Neetel Inside ニートノベル
表紙

初めての小説
最終話

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 建物から出ると、一面真っ白な世界が僕を迎えた。センター試験の日はなぜか雪になることが多いと言われているが、僕達の試験日である今日もまた、朝から雪がちらついていた。
「あー……」
 座りっぱなしで凝った体を動かしていると、中年みたいな変な声が出た。
 試験の結果は、まぁ、良い方では無い。
 しかし言うほど悪くはない。一時期、全くと言っていいほど勉強をしない期間があったことを考えると、これはある意味凄いことだと思う。
 小説を書き上げてから今日まで、ひたすらに勉強をしていた。まだまだ二次試験が残っているわけだが、とりあえずはこれで一段落したと言ってもいいだろう。
 書き上げてから今日まで、小説はずっとパソコンの中で眠っている。
 もう一度、読み返さなくてはならない。推敲をしなくてはならない。
 本当なら二次試験まで全部終わってからやるべきなのだろうが、なんだか、小説が待っていると思うとソワソワして落ち着かなくなる。だからまぁ、仕方がない。
 読もう。

 久々に見た自分の文章は、まるで違う人が書いたみたいだった。
 書いている途中は、文章と自分が一体になっているかのような感覚があったのだが、少し時間を置き、冷静になったということだろうか。
 とにかくそういうわけで推敲を始めてみたのだが……意外と、直すべきところは見つからなかった。
 文章は拙いながらも、破綻しているような箇所はほとんどない。誤字脱字も見当たらない。展開の矛盾も特にない。
 場合によってはここで大幅に全体を書き換えたりすることもあるのだろうが、少なくとも今回その必要はないようだった。
 この小説では、僕は中盤からラストまでを一気に三日で仕上げてしまった。しかしこのあたりについても、直すべき箇所は少なかった。多分、書くべきことはもう完全に決まっていて、後はそれを吐き出すだけ、という状態だったからだろう
 そういうわけで、推敲を通し、もともと僅かしか無かったミスはほぼ完全に無くすことができた。
「………………」
 が、大事なのは文章がどうとか誤字がどうとか、そういうことではない。
「…………これ、読んだ人はどう思うんだろう?」
 重要なのはここだ。読んだ人に、いったい何を感じさせることができるか。それがまったく分からない。
「……やっぱり、誰かが読むまで、分からないのかな」
 僕以外の誰かが、これを読む。それまで、この小説がどういうものなのかは分からないのではないか。
 しかし、知っている人たち――例えば文芸部の僕以外の三人に読んでもらう状況を想像すると、途端に恐ろしくなった。
 創作物とは、その人の人格や魂の欠片だ。
 誰かに小説を読んでもらうということは、その人に自分の心をそのまま差し出しているのと同じだ。恐ろしくないわけがない。
「…………でも、読んでもらわなければ、分からない……」
 ……仕方ない。その恐怖は受け入れよう。
 僕はパソコンをプリンターに繋ぎ、とりあえず三人分、印刷することに決めた。

 智里と香奈枝と宮田。それぞれに小説を渡す時、ひどく緊張した。だけど渡し終わった後には、何かが落ち着くとこに落ち着いたような、妙な充足感があった。
 きっと僕は、この時のために、小説を書いてきたように思う。

 結論から言うと、僕の小説の評価はそう悪いものではなかった。

「まぁなんつーか、あたしは漫画ばっかり読んでて、小説は一年に四、五冊くらいしか読まないけどさ」
 香奈枝は珍しく言葉を選びながら僕に言った。
「これ、面白いかどうかって言われたら、きっと最低レベルなんだろうと思うけど……あたしは結構、嫌いじゃないぞ。こういうの」
 ほっとした僕に、香奈枝は笑顔で言った。
「初めてにしてはいい出来だ。これからも頑張れよ」

 宮田は眉をひそめながら言った。
「……プロット、ガタガタだな?」
 僕は頷くしか無かった。展開に矛盾こそ無いが、物語としての基本的な枠組みからは、大きく離れているだろうという自覚はあったのだ。
「山場は盛り上がってないし、登場人物は薄っぺらいし……」
 彼はさらにいくつか問題点を指摘した後、言った。
「でも、多分、嘘は書いてないんだろうなぁ」
 僕は頷く。
「考えて、悩んで、偽ること無く書いた。……だったらこれは傑作だぜ。たとえ、全然面白くなかったとしても」
 最後に宮田は眼鏡をクイと上げてから言った。
「まぁ、一番大事な部分ががきちんとしているんだから、後は書き続けていけばどんどん面白くなっていくさ。また次、頑張れよ」

 智里の反応は、二人よりももう少し難しかった。
「…………えっと……」
 何かを言おうと口を開いては、躊躇って閉じる。それを何度か繰り返す。
 感想に困るくらい駄作だった? と尋ねてみれば、
「とんでもない! これは駄作なんかじゃないです!」
 というように結構な剣幕でこちらが怒られてしまう。どうやら嘘ではないらしいが、だとすればなぜこうももたついているのだろう? ……うまく言葉で表せないような、深く複雑な感情を抱かせることができていたのだとすれば、個人的にそれは成功と考えても良いのだろうけど。
 とにかく彼女は、散々迷った末、言った。
「また是非、書いて下さい! 絶対読みますから」

 ……三人共、最後には同じことを言う。
 また書く? そんなの冗談じゃない。もう懲り懲りだ。
 書くのは大変だ。それこそ文字通り、魂を削らなくてはならない。それを僕は実際にやって思い知った。もうあんなこと、やりたくない。
 ほとんど寝ないままずっと小説のことを考えていた十二月上旬を思い出すと、いやほんともう勘弁してくれっていう気持ちになる。
 あんなに苦しい思いをするのはもう沢山だ。

 やがて、大学の二次試験が終了した。
 手応えは意外と悪くない。控えめに言っても、勝率は八割を超えているように思う。ひとまずは安心だ。……といっても、後期試験の対策をしないわけにもいかないのだが。
 前期試験の結果が発表されるよりも早く、高校では卒業式が行われた。
 皆、厳粛に椅子に座り、ただじっと時間が過ぎていくのを待っていた。
 僕は座っている間、この三年間何があったのかを思い返してみた。
 色々なことがあった。が、一番印象に残っているのは、言うまでもなく、ここ数ヶ月のことだ。延々と、訳も分からないまま文章を書き続けていた日々のことだ。文化祭やら何やら色々な行事があったはずだが、そんな記憶は、それに比べればまったく些細なものである。
 生徒の中には、高校に入学してからの色々な出来事を思い出し、涙を流す人もいるかもしれない。しかし、僕はできない。小説を執筆していた時のことを思い出しても、なんだか苦々しい気分になるだけで、決して感動したりはしない。
 やがて、卒業式は終わった。
 僕ら卒業生は、体育館を出てそのまま校門に向かった。もう教室に戻る必要はないのだ。
 校門の近くで、クラスメイト達と話をしたり、文芸部の香奈枝や宮田と会ったりした。今日が最後だというのに、交わす言葉の内容はあまりにもつまらない、いつも通りの普通のものだった。
 やがて後輩の智里がやってきて、彼女とも軽く話をした。
 そうした時間も、やがて終わる。
 僕は一人、帰路についた。
 なんだか体が軽い。そして胸の奥が少し暖かい。全体的に心地よい。
 ざあっと音を立てて風が通りすぎた。そしてその風に乗って、無数の桜の花びらが流れていく。
 その様子を何とはなしに眺めて、ふと、思った。
 ――次は、卒業について書いてみようか。
「あ」
 思わず間抜けな声を出していた。
「なんだ、俺は……」
 もう書きたくない。苦しいのは嫌だ。……そんなことを思いながらも、僕は無意識のうちにずっと、次に書くべきものを探していたらしい。
 追い詰められて、たった一人、トイレで吐くほど苦しくて……。それはもう味わいたくないような経験だった。なのになぜだろう? こうして桜の下を歩いていると、それでもまぁいいか、と思えてきてしまうのは。
「ははは」
 僕は思わず笑っていた。
 前期試験はうまくいった。だからまぁ、少しくらい後期の勉強をサボったとしても問題はないだろう。だとすれば、これから先の時間はかなり空く。好きなだけ書き、悩み、苦しむことができる。
 きっとそれは、幸せだ。
 僕はひどく高揚した気分のまま、家に向かって歩いた。これから書くであろう小説について、考えを巡らせながら。

  <了>

       

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Neetsha