力を持ってる彼の場合は
第二十話 その力、より深く
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「なあ神門、あいつさー…ってオイ!」
何か言い掛けていた東雲を無視してシモンとかいう女に向けて走り出す。
まずは三十倍で様子見、動き次第で強化は考える。
「…フン」
突っ込む俺を冷やかな目線で見据え、シモンが短刀を突き出す。
明らかに空振りだ、距離が足りない。
何を考えてんだと思っていた俺の額に、刃の先端が触れた。
「なっ」
「あっぶねぇぇえええ!!」
両眼を見開いた俺は、直後に後ろからスライディングしてきた東雲によって両足を盛大に払われて空中を半回転したのちに地面に背中から落下した。
「ごっふ!なにしやがる東雲この馬鹿!」
「話を聞けっての!あいつ、変な攻撃するんだよ!距離とか関係なく刀が飛んでくんだ!」
すぐさま起き上がって罵声を飛ばす俺に、東雲はシモンを睨んだままそう叫んだ。
刃が掠った額に触れながら、俺も並んでシモンを見ようとして、その前におかしなものを見た。
さっき俺が突っ込んだ場所、空中の一点から刀身が伸びていた。その分、シモンの持つ短刀の刃も消えている。
まるで短刀から刀身だけが分離して出現したかのように。
「チッ余計なことすんじゃねーよ霊媒者。殺し損なったろ」
「殺させるわけねえだろ、馬鹿が!」
苛立たし気に短刀を引くと、消えていた刀身が柄から戻り、逆に空中に静止していた刀身も消えてしまった。
それを見て俺も納得する。
「なるほど、変な攻撃ってのはあれか」
「ああ、あれでオレ三回くらい殺されかけたからな!」
実際は致命傷だっただろうから三回殺されたのでも合ってるとは思うが黙っておく。
「異能の力で間違いないんだろうが、よくわからんな」
武器のリーチを埋める、あるいは物体の空間を越える?能力の詳細がわからないことには打開策も浮かばない。
「ハッ。異能、異能ねー……」
俺の呟きを聞き取ったシモンが、愉快そうにくっくっと笑い左手を軽く上下に振るう。
直後、
「ざけんじゃねーよ」
その左手で作った拳を下から抉り込むように持ち上げた。
拳は途中で形を消し、俺の腹に衝撃と共にミシリと音を立てて沈み込んだ。
「…っ!?あ、がっ」
「マジかよ!」
俺の様子ですぐに反応を示した東雲が突然現れた左拳を蹴り上げるが、接触の間際に左手はその場から消えシモンの元へ戻っていた。
「ごほっ!いっつ…」
「んな薄っぺらいもんと一緒にすんなっつーの。馬鹿にすんのも大概にしろ」
吐き捨てて、シモンは左手を腰の後ろへやり、そこにあった二本目の短刀を抜いた。
「まあいーや、ひとまずの目的を達するかね。神門、てめーは殺す。そこの霊媒者も殺す。女も殺す。ってかてめーの周りの人間は全員殺す」
「ふざけてんのは…テメエの方じゃねえか。なんなんだ、俺になんの恨みがある。俺はテメエなんて知らねえぞ」
「だろーな。だがあたしは知ってる、中途半端にごちゃごちゃ混ざってる気持ち悪いてめーの存在を知ってる。だから殺しに来た」
まったく意味がわからん。
この女は俺のことを知ってるらしい上に殺したいほど恨んでいる。俺の友人知人を皆殺しにしてもまだ気が済まないほどに。
異常だ、この殺意は。
ますます心当たりがない。自分で言うのもなんだが、人間にここまで憎まれることをした覚えは本当に無いのだから。
「わけわかんねえ!ぜんぜん話にならねえな神門!」
大声で割り込んできた東雲が、俺に近づいて耳打ちする。
「なあ、とりあえず静音センパイを無事なとこまで連れてけよ神門。ずっと縛られたまんまじゃ辛いだろ」
目線で背後にいる椅子に縛られたままの静音さんを示して、
「その間はまたオレが適当に相手すっから」
「適当にって言うけどな、相当強いんだろ?お前だって不死身じゃねえんだから一人でやるのはヤバいだろ」
「深度もっと上げるから平気だ」
その言葉に俺は目を細めて東雲の顔を見る。
「本当に平気か?それ」
東雲の持っている二つの力については俺もよく知ってる。悪霊による“憑依”の力の代価である浸食を異能による“再生”で拮抗させてプラマイゼロにしているのが東雲の状態だ。
深度を上げるということは、“憑依”をより深いところまで潜ってより高い人外の性質を身につけるということ。当然ながらそれに応じて“再生”も引き上げる必要がある。
二つの力を競り合わせバランスを保ちながら引き上げていくのはかなり難しい。どちらかの力が暴走する可能性もそれだけ高くなる。
それを一番よくわかっているはずの東雲は、親指を立てた右手を上げて見せて、
「お前が来るまでにざっとの調整は済ませておいた。オレだってただボロボロにされてたわけじゃないんだぜ?」
正直、こいつの言葉はあまり信用できない。すぐどっかしらでバランスを崩すような気がしてならないんだが、でもやはり力に対する理解度が最もあるのも東雲自身なのだ。多少怪しくても信じてみるしかない。
これ以上問答を繰り返して時間を消費するわけにもいかないしな。向こうはもう待ってくれそうにはない。
「わかった、頼む。数分で戻るから」
「おうよ」
「…ほんとに悪いな。どうやらお前も静音さんも俺のせいで巻き込んじまったらしい」
昨夜東雲を襲ったのも、俺の友人だと知ってのものだろう。よく見ればあの女、昨日飯食った帰りにぶつかった女だ。俺と一緒にいた東雲と静音さんの存在はバレてたんだ。
つまり俺のせいで東雲は殺されかけ、俺のせいで静音さんは拉致られた。
「気にすんなよ神門。お前の敵ってことは、そりゃつまりオレの敵ってことだからな!」
しかし東雲はそんなことまったく気にしていない風で笑ってみせた。こいつのこういうさっぱりしたところは嫌いじゃない。
「…あー、来るのを返り討ちにしてやろうと思ってたけど。もういいや来ないみてーだし」
こっちの先手を待っていたらしいシモンが面倒臭そうに右手を突き出した。短刀の刀身が消え、俺の眼前に突如として迫る。
「ぃよっと!」
それを隣に立っていた東雲が手を伸ばして受け止める。刀身を握って強引に勢いを止めた切っ先が俺の眉間数センチ手前で止まる。
「行けっ神門!」
「ああ」
俺はすぐさまシモンに背中を向けて走り出す。そして縛られていた静音さんを椅子ごと抱え上げ、東雲が蹴り破ったらしきシャッターを潜って外へ出る。
「野郎!逃がすかっ」
シモンが左手に握るもう一本の短刀を突き出そうと持ち上げた瞬間、視界いっぱいに足が迫った。
「くっ!」
顔を後ろに逸らせてその蹴りを回避すると、脚撃の反動を利用して跳び上がり身を半回転させた東雲が逆の足裏でシモンの腹を蹴り落とす。
「よう、もうちょい遊べよ。オレは殺し甲斐あると思うぜ!?」
「てめー…ますます人間離れしやがって…!!」
深度を上げた東雲の身体能力に苛立ちの声を漏らして、シモンは両手の短刀を東雲へ向ける。
「すいません静音さん、もう少し離れたら縄解きますんでっ!」
「う、んっ」
椅子ごと抱きかかえられた静音さんが若干顔を赤らめながら頷いたのを見て、俺も“倍加”を上げて脚力を強化していく。
静音さんには悪いが、この辺の倉庫に隠れていてもらうしかない。あまり遠くまで運んでいる時間はないし。
もはや誰にも使われていない倉庫の一つを適当に選び、扉を蹴り破って中に入り静音さんを慎重に下ろす。
後ろ手に縛られた縄を解いていく。
「…ねえ、守羽」
縄を解きやすいようにじっとしてくれていた静音さんが、おもむろに口を開く。
「由音君って」
「ああ…静音さんも見ましたよね?あいつの力」
静音さんはあいつの能力を見るのは初めてだ。俺から言ったこともない。
初見の人は驚くだろう。あの“再生”の力は。
「びびりますよね、あんな傷がすぐ治ってるの見れば」
「うん。それもなんだけど…あの、悪霊の力とか言っていたのは…」
そっちの方も知っていたのか。東雲が自分から言ったのか、あるいはシモンの方が暴いたのか。
どの道知ったのなら気になるだろう。
「あいつ、霊媒体質らしいんですよ。幽霊とか悪霊とか、そういうのに憑かれやすいんです」
そしてやつの場合はさらに運が悪かった。
「産まれる前、胎児の頃から悪霊に取り憑かれてたらしくて、出産は無事に済んだらしいんですが、悪霊は完全に東雲の体に定着していて」
そういう場合、内側に潜む悪霊が産まれた人間からどんどんと寿命を削り喰らっていく為に普通であれば非常に短命な身の上となるのが確定する。
…のだが、東雲の場合はさらに稀有なケースだった。
「でも子供の頃に“再生”の異能が発現して、それでかろうじて生き長らえることが出来たって話らしいですよ」
それがなければ、おそらく俺が東雲と会うこともなかっただろう。
人が願い想う事柄の一つ。
傷を治したい、怪我をしたくない、失った四肢を取り戻したい、健康でありたい。
そういった人々の願いの集積が成した能力が“再生”だ。大多数の人間が願い具現した力は全ての人間に無作為に無差別に発現する者を選別する。
意思なき選定に東雲は選ばれた。生きる術を手に入れた。
「そうなんだ…。でも、大丈夫かな。いくら傷が治るっていっても」
静音さんは置いてきた東雲の身を案じているようだ。
「大丈夫だと思いますよ、あいつなら」
だから、その不安に対して俺は確たる自信を持って答える。
「死にづらいってのもありますし、一応あいつは強いですからね」
「そうなの?でも、守羽よりは…」
「いや、俺より」
言葉の意味を図りかねたように小首を傾げる静音さんに、俺はもう一度しっかりと言う。
「あいつは、ちゃんとその気になれば俺の五十倍よりも強いんですよ」
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概念種。
幽霊、生霊、死霊、怨霊、悪霊、その他肉体を持たない存在等のことを指す言葉。
これらの存在には総じて“憑依”という能力が備わっている。それは肉体を持つ者へ干渉し、代価と引き換えに力を貸し与える。
大抵は寿命だが、モノによっては供物、生贄。何らかの条件を呑むことなどで代価が成立する場合もある。
高位の概念種には意思あるものが多く、貸し与える力も特殊なものが多い。
逆にろくな意思も無い低位の概念種は、基本的にたいした力を持たない。
悪意しか持たない低位の概念種は、人間に取り憑き寿命を奪うことしか知らない。貸し与える力というのも、せいぜいが人間離れした身体能力や肉体耐久力など。寿命と引き換えに得る力としてはあまりにも割りに合わない。
だが連中は強引にでも力を貸し与え、そして強引に寿命を喰らっていく。
故に低位の概念種は性質が悪く、妖怪退治や霊障処理を生業としている者達からは疎まれている。
東雲由音も、そんな低位の悪霊に憑かれた哀れな一人である。
しかも由音の場合は胎児期から“憑依”され、出産時には既に寄生の段階が魂との癒着にまで至っているどうしようもない状態だった。
五年生きられれば妥当、十年生きられれば奇跡と呼べるその状態で産まれ育ってきた由音は、しかし今現在こうして出生から十六年目を迎えている。
答えは言わずもがな、“再生”の異能が発現したことによる、奪われた代価に対する再生。
どれだけ奪われても、奪われた分だけ回復する。
それはつまり、悪霊が望みもせずに提供してくる人外の力を、望む分だけ好き勝手に使えるということに他ならない。
失うものはなく、ただ得ることだけが出来る。
…まあ、それすらも“再生”との拮抗を保たなければその限りではないが。
(見える、…追える!)
“憑依”の深度を上げたことで肉体の全パラメーターが飛躍的に上昇した身で、東雲はシモンの二刀を見切り躱す。
(まだ上がる、いけるとこまで上げる!)
自分の内側に巣食うモノへ代価を注ぎ込む。
由音の調整次第でまださらに上げることは可能だが、今の段階ではまだそれも済んでいない。それに深度を上げること自体にもリスクはある。
だが今の状態でも充分だと思えた由音は、上げられるところまで上げてからそれを固定する。
(守羽が戻ってくるまでの数分!あの変な攻撃についても見切ってやるっ!)
多少の余裕ができた状態で、由音は攻める。
「調子に乗んなっつの!」
シモンが短刀を突き出すのを紙一重で躱す。が、回避した短刀が胸に突き刺さる。
(そういう使い方かっ)
空振った攻撃を再度当てるのにも、あの空間を跳ぶ攻撃は有用だ。これを防ぐには鎧でも着込んでいなければ不可能だろう。
もちろんそんなものがあるわけもない。由音は短刀を突き刺されたまま思い切りシモンの顔へ拳を振るう。
シモンの眼前で由音の拳が手首まで消えた。
「っ…!」
「散々見てたんだからさーこういう使い方もできるって思わなかったか?」
シモンの肩越しに見える倉庫の向こう側に、自分の拳が浮いているのが見えた。
自分の拳や武器だけじゃない。
相手の攻撃ですら、同じように跳ばせるのか。
急いで引き抜いたが、振り抜かれた斬撃で手首が撥ねられる。
(ここまで深度を上げても一撃で斬り落とされるか!)
今や由音の体は常人の数倍は硬くなっているはずだ。それでも女の一振りで切断できてしまうということ自体もうおかしい。
あの空間を跳ばすおかしな力以外にも何かあると見た方がいい。
すぐさま手首を拾い、シモンの斬撃をわざと受けて後方へ下がる。
「くっそぅ、人の手足をバンバン斬りやがって…」
「どーせ治るんだろー?おら、待っててやっからすぐやれよ。あたしは寛大だからなー」
言いつつ、シモンも本当に手心を加えて切断が治るのを待っていてやっているわけではもちろんなかった。
(裂傷、打撲、骨折、切断………どれも遅くなってやがんなー)
手首をくっつけて切断面が跡形もなく治癒するのを見届けながら、シモンは数えた秒数を照らし合わせて思考する。
由音が“憑依”の深度を上げたと思しきタイミングから、傷の治りが少し遅くなっている。ざっと、十秒から二十秒の間。
それでも驚異的な再生能力であることに変わりはないし、いくらやっても際限なく再生するのはとても厄介だ。
しかし、治る時間が長ければ長いほど、こと戦闘においてはシモンが有利になろうことは明白だ。
この短時間できちんとした正解は出せないが、大体の予想はついた。
(“憑依”を深めると、浸食に抵抗する為にそれだけ“再生”の力を使う必要がある。つまり肉体浸食に異能を回すと肉体損傷に回す余力が減るってわけだ)
悪霊の“憑依”を二十引き上げれば、それに応じて“再生”も二十上げなければ拮抗せず、バランスが崩れてしまう。そちらに意識を向けるがあまり、怪我に対する“再生”が遅れる、あるいは再生力そのものが低下する。
シモンはそう結論付けた。
(だからどーしたって話だがな。再生能力が落ちたとしても、その分動きが鋭くなっていきやがる)
現に、深度を上げてからの由音に攻撃を当てる回数は減ってきている。防御か回避でシモンの攻撃を掻い潜ってきているからだ。
「ったく、だりーなぁ…」
最優先に殺すべき相手より先にこんな悪霊憑きに手間を取らされていることがたまらなく腹立たしい。さっさと息の根を止めて、あの男を殺したいのに。
(あのよくわからん現象、自分以外にも通用するんだな…)
手首の結合が完了し、由音がシモンの出方を見ながらまた考える。今さっき受けた貴重な体験を思い返しながら。
(まるで感覚はなかった。拳突っ込んだらそのままスルッて違うとこから拳が出た。空間に穴が開いたみてえな……)
あれは考えたところで理解できるものではないと、直感的に感じた。ただ、せめてその仕組みくらいは把握しておきたい。
(そもそも異能じゃないってわりにはそれに近い感じなんだよなあ)
五感すら人外のそれに変質されている今の状態では、シモンの使っているそれがどういったものなのかの大体の感じすら掴める。
極めて異能に近い何か。
(それが、あの女以外に二つ)
倉庫の壁際、違う位置に一つずつ。
何かがある。仕掛けか、罠か。
よくはわからないが、普通ではない気配を由音の五感は捉えていた。
その方向へ視線を向けようとした時、シモンが由音の眼球の動きを読み取って右手を突き出した。
「っ!」
喉のすぐ近くから突き出た刀身をギリギリで避ける。五感に集中していると、あれのタイミングも僅かに読めるようになる。
「余所見すんなよー霊媒者。現実逃避か?」
視線を固定させるように、シモンが連続して空間を越える刺突を繰り返す。
確かめている余裕は無い。
(ひとまずはそっちか!ちょっとわかってきたしなっ!)
刺突を避けながら、由音は例の攻撃がどういうものか掴み掛けてきたままさらに確信に近づける為に再度飛び掛かる。
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▼
縄を解いた静音さんには安全圏と思われる位置の倉庫に隠れてもらい、俺は全速力で東雲が単身闘っているあの場へと戻った。
壊れたシャッターを潜った瞬間、目の前をズザァッと靴底を滑らせた東雲が後退してきていた。すぐ治るとはいえ、全身傷だらけだ。
「おい東雲、待たせたな」
「いやあ、へへっ。いいタイミングだぜ神門」
「?」
目に入った血を手で拭いながら、愉快そうに東雲は笑う。
「…チッ!」
向こう側で大きな舌打ちをしたシモンは対照的に苛立った顔をしている。ってかあいつはずっとあんな顔か。
「穴だ、神門」
「あな?」
突然の言葉に俺は意味がわからず鸚鵡返しで問い返す。
「なんだよそれ」
「いやだから穴!あいつなんもない空間に穴開けてんだよ!そんで違う場所にまた穴開けて繋げてんだ!」
東雲の説明の仕方が下手なのか、俺の理解度が足りないのか。ちょっといまいち言ってる意味がまだわからない。
えー、要するには。
「違う場所と場所に二つの穴を開けて、そこを通過して短刀を突き出したりしてたってことか?」
「そうだ!多分なっ」
つまり、シモンは自分の目の前の空間に一つ穴を開けて、さらにそこから通ずるもう一つの穴を俺達の眉間や急所の位置に開けて刺突を繰り出していた、と。
わりかし単純な力らしい。下手に深読みし過ぎたか?
「じゃあ、二人で仕掛ければどっちかはまともに一撃入れられるってことだな」
攻撃を繰り出すのもこちらの攻撃を流すのも、二人同時に捌くことはできないだろう。俺と東雲で合わせて攻撃すれば対処は一人分遅れる。
「東雲、俺は右側か、出来れば背後を取る。お前は左か前で仕掛けろ」
全身体能力四十倍に設定し、足腰を踏ん張りスタートダッシュに備える。
「了解っ」
既に完治した体で東雲が声高く返事する。
「……」
二人揃ったのを見て、シモンも無言で二刀を構える。
「行くぞ」
「おうよ」
どちらからともなく、最初の一歩を思い切り踏み込み飛び出す。
「ハッ!」
シモンが左の短刀を突き出す。刀身が消え、消えた刃はーーー、
(触力三十五倍!…やっぱり俺かっ!!)
五感の内、触覚だけを強化させた俺の肌は直前で迫る刀身の風圧を感じ取った。全速力のままで顔を僅かに傾けて刺突を回避する。
ヤツはやたら俺に固執している。二人の内どちらかを狙うとなれば間違いなく俺へ来るだろうとは踏んでいた。
ともあれ初撃はやり過ごした。シモンが短刀を引き戻す間に俺と東雲なら充分に懐へ潜れる。
「でりゃぁ!」
(右腕力四十五倍!)
“憑依”で強化された東雲の蹴りが馬鹿正直に真正面から、瞬間的に“倍加”を引き上げた俺の右ストレートが回り込んだシモンの背中から後頭部を狙って放たれる。
そして。
「…な」
「マジかこの女!」
俺の拳打はずっと離れた倉庫の壁を叩き壊し、東雲の回し蹴りは天井に吊り下がる埃を被った照明を蹴り割った。
二人の攻撃が、二人とも決して届かぬ場所へ激突していた。互いに攻撃を繰り出した部位が消失している。
一瞬、あの瞬間に二刀で斬り落とされたのかとぞっとしたが、違う。壁を殴った感覚はちゃんとあるし、今だって驚きで反射的に引っ込めた拳は消失した空間から引き抜かれて戻った。
「…ばーか」
「くっ!?」
驚愕に身を硬直させた俺に、シモンが二刀を振りかざす。正面の由音はすでに首と腹を斬り裂かれて仰け反っていた
「おあぁぁ!」
左から振るわれる、脇から斬り払う斬撃を硬く握った拳で殴り弾く。刃に触れて破けた手の甲の血管から血が噴き出る。
まだ右がある。
先に眼球を巡らせてシモンの右手を確認する。逆手に持ち替えた短刀を顔の高さまで上げたシモンがそれを一気に振り下ろす。
狙いは頸部か心臓部。
切っ先の狙いから察し、振り払うべく逆の拳に力を入れた時、不意に刀身が空間に呑まれて消えた。
(!?、しまっ)
気付いたが遅すぎた。
この近距離でさらに空間を越えた刀身が、首でも胸でもなく、さらにその下の大腿を突き刺していた。
シモンが冷徹な表情で逆手に握る短刀に力を込めながら、口を開く。
「穴だとか、適当なこと言うな。こりゃ門だ」
貫通した刃が深々と太腿に沈み、シモンが傷口を広げるようにぐりぐりと短刀を捻る。
「がっあああああ!!」
痛みに目を見開き、俺は無理な体勢から強引にシモンへ拳を突き出すが、拳は空間の穴に消えシモンに届かない。
「空間を行き来するのに門を二つ使うが、なんであたしがそれしか使えないと思ってたんだてめーは。あたしを誰だと思ってる」
短刀を引き抜き、俺の腹へ膝蹴りを叩き込んだシモンが怒りに身を任せるように雑な大振りで俺へ目掛けて短刀を振りかぶる。
「あたしはシモン。四の門より集う力を束ね担う、『四門』の人間だ。ナメんなよ腐れゴミカスの『神門』モドキが!」
叫び、四門の一撃が俺の首元へと吸い込まれるように的確な軌道を描いた。
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