持っている。
「でも、今日練習するだろ? そんときこじれると、めんどくさいじゃん。美しくないじゃん」
「それはどうか知らんが、昼からは出るよ。その時に、……え、俺なんて言えばいいの? 謝るの?」
「……謝るの?」
 愛紗が、俺の隣に腰を下し、俺の胸ポケットから煙草を取り、咥えて、火をつけた。
「俺が謝る意味がわかんねえけど、なんでか謝る以外の選択肢を思いつかない」
「いいんじゃない? タムタムは怒ると、ドラムのキレが増すから」
「……めんどくせえ」
 女関係でバンドが崩壊とか、ダサすぎて話にもならない。
「大体、俺は未成年ガキに興味はねえって、タムタムも知ってんだろうが」
「ま、ほら、男なら、据え膳は食うってのが、タムタムの理論だから」
「なんだよ、俺の話かぁ?」
 先ほどのナルシ―と同じように、屋上へ入ってきた一人の男子生徒。ウルフカットの茶髪に、切れ長の瞳。ガタイのよさが、制服の上からでもわかるほど、腕が太い。パワーこそ命、ということで、筋トレに勤しむのだが……。それが原因で、マッチョはデブという妙な夢を持つ女子から敬遠されているのが、タムタムこと高科晴明たかしなはるあきである。
「げっ、タムタム」
「『げっ』とはご挨拶だな。お前、俺に謝っとかなきゃならんことがあるんじゃねーのかぁ!」
「ねえよ! アレは俺の所為じゃねえ!」
「話の概要は聞いたがよ、そういう時は俺を呼べよ。サクッと解決してやったのによぉ」
「へえ」
 俺は、数回頷いてから、
「どうやって解決すんだ?」と訊いてみた。
 タムタムは、俺達の前に立ち、拳を突き出す。
「もちろん、これよ!」
「んなことやったら、停学じゃすまねえと思うけど?」
 冷静すぎるナルシーの一言に、「いいんだよ。高校退学になったら、俺らデビューすればいいんだからさ!」と、胸を張った。なんともこっ恥ずかしい事を言うやつだ。
「くっそ。なんで俺じゃダメだったんだろう……。全米ツアーに連れてってやるぜ、がキメじゃダメだったのか?」
「そのキメ台詞じゃ、ダメだと思うよ。全然心に響かない」
 何故か女性代表、みたいな口を利くナルシーに、噛み付きそうな目を向けるタムタム。顔の説得力かな、俺はナルシーに味方する自分に気づいた。
 ま、どうせならもっとキザに決めたいよな。

  ■

 いつまでも屋上にいるわけに行かない。だって今は昼休み。
 後半の授業は出とかないとな。いつまでも逃げてるってのは、性に合わねえ。
 タムタム、ナルシーの二人と共に、教室へ戻った。みんなが俺達を、というか、俺を見ていて、不快になった。視線を集めるのはどっちかといえば、好きなんだけど、こういうのは悪目立ちっていうんだ。
「あっ、栗林さん!」
 架子が、俺を見つけて、駆け寄ってきた。ネコアレルギーなのに、ネコに懐かれる、という図式が俺の中に立ち上がってきて、なんともうんざりした気分に。周囲もちょっとざわついてるし。
「んだよ、時雨。言っとくけど、俺は探偵なんて――」
「ちょうどよかった! 実は、依頼人を見つけてきたんです」
俺は、「話を聞け! 俺は探偵なんてやらんぞ!」と、叫んでやりたかったのだが、後ろにその依頼人らしい、暗い顔をした女子がいて、またその子が結構可愛かったもんだから、タムタムがそれよりも先に、
「お任せください! この、俺の大親友こと、栗林総悟くんが、キミの悩みを解決しましょう!」
 と、タムタムが依頼人の手を掴んだ。
 依頼人の子は、ちょっと伏し目がちで、タムタムから目を一生懸命逸そうとしているが、タムタムはそれに気づいていない。
「あれだからモテないんだよな」
 ナルシ―が、タムタムの背中を指さして笑う。
 まあ、俺もそう思う。追っかける男は意外とモテない。
 依頼人は、タムタムの手をなんとか振り払って、俺の前に立つ。
「栗林さん、お願いします……。私を、ストーカーから助けてください……!」
 彼女の目から、涙がこぼれていて、俺は、「あーあ」と内心呟いた。男が無視してはいけないモノが、二つある。
 それは自分と、女の涙。

     

「たっく……。わかったよ。今回だけ、今回だけは、探偵の真似事をしてやる」
 時雨と、依頼人は、花開いた様な笑顔になって、同時に頭を下げ
「ありがとうございます!」
 と、なぜか同時に礼を言った。
「なんで時雨まで言うんだよ……」
 俺は頭を掻いて、大きくため息を吐いた。そうまで大仰にされると、いやいやな自分の内心に、罪悪感が湧いてきてしまう。
「それで? お前、名前は」
 改めて、依頼人の姿を見る。
 茶髪のボブカット。今は気弱な表情をしているけど、もともとは結構強気な表情が目立つ感じだと見た。目も、意外と凛々しい。タムタムが胸をガン見しているが、そこは平均的というところだろう。
「鈴鹿有沙|《すずかありさ》。二年C組です」
 俺達(ナルシ―、タムタム)はB組なので、隣のクラス所属らしい。確か時雨も、C組だったかな?
「……こんな事言うの、失礼かもしれないですけど」
 鈴鹿が、妙に高いくせにダサいブランドのバックでも見るみたいに、俺を見た。ムカつく。
「本当に、あなたが名探偵?」
「それは時雨が適当ぶっこいただけだ」
「そんなことないです! 栗林さんは名探偵です!」
 教室全体に響く大声に、俺はため息を吐くしかない。
「だとさ。よかったなぁ、名探偵!」
 タムタムが俺の肩を抱いて、腹を軽く小突いてきた。周囲のクラスメイト達が、こっちを見ていた。不愉快な視線が、俺の肌に絡みつく。
「いてえよ! 暑苦しい、くっつくんじゃねえ!」
 タムタムを引き剥がそうと、顔を押してやろうと思ったのだが、その前に、俺の言葉を素直に聞いたみたいに、タムタムは俺から距離を取った。
「なあ、それより架子ちゃん!」
「は、はい?」
 タムタムの勢いに引きながら、架子はなんとか笑顔を保ったまま返事をした。
「好みのタイプが名探偵って、マジ?」
「そうですね、シャーロック・ホームズっていうのも王道でとても素晴らしいんですけど、個人的にはフィリップ・マーロウとか、亜愛一郎とかも素敵です」
「……?」
 首をかしげるタムタム。
 俺は思わず、横から「全部名作ミステリ小説の、探偵役だよ」と助け船を出してやった。
「へえー。外人にはなれねえかなぁ。よっしゃ、なら、亜愛一郎を目指すかな!」
 とんでもなくアホっぽいタムタムの言葉に、俺は思わず苦笑した。やつの、こういう目的の為に何も考えない所が、俺とナルシーは結構好きだったりする。
「……推理する時、白目向くんですか?」
「……は?」
 目を見開くタムタム。
 さすがに助け船を出す気にもなれなかった。亜愛一郎は、集中すると白目を向いてしまう癖がある。
「ま、なんでもいいや。おい総悟!」
「あん?」
 動作がいちいち大きくて、なんだか子供みたいなタムタム。
「勝負だ! 俺とお前、どっちが早く犯人を突き止められるか!」
 要するに、どっちが時雨のハートを射止めるか勝負、ってことか。よくもまあ、そんなこっ恥ずかしいことを言えるもんだ。
「いいぜ。勝ったら飯おごれよな」
 そんな俺達の会話を見て、鈴鹿は不安げに顔をしかめて、時雨に耳打ちをする。
「あのさ……、大丈夫なの、この人達……」
「タムタムさんはわからないけど……。総悟さんは、私を助けてくれたし、大丈夫だよ」
「ほらほらお二人さん! いいから、詳細話してよ! 事件の内容がわかんなきゃ、探偵も推理できないぜ!」
 俺に任せろ、と言わんばかりに、胸を叩くタムタム。
「あのさ、タムタム。ちょっと黙っててよ。これじゃ全然話が聞けない」
 ナルシーは、鈴鹿に向かって「ごめんね、どうぞ」と優しく微笑む。
 人間は皆、美しい物に弱い。鈴鹿は少しだけ顔を赤くしながら、「ど、どうも」と小さく頭を下げる。
「……ストーカーに狙われてる、ってのは言ったと思うけど、一ヶ月くらい前から、登校中誰かに付きまとわれたり、無言電話とか、変なメールが来て……」
「ってことは、顔も見てないし、声も聞いてないってことか。メール、見せてくれよ」
 俺が手を差し出すと、鈴鹿はポケットからスマホを取り出し、指先でそのメールを呼び出して、俺の手に置いた。
 そこには、愛を詠うメール。

『鈴鹿有沙さん。
 あぁ、慈悲深き乙女よ。』
 あぁ、聞き給え。私の祈り。
 こんな僕にも汝は耳を傾け、絶望の底から救い給う』

「気ぃん持ち悪ぃ!!」
 タムタムが大声を出し、自分の体を抱いた。
「いい年した高校生の書く文章とは思えないね。文才を感じるところが、逆に気持ち悪い」
 余裕そうに笑うナルシー。
 まぁ、なんちゅうか、確かに気持ちの悪い文章である。でも、どっかで見たことある気がするんだよなぁ。
「ったくよぉ、最近の若者はよぉ、好きだ、の一文でいいんじゃねえのかよ?」 
「タムタムも若者だろ?」
「俺は時代を逆行する男よ」
 バカな話をしている二人は無視して、俺は鈴鹿にケータイを返した。
「メールアドレスから、相手はわかんねえのか?」
「無理。フリーアドレスだし……」
「一応聞いておくが、心当たりはねえか?」
「……」黙って首を振る鈴鹿。
「メールが届いた時間は?」
「えーと……。夕方六時くらい、かな」
「そう頻繁にメールが来る、ってわけじゃないのか?」
「うん。授業中とか、私が部活やってる時とかは来ない、かな。大体朝と、授業が終わった後、それから、六時くらいに来る。着信拒否しても、メルアド変えてくるから、ホントしつこいんだ」
「……ふぅむ」
 と、なると……。
 俺の頭の中で、ある程度の人物像が浮かんできた。
「そいつ、かなり真面目な性分みたいだな」
「……へ?」
 鈴鹿は、いや、声を上げたのこそ鈴鹿だけだったが、周りのみんなが俺を見つめる。こういう風に注目を集めるなら、大歓迎。もともと、目立つのは結構好きだし。
「まぁ、当たり前だが、男だろう。それも、おそらく鈴鹿とは顔なじみ。授業中にケータイを操作しようとしないタイプ。つまり、真面目」
「なっ、なんでそこまでわかるわけ?」
「……いや、簡単な事だろ。ストーカーやるくらいだ、できるだけ生の気持ちをお前に届けたいと思っているはず。つまり、朝起きてすぐにお前へメール。学校での授業を終えて、即メール。んで、多分、部活を終えてやっぱりメール。生活の節目節目で送ってんだろ」
 俺は、少し長く喋ってしまったから、一息吐く為、ため息。
 ナルシーは、期待通り、みたいに笑っていた。
 鈴鹿は、さっきと変わらず、目を丸くして俺を見ていた。
「お、俺もそれを言おうと思ってた」
「タムタムかっこわるぅい」
 ナルシーの、一聴すると女性に間違えそうなほどの猫撫で声セクシーボイス。タムタムは「お前のその声、マジでドキッとするからやめて」と青い顔を振るった。
「女に飢えすぎだぜ、タムタム。……まぁー、んなことはどうでもいい。ナルシー」
「ん?」
「夕方六時くらいに終わる部活、調べられるか?」
「りょーかい。すぐに」
 ナルシーはスマホを取り出すと、すごいスピードで操作し始める。
 こいつは、いろんなとこに顔を出している所為か、学内に友人が多い。ほとんど女の子ではあるが……。
「なぁ、ナルシー。それ、俺が指示したってことにしてくれない?」
 ナルシーの肩に手を置いて、笑顔で情けない事を言い出すタムタム。それでいいのか、お前……。
「……総悟に頼みなよ」
 さすがのナルシーも、呆れたように顔をしかめる。
「お前がいいんならいいよ……」
 女に飢えすぎだぜ、タムタム。
 あと、その相談はここでするべきじゃねえ。
「これで全部かなぁ、ほい、読み上げるよぉー」
 情報が集まったらしい、ナルシーが、気を取り直して声のトーンを変えた。

 そして、ナルシーの情報曰く。
 六時に終わるのは

 ・サッカー部
 ・野球部
 ・茶道部
 ・合唱部
 ・文芸部
 ・漫画研究部

 この六つ、らしい。

「後はこの六つに知り合いがいれば、多分そいつだ。……いるか?」
 頷く鈴鹿。
 よっしゃ、これで解決だ。
 と、思ったのだが。
「……全部に知り合いがいる」
「な、なら、人物像に当てはまりそうなやつは?」
「……ごめん、正直全員、真面目な感じ」
「ストーカーしそうなやつ、とかは?」
「そんなのに近づくと思う?」
 もっともである。
 ……まあ、ここで推理しなくても、その知り合い連中とやらを逆ストーキングするなりしてやれば、時間はかかるし、手間だが、確実ではある。
 だがなぁ、実際くっそめんどくさいし、やりたくない。
 俺が手をこまねいていたら、時雨がジッと俺を見ていることに気づいた。見つめ返して、少し優しく努め、
「どうした」
 と言った。
「い、いえ。なんでもないです」
 照れくさそうに、顔を赤くして、微笑む時雨。
 変なやつ。俺は首をかしげながら、思考を再開しようとする。
「いいなぁー、いいなぁー。俺もああいう雰囲気醸し出してえなぁ」
「タムタムがバシッと推理当てればいいんじゃない?」
 俺の友人達は、ずいぶんと勝手な事をくっちゃべってやがる。
 タムタムがビシッと当ててくれたら、俺も楽ができるんだが、正直期待は――。
「よっしゃ、わかった!」
 タムタムが推理なんて、まあムリだろう。
 そう思っていたのだが、なんと、いの一番にタムタムが叫んだ。
「ぜってぇー嘘」
 俺がわかんないのに、タムタムがわかるわけねえだろ。
 そんなナチュラルに失礼な事を思いながら、タムタムのドヤ顔をビンタしたい気持ちを抑える。
「これは間違いなく文芸部だろ! こんな言い回し、絶対普段使わないしさ。文学的、ってやつなんだろ、多分」
「あぁー。なるほど、まあ、無い話ではねえかな」
 それなりにまともな推理ではある。まだ何も出てない、というのがあるけれど、一応第一候補に挙げておいてもいいだろう。

     

「単純すぎるなぁ、その推理。まあ、無い話じゃないんだろうけどさ」不服そうに、ナルシーは腕を組みながら笑った。「僕的にはさ、これ、漫画のラスボスのセリフとかっぽいと思うんだよね」
「えー、そっちはなさそうだろ―。こんな事言うラスボスいるか?」
 タムタムはそう言って、頭一つ分、自分より身長の低いナルシ―の頭をぽんぽんと叩いた。それを鬱陶しげに払いのけ、
「ほら、愛の為に戦う系のラスボスとか。美しくない?」
「美しくねーよ」
 やっと首を突っ込めたので、すかさず話に入った。今の探偵役は俺だろーが。
 ……って、なんで俺がノリノリみたいになってんだよ。
「それなら、文芸部が小説から引用したって方が、よっぽどらしいだろうが」
「うーん……。でも、引用なら、それなりに名著から引っ張って来るんじゃないですか? 私、こんな文章知りませんし……」
 首をかしげる架子。
「お前の読書量って、どんだけなんだよ?」
「架子の読書量は、すごいわよ」
 今までショックか、あるいはいろいろ複雑だったのかで、あまり積極的に話へ入ってこなかった鈴鹿だったが、俺の質問がよほど失笑モノだったのか、微笑みながら口を開いた。
「家に行った事あるけど、本で足の踏み場もないほどだったし」
「それって、下着とかも散らばってなかった?」
 ナルシ―と鈴鹿が、同時にタムタムの鼻っ面へ拳を叩き込んだ。
「あぶしっ!」
「ちょっと黙っててタムタム。推理が当たってたら謝ってあげるから」
「そんなんだからモテないのよ!」
 ナルシ―と鈴鹿の、心に来るお言葉。っていうか、ナルシー、お前謝る気ゼロだろ。
 倒れたタムタムは、勢いよく起き上がると、「ナルシ―てめえ、絶対謝れよ! 絶対だかんな!」そう怒鳴って、ナルシーを指さした。
 ここでキレて殴りかからないあたり、タムタムも結構いいやつ。
 というか、自分が悪いのをわかっているのか。
「まあ、一応その可能性は横に置いておくか。……それより、一応お前の意見も聞かせてもらいてえんだけどよ、時雨」
「……あ、はい」顔を真っ赤にしている時雨。免疫なさすぎ。「下着はちゃんと、洗ってしまってますよ?」
「興味ねえよ……」
 俺まで照れちゃうからやめて、ほんと。
「そ、そうですね……。文芸部は、確かに怪しいと思います。やっぱり文章は書き慣れてるでしょうし」
「んー……。文芸部かぁ。なら、文芸部の知り合いを逆ストーカーしてみっか。タムタムー。女子の役に立てるチャンスだぜ」
「よっしゃ! 俺、頑張る!」
 ガッツポーズを決めるタムタム。
 イカしてるぜ、お前。
「……それはいいけど、知り合いはそこに五人くらい、いるけど」
「無理! 俺に何日頑張れっての!?」
 カッコ悪いぜ、タムタム。
 いや、まあ、俺も無理だけど。絶対にイヤだけど。
「文芸部がハズレだったら、どうすんだよ? 俺、また何人もストーキングすんの?」
「タムタムが停学になるか、ストーカーが停学になるか、のチキンレース」
 ナルシ―は護送車に送られていく冤罪犯を見るみたいに、タムタムの事を悲しげに見つめる。
「なんでもう俺が退学する、みたいな目で見てんの!? ゼッテー嫌だって! 逆ストーカーするにしても、せめて当たりのやつだけにしてほしいんだけど」
「まあ、そうじゃなきゃ労力半端ないからな……」
 みんなが俺を見る。
 考える気はゼロなのかよ。
 探偵役は辛いね。
 ……さて、そろそろおふざけはここらにしよう。いや、今までだって本気ではあったけども。
「ピースは揃ってるはずなんだよな……」
 俺は、口元を手で隠しながら、すべてのエネルギーを思考へと回す。
「だぁから、絶対文芸部だって。自分の書いた小説の、気に入ったフレーズを、ラブレターに引用したのさ」
「いんや。漫研だよ。ファンタジーとかのセリフから引っ張ってきたんじゃない? 本を読んでる時雨さんのアンテナに引っかからなかったんだしさ」
 タムタムとナルシーが、自分の推理を話す。だが、その推理は決定力にかける。無い話じゃないが、というレベルだ。それではダメなのだ。俺が納得しないと、依頼人が納得しないと、この話に終わりはない。
「別に本を読めるのは文芸部だけじゃないし、ここは意外と、サッカー部とか、野球部なんじゃないですかね?」
「うーん……。でも、そんなこと言い出したら誰にだって可能性があるし……」
 時雨と鈴鹿も、自分の推理に自信が持てないでいるようだ。
 ……つうか、探偵役を俺に任せてんなら、あんまり余計な推理を言って俺を悩ませないでほしい。周りがうるさくて、思考に集中できないので、俺は首にかけていたヘッドホンを耳に当て、お気に入りの音楽を流し、自分の思考から外界をシャットダウンした。
 タムタムがめっちゃ頑張れば、逆ストーキングという罪を重ねまくるだけで済むんだが、さすがにそれは停学で済めば御の字というレベルだし、いくらなんでもタムタムの体力が保たない。
 ……あのメール。どうしても、高校生が書いたもんとは思えねえんだよなぁ。いや、もちろんすっげえ文才があったりすれば、ない話じゃないんだろうけど。
 それなら、引用の方がありえる。可能性が高い方を取るのは、大体の場合セオリーだ。
 引用だとすれば、漫画か小説か……。
「いや、待てよ……?」
 思い出した。ずっとひっかかっていた物が、やっと頭から出てきてくれた。俺はヘッドホンを外して、鈴鹿を見る。
「犯人の部活は、わかったぞ」
「マジで!? どこだよ!」タムタムは、まるで俺が犯人だったと言われたみたいに掴みかかってくる。俺だけでは外すのに難儀していたら、ナルシ―も手伝ってくれたので、なんとか脱出できた。
「お前な、俺は味方だっつの! 掴まれたら話せないでしょ!」
「わ、悪い悪い……」
「興奮したら掴みかかっちゃうの、直した方がいいよぉ?」
 俺達三人の、いつもどおりな会話を見ながら、唖然とする時雨と鈴鹿。
「ほ、本当にわかったわけ?」
 鈴鹿の言葉に、俺は「もちろん。後は裏取りだけすればいい、と思うぞ」そう返事をして、ニヤリと笑い、考えを言った。
「……な、なるほど。確かに、それならそれで、確定なんだろうけど……」
 鈴鹿は、信じられない物を見ているみたいに、俺を見つめていた。
「なんで、栗林さんは、そんなこと知ってるんです?」
時雨は、自分から頼んできたくせに、驚いていたらしく、俺は
「ロックンローラーは馬鹿じゃやってけねえのさ。んで? その部活に、知り合いは何人いる」
 鈴鹿は、いまさらになって真実を明かす事に対して怖気づいたみたいに、視線を泳がせる。
「ま、気持ちはわかるぜ。真実を知るのは覚悟がいる事だ。隠されてるってことは、人目に触れたら都合が悪いって事だからな。だがよぅ、それでいいのか?」
「……え?」顔を上げる鈴鹿。
「いいか、ロックンロールってのはな、明日の事なんて考えないって事だ。後先考えないって意味じゃねえぞ、それをやったらどうなるか、なんて考えないで、自分の気持ちに正直に生きるって事だ。だからな、もしお前の頭の中で、犯人の顔がもう浮かんでるってんなら、そいつに対してこうしろ」
 そう言って、俺は右手の中指を立てて見せた。
「え、ふぁ、ファックサイン?」
 鈴鹿にとっては唐突すぎたのか、あんまり女の子が口にしてはいけない言葉を、躊躇なく口にしていた。いや、つうか、最近の女の子ってあんまりそこら辺は気にしないのかな。顔を赤くしている時雨が少数派なんだろう。
「気に入らない事には、後先考えず抵抗しろ。ファックサインは抵抗の証だ。――覚悟は決めたな?」
 頷く鈴鹿。俺は、タムタムとナルシーに目配せしてから、彼女に
「じゃあ、裏を取ったら、問い詰めるぞ。タムタム、ゴー!」
「ちぇっ。今回はしゃーねーな、行ってやるよ」
 タムタムは、唇を尖らせながら、不機嫌そうに教室から出て行く。犯人の尾行へと行ったのだ。そうなると、もう明日までやることがなくなってしまうので、俺が「じゃ、今日は解散」と行って、その日はおしまいになった。
 タムタムからの報告が楽しみである。

  ■

  その日の夜、俺が自室で、好きなバンドのCDを聞きながら、耳コピをしていたら、母におもいっきり「うるせえから外でやれ」と怒鳴られ、負けじと怒鳴り返して喧嘩となっている最中に、タムタムからメールが来ていた。
『鈴鹿ちゃんが言ってたやつで確定! 明日どーするよ?』
 母ちゃんから追い出すぞ、と言われ、半ギレの「ごめん!」を繰り出してからそれを確認した俺は、すぐさま『当然、呼び出し』と返信をして、ベットに寝転んだ。

「と、言うわけで、お前は今、ここにいるんだよ、合唱部所属、『須藤海斗すどうかいと』くん」

 で、だ。
 俺の家庭で大戦争が起きた翌日。授業をすべて終わらせて、俺と時雨だけで、犯人こと、須藤を校舎裏に呼び出していた。
「……さっぱり意味がわからないな」
 彼は、妙につややかな黒髪を傷つける様に、頭を掻きむしる。メガネの奥の瞳には、困惑と怯えに滲んでいる。確かに真面目そうだ。髪の毛も短すぎず、長すぎずの普通程度で、清潔感だけが評価できるような見た目。
「お前なんだろ? 鈴鹿に気色悪いメールを送ったり、付きまとってたのは」
「はぁ? 僕が、なんでそんなことを」
「そんなことする理由は、好きだからなんだろうが」
 須藤は顔を赤くして、口を開こうとしたので、俺はポケットから取り出したスマホを突きつけた。
「最近のスマホってのは便利だよな。これ、俺の友達がお前を逆ストーカーして、無音カメラで撮影した画像。お前がストーカーしてる証拠の画像がたっぷりある。あ、一応言っておくと、このケータイぶっ壊しても無駄だぜ。友達のケータイにマスターデータが入ってかっらな」
「……それは、昨日用事があって、声をかけるタイミングを伺っていただけだ」
「なるほど? 確かに、昨日一日だけじゃ裏取りは足りないかもしれないな。けどさぁ、こっちはお前が鈴鹿にメール送ってるってのも、わかってんだよ」
「……メール、ねえ。僕のアドレスで送られてたわけじゃ、ないんだろ? なのになぜ、僕だってわかるんだい」
「アヴェ・マリア」
 俺がにやりと笑いながら呟くと、彼の顔が青くなって、体を跳ねさせた。
「あのメール、シューベルトのアヴェ・マリアだろ? 最近、合唱部でシューベルトやったらしいじゃん。今日の昼休みに調べたよ。マリアへの祈りを、想い人への祈りに喩えるとは、インテリジェンス気持ち悪いじゃん」
 俺は、自分の言いたいことを全部言ったので、鈴鹿に視線を移す。
「す、鈴鹿さん。悪気はなかったんだ、怖がらせるつもりなんて本当になかった。でも、こういう方法しか思いつかなくって……!」
 取り繕う様な言葉。俺が鈴鹿なら、「ふざけてんじゃねえぞチンコに脳みそついてんじゃねえのか」と怒鳴ってビンタしてこの場を後にする所だ。
 が、さすがに鈴鹿は女の子。俺みたいに野蛮で下品な口調はできないのだろう。
 右目から、一筋の涙がこぼれているが、それでも、須藤を必死に見つめていた。
「す、鈴鹿さん……」
「誰かわからない人に付きまとわれる怖さ、わかる? 意味のわからないメールがたくさん来るの、怖いよ?」
「だって、だって……」
 なんと言っていいのか、須藤くんはわかっていないらしい。ま、そらそうだろう。彼が求めるのは許し、だが、この状況で許されるってことはまず無い。彼は今、ありえない言葉を探している。
「ふざけんな! もうアンタの言葉なんて、聞かない!!」
 そう言って、鈴鹿は中指を立てた。いいねえ、ちょっと、トキめいた。
「なんで、なんでそんな事言うのさ……。俺は、必死に、必死になって、聞いてもらえる言葉を探したのに!!」
 結構な勢いで、俺を突き飛ばして、俺の後ろに立っていた鈴鹿を狙う須藤くん。尻もちをついて、反応しそこねたのだが、俺はすぐに
「タムタム!」と、叫んだ。
 近くにあった木の上から、タムタムが「おう!」と飛び降りて、頭上から須藤をとっ捕まえた。
「うっしゃー! アイ・アム・ナンバーワン!」
 まるでプロレスラーみたいな勝ち名乗りを上げ、タムタムは一瞬で須藤くんを羽交い締めにした。
「はぁい、ちょっとごめんねえ」
 そして、木の陰から出てきたナルシ―は、須藤くんの体を弄り、スマホを取り出す。だが、パスがわからず、苦難していたので、俺はナルシ―からスマホをひったくり、パスを確かめる。決まった箇所をなぞるパターン式か。助かる。
 液晶を暗くしてから陽の光に照らし合わせ、指紋の線をなぞった。それを二、三回繰り返すと、スマホは口を開いてくれる。
「いいか、スマホのデータはコピーさせてもらう。お前がどういう事をしてきたかは、ここに全部入ってんだろ?」
「そんな、なんの権利があって!」
 タムタムのロックから脱出しようと、一瞬体に力を込める須藤くんだが、タムタムの太い腕から、合唱部が逃れられるわけもなく、諦めたらしい。
「権利っつーなら、ストーキングは法に触れちゃうでしょーが。権利って言葉で論破できたのを見た試しがないから、やめた方がいいよ」
「終わったよ、総悟。証拠はぜ~んぶ、僕のスマホの中」
 ナルシ―は、須藤くんのスマホを元のポケットに戻した。
「と、まあ、そんなわけで。これからは鈴鹿に近づいたら、俺達三人がお仕置きに行くぞ。約束だ。必ず、お前を破滅に追い込む」
 もう、須藤くんの顔色は、肌色と認識できないくらい血の気が引いていた。
 彼が何をしても、俺がすぐにそれを見抜く。
 彼が何をしても、ナルシーが情報をくれる。。
 彼が何をしても、タムタムが腕力を貸してくれる。
 そういう事実が、彼の中に降り積もったのだろう。
「じゃな。約束を守る限り、俺達がお前の前に現れる事はないさ」
 タムタムに目配せして、話してもいいぞ、と伝え、俺達は須藤くんを残して、その場から去った。もう、俺達が彼へ言葉を伝える事もない。
 だから、この話はここでおしまい。
 後者裏から出る最中、俺はふと、隣に立つ鈴鹿へ視線を向ける。彼女はすでに泣き止んでいて、晴れ晴れとした笑顔を見せていた。
「げっ、お前、嘘泣きかよ」
 俺は思わずそう口にしていた。そして、あぁ、クソッタレ、と納得した。
「そうよ? だって、そっちの方が、あいつの心にたっぷり罪悪感が詰め込めるでしょ?」
 つまりは、そういう事なのである。
 女は敵に回すな。
 男は最悪殴ってなんとかなるが、殴っても理屈をこねてもなんとかならないのが、女って生き物だ。
 俺はある人の、そんな言葉を思い出していた。

       

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