Neetel Inside ニートノベル
表紙

初めての小説
プロローグ

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 なんというか、因果なものだと思う。
 よりにもよってこんな時期に、こんなものを見つけてしまうなんて。

 それは高校三年の夏休みが終わった頃だった。
 夏休み前まではふにゃふにゃしていたクラスメイトたちも、もう幾分、受験勉強に本腰を入れ始めていた。放課後によく一緒にゲームセンターに行っていた友達は、どうやらその代わりに塾に行くようになったらしい。
 そして僕もまた、受験モードになりつつあった。しかしだからといって、そこまで真剣になっていたわけでもなかった。もともと僕は真面目に勉強しているほうで、基本的に第一志望の大学は模試で常にA判定をもらっていたからだ。だから僕は、どこかゆとりを持ったまま、ゆっくりと勉強を進めていた。
 その休日、僕は部屋の掃除をしていた。
 先日僕は偶然、普段あまり見ない押入れの奥を見てしまった。するとそこはもうぐちゃぐちゃで、何がなんだかよく分からないような状態になっていた。いくら普段は見ない場所だからと言って、ああもなっていると落ち着かない。だから僕はさっそく掃除をすることにした。
「これ、懐かしいな……」
 僕は小学生の頃に夢中になっていたゲームソフトを眺めながらそう呟いた。
 ゲームソフトだけではない。漫画やらトレーディングカードやらお菓子のおまけのコレクションやらが次から次へと出てくる。どれも埃をかぶっていて、それをいちいち払いながら一つ一つ確認していった。
「……あー」
 ケースがバキバキになっているCDを見つける。何やら重い物の下敷きになっていたらしい。ケースから出してみるとディスク本体はどうやら無事のようだ。僕はそれをそっと脇に置いた。
 そしてさらに押入れの奥を覗き込んで、そこで僕は一冊の大学ノートを発見した。
 そのノートは今僕が使っているものと同じだ。五冊セットでホームセンターで売られている、かなり安いものだ。
「なんだろう……?」
 僕はそのノートをぱらぱらとめくった。中には文章がびっしり書いてある。それらの文章は日付によって区切られていた。
「日記か……そういえば書いてたな」
 ぱらぱらと目を通しながら苦笑する。相変わらず字が汚い。文章の内容も支離滅裂。とても読めたもんじゃない。
 ページをめくっていると、ふと、何か懐かしい感情を思い出したような気がした。胸の奥がふわりと少し軽くなる。
 なんだろう? これは。
 心地良い感じなのだけれど、あまり思い出すべきではないような気がする。このままノートを閉じたほうがいいような気がする。
 しかし、閉じることはできなかった。それよりも早く、僕はそのノートの一番最初のページを開いてしまった。
『今日から日記をつけることにする』
 僕は読まざるを得なかった。
『毎日日記をつけていけば、そのうち文章の力がつき、小説を書くこともできるようになると思う』
 その日の日記の最後は、こう締めくくられていた。
『僕は絶対に小説家になる。できるだけ早く。高校卒業するくらいには、もうなってるかもしれない』
 ――それは、僕の奥の奥にある、根源的な恐怖を呼び起こした。

 ありふれた話も良いところだ。
 小学生の頃、僕はまったく小説を読まなかった。本と言えば漫画しか知らなかった。
 そんな僕だが、中学二年生の頃から、唐突に小説を読むようになった。きっかけはよく思い出せないが、まぁ、なんらかの理由があって、僕は何か小説を読んだのだ。するとそれが予想以上に面白かった。だからそのまま小説というものに一気にのめり込んでしまった。それからはむさぼるように本を読んだ。
 読んでいけば、書きたくなるのは当たり前だ。将来についてまだ何も考えていなかった僕は、小説家になりたいと強く思った。そしてそう決めてすぐに、僕は小説を書くために原稿用紙を広げた。
 ……こうして始まった僕の記念すべき一作目は、わずか原稿用紙二枚書いた所でビリビリに破られることになった。
 まぁ、これもよくあることだ。文章を書くだけなのだから、と甘く見て書き始め、あっさりと投げ出す。今までどれだけの人がこの一連の流れを経験してきたことか。
 ここで僕は、小説を書くことができないのは、文章を書くのに慣れていないからだと思った。
 だから日記を書き始めたのだ。ずっと書き続けていれば、いつか小説を書く力が身につくだろうと信じて。

「…………」
 ノートをめくる。
 文章の書いてあるページは全体の半分を超えていた。しかしそこからは白紙が続いていた。書くことが面倒くさくなったのだろう。期間として一ヶ月くらい。中学生の頃はすごく飽きっぽい性格だったから、かなり頑張ったほうだと思う。
 僕はノートを閉じた。手は震えていた。
 恐怖である。
 かつての僕は、本気で小説家になろうと思っていた。そしてその時の感情は今も鮮明に思い出すことができる。
 しかし、もうすぐ高校生も終わるというのに、僕はいまだに、一つも小説を書き上げていない。
 ……正確には、いくつか書き上げたことはある。が、どれも原稿用紙で十枚を超えるか超えないかくらいの、超短編――ショートショートだとか掌編小説だとか言われるものばかりだ。それも出来はひどいもので、全て、書き上げてすぐに捨ててしまった。
 どうしてだろう?
 僕はあの日記の最初のページを書いた時、高校を卒業するくらいには、読む人誰もが感動するようなちゃんとした小説を書き上げていると想像していたはずだ。はっきりとその時の感情を思い出すこともできる。
 どうして、こんなにも想像と違うんだろう?
 もちろん、その理由は簡単だ。
 僕にやる気が無かった。才能が無かった。努力が足りなかった。能力が無かった。実力が無かった。……等々、まぁ、こんな感じ。
「……」
 恐怖である。かつての自分が信じていた何かに対する、恐怖だ。そしてこれからの自分の可能性についての恐怖でもある。
 書かなければならない。
 ここで書かなければ、きっと――いや間違いない無く僕はこの先、小説を書くことは一生できない。
 最初のイメージとは、似ても似つかぬ場所に来てしまった。だけどこのノートが、そのことを教えてくれた。だとすれば今からそちらに行くしか無い。
「よし……」
 僕は立ち上がった。恐怖を打ち消すほどの強い衝動が、胸の奥から沸き上がってきていた。それは懐かしい感覚だった。
 僕は勉強机に座ると、受験勉強のためのノートやら参考書やらを脇にやった。それらは全部邪魔だった。僕は今から、小説を書かなければならないのだ。

       

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