Neetel Inside ニートノベル
表紙

力を持ってる彼の場合は
第二十三話 そして動き出す者達

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朝の登校中、貧血で倒れ、そのまま道端で気を失っていた。
それを探し回った俺が見つけ、無事を確認して学校へ連絡。
大体こんな感じの説明で通った。もちろん静音さんの不登校理由の話だ。
電話で連絡したあと、俺達は揃って学校へ向かった。
既に昼とっくに過ぎていたが、教師は怒ることなく静音の具合の様子を念入りに確認し、さらに保健室へ連れて行った。
俺も特にお咎めは無し。東雲との交戦があって俺も東雲も盛大に遅刻していたのだが、それもどうやら見逃してくれるらしい。
いきなり先生へ報告も無しに飛び出した点だけ注意され、それで終わり。
一番怒られたのは東雲だ。あいつだけ遅刻の理由も登校しなかった理由も無かったから。一応は俺からも静音さんの捜索を頼んだということで理由を作ってやったのだが、学生同士で勝手に話をつけて学校を出て行った時点でアウトらしい。まあそうだよね。
というわけで保健室でもなんの異常も見受けられなかった静音さんは、念のためにそのまま早退ということで帰宅することになった。っていうか俺らもそのまま帰った。
事情説明したり東雲が怒られたり状況を説明したり東雲が怒鳴られたりしていたらもう下校時間になっていた。東雲は不貞腐れていた。
「おかしくね!?オレだけなんでよ!」
「まあ…さすがに同情はする」
「ごめんね、由音君。私のせいで」
「いや別にセンパイのせいじゃないっすけど…くっそーあの教師絶対許さん!」
そんな話をしながら、俺達は帰路についていた。なんだか今日は移動してばっかりな気がするな。
「今度なんか奢るからよ、機嫌直せや」
「いいや!!」
今回の一件を借りと思って提案したその言葉にも、由音はぶんぶんと首を振って拒絶した。
「おごんなくていい!ただお前には言っておきたいことがある!」
「…なんだよ」
びしっと人差し指で俺を指して、由音は言う。
「今度またこんなことがあったら、そんときゃオレも混ぜろ!それでチャラだ!!」
「なんだそりゃ…」
意味不明過ぎて困る。
普通は嫌がるだろう、こんな命懸けの殺し合い紛いのことなんて。戦闘狂かこいつは。
「どうせちゃんと理由言ったってお前納得しねえだろ!だから言わねえ!いいかー、次なんかあったら絶対オレ呼べよ!絶対だからなっ」
「…わかった、わあったよ」
それで納得するんであれば。…できれば巻き込みたくはないんだが、まあこいつなら普通の人間よりもかなり死にづらいし、大丈夫か。
それで満足したらしい由音が、俺達から離れて違う道へ足を向ける。いつの間にか分かれ道に差し掛かっていたらしい。
「じゃ、また明日なー。静音センパイも!」
「おう」
「うん、また明日。由音君」
俺と由音のやり取りを何故かご機嫌な様子で見ていた静音さんも、俺と同じように片手を挙げて手を振る。
「あ!そうだ!」
「まだなんかあんのか」
大声で振り返った東雲がやや離れた距離をものともしない声量で、
「いい加減、オレのことも名前で呼べよな!いつまでも苗字とかよそよそしいからやめろよ!」
そりゃお前もだろうが、と言いたかったが、やめた。
代わりにこう答える。
「ああ、わかった。じゃあまた明日だ、由音」
「おうっ、守羽!!」
互いに名を呼び、大きく鼻息を吐いた東雲由音が今度こそ片手を振りながら去っていく。
「やれやれ…」
楽しそうにステップを踏みながら遠くなる背中を見送り、軽く肩を竦める。
「よかったね、守羽」
「なにがですか?」
どちらからともなく歩き始め、隣の静音さんが柔らかい笑顔で俺に言った。
「ううん、なんでも?」
冗談めかして、静音さんは俺の言葉に曖昧な返事をした。
そんなこんなで、無事に静音さんを家まで送った俺の一日は終わった。
とても長い一日だった。色々なことがあって、どっと疲れが押し寄せてくる。
今日はもう風呂入って晩飯を食ったらすぐ寝てしまおう。
そう考えながら、俺は一人になった帰路に若干の侘しさを覚えながら家に帰った。
……全てがひとまず終わったのだと、勝手な勘違いをしたまま。

     

「四門、怪我の具合はどうだ」
「あぁ?…問題ねーよ、あとで治せる」
交戦後に撤退した二人の男女が、日の落ちた道路を歩いてる。人気を避けて細い路地裏を進んでいるせいか、ここまで誰ともすれ違うこともなかった。
折れた腕を押さえて、栗色の髪を三つ編みに束ねた女、四門が舌打ちする。
「傷を治したら、すぐさま殺しに行く。やっぱアイツ生かしておけねーわ」
「駄目だと言っただろ。しばらくはおとなしくしていろ」
薄闇に溶け込みそうな漆黒のスーツを着た男が、四門を諌める。
「てめーにゃ関係ねーもんなぁ。こっちは何度嬲り殺したって気が済まねーくらいだってのに」
ぼやく四門は、隣の男を見もせずに吐き捨てる。
「…四門、お前の気持ちはわかる。自らの家が成す存在価値を奪われたお前の言い分もよくわかっているつもりだ。だがな、」
言い掛けて、男は進めていた両足を止める。同時に、四門もその様子と異変を感じ取り足を止めて正面を見た。

「嬲り殺しは困るなあ。手を出さないでくれ、と言っても君には無理な話か」

「て、めぇ……!!」
「……」
薄暗い道の向こう側から、コツンと甲高く足音を響かせて一つの人影が立つ。
それが誰かは、二人にはすぐわかった。
だからこそ、四門は即座に無事な方の左手で短刀を引き抜き、門を通じて刀身をその相手の心臓へと跳ばす
パキンッ、と軽い音がして、四門の頬に切り傷が生まれる。
「ッ…!」
「やめておきなよ、そんな状態で勝てるわけがない」
迫る短刀を素手で折り、刀身を投げ返して四門の頬に掠らせた相手が当たり前のように言った。
「みかど、みか、ど……………………神門ォぉおおお!!!」
「四門」
折れた短刀を捨て、もう一本の短刀を抜こうとした手を男が止める。
「んだよッ離せクソがぁ!!」
「殺されるぞ。目的を達したいなら感情任せに動くのはやめろ」
「…相変わらずの冷静沈着っぷりだな、『陽向ひなた』」
苦笑混じりの声音で、向こう側の男が旧友を前にしてその姿を晒す。
「お互い様だ、神門。それと、俺とお前の仲だ。そんな他人行儀な呼び方はやめろよ、あきら
「そうか…そうだね。うん、久しぶり、日昏ひぐれ
薄暗い中で、神門旭は裏表のない純粋な笑みを向ける。ただしそれは、少し悲しげな色も見え隠れしていたが。
対する陽向日昏は、四門の腕を押さえたまま会話を続ける。
「何故ここに、俺達の前に現れた。そうまでして殺し合いがしたかったのか。いやまさかな、お前に限ってそれはない」
「さすが、よくわかってらっしゃる」
軽く笑って、旭は殺意の瞳で睨み続ける四門を一瞥して、
「僕だって出張りたくはなかった。でも仕方ない。君達は…君は僕の息子に手を出した」
「ハッ、クソ雑魚の神門守羽か。んだ、最近のモンスターペアレントってのは、ここまで悪質になったってのか?おっかねーご時世だなオイ」
「これ以上、僕の息子に手を出すな」
柔らかな表情で、恐ろしいほど冷たい声を出した旭が二人を視界に入れる。
「そもそも四門、君の狙いは守羽ではなく僕の方だったはずだ。君の恨みは僕に向くべきだ。なのに何故だ」
「そこまでわかってて、まだわかんねーわけねーだろ」
「なるほど、ならやはり僕を苦しめて最後に殺す為か」
「ほら、よぉっくわかってんじゃねーかよ。そーいうこった」
「なら」
ざわりと旭の雰囲気が変わる。それは羊が虎になるような、急激な敵意の増大。
思わず四門も身構える。
「順番は変わるがしゃーねー。先にてめーの死体を作って神門守羽を苦しめてやるとすっか」
「『四門』の力を最大限使ったところで、片腕の君では何もできない」
「その通りだ、だからここで騒ぐのはよせ」
二人の会話に割り込んで、陽向が掴んでる四門の腕を持ち上げる。
「いって…離せっつってんだろが!」
「俺はやめろと言っているんだ。勝ち目の無い戦いを挑むな。旭、お前もだ」
「…」
「本当にやるのなら、俺も四門に加勢する。万全の『陽向』と手負いの『四門』、それを同時に相手して不完全な『神門』はどこまでやれる?」
やる気満々の四門は置いておいて、神門と陽向が正面から見つめ合う。
やがて根負けしたかのように、神門が両手を上げた。
「…わかった、見逃す。次はない」
「ああ、次があるなら自己責任でやらせるさ。退くぞ四門、手間を掛けさせるな」
「陽向、てめー…」
「お前の命はここで無意味に散らせる程度のものか?考えるまでもないと思うがな」
「てめーもやっぱり、いけ好かねーわ」
憎々しく呟き、四門は等身大の門を広げてその中に姿を消した。開いた空間は一瞬で閉じ、あとには二人の男だけが残された。
「これは借りと受け取っておく、助かったぞ神門」
実際、自分と四門の二人掛かりだったとしても、おそらく神門を完全に打ち倒すにはまだ足りない。神門旭を殺すことはできても、間違いなく四門は死ぬし自分も深手は避けられない。
そんな状況でも見逃してくれるのは、旧友の情けだということだろう。
「ならその借りは今ここで僕の質問に答えることで返してくれ」
「なんだ」
「四門の名はなんという?」
まるでこの場において関係のないことのように思える質問に、陽向は目を細めて答える。
操謳みさおだ」
その名を聞いて、神門旭は呆れたように大きな溜息を吐いた。
「…相変わらず、一族は子にろくな名を与えないな。『四門』としての能力を十全に発揮できるようにとしか考えていない」
「姓名そのものに力を宿す家系の出は皆そんなものだ。俺もお前もな」
消えた四門の気配を遠くに感じながら、神門は否定も肯定もできないと言わんばかりにゆるやかに顔を左右に振るった。
「察するに、『四の門を操り、四の方位を謳う者』ってところか。おかげで方角を基盤に置いた属性の抽出まで可能としている」
「本人曰く、歴代四門家当主を凌駕すると豪語するほどだからな」
まるで道端であった友人同士が他愛のない話をするように、敵同士であるはずの二人は話す。
「陽向家の方はどうなってる?」
「ほぼ壊滅状態だ、お前のせいでな」
「やったのは日和ひよりだろう」
「事の発端はお前だ」
旭は肩を竦め、
「いいんだよ、あんな家滅んで当然だった」
「そのツケが今回ってきたんだ。お前と、その息子にな」
「それでも僕は…後悔はしていない」
「そうか」
ダークスーツを身に纏う陽向は、話は終わりだと言外に示して歩き始める。
対面に立つ神門へ視線を合わせたまま歩きつつ、ついでのように喋る。
「それでも俺はお前を許さない。滅ぼされた陽向の生き残りとして、お前は俺がこの手で殺す。お前の身内も含めてな」
「首を洗って待っているよ」
互いに何も手出ししないまますれ違い、数歩歩いたところでぴたっと立ち止まった陽向が、
「最後に忠告を。子供が大事ならまだ気は張っておけ」
「…なにを言ってる」
「俺達は動いた。なら神門守羽のもう片方の性質が連中を呼び寄せてもおかしくはない。四門は既に確認していたようだ」
「……そうか……」
いつか起こるとわかっていたことがついに起きてしまった。そんな辛く苦しそうな表情で、一言返した神門旭は前に右足を踏み出した。
背中を向け合う二人が、その姿を夜の闇へと溶け込ませて消える。

     

同じ頃、違う場所で。
黒髪の青年は草花を踏み締めながら歩いていた。
一面に森や花畑が広がっている、日本らしからぬ風景の土地。
その中ほどに建っている、煉瓦造りの建物。静謐な雰囲気を放つ、その神殿のような外観の重厚な扉を開き、青年は中に入る。
窓から入る陽射しで、内側は宝石のような輝きを照り返している。中は教会のような作りになっていて、中央の通路から両脇を長椅子が等間隔で設置され、最奥の壁には十字架が飾られていた。
「…ん、ん~?」
扉を開いた音に反応したのか、長椅子の一つに横になって丸まっていた何者かが起き上がる。
柔らかそうな黒い毛で覆われた耳をぴくぴくと動かして、
「……あー。レイス、おはよーおかえりー」
頭頂部に二つの猫の耳を生やした少女が眠たげな様子で声を掛けた。
「シェリアか。残念ながら今はもう日暮れだ。外の世界ではな」
「えっ、うっそぉ。時間が経つのは早いんだねー。日向ぼっこしてたらあっという間だ」
「お前は単に寝過ぎだ」
整った顔立ちの黒髪の青年、レイスと呼ばれたその者は、そう言って自身の尖った耳を何の気なしにぽりぽりと掻く。
「んん~~にゃぅ」
長椅子の上でうつ伏せのまま手足を伸ばした少女は、ぽきぽきと背骨や腰の骨を鳴らすと両足で大きく跳躍して回転、体操選手のように青年の前で着地と同時に両手を上げた。
「…どう!?」
「見事だ、と言えば満足か」
キラキラした瞳を向けて来るシェリアという少女に、レイスはあしらうように答えた。
「相変わらずクールでドライだにゃーレイスは。もちょっと良い反応してよ」
「そう言われてもな…」
困り顔で微苦笑するレイスの前で、白いワンピースの裾を揺らしてシェリアは腕を組んで見せた。腰の後ろでは耳と同色の黒い尻尾が左右に振られている。
レイスが特別大きいわけではないが、シェリアはレイスの胸の高さくらいまでしか背丈がない、小柄な少女だった。
若干ウェーブがかった黒い髪は肩にかかる程度まで伸ばされ、黒髪に埋もれるように猫耳がぴこんと二つ。
尾骶骨付近から生える尻尾と耳を除けば、一見して普通の少女にしか見えない。
だが普通の人間にはないものが生えている以上、彼女も当然人間ではない。
それは尖った耳を持つレイスも例外ではないが。
「シェリア、ファルスフィス殿はいるか?」
「うん、いるよ。いつもんとこ」
「そうか」
頷き、レイスは足を奥へと運ぶ。
神殿内部は奥の両脇にそれぞれ扉があり、そこに一つずつ小部屋がある。レイスはその内の右側の扉を開け入る。
右の小部屋には何も物は無く、ただその中央に下へ続く階段があるだけだった。
階下にいる人物に用件のあるレイスが階段を降りようとした時、逆に下から上って来る何者かの軽い足音が聞こえた。
「…おや、レイス。今帰ったところかい」
「ティト殿。はい、たった今」
赤いベレー帽を被った半袖短パンの小さな男の子が、見た目に似合わぬ口調でレイスに微笑みかける。
外見だけならシェリアよりも年下に見える相手に、しかしレイスは目上に対するような態度で会釈をした。
「ファルスに報告でもしに行くのかな?」
「はい。できればティト殿のお耳にも入れておいて頂きたい事柄なのですが」
「そうか、なら私も同行しよう」
朗らかな笑顔で、ティトという少年は階段を引き返す。
「ねーレイス、あたしは?あたしは行かにゃくていいのかにゃー?」
開け放たれた扉から顔だけ出して首を傾けるシェリアに、顔だけ振り返ってレイスは答える。
「我らが同胞に関する件だ、興味があるなら好きにするといい」
「ふーん、じゃ行こっと」
ぴょんと跳ねたシェリアが、身軽な動きでレイスの背中にしがみ付く。
軽いとはいえいきなり少女に背中から跳び付かれたレイスが、それでも姿勢を崩すことなく背中を振り返り、
「…動きづらいのだが」
「がんばって♪」
八重歯を見せてにぱっと笑うシェリアに嘆息し、レイスもそれ以上何かを言うことは諦め背中に背負ったまま地下へと降りた。
地下は地面が丁寧に磨かれており、等間隔に蝋燭が灯されていてわりと明るい。奥には大きなテーブルが一つ置いてあり、それを囲うように六つの椅子が置かれていた。
「…ねぇラバー?お願いがあるのですけれど」
「駄目だ」
その内の二つには既に二人の男女が座っており、何事か話をしていた。
妙に艶のある透き通った声色で切り出した女性が、即断した渋い声音の相手をじとっと睨む。
「……お話くらい、聞いてくれてもよくはありませんこと?」
「どうせ、新しい靴を作ってくれとかそんなところだろう。だから駄目だと言ったのだ」
テーブルの上に置いた木製の小槌を念入りに手入れしているその者は、顎に立派な髭をたくわえた小柄な中年男性だった。
身長のわりに横幅の大きい、小人がそのまま太ったような外見をした樽のような男の決めつけたような言葉に、うっと呻いた女性は直後に取り繕うように顔に笑みを湛えて、
「人はまず初めに相手の足元を見て、その履物によっておおよその人となりを判断するのだそうですよ。いつまでも同じものを履いていては、新しい履物を買う余裕もないほど貧困に苦しんでいる女なのだと侮られてしまいます」
「大昔の駕籠舁かごかきじゃあるまいし。今の世でそんなものだけで人を決める者こそ愚かしいものだ。第一だな」
ラバーという名の中年男性は、視線を小槌から対面に座る金髪の美女へと転じて、それから再び小槌に戻して深々と息を吐いた。
「…第一、俺はその『ヒール』とかいうのが付いた女物の靴は好かん。すぐ折って壊す女もいるしな」
「だからぁ、ヒールは女の武器でもあるんですってば。あれでちょっとカツーンッとやっちゃえば大抵の人は痛がりますからね」
「…お前はそんなものをつかわずとも、素手で殴れば普通の人間は気絶するのではないか?ラナよ」
「あー酷い、そういうこと言っちゃうんですか。女性にそんなこと言っちゃうんですか。酷いですねーこの髭面。寝てる間に全部剃ってしまいましょうか」
「やめろ…お前が言うと冗談に聞こえんのだ…」
若干怯えた表情でラバーが椅子ごと後ろに下がる。
「まったく…。あれ、ティトさん。何か忘れ物でもされましたか?あ、レイスも。戻ってたのですね」
「あたしもいるよー!」
「ええ、シェリアは知っています」
「ラナ冷たぁい」
「ラバー殿にあまり無理を押し付けるな、ラナ」
むっとした表情で、艶やかな長い金髪を揺らして美人の顔に皺が寄る。
「別に無理難題を押し付けてるわけではないのですけれどね。というかむしろそっちが本職みたいなものなのでは?」
「…だとしても限度というものがあるのだ。ラナ、お前は壊し過ぎだ」
「ぶー」
口を尖らせて、見た目に反した子供っぽい仕草でラナが引き下がる。
「レイス、ご苦労だったな」
ようやくラナから解放され、手入れも終わったらしき小槌を着用していた皮のエプロンポケットにしまいながら、ラバーがレイスに労いの言葉を掛ける。
「はい」
「何か発見はあったのか?」
「はい。ただ、少しばかり自分では判断しかねるものだったので、こうして情報を持ち帰った所存であります。皆にて今後の動きを検討しようかと」
「そう、ならちょうどいいですね。この場に全員、集まっていますので」
ラナが座ったまま周囲を見回す。
この場六人、全員がそれぞれを確認し合う。
「…ファルスフィス殿が見当たらないが?」
一人足りないことを認識したレイスが言う。
「え、ファルじいそこにいるよ?」
レイスの背中にしがみ付いたまま、シェリアが指で指し示す。
その先には蝋燭の光が届かない部屋の奥の壁際に置かれた揺り椅子があり、そこに深々と腰掛ける白髪の老体の姿があった。
「ええ、ずっといましたよ?ねぇラバー」
「うむ」
椅子に座っていた二人の言う通り、この地下には三人がいた。ティトも出て行く前にはファルスフィスの姿を確認していた。
暗所にいたのと、一言も言葉を発さなかったこともあってレイスの目には留まっていなかったらしい。
「もー、ファル爺もいるにゃらいるってちゃんと言わにゃいと、存在感と一緒に髪の毛もにゃくにゃっちゃうぞぉ?」
背中から跳び下りて揺り椅子に駆け寄ったシェリアが、その白髪の頭にとんと触れる。
「…?ファル爺?」
「「「「……?」」」」
戸惑いの声を上げるシェリアの様子に、他四名が顔を見合わせて視線を揺れる椅子に座る老人に集中させる。
「…………し」
「…、し?」
わなわなと口を開くシェリアに、代表してレイスが問い掛ける。すると、シェリアは猫耳を小刻みに震わせて、
「し、し…………死んでる」
「なん……だと………!?」
愕然とした表情でレイスが両膝をつく。
「えっ、いやいや嘘でしょう!?」
「こんな唐突に召されるかい!?流石におかしいと思うけど!」
「脈拍を取れい!心音を確認するのだ!」
いち早く動いたのはラバー。その横幅ある体をどしどしと動かして、安らかな表情で顔を伏せるファルスフィスの手首に指を当て、同時に胸に耳を押し付けて心臓の音を確認する。
「………」
ごくりと全員が息を呑んで見守る中、無言でラバーがファルスフィスから離れる。
「……で」
そのまま背中を向けていたシェリアの首根っこを掴み、引っ張る(身長が足りないせいで持ち上げることはできなかった)。
「普通に生きてるわけだが、シェリア貴様。冗談が過ぎるぞ馬鹿猫め」
その言葉で皆が一気に脱力する。
「なぁんだ、もう。タチの悪い冗談はやめてほしいですね、シェリア」
「本当だよ。笑えないからね、それは」
「まったくだ、弁えろ」
三人から一斉に言われ、しゅんと耳を垂らしたシェリアが隠れるようにレイスの背中に回り、
「……だーって、そんにゃ本気にすると思わにゃかったんだもん。ね、レイス」
「あ、ああ…まあ、そうだな」
一番本気にしていたレイスも、涙目になっているシェリアをフォローする言葉が見つからなかった。
「…む。なんじゃい、どうした皆の衆。随分と騒いでおるようだが…」
そんな中、ようやく目覚めた老人が、杖をついて揺り椅子から起き上がった。
「自分が外で集めてきた情報に関し、意見を聞きたいものがあったもので一時帰還致しました。話の傾聴をお願いしたい」
帯から何から真っ白な着物を着た白髪の老人。彼ら彼女らの纏め役であるファルスフィスを中心として、それぞれ中央のテーブルに集い会議は始まった。



「…ほお、妙な混じり方をした同胞か」
一通りの話を聞き終え、椅子に座ったファルスフィスがテーブルの上で両手を組む。
「はい。おそらく同胞と何かの混血なのだと思われますが、どうにもただの混合種ではなさそうな気配だったもので、どうしたものかと思い」
レイスはあの廃ビル群の中心地で勃発していた口の裂けた人外と人間との闘い、その一部始終を目撃していた。
あの力はどう見ても自分達と同じものだった。
混合三種トリプルミックスってことかにゃ?」
「いや、多く混じっていたとかいう話ではない。それに自分の感覚が正しければ、あの者は混合二種ダブルミックスだ」
テーブルに突っ伏していたシェリアの発言にすぐさま否定を入れる。
「妙というと、それは純粋な種の力ではなかった、ということなのかな?」
「そこまではわかりません。ただどうも人間種との混合のようでしたので、たとえ異能持ちだったとしても種の力がそれほど歪みや淀みを見せることはないかと」
背筋を伸ばして座るティトは、その答えを受けてうーんと唸った。自分の思うことを口にしようかしまいかと考えた時、それを違う者が言った。
腕を組んで座るラバーだ。
「いや。人間種の中にも異能に限らず特殊な力を宿す家柄や家系は存在する。連中は退魔師や調律者などと名乗っているな」
「人ならざるものを害悪と断じて片端から『退治』していくヒナタとかのう。昔はそうでもなかったんじゃが、時代の流れというやつか」
「ともかく、その少年も本質の半分はわたくし達の同胞ということなのですよね。でしたら」
視線をよこすラナに、ファルスフィスもうむと頷く。
「接触してみる価値はあるだろう。我らが目的は世に惑う同胞の保護、介抱。必要とあらば救出。…完全ではなくとも、我らと同じ性質を持つ者ならば接触して即襲撃してくるなどということもなかろう。レイス」
「はい」
「すぐにとは言わん。ここでしばし休息し、疲れを癒したらまた行ってもらえるか。コンタクトをとり、保護が必要な状況かどうかを見極めてもらいたい」
「わかりました。ではすぐに出立します」
「急ぐ必要はないぞ?また戻ってきたばかりであろう、まずはゆっくりと休め」
「いえ、自分はさほど疲れては…」
「疲れてにゃいなら遊んでよーレイスー!」
本当に出て行きかねない様子を見て、黒い尻尾をぶんぶんと振るってシェリアがレイスにまとわりつく。
「これが一段落ついたらいくらでも相手してやるから、少し我慢しろ」
「もー日向ぼっこして過ごすの飽きたー!!」
いやいやと首を振ってしがみつくシェリアを、レイスは困り顔で見下ろす。
「いいじゃないか、レイス。構ってあげても」
見かねたティトが助け舟を出す。
「しかしティト殿」
なおも渋る仕事熱心な青年に、今度は金髪をいじりながらラナが別の提案を出す。
「それでしたら、一緒に行けばよろしいのでは?二人でその街まで」
「遊びに行くわけではないんだぞラナ…」
「それはもちろん。でもレイスとシェリアならいざって時にも戦力的には問題ないでしょう?シェリアはここに飽きてしまったのですよ、少し外で伸び伸びと息抜きでもさせてあげてもいいではないですか」
「そもそも猫に一つ所に留まり続けろと言うのが無茶な話だ。一番懐いているのもお前なことだし、少し面倒見てやれ」
ラナに続いてラバーにまでそう言われ、どうしたらいいものかと視線がファルスフィスへ向く。
「ふむ…。確かにシェリアはまだ幼い。外を知り知識を深めることはいい経験になる。儂は悪くはないと思う。が、決定権はお前にあるぞ、レイス。好きに決めるといい」
「わかりました。…シェリア、あまり我儘を言うなよ。それが約束できるのなら、共に行こう」
「はいはーいっ、ありがとーレイス!借りてきた猫みたいにおとにゃしくするから安心してっ♪」
まるで安心できないが、確かにずっとここにいてはシェリアのような好奇心旺盛な娘には息が詰まる。その辺りを加味した上で、レイスはシェリアの同行を許可した。
「では、シェリアの準備もあるので少し時間を置いて、それから出立します」
「承知した。危険を感じたらすぐ戻れ、命あっての物種だぞ」
「はい」
「ねーねーファル爺」
上機嫌になって耳と尻尾を揺らすシェリアが、ファルスフィスに向かって挙手する。
「どうした」
「ずっと思ってたんだけど、あたしたちって、にゃまえないの?」
「名前?」
「うん。こうして集まって結構経つけど、ぜんぜんそこらへん決まってにゃいよね。って」
「我ら六人の、集団名ということか?」
レイスの言葉にこくんと頷くシェリア。
座ったままテーブルに頬杖をつくラナが今更何をと言わんばかりの表情で、
「あれぇ、わたくし達は『フェアリー』で通っているのではなかったのですか?」
「俺もそのつもりだったが」
「自分もです」
「私もだね」
「当然儂もだ」
ラナの言葉に、ラバー・レイス・ティト・ファルスフィスと続いて首肯するのを見てシェリアがばんっとテーブルを叩く。
「そんにゃ安易な名前にゃまえいやー!もっとかっこいいのがいい!
またしても騒ぎ始めたシェリアに嘆息した一同が、視線を交わして互いに頷き合う。
ここは下手に頭ごなしで否定するよりも賛同しておいた方が無難だという共通認識を得て、ラナが両手を合わせてにこやかに笑う。
「わかりました、では新たな組織名を再編しましょう。それぞれ案を考えておいてください」
「俺は別に変える必要はないと思うのだがな…」
「新たな名か。なんとしたものか…」
「では、それが決まるまではひとまず『フェアリー(仮)』ということで」
「なんとも締まらない名になってしまったものだ……」
そんな和気藹々とした雰囲気で話す彼ら彼女らの正体はといえば、この組織名が示す通りの者達そのままである。
耳の尖った青年と、猫耳尻尾の少女があの街へとやって来るのは、ここからもう少し先の話になる。

       

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