Neetel Inside ニートノベル
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力を持ってる彼の場合は
第二十八話 真実と事実

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「…どうした?顔色が悪いが」
「ッ…」
両膝を着いて荒い呼吸を続けていた俺を見て、自らを妖精と名乗った青年が近づいて手を差し出してくる。
俺はそれを無視して、響く頭痛が残る頭を押さえて自力で立ち上がる。
「うるせえ。今はお前なんかに構ってる暇はない」
「そのようだな。何故この街にこれだけの鬼が集まっている?お前は知っているのか」
わざわざ青年とは違う方向へ背を向けて拒絶の意思を表したというのに、相手はそんなことお構いなしとばかりに俺へ疑問を投げつけてきた。
「何かが起こっているのだろう?そしてお前はその為に動いている。奴等は本隊ではない、ただの尖兵にもならぬ『動く眼』だ。餓鬼共の見た情報は、おそらくより上位の鬼達へと伝わっている」
餓鬼。文字通り鬼の一種だ。
大半が自我を持たず、上位の鬼に使役されるだけの駒。
その餓鬼がこれだけ効率的に街中に散らばることはありえない。俺は知っている。
餓鬼を使役する鬼がいることも知っている。そして、いずれ俺の前に現れるであろうことも。
あの大鬼を殺した時から、いつか来るであろうこの時を予感していた。
だからこれは俺の闘いだ。他を巻き込ませるわけにはいかない。
さらに言えば、こんなタイミングで出てきた別口の人外なんぞに干渉している余裕もない。
今は一刻も早く餓鬼を一掃することが最優先。
「鬼共の狙いは俺だ。俺に敵対する気が無いんなら、見逃してやるからさっさと失せろ」
だから、俺はそれだけ言って歩き出す。事態がこれ以上こじれるのは御免だ。
「狙いがお前…?何故鬼が、我等の同胞を狙う?」
ズキン、とまたしても頭に痛みが走る。
これ以上コイツの言葉は耳に入れちゃいけない。
「大鬼を殺した人間・・がここにいるからだ。弔い合戦を仕掛けるつもりなんだろうよ」
早口でそう捲くし立て、逃げるように俺はその場から走り出す。
「人間……!?と、いうことは…まさかお前『鬼殺し』…」
僅かに驚いた様子の語調で呟いた青年の声が極力耳に届かないようにしながら、俺は鬼の気配を探しつつ次の場所を目指した。



「んー、うーん」
四周を建物に囲まれた空き地の真ん中で、猫耳少女は唸り続けていた。尻尾をぱたぱた振ったり、しゃがんだり立ったりを繰り返している。
少女の足元には何かの文字のような記号がいくつか刻まれ、周囲にはドーム状に構成された特殊な術式が展開されていた。青年レイスが得意としている護法式による結界である。
何か起こるまでその場から移動するなと言い聞かされた少女シェリアは、その言葉を忠実に守っている。しかしすぐに退屈になり、結界内をぐるぐると歩きながら必死に暇潰しをしようと奮闘している最中であった。
(レイスだいじょうぶかにゃー。まあ、とっても強いからきっとだいじょうぶにゃんだろーけど)
わかってはいるが、だがそうなると自分はいつまで経ってもやることがなくここでひたすら待機するしかなくなる。
それは、この少女にとってはこの上ない苦行であった。
(ひまひま、ヒマだよー。こんにゃとこじゃ日向ぼっこもできにゃいし、そもそも眠くにゃい…)
時間的にも、もう日が暮れる頃。常に太陽が真上に留まったままの空間で長いこと過ごしていたシェリアにとっては日暮れや夜明けは新鮮な現象だったが、好きな時に日向ぼっこができなくなるのは少し嫌だなとも思うのだった。
「……んー?」
どうしようかと左右に振っていた頭をぴたりと止めて、代わりに二つの猫耳をぴくぴくと動かす。
何か聞こえる。すぐ近く。
荒げた声と、ぶつかる音。幾度も立て続けに聞こえるそれはだんだんと近づいてくる。
そして、とうとう音の正体は建物の壁を粉砕しながら現れた。
「げぼっ!左が見えねえ、目潰れてんじゃねえかくっそ!」
吐血しながら後退する少年と、
「いい加減死ね、人間」
大きな人型の人外だった。
右半身は焼け焦げ左目が閉じられた少年が、角の生えた人外と闘っている。
相手の人外も手負いのようで、左腕が肘の辺りから千切れて失くなっていた。右手のみで振るわれる熱されて真っ赤になった鉄塊を振り回して少年を吹き飛ばす。
「うぉお治るまで待てよこの野郎!!」
叫びながら吹き飛ぶ少年の先には、ぽかんとその状況を眺めていたシェリア。
と、その手前にあった結界陣。
バジンッ!!
「いでえ!?」
外部からの脅威に反応して結界が少年を弾き、背中から痛打して地面に倒れた彼がすぐさま起き上がって背後を振り返る。
「なんだなんだ!……おっ?」
「んぅ?」
勢いよく振り返った先にいた少女と視線が合い、一瞬の間両者が視線を交わしたまま硬直する。
「うわっ人外だ!」
「わー人間だ。……、人間?かにゃ?」
少年は少女の猫の耳を見て驚き、シェリアは明らかな致命傷のはずなのに元気に大声を発している少年を見て人間かどうかの判別に困った。
「なんだお前もしかして猫の妖怪か!?ってかお前もアイツの仲間?」
「あいつ?…んーん違うよ。たぶんあれ、悪者」
起き上がった少年が指差した鬼を見て、シェリアは首を左右に振りながら一歩足を前に出す。
状況の変化。
敵の出現。
自衛の為の行動は許可されている。
悪者が出たら、やっつけていいと言われている。
「やったぁ♪」
シェリアは嬉々として結界内から出て、手負いの鬼を見上げる。
「おい猫!危ねえぞそこどけ!」
その行動に少年は慌てて割り込もうとするが、餓鬼の一撃が振り下ろされる方が早かった。
さらに言えば、シェリアの細腕が振り上げられる方がさらに速かった。
「んにゃ、成敗っ!」
ふんすっと薄い胸を張ってシェリアは耳と尻尾をぴんと伸ばす。唖然としてそれを見ていた少年が呟く。
「なんじゃそりゃ…猫パンチか?」
速すぎて目で追えなかったが、少年の予想では、『切り裂いた』ように見えた。伸びた五本の爪で、振り上げた衝撃が餓鬼の巨体をいくつかの肉塊に分断した。
いくら片腕を失って相当弱っていたとはいえ、一撃で鬼を倒してしまうなど普通じゃない。
あるいはそれは鬼以上に厄介な、倒さねばならない敵かもしれない。
今ここで叩いておくべき存在かもしれない。
…と、その場で居合わせた大抵の者なら思いそうなものだが、少年にはそんなことを考える思考能力は少しも持ち合わせていなかった。
「すげえ!鬼ワンパンで仕留めるとかお前なんだよ!?ただの猫じゃねえなっ!」
「ん?うん、えへへ~…すごいでしょ!」
少年は子供のように猫耳少女を褒め称え、それに対し少女もまたいい気分になって八重歯を見せてにぱっと笑った。
「オレ東雲由音!お前なんでこんなとこにいんの?ずっとこの街にいたわけじゃねえよな、だったらオレが感知してるはずだし」
「あたしシェリア!『フェアリー』のお仕事でレイスといっしょに来たの!」
「フェアリー?…レイス?」
「あ間違えた。『フェアリー(仮)かっこかり』だった!」
「仮?なんだよどういうことだ!?…って!」
流れるように自己紹介を済ませてから、由音は思い出したように体ごと違う方向を向いた。
「まだ全部片付けてねえ!早く次行かねえとっ」
「鬼退治?あたしも行くいくー!」
「バカお前鬼退治に連れてくお供の中に猫はいねえよ!」
「だってヒマにゃんだもーん!あと人間ケガだいじょぶなの?」
既に由音の傷は完治し掛かっている。これも通常であればなにかしら奇妙に感じたり気味悪がったりするところだろうが、シェリアも由音と同様まるで気にしていないようだった。
「おう!ってお前今さっき名前言ったばっかだろ!ちゃんと呼べよ失礼だぞ!」
「うん、シノノメユインでしょ?でも長いんだよねー…短くしてシノでいい?」
「まあなんでもいいよ!好きにしろ好きに!」
「よしっ♪じゃーシノ行こっ!」
そうやって、マイペース過ぎる人間と人外は揃って競うように走り出した。お互いに自分の相方がどんな気分でいるのかも察していないままに。

     

餓鬼の数は多かったが、その大半が雑魚だった為に殲滅までにそれほど時間が掛かることはなかった。それでも三十分ほどは経ったが…。
廃ビル群、少し前に俺が人外と交戦した場所の付近にたむろしていた数体の餓鬼を殺して、俺は静かに一息つく。
まだ気配はちらほらと感じられるが、すぐにでも近くにいる由音が向かう。距離的には俺が今から向かう頃には由音が片付け終わっているくらいだろう。
とりあえずの目的は達した。
あとは、
「……なんだよ、お前は」
俺が餓鬼を見つけ次第仕留めていた間にも違う場所で餓鬼を殲滅していたらしい、あの自称妖精の青年が俺の正面に立っていた。
「全てではないが、今現在この街に徘徊していた鬼の大半は倒した。これで互いに腰を落ち着けて話が出来るというものだ」
「俺はお前と腰を落ち着けるつもりはねえ。さっさと元いた場所に帰れ」
「大鬼を退治した、人間」
青年の発した言葉に、意図せず俺の体がぴくりと反応する。
「『鬼殺し』の人間。…お前のことだったのか。しかし、人間……となればお前は」
「あ?」
「名前を教えてくれ」
唐突に名を訊ねられ、俺は眉根を寄せる。
何が目的だ、この人外は。
さっぱりわからないが、ひとまずは答えてやるべきか。これでおとなしく消え失せてくれるとも思わないが。
「神門守羽」
「…………そう、か。みかど…同胞の力を持つ、『神門』の姓か…」
俺の名を受け、青年は硬直したままじっと俺を見つめる。その瞳が、どこか無機質なものに変化したような気がした。
「となれば、お前は」
「…?」
青年の放つ気配から何か不穏なものを感じ取った俺は、“倍加”を巡らせて両足に力を込め、
「同胞にして、我らが敵か」
その言葉と共に後方へと跳び後退した。
直後に青年の周囲の地面が割れ、その割れ目から火が噴き出した。
さながら噴火のように噴き上げた炎が、指向性を持って俺へ津波のように押し寄せる。後退しただけでは回避できない。
(火を操る能力!?いや違うこれはーーー)
脳を掻き毟るような頭痛と共に、自分自身でもよくわからない確信が発生する。
この力には見覚えがある。
この力を知っている。

ーーーおそらく火の扱いには長けていない。他の属性、おそらくは木の相乗によって土の劣化と引き換えに火を底上げしている。となれば五行のバランスは既に崩れている。土の劣化は金にも響く、木はおそらく劣化した土の補助に回り地盤を固めるのに使われている。火を掻い潜れば次に使えるのは水しかなくなる。

「……………」
肉体の耐久力を引き上げて両手を交差させ火炎の津波に突っ込む。肺を守る為に息も止め、脚力も“倍加”させて一気に火炎を抜ける。
痛む頭の中で響く奇怪な知識に従うように、俺は次の一手を予感しながら拳を握る。
「殺すつもりはない。敵とはいえ、お前も半分は同胞だ」
「文句は受け付けねえ…先に手出ししたのはテメエだからな」
皮膚が焼け焦げるのも放って、俺は火を抜けた先で片手をかざす青年に右手を振るう。
バチャンッ、というおかしな音がして、俺の右拳は青年の眼前で止められた。
水が、空中で薄く膜を張って盾のように青年を守っている。俺の拳はその水の盾に僅かな波紋を生むことしか出来ていない。
「ふざけたことを抜かすな。先に手を出してきたのはお前達の方だろう」
薄い水の膜を挟んで、向かいの青年が冷えた瞳で俺を見る。
「は?わけのわからんことをほざくなクソ人外。テメエは誰だ、妖精とか言ったが俺になんの用件で来た」
「名はレイス、言った通り妖精種の者だ。用件はもう済んだ。半分とはいえ同胞であるお前は保護の対象に含まれると判断していたが、もう半分に人間、それも『神門』が混じっているのであれば前提は大きく覆る。まさか『鬼殺し』と同一人物だとは思わなかったが」
「四十倍」
もういい、諦めた。コイツの言っていることは何から何まで意味がわからない。俺が神門の姓であることにどういう意味があるのかはわからん。
が、ともかく相手が俺を敵だと言うのだから俺にとってもヤツは敵だ。実にわかりやすくていい。
足を踏ん張り、拳が触れた状態から水の盾を強引に押し破る。
「む…」
水が霧散する中、突き抜けた拳がレイスとかいう妖精の胴体を狙いそのまま突き進む。

ーーー回避は可能、防御も可能。だがこの男の狙いから察するに、次に出せる手と方法を考えれば最も適切なのは土に満ちた木気を用いた拘束だと思われる。

右拳がレイスに届くより前に、俺の足元の地面を突き破って伸びてきた蔓や蔦が俺の行動を阻害する。
ギシリと手足がきつく縛られ、“倍加”を使っても容易には脱出できそうにない。
「…、何故妖精の力を使わない?それは人間を名乗る故の制限か?」
「……」
全身を植物で拘束された俺に、レイスは静かに問い掛ける。
が、俺の知ったことじゃない。
「随分と落ち着いているな。殺されないとわかっているからか、それとも助けでも待っているのか。……そういえば」
頭に響く痛みと知識から意識を逸らす為になるべく思考を放棄していたのだが、次のレイスの言葉に俺の意識は元通り脳と直結した。
「お前の両親は今どこで何をしている。未だ健在か」
「ーーー…」
…なんでここで、俺の両親の話が出て来る?なんの関係もない、父さんと母さんの話が。
「父さんも母さんも…元気だ。当たり前だろうが」
元気でなければ困る。そうあってほしくて、俺はずっと人外騒ぎに巻き込まないように自分自身を囮や餌にしてこれまでやってきたんだから。
それなのに。

「そうか。ならば事は重要だ、早急に『神門』の者を捕らえ、彼女はすぐさま迎えに上がらなくては」

それなのに、コイツは俺の願いをどうあっても台無しにしたいらしい。
彼女というのは、母さんのことか。なら『「神門」の者』というのは父さんのこと。
父さんを捕まえて、母さんを連れて行く。
なんの為に?さっきからずっとわからない。何を言っているのか、何も。
思えば『四門』の女からこっち、わからないことだらけが俺の周りで渦巻いてきている。
確実に俺に関わることのはずなのに、誰も彼もが俺を置いて話を進める。
当事者のはずなのに何も知らない。
いい加減、イライラしてきて限界に達しつつある。
力を入れると蔦や蔓が手足に食い込み、血が止まる感覚と締め付けられる痛みが伝わる。
それでも力を込める、“倍加”を引き上げ続ける。
息を吐きながら、呼気と一緒に呟きを漏らす。
「…関わんなよ」
俺の大事なものに。
「触れんなよ…」
俺の大切なものに。
「これ以上、好き勝手やってんじゃねェ……!!」
ブチブチという音は、果たして蔓や蔦の千切れる音か、あるいは俺の手足の何かが切れた音か。
ともかく自由になった両手を振り回して、レイスへ手を伸ばす。衣服の端を掴む。
掴んだ俺の手が、いきなり発生した火炎に弾かれて熱傷を受けた。
「それもこちらの言い分だ、半妖の同胞」
再び植物に捕まる前に上空へ跳んで全身を軋ませる勢いで筋力を強化する俺へ、レイスは片手を向けながら言う。
「先に手を出したのも、好き勝手やってきたのもお前達…『神門』の者だっただろうに。こちらとて、妖精女王ティターニア筆頭候補が人間に連れ去られたことをただ水に流すつもりは毛頭ない」
レイスへ向けて落下を始めた俺の周辺に火花が走り、一瞬間後には視界を爆炎の粉塵が覆い包んでいた。
「ガ…はッ!」
爆音に鼓膜が揺さぶられ、爆発の直撃で意識をも揺らぐ。
「罪は親だけに留まらぬ。『神門』の系譜、その末端まで許しはしない。いくら半分は同族の血だとしてもだ」
(や、べえ……受け身、とらね、と……反撃、野郎をぶん殴る、には……あ、くそ、…なにを、どう、すれば……?)
頭から落下する中で、薄らぐ意識を繋ぎ止めながら敵を倒す方法を探す。

(おっと、落ちるか。選手交代か?)

やけにスローモーションに感じる落下中の俺の頭に、やたら鮮明に俺の声が聞こえた。
いや違う、たぶん『俺』じゃない誰か。

(頑固が過ぎるとこうなるのさ。自覚しろ、この力は今後絶対必要にな)
「黙ってろ!!!」

心の中で無理矢理シャッターを閉め下ろすイメージで、しゃしゃり出て来た何かを叩き出す。
まだやれる、打つ手はある。これまでだってそうしてきた。
俺の中の平和を保つには、『俺』がどうにかするしかない。そうやってようやく、俺は俺らしい日々を送れるんだ。
違う何かに頼ったら、それだけこれまでの平穏が歪んでいく。そんなのは嫌だ。
俺の望む日々の生活は、意地でも自力で守り抜いてみせる。
逆さまに落下していく中で、歯を食いしばり俺は痛みと疲労で緩慢になってきた手足に出来る限りの力を込めた。

     

「仲間を保護しに来た?」
「うん」
最後と思われる餓鬼を葬り、しばし歓談をしていた二人だったが、シェリアがこの街へ来た理由を聞いて首を傾げた。
「仲間って、お前らと同じ妖精の?…ピクシーのことか?」
つい最近までこの街にいた人外は由音の知る限りそれしかいない。だが由音の言葉にシェリアは首を左右に振る。
「ううん、違うよ。ピクシーとも会ったけど、あの子は旅してるから保護はいいって言ってた。あたしたちは保護してもらいたい仲間を探して助けてあげるのを仕事にしてるから、やだーって言ってる仲間には無理に保護したりしにゃいの」
「保護って、妖精の孤児院みたいなのがあんのか?」
「こじいん?うーんと、よくわかんにゃいけど、人間の世界で生きてけにゃい仲間は、あたしたちの世界に連れてってあげるの!」
「お前らの…世界?」
「そう、妖精界!緑がいっぱいで、すっごくいいとこにゃんだよ!」
胸を張ってシェリアはその世界のことを誇らしく語る。
「へえーそんなとこあんのか。オレも行ってみてえ!」
「ダメっ!人間が入るとすんごい怒られるから!」
わくわくして言った由音の言葉を、両手でバッテン印を作ったシェリアが拒否する。
「ちぇっなんだよケチだなー」
「ずぅっと前にも人間が何人か入り込んで大騒ぎしたらしいからねー。妖精も人間や魔物とはにゃるべく近づきたくにゃいんだってさー」
「ふーん。……あれ、お前思いっきり人間オレと話してっけどそれいいのか!?」
「えーあたし人間きらいじゃにゃいしー?」
互いに初対面でも物怖じしない者同士ということもあってかすっかり打ち解けた猫耳の人外と悪霊憑きの人間は、楽しそうに会話を続ける。
「で、今お前んとこのヤツがこの街にいる仲間に声掛けてんのか?」
「たぶんね。鬼やっつけたら話しに行くって言ってたから、そろそろーーー」
その時、シェリアの猫耳がぴくんと震えて人間では聞き取れないほど遠くで発生した爆発の音を拾った。
「……守羽?」
同時に、“憑依”によって人外の五感を身に宿していた由音もそれを感じ取っていた。事故か事件、およそ人間が成し得ないような力を用いた爆発の気配を掴み、その方角へ顔を向ける。
「レイス、戦ってる。あれ、にゃんで。……相手は」
「オレがアイツの気配を間違えるはずがねえ……守羽だ」
自らの恩人が戦っている相手、敵意を持って挑んでいる者。それに向けて、由音は僅かに濁った両眼を鋭く据えてキッと睨む。
「ケンカでもしてんのかにゃー?…いこっか?シノ」
「ああ。どうなってんのか知らねえけど、守羽に手出したんなら止めなきゃな」
もういつでも殴る準備は出来ていると言わんばかりの様子で、由音は両手の骨を鳴らしながら一歩道を踏み出した。
そのあとに続きながら、シェリアはやれやれと大人ぶった調子で肩を竦めて、
「まったくレイスも子供にゃんだからぁ。でも珍しいにゃ、あのレイスが、にゃんて」



「諦めろ、半妖の同胞。人間としての能力だけでは、俺と渡り合うにはあまりに力不足だ」
「…っ、はぁ、はっ……!」
爆炎の直撃を受けて、全身は燃えるように熱く痛い。耳も片方使えない、鼓膜がやられたらしい。
鬼、悪魔、魔獣、妖怪、悪霊。
これまで様々な人外と戦って来たが、妖精とやるのはこれが初めてだ。まさかここまでの力を持っているとは思わなかった。
「おとなしくすれば、これ以上は危害を加えないと約束する。共に来い」
「はあ…どこに、行くってんだ…ぜぇ、はあ…っ」
「ひとまずはお前の身柄を我らが長に引き渡す。お前は人間で『神門』だが、もう半分は我らと同じ妖精種だ。いくらか待遇は良くなるかもしれない」
「…俺の、両親にも……手ぇ、出すつもり、か」
俺のことだけならどうでもいいが。それだけで済まないのは分かり切っている。このレイスとかいうヤツの口振りからして、おそらくは。
「…ああ。お前の母親は本来こちら側にいたはずのお方だ。連れて帰り、あるべき形に引き戻すのが妥当。父親の方は、…下手をすれば温厚な妖精われらの裁定をもってしても処刑かもしれないな」
そこには、言外に滲み出す恨みや怒りのようなものが見え隠れしていた。温厚とか言っておきながら、どうにも父さんがやった『何か』を許すつもりはないようだ。
っていうか……全然知らねえぞ、俺。
あの二人は異能力こそあれ、人外沙汰にはなんの関係もない一般人だと思ってたのに。どうやらそういうわけでもなさそうだ。母さんも父さんも、何か重要なポジションで重大な秘密を持っているのは確実だ。
帰ったら問い質してやる…。
とりあえずは、
「馬鹿が…。母さんは連れて行かせねえ、父さんだって殺させねえ。もちろん俺だってテメエなんぞに捕まるつもりはない。テメエは殺す」
「…妖精種の発言とは思えんな。人間の性質が混じるとこうも歪むか」
「俺は人間だっつの…!」
ボロボロの体だが、まだ動かす分には問題ない。“倍加”を使って身体能力を上げる。
逃げて仕切り直す。そういう選択もあるとは思うが、出来るだけならしたくはない。ここで止めないと父さんと母さんが狙われる。
深く呼吸して、レイスの挙動に注視する。脳に響く邪魔な声と知識をシャットアウトして、いつも通りの俺のやり方で敵を倒すべく腰を落とし構える。
と、

「「ストーップ!!」」

大声で叫ぶ二人が、俺とレイスのちょうど中間に割り込んできた。
一人は見覚えのない少女(おそらくは人外)だったが、もう一人の方は良く知る顔だった。
「由音…」
「ボロボロだな守羽!大丈夫かお前!」
「こらーレイス!話がちがうじゃん!にゃんでこんにゃことににゃるの!」
「シェリア、おとなしく待っていろと言ったはずだが…」
由音と共に来た猫耳の少女がレイスに詰め寄る。どうやらレイスの仲間らしい。
「由音、餓鬼は全滅したか」
「ああ、全部殺った!お前は結構ヤバそうだな。手、貸すぜ?」
「そりゃあ助かるが……あっちの猫娘はいいのか?」
レイスの半分ほどの背丈しかない少女が何やら憤慨しているらしき様子でレイスに何事か言っているのを見る。
「シェリアだってよ!たぶん説得してくれてんじゃね?ダメならしょうがねえよ、闘うのはちょっと嫌だけどオレはいつでもお前の側って決めてっからな!」
「そう、かい」
よろけながらもどうにか両足を踏ん張って、俺は隣に並んだ由音と共に人外二人の動きを見ていた。
やはりシェリアという猫娘はレイスの説得をしているのが窺える会話が聞こえて来る。
「状況が変わったんだ、シェリア。奴は同胞でありながら我らの敵だ。彼女を連れ去った『神門』の名、お前も知らぬわけではないだろう」
「うーん…。ミカドってそんにゃに悪い人にゃの?」
「少なくとも、妖精界の住人にとっては大罪人だな。捕らえて王に差し出すべきだ」
「えぇーんじゃあ戦うの?シノとも?やだにゃぁ……」
シェリアがこちらをちらりと振り返った瞬間、
「ッシェリア!!」
「なんだ!?」
何かに気付いたレイスがシェリアを片手で引き寄せ、由音が驚いた表情で勢いよく背後に顔を向ける。
少し遅れて二人の反応に反応した俺がその方向に視線を向けようとした時、俺と由音のすぐ近くを、光の弾のようなものが通過した。それはシェリアを狙って一直線に飛び、シェリアを抱えて後退したレイスによって外し地面に着弾して粉塵を巻き上げた。
「くっ、新手か!」
「えー、にゃに!?」
「オイ誰だ、また人外かあ!?」
(シェリアを狙った!少なくとも連中の仲間じゃねえ!また別口の人外かよクソ!!)
それぞれがわけもわからぬままに戸惑っていると、ほぼ同じ弾道と軌道で遥か彼方から光弾が数発飛んできた。
いずれも狙いは同じく、シェリアを抱えるレイス。
「はあっ!」
レイスが地面を踏み叩くと、すぐ前の足元から土の壁が競り上がり、光弾を防ぐ盾となる。数発の光弾がその壁を粉砕すると、レイスはさらに後方へ下がりながら、
「…退くぞ。さすがにこれ以上状況が混迷するのは良くない。一度、得た情報を持ち帰って立て直す」
言うが速いか、レイスは俺に一瞥くれたあとに背を向け走り出した。
「らじゃっ!」
レイスに下ろしてもらったシェリアが安心したように返事すると、こちらに向けて大きく片手を振ってから、レイスに続いて俊敏な動きで撤退していった。
光弾は逃げる二人を追って放たれることはなかった。二人の人外が去ったあとも、代わりに俺達が狙われるということもなかった。
「………由音!」
俺は光弾が飛んできた方向へ細めた目を向けて、“倍加”を使う。
視力三十倍。
ぐんぐんと景色が鮮明になり遠くの物がすぐ近くになったような感覚を覚える。
だが、光弾を撃った相手の姿までは視認できなかった。
「…見えたか、お前」
「いんや、ダメだ!」
同じく“憑依”によって高めた視力で斜め上の方向を凝視していた由音も、俺の問いに諦めたように首を左右に振って答えた。
(俺らは敵と見なされていない?それとも眼中にねえってか)
光弾の狙撃手がどういった考えて行動を起こしたのかは不明だが、少なくとも今の時点で俺達に敵対するつもりはないと見ていいのか。
わからないが、ここに長居するのもよくない。
「帰るぞ由音。今日はもう…疲れた」
「そうだな、シェリア達も帰っちまったし!…誰だったんだろな、さっきの!」
「俺が知るかよ…」
全身傷だらけ火傷だらけの体を引き摺って、俺は色々ありすぎて痛くなってきた頭を押さえて歩き始める。
…いや、頭が痛い理由はそれだけじゃない。けど。



「……よし」
ビルの屋上で、光弾の狙撃手は退いた人外二人と帰宅する人間二人の様子を見届けてから、ポケットから取り出した携帯電話で通話を始める。
「…………あ、もしもし母さん。うん、大丈夫。彼らは退いたよ、ひとまずはね。守羽が酷い怪我をしているから、家に帰ったら治してあげて。えっと、由音君?だっけか。彼はたぶん平気だね、もう傷は全部治ってたから」
何事もなかったかのように、狙撃手ーーー神門旭は屋上の縁に腰掛けて妻との会話を続ける。
「妖精種二人、相当強い部類だね。次来る時はもっと大人数かもしれない。そうなる前に説得できるればいいけど、もし無理なようなら……うん、僕も援軍を求めるよ」
よっこいしょと縁から立ち上がり、屋上をぐるぐると回りながら旭は電話を耳に当てたまま険しい顔で、
「タイミングが悪すぎるよね。妖精に『四門』・『陽向』。それにおそらく鬼。守羽にとってはこれからが辛い時だよ」
暗い空を見上げて、旭は手に持つ携帯電話に力を込めながら、相手の言葉に頷く。
「うん。極力手は出さないでいたい。守羽にもそろそろ自覚が必要な頃合いだ。それでも無理なようなら、そしたら僕が全部片付けるよ。大丈夫……」
それからいくらかの会話をして、彼は携帯電話をしまう。
もう一度だけさっきの現場の方向へ顔を向け、これからの展開を予想して旭は深々と長い溜息を吐いた。

       

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