Neetel Inside ニートノベル
表紙

力を持ってる彼の場合は
第四話 関わる理由は自分の為に

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「母さん、今日から数日の間はあんまり家から出ないで」
朝。
母さんの作ってくれた朝食を食べながら、台所に立っている母へ向けて言う。
「んー、何かあるのー?」
間延びした声が帰ってくる。
「いや、何かっていうか…危ないからさ。帰ってきたら父さんにも言っておいて」
結局父さんは家には戻ってきていない。今頃まだ仕事してるんだろう。我が家の大黒柱は今日も身を粉にして勤務中だ。今度肩でも揉んであげよう。
返事がないので聞こえなかったのかと思っていたら、エプロン姿の母さんが台所からぴょこっと出てきた。
「…危険って?もしかして」
心配そうな顔の母さんに頷いて返す。
「うんまあ、そんな感じ。大丈夫だと思うけどね」
人外のことに関しては、両親共に知っている。だからこそきちんと知らせておかないといけない。
「そうなんだ。うん、わかったよ。買い物以外はなるべく家にいるから」
「そうして」
「守羽は…危険なことしないよね?」
「もちろん」
危険だと思ったら手は出さない。なるべくはな。
でも、危険だと思えるギリギリまでは、行けるところまで行くかもしれない。
そんなことは口に出して言えないが。母さんが卒倒してしまう。
朝食を口に運びながら、俺は窓から差し込む陽射しに目を細める。
初夏らしい、爽やかな朝だった。
俺の気分はその対極にあるがね。



朝の通学路、いつもなら何も考えずにぼんやりと歩くその道を、今日は注意深く警戒しながら進んで行く。
反転した鎌鼬。人を襲う人外。
狙われやすい俺、人通りの少ない朝の路地。
組み合わせとしてはとても最悪だ。いつ鎌鼬に襲われてもまったく不思議じゃない。
家を出て少し歩いた先にあるT字路の真ん中に、見覚えのある長髪のシルエットがあった。
自然と早足になる。
「おはようございます、先輩」
「…ん。おはよう、守羽」
久遠静音さんが、眠たげに一つ控えめな欠伸を挨拶と一緒にした。
「やっぱり朝は弱いんですか」
「そう、だね。ちょっと眠い…」
目尻に涙を溜めて、静音さんはこくこくと頷く。
「じゃ、行きましょうか」
「うん」
目元を擦る静音さんを促して、通学路を二人で歩く。
「それにしても、珍しいね。一緒に通学しようだなんて」
いつも俺は基本的に一人で登下校する。誰かに誘われたりしない限りは。
でも今回は事情が違う。家を出る前に既に静音さんにはメールを入れておいた。
「そうですね、たまにはそういうのもいいかなと。…迷惑でしたか」
不安になりながらもそう訊ねると、長い黒髪を揺らして首を左右に振るった。
「ううん、君から誘ってもらえて嬉しかったよ。守羽の方こそ私と一緒が嫌なのかもしれないと思っていたから」
「……俺、そんな素振りしてましたか?」
だとしたらとんでもないことだ、静音さんに不快な思いをさせていたのなら俺は死んだ方がいいだろう。
「君は…いつも私と一緒に登下校してくれないから」
少し拗ねた風に、俯き加減で静音さんがぼそりと言った。
おかしい。
静音さんは俺なんかと一緒にいたいと言ったのか。なんも面白い話もできないし、学校ではあまり話さないし友達も多くはない俺だ。
学校の人気者である静音さんなら、もっと愉快な連中が寄ってくるだろうし、そっちと友好を深めた方がよっぽどいいと思っていたんだが。
「俺みたいな根暗と一緒だと静音さんの評判も落ちますよ」
言ってみて思ったが、多分落ちないだろう。
むしろ上がると見た。『あんな根暗野郎とも平等に接してあげる静音さんマジ天使』みたいなね。
ならそれはそれでいいか。
「守羽は根暗じゃないよ。それに、私の評判なんてどうでもいい」
何故かむっとした表情で俺のフォローをしてくれる静音さんはマジで天使だと思います。
でも、そう言ってくれるのであれば、俺として是非もない。
「それなら、お互いの時間が合えば一緒に登下校しましょうか」
「本当?」
「はい。静音さんが嫌じゃないのであれば」
この人は数少ない俺の好きな人だ。それに尊敬もしてる。
望むのであれば、可能な限り叶えたいと思う。俺にとってはそれくらい大切な人だから。
「もちろん。ありがとうね、守羽」
俺なんかが一緒に行き帰りを同行するだけでこんなにも嬉しそうな顔をしてくれるんならお安い御用過ぎる。地獄の果てでも付いていきますよ。
「それと、静音さん。向こう数日間はあまり外は出歩かないでほしいんです。また人外が出没したようなので」
母さんに言ったのと同じように、内容そのままを伝える。
人間の異能力者は何かと人外に関わる機会が多かれ少なかれある者が大半だ。静音さんもその例に漏れず、人外のことをある程度は知っている。
隠す必要は無い。が、伝えるのは必要最低限のことだけだ。
俺が関わるなんて知ったらまた心配される。
「うん、わかった」
静音さんも慣れたもので、俺の言葉に素直に頷いてくれた。
「守羽も、大丈夫なんだよね?」
「はい、もちろん。ただ万が一のこともあるので、帰りは家まで送ります」
嘘はついていない。
大丈夫だ、俺は大丈夫。
なんの問題も無い。
人外如きに手は出させない。絶対に。
守ってみせる。少なくとも俺が望む生活の、俺が住む世界の、俺が伸ばせる手の範囲くらいは。

     

「それじゃ、俺はここで」
学校の校門近くまで来て、俺は静音さんから数歩離れた。
「?…何かあるの?」
「昨日の宿題まだやってないんですよ。朝の内にやっておかないと」
片手を振ってすぐさま小走りで校門を抜けて校舎へ向かう。
一瞬だけ後ろを振り返ってみれば、もう静音さんの周りには同級生と思しき人達が囲み始めていた。今日も大人気だ。
俺がいたらあの人の学校生活の邪魔になる。
だから学校ではなるべく距離を置くようにしている。それでも静音さんはわざわざ一つ下の学年の教室まで来たりする。
それ自体は嬉しいんだけど、あの人はもう少し自分の生活を尊重して欲しいと俺は思う。勝手な考えでしかないのはわかっているが。
とりあえず、校舎には入った。あとはゆったり教室に向かおう。宿題は確かにやっていないが、まあどうにかなるさ。
二階へ繋がる階段を半分まで上ったところで、階下からおかしな叫び声が聞こえてきた。

「うぉらー神門みかどー!神門守羽はどこだらっしゃらぁぁあああーー!!」

やべえ、面倒臭いのが登校してきてる。帰れよ。
逃げるように階段を駆け上って便所に向かう。ホームルームが始まるまで個室便所で引き籠っていよう。野郎に見つかるのは不味い。



「…………」
昼休み。
屋上にある貯水槽の上で母さんの作ってくれた弁当を食べながら遠くを見渡す。
こんな場所からでは街の全景を一望することは出来ても、細かな部分を見ることなど到底不可能だ。
普通ならな。
(…もう少し強く、視力三十倍)
目を見開いてこの位置から見える範囲をぐるっと見ていく。
人間離れした視力でもって双眼鏡越しのようにすぐそば、手が届くのではないかと思えるほど近くに見える人や車をざっと見ていく。
視力を上げることはできても、透視ができるわけではない。結局見えるものには限りがある。
だが、これでも以上な速度で動くモノくらいは捉えられるはずだ。
風のように速い何かを。
「………駄目か」
両目を閉じて白米を口にかきこむ。
人の社会の中に紛れ込む人外を見つけるのは困難だ。それに連中はおそらく日中は動かない、行動するとしたら夜間だろう。
人に害成す鎌鼬は、真っ昼間から人を切り裂ける性質は無い。人が恐れるのは薄闇に覆われた黒色のその奥だ。
こんな風の気持ちいい青天の空の下では、ヤツも襲うに襲えまい。
(無駄なのはわかってたけどな…)
心の中で呟きながら、鈍痛の響く両の眼球を瞼の上から右手で押さえる。
“倍加”は、ノーリスクで使える力じゃない。
使った分の反動は大なり小なり必ず返る。
身体強化で“倍加”を使う時、同時に体の耐久力も比例して“倍加”してはいるものの、それでも強い力で殴ればそれだけ跳ね返る衝撃も大きなものになる。
視力の三十倍強化は、教科書を凝視するよりかは疲れる。長時間使うと目が開かなくなったり通常時の視力が一時的に低下したりする。
諸刃の剣だ。多用も過信もできたもんじゃない。
(出るとすれば夜、狙うとすれば能力者)
夜道をふらふらしてる異能持ちの人間がいれば、それは恰好の獲物だ。
俺の知り合いの異能持ちの中にはそんな人はいないと思う。
それに、必ずしも能力者が狙われるわけではない。あくまで、狙われやすいというだけの話であって。
「……」
黙々と弁当を完食し、立ち上がる。
とりあえず教室に戻ろう。いや、こんなに天気がいいのならここで寝てるのもいいかもしれない。少し陽射しがきついが、貯水槽の下に潜り込めば平気だろう。
そんな風に考えながら、食後の陽気で眠気に襲われ始めた俺の頭は屋上のドアが勢いよく開く音で一気に覚めた。
バンッ、ベキョッッ!!
確実に何か壊れた音もした。蝶番かドアノブか。
あとで先生に言いつけておこう。そもそも屋上は立ち入り禁止だし。
「見っけたぞ神門!!おら勝負だ勝負!!」
やかましい大音声が下から響く。
「…おい、ゴミクズ。一度勝負に負けたら一週間は勝負申し込むの禁止っつったの忘れたのか」
のそりと貯水槽の上から顔だけ出すと、眼下には腕を組んで俺を見上げる怨敵の姿があった。
「だから来たんだろうが!一週間、今日でお前に負けて一週間目だっ!!」
「まだ五日しか経ってねえよボケカス……」
とうとう日数すら数えられなくなったのか、哀れな…。
「それに俺は取り込み中だ、勝負なら来週にしてくれ」
「いやだから今来ただろうが寝ぼけてんのか!?」
「来襲じゃねえよ!次の週にしろって言ってんだアホ!」
学校内では非常に貴重な話し相手だが、いかんせん頭が手遅れなヤツだ。どうやって俺の居場所を突き止めたか知らないがとにかく最悪だ。
辟易しながら、手で追い払うジェスチャーをする。
「お前、自分で作ったルールを自分で破るのか…?る、ルールブレイカー…さては貴様キャスターだな!?」
「先に約束破って怒鳴り込んできたのはそっちだ。これでおあいこだろ」
わなわなと震えているそいつを見下ろして適当にそう返す。
溜息は幸せを逃がすというが、もう俺に幸せなんて残っていないかもしれない。
俺の学校での知り合いにはロクなのがいない。
朝に会ったばかりだというのに、無性に先輩に会いたくなった。
早く放課後にならないかな…。

     

「守羽だよね、お昼休みに中庭をすごい速さで走っていたの。大声を出して追いかけていたのは、一年の学年主任だったみたいだけれど」
「最悪でした……」
下校路の途中。
今日何度目になるかわからない溜息をつきながら、俺は隣を歩く静音さんに愚痴を溢す。
「立ち入り禁止の屋上に無断で入った上にドアを破壊、さらに同学年の男子に恐喝紛いのことをして挙句に暴行まで働いたとかなんとかで追いかけ回されました…」
実際にやったのは屋上への無断侵入だけだ。他は完全なる冤罪。
「大変だったね」
俺を責めることもなく、静音さんはそれだけ言って頭を撫でてくれる。
「……責めないんですか?酷いことするヤツだな、って」
「…?だって、していないでしょう?」
当たり前のことのように静音さんは俺の言ったことを全て冤罪であると信じてくれている。
信じてくれているのは涙が出るほど嬉しいんだが、それだと逆に屋上侵入の件に関してとことん申し訳なくなってくる。期待を裏切ってしまったような気分だ…。
あのあと、結局面倒臭くなってギャーギャー騒ぐそいつと勝負して気絶するまで叩きのめした。そこへ絶妙なタイミングで学年主任が物音を聞きつけて屋上へやってきた。
全ての罪が俺へ集った瞬間である。
俺の話を聞かず問答無用で鉄拳制裁を下そうとしてきた筋肉ゴリラ主任をまさか“倍加”でボコボコにするわけにもいかず、学年主任の怒りが落ち着くまで逃走を続ける選択肢しか俺には選べなかった。
絡まれたら先輩でもなんでも最悪返り討ちにできるが、さすがに教師は不味い。
結果として目が覚めた例の同級生がボコられたのにも関わらずやたらテンション高く俺の弁護をしてくれて、どうにか冤罪だということはわかってくれた。
しかし屋上にいた事実は覆らず、それはそれで反省文という形で後日学年主任に提出するということで勘弁してもらった。
「最近、いいことなくて気が滅入りますね」
不良の先輩には絡まれるわ、おかしな人外にも絡まれるわ、頭の足りない同級生に絡まれるわ、学年主任に絡まれるわ。
絡まれまくりか。そろそろ心労で胃に穴が開いてもおかしくねえぞこれ。
「大丈夫。きっといいことあるよ、はい」
そんな俺にやさしいお言葉を掛けてくれた静音さんは、鞄から取り出した何かを俺の手に握らせる。
「糖分とって元気出して」
黒糖飴だった。渋いな…。
「ありがとうございます」
包みから黒い飴を取り出して口に放り込むと、甘ったるい匂いと味が一気に口の中に広がった。
いつもなら別れる地点であるT字路もそのまま一緒に右へ曲がり、静音さんの家の前まで送り届ける。
「気をつけてくださいね、夜間は外を出歩かないようにしてください」
「うん。守羽も、気をつけてね」
手を振って家の中に入るのを見届けて、俺もさっさと自宅へ向けて歩を進めた。



夕食後、母さんには友達と遊びに行ってくると言って外へ出た。少し遅くなるとも伝えて。
やはり人の姿のない夜道を無言で歩き通して、早一時間といったところか。
“倍加”の力を展開させたまま、俺は街の外周を人気のない道を選んで延々と歩いていた。
一応、歩きながらも探してはいた。が、別にこっちから探す必要もないだろうとも思ってた。
なんの為にわざわざ自らの異能を晒して歩いているのか。
まともな理性が『ヤツ』にあるのなら、きっと真っ先に俺へ狙いを定めていたはずだが、話を聞いた限り考える頭は今はないようだ。
だが、『鬼を殺した人間』という認識や情報が無くとも俺の力は感じ取れるはずだ。
馬鹿な人外にとっては『最高に美味な餌』。
思考能力を失った獣のような人外にとっては『最高に殺したい獲物』。
異能は人外を引き寄せる、いわば香りのようなものだ。連中はこれに寄って来る。
あの鎌鼬の女の話が本当なら、そういうことだ。
ならきっと来るだろう。いや来てくれなければ困る。
来い。
来いよ。
光の届かない薄暗い道を選んで、ただ無心に歩く。
誰の為というわけでもない。強いて言うなら俺の為。
自分の為に、俺はここにいる。
俺が、俺の望む世界に居座る為に、俺は関わる。
何事もなければ一生関わり合いになりたくないそれに、正面から関わる。

「…………」

その時は、思ったよりも早かった。
正直なところ、今日は無理だと思っていた。数日を掛けてゆっくりと待つつもりだった。
だからこれは言ってしまえば予想外だ。
予想外に早く、事は済みそうだ。

「…はっ、来ないのか?人の血に飢えた薄汚いイタチ野郎」

挑発には乗らなかった。当然か、自我が喪失しているのだから。
獣を煽ったところで意味は無い。
風を纏った黄土色の獣は、我を忘れている割には冷静に俺を観察していた。
ーーー全身体能力、二十倍で固定。
自分自身にそう唱え、闇夜の奥を静かに睨む。
出方を窺っていたのは互いに同じ。
だが堪え性がなかったのは向こうだった。
獣が吠える、先手が放たれる。
闇を切り裂く不可視の斬撃。二十倍強化の触覚が身に迫る脅威を感じ取り、同倍強化の視覚が空中の塵を裂いて飛来する斬撃を見切る。
邂逅から衝突まで、一分もなかった。

『旋風』を司る転ばせ役、名を転止てんとと呼ばれていた鎌鼬は、一目で正気ではないとわかる形相で襲い掛かってきた。

       

表紙

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Neetsha