Neetel Inside ニートノベル
表紙

初めての小説
第二話

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 外に出ると同時に、冷たい空気が僕を包み込んだ。
「寒い……」
 そろそろマフラーやら手袋を用意したほうがいいかもしれない。そんなことを思いながら僕は歩き出す。
 十一月の上旬。この日、僕はセンター試験の模擬試験を受けた。これ以降にもセンターの模試はあるにはあるが、それらは時間の都合上、本番までに結果が返ってこない。実質、これが最後の模試である。
 以前の模試での判定はA評価だった。しかし、今回は厳しいかもしれない。
「……まずいかなぁ……」
 僕は一人小声で呟く。
 今回はいつもよりも出来が悪かった気がする。……まぁ、よく考えるとそれは当たり前。ここ最近ずっと小説のことを考えていて、勉強時間は明らかに減っている。成績に影響があるのも道理だ。
 何を書くかは決めた。となれば、次に全体の流れ――プロットを立てなくてはならない。
 もちろん、プロットなんて立てずにいきなり書き始める人もいる。立てるには立てるが、実際にはまったく参考にしない人もいる。そのあたりは人それぞれなのだが、初心者である僕は、どのやり方が自分にあっているのかが分からない。
 とりあえず一般的なやり方をしようと思い、最初から最後までプロットを考えているのだが、なかなか捗らない。
 毎日考えていても、ほとんど進行しない。牛歩などという言葉はこういう時に使うものなんだろう。とにかく、難しい。
「…………」
 僕は高校生のうちに小説を書き上げたいと思っている。ここでやらなくては、一生何もできないのではないかとさえ、思ってしまっている。だから、やらなければならない。
 だけどもちろん、受験勉強とやらもやらなければならない。
 勉強しなければならない状況下で勉強をしないというのは、思った以上にストレスになる。
「…………はぁ……」
 僕は小さくため息をついた。

「は? お前プロットなんて立ててんの? だっさ!」
「……」
 とある日の放課後。文芸部の部室でメモ用紙に向かっていると、それを覗き込んだ香奈枝が言った。
「プロットなんていらねーよ! そんなことするのは馬鹿だけだ」
 何やら彼女は怒っている。プロットを立てる、という行為自体が、彼女は許容できないらしい。
「だいたい、最初に筋道を立ててどうする? そんなものを書いてどうする? 書く前に答えが分かっていたら、書く意味なんてない。それは、最初と最後で変化が無いってことだからな!」
「えっと、その、ちょっと落ち着いて下さい」
 僕に掴みかからんばかりの剣幕の香奈枝を見て、先ほどまで本を読んでいた智里がやってくる。やんわりと諌めるが、あまり効果は無い。
「うるせー黙れ! 今良い話してんだ!」
「……自分で良い話とか言うか……?」
「てめーはもっと黙れ。黙って聞け」
 大人しく口を閉じる僕。
「本当はラストが分かっているくせに、分からないふりをして書いていく。それは嘘をついているってことだ。嘘をつき、読者を誘導し、導いていく。真実でない言葉になんの価値がある? ……全部無価値だ。そしてそれが駄作だ」
 彼女は一息にそう語った。
 ラストを知っている状態で書き始めるのは、読者に嘘をついているということ……。
 少し考えた後、僕は彼女に言った。
「香奈枝は、どうやって漫画を描いてるんだ?」
「基本はノリと勢いだ。あたしは先のことなんて何も考えてないぜ。戦って戦って、その瞬間瞬間こそに意味あると思ってるからな。正直、ラストなんてどうなったって同じだ」
「…………なるほど……」

「いや、プロットは立てたほうが良い。そうしないとまともに書けないだろ」
「…………えー」
 図書室でまたも偶然会った宮田は、プロットについてそう言った。
「旅行とかと同じように考えてみろよ。観光地に行く時は事前にプランを立てたりするだろ? プラン通りに寺を見たり、大仏を見たり……。計画を立てたわけだから、その日の最後に何を見に行くか――ラストはもう決まっている。だけどだからといって、合間に見た物が嘘ってことにはならないだろ」
「まぁ……確かに……」
「プランを立てずにいきなり行く奴もいるが、俺はそういうのは苦手だ。ぐだぐだとさまよって、結局何も見られなかったってのも多いからな」
「……うん……なるほど」
「……まぁ、最終的には好みの問題だな。自分のやりたいようにやるのが、一番いい」
「うん。まぁ、そうだね」
 結局はそういう結論になる。
 しかし繰り返しになるが、僕は初心者だ。どんなやり方が好きだとか、そういうのはまだ分からない。
「参考なまでに聞くけど、宮田はどうやって書いてる?」
「俺はガチガチにプロットを立ててから書くよ」
「ガチガチに?」
「そう。もう何から何までキッチリ考えてから書き始める。色々と試した結果、これが一番俺にあってるって気づいた。……まぁ、香奈枝からすればひどい書き方なんだろうけど」
 そう言い彼は笑った。
「…………うーん……」
 香奈枝も宮田も、どちらも極端過ぎる。参考にするのは難しい。
「――まぁ、頑張れ。色々やってるうちに分かってくるから……いや、分かるのもマズいか」
「……?」
「何も分からない、迷っている状態が、一番何かを創作するのに向いているってことだよ。だから、何かを理解して安定してしまったら、それだけ書くことのできる内容は減っていってしまうんだ」
「……それって、プロットを立てることを否定しているように聞こえるんだけど?」
「否定と言われれば確かに否定だ。……だけど実際のところ、どれだけガチガチにプロットを立てても、分からないことは書いている途中で山ほど出てくる。書けば書くほど出てくる。それこそ際限なく」
「…………」
 まだまだ初心者の僕は、彼の言っていることはよく分からない。
「……そんな顔をするなよ。さっきも言ったが、分からないってのは良いことなんだぜ」
「……そうかな?」
「ああ。今のお前は、創作するのにうってつけの、最高の状態だ。俺が保証する」
 宮田は眼鏡をクイと上げた。

 下駄箱で靴を履き替え、外に出た。
 外は完全に冷えきっている。呼吸をする度に冷たい空気が肺に入ってくる。それはどこか心地よいものだった。
「あ、七原先輩」
 ふと、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。振り向くと、そこには井上智里がいた。
「今から帰るんですか?」
「うん」
「途中まで一緒に行っても?」
「いいよ。もちろん」
 僕と彼女は並んで歩き出した。
 僕の家はここから近く、歩いて通えるくらいだ。しかし彼女はバスや電車を使って通学している。そのため、一緒に歩けるのはバス停までだ。
「バスで通学って、大変だよなぁ」
「そうですか?」
「朝ちょっとでも寝坊したら、もう大慌てじゃないか」
「普段から余裕をもって行動していれば、そんなことにはなりませんよ」
「智里はそういうところすごく真面目だよな」
「先輩はいい加減ですからね。そういうの」
 外灯に照らされた道を歩く。時刻はそんなにでもないのに、もう空は暗い。最近は日が落ちるのが随分早くなってきた。
「小説、どうです?」
「どうもこうも……まだ、書き始めてもいないよ」
 ――香奈枝や宮田と話した後も、色々考えた。だけど何も分からなかった。物語のラストがどうなるかということはもちろんそうだし、それ以外も、どんどん分からなくなっていくようだった。
 だからもう、プロットは途中までしかできていないが、このままさっさと書き始めてしまおうと思った。
 だけど、そう決めてからもまた、難しかった。
「やっぱり大変なんですか? 何かを書くってのは」
「……どうだろう。俺がビビっているだけかもしれない」
 新しく何かを始めるときは、それがどんなものであっても、恐怖は出てくる。だけど、これは多分そういうものだけじゃない。
「なんだか、試されている気がするんだ。自分に」
「……試されている?」
「うん。うまく言えないんだけど……」
 言葉を慎重に選びながら僕は言った。
「人間って、普段、自分を直接見ようとすることはあまりないと思う。その必要がないから。……だけど、小説を書くみたいに、何かを創りだそうとする時は、自分と真正面から向き合う必要がでてくる。隅々まで、奥の奥まで、自分に覗かれてしまう」
「……」
「……何か隠したいものがあっても、自分相手に誤魔化すことはできない。全部全部、見せなくちゃいけない……それが、怖いんだろうな」
「……」
 彼女は少しの間考えた後、
「よく分かりません」
「やっぱり」
 僕は笑った。
 やがて、僕らはバス停に辿り着いた。
「それじゃあ先輩、また」
「ああ、また」
 手を振って僕と智里は別れた。そして僕は一人、帰路につく。
 冷たく、乾いた風が、僕のすぐとなりを通り過ぎていった。

 この日の夜、僕は決死の思いで執筆を開始した。
 最初の一文を打ち込むのに、二時間以上かかった。

       

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Neetsha