Neetel Inside ニートノベル
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人を旅す
空、泳ぐ

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 第一章
「空、泳ぐ」
この私、冒険家の「マーク=クラウゼン」が
鳥人族の多く住む空中の都で出会ったのは一人の人魚だった。
もうここに住んで長いと語るその女性はとても魅力的だったが、私はひとつの疑問を抱く。
「何故ここに?」




 空中都市と称される大陸南西部にある「イカローテス」に踏み入れたのは、少し暑さがでてきた6月の終わりごろである。
過去に二度ほど遺跡調査で訪れたことはあったが、いずれも12月の寒い時期。標高の高いこの街では寒さで観光どころではない。
仕事で外に出るのでさえ億劫になっていた。そんな気候であった。
「この時期ならばちょうど良いかな」
そうつぶやいたとき体はすでに旅支度を始めていた。性なのか。
 そうそう「イカローテス」に行くにあたって一つ、忘れてはならないものがある。それが「ホバーボード」だ。
円形の台座に長く腰まで伸びた手すりがついているシンプルな作り。手すりに取り付けられたボタンは方向転換など様々な面で使用者の役にたってくれる。
落下防止魔法をかけることが各店舗で義務付けられているため、子供が使う場合でも安心だ。
「このタイプは値段がちょっと張るね?」
「お客様、安心をお金で買うことができるのです。」
成程。過去に乗ったホバーボードはお金をけちったせいか乗り心地はそう良くはなかった。危ない運転になったこともある。
妙に納得した私は口車にそのまま乗せられ高額のボードを購入。ボードに乗る前に乗せられるとは思わなかった。

 
 話は少し進み、まだ多くの自然が残りやや雲がかっている山道をのぼり街の入り口へとたどり着く。はるか昔、鳥人王が王政をしいていただけあって重厚な門である。
門にはゲートマンが立っていて鳥人以外に対してホバーボードの有無を確認している。
「いいものを仕入れてきたね。ここではボードがないと鳥人以外は生活しづらい。いやできないのかもしれない。」
「観光ですらそうですもんなあ。過去に来た時も不便しましたよ。」
「不便よりは便利のほうが良い。これは違いない。だけど人によってはそうではないんだ。」
含みのある言い方をするゲートマンと談笑したあと重厚な門を通り抜けて街中へと足を踏み入れた。 
 

 「すみません。しばらく滞在予定のマーク=クラウゼンといいますが…。」
宿泊予定のホテルに着きチェックインを早々に済ますと、そっけないキーホルダーがついた301号室の鍵を受け取り部屋へと入る。
木造りの部屋は心地良い香りがし、私のコンクリ造りの自宅とはまた違った安心感がはやくも漂い始めていた。
ふと目に入ったオレンジ色の温かみのある照明が嬉しい。好きな色。私のような四十半ばのオヤジにはこういうちょっとしたことが嬉しいのだ。
 部屋の空気を懐かしむように窓をゆっくりと開けると、そこには美しい光景が広がり主張はじめる。
厚くない雲の隙間から鳥人たちが飛び回っているのが見えた。それを縫うように見える露店の数々。ちょっと、いや地上では味わえないかなりの非日常である。
薄く流れる空気は透明感を纏い、さわやかに鼻孔をなであげる。ああ、ここは良いところだ。
満足気に味合うとそばにあった木製の椅子に腰かけようとする、が。
「そうそう、トイレルームのチェックを忘れてはいけなかった。ふむ、ここもオレンジだね。」
自分が非常にオヤジであることのこれもまた証明であった。
 
 トイレルームを一通りチェック終えた後ようやく木製の椅子に腰をかけタウンマップを広げ、私はおもむろにニヤッと笑う。この瞬間はたまらなく好きだ。
タウンマップというものはその街以外では対して役には立たないが、この街のマップはそれが顕著に表れていて面白い。
指で道をなぞるとやがて地面が途切れているのが読み取れる。しかし、その地面がないエリアにも道・店の表記があるのだ。
「そらホバーボードがないと人間は生活できんわな。」
このイカローテスでは浮雲という弾力があり、人や物が乗れる雲が存在している。自然物ではなく魔力の塊という説もあるが、本当のことはまだ判明していない謎の多い物である。
「それを解き明かすのが私の仕事ではないのかね?いや違うか…。」
学者ではないからと言い訳をしてみる。
さて話が脱線気味になってしまったが、この街ではその浮雲の上に店を構えている者も多い。
鳥人ならば飛べるのでまったく問題はないが、我々翼を持たないものにとっては問題でしかない。
ボードがなければ目と鼻の先でいい匂いさせているレストランに入ることもままならないのだから、たまったもんじゃない。
「そら拷問だ!」とりあえず笑ってごまかしてみせた。
そして再び目を落としマップをもう一度なぞってみると、地面が途切れて空の道を挟みまた地面が現れる。この空間を移動するのにもホバーボードが必須となる。
これはこの街が王政時代に山岳地帯に建てられ、侵入者の行動をしばるものであるのに由来するのだが、ふむ。
「もうちょっと手加減してほしいものだね。ね、鳥人王よ。」
(お前が困っているのならば俺にとっては褒め言葉だ。)
かつて存在した鳥人王の声を聴いた気がしたが、これをいってしまうと妄想癖のオヤジになってしまいそうだ。
なに?もうそうだろう?失礼な!成程うまいね。いや失敬。お後がよろしいようで。
  

     


 「外食でしたらいい店がありますよ。とてもおいしいレストランなんです。」
そう言ったホテルの従業員の言葉をありがたいと思いながらも
「自分の足で自分の目で見て選びたいのです。冒険家ですから。」
「でも、最後は結局直感になるけどね。」
従業員がクスッと笑った。
「かしこまりました。よい一日を!」
そうして街の探索を開始した私だった。


 以前訪れた時は冬の時期だったため、仕事以外でそれほど長くは外にでていなかったのでまるで初めて来たような感覚に支配された。
露店で売っている木彫りの鷹の像が「ようこそ」と言った気もする。それほどに新鮮な空気だったのだ。
 しばらく歩いていると地面がふと途切れている。おっようやく出番だね。
ホバーボードを起動させ早速空中を移動してみる。地上でも数回試したが高い金額を払っただけあって非常に乗り心地がよかった。
「口車というのも物によっては良いもんだなあ。」
 風が冷たく気持ち良い。その風にのってふと旨そうな匂いが私の嗅覚に引っかかった。
「これはとても旨いものに違いない。しめしめ。」
ボードを飛ばし、匂いの元へとたどり着いた私に試練が訪れた。
「へい、人間さんかい?いらっしゃいやし!」
いかにも威勢がウリという感じの青年が匂いの元の屋台から顔を覗かせた。
「うちには観光客向けに味付けしたものもおいてるんだ!よかったら1パックどうですかい?」
そうやって青年が進めてきたものとは「芋虫の姿タレ焼き」であった。これは強烈だ!
地元の名産を食べるというのも悪くない気はするが、いくら冒険家といってもこの見た目では尻込みしてしまう。
「あっ味は良いのかね…。」
「もちろんでさ。観光客にウケるように研究を重ねてきたんだからさ!さささっ!」
結局押し切られる形で食べてみることに決めた。冒険家の直感なんてこんなものである。
 しかし勇気を出して食べてみると成程。これは確かに…!特製ダレは味が濃い目で芋虫の臭さを消している。
強引ともとれるこの手法は案外正解なのかもしれない。香ばしさも相まってどんどん食が進んでいく。
みたかね。引き当てたぞ!これが冒険家の直感だ!
「でもさ、あんまり売れないんだよねこれ。なんでだろうな。」
次は見た目も研究してほしいと心から願った。


 思わぬスタートをきった私はボードの高度を上げて再び街の散策をはじめてみた。
良い匂いが漂う露店もあったが、むやみに突っ込むのではなく少し遠巻きにみて何が売っているのかをチェックする。
そうすることでいきなりの芋虫のショックから逃れられると思ったのだ。味はよかったがやはり見た目的には厳しいものがあったので…。
「これは焼き鳥では?」
塩が空気にのって嗅覚よりも先に食欲を刺激する。
「共食いだなんて無粋なこと言わんくださいよ、冒険家の先生。」店主が続ける。
「人間だってお猿食べるって聞きましたよ。」
「いや、私のところでは食べないが…。」
鳥人族と普通の鳥とは生物学上まったく違うものになるらしい。
「どっちかっていうと人間とほぼ変わらんですから。」
焼き鳥が売っているのは聞いていたが、露店を回るのは今回が初だったので実際目の当りにして少し驚いた。
大串を一本購入し、頬張る。タレの次は塩。これは人類が誕生して以来神に決められているルールだ。それにしてもこの街は実に「食」が進む「おいしい場所」である。
「自分の足で歩いて確かめる。こうやって知識は増えていくのだね。」
「先生は自分の足で歩いてないでしょ?」
それこそ無粋だ。だが違いない。二人して足元のホバーボードに目をやり笑い声をあげた。つられて笑う通行人のおばちゃんが心地よい。
 しばらくたってひとしきり笑い終えた私はボードを転換させ、次なる場所へと向かおうとした。その矢先である。


「人魚だ…。」


 少し先の露店で買い物をしている人魚の女性を見かけた。
私と同じようにホバーボードを使用しているが、明らかに私の物より高額の特別仕様であることが伺える。
少し店主と言葉を交わした後、慣れた、というものよりも体の一部にしているといった感じで奥の道へと進んでいった。
それはとても(非常に失礼だが―)奇妙な光景に思えた。
「先生、あの人魚の女性が気になるんで?」
焼き鳥屋の店主が私の後ろから声をかける。
「うむ。濃いな。」
「ははあ恋ですか。」
何やら勘違いされたニュアンスを感じながらも訂正はしない。それに似た引力があったせいなのか。
だったら。と店主は続ける。
「夜になったらこの先の奥まったところにあるバーに行くといいですよ。朝過ぎてもやってます。そのまま寝ちゃう人もいるとかで。」
私の部屋の清掃員が喜ぶことが決まった。




     


 街をプラプラ漂っていた私は、酔いに良く効く薬草ジュースをすすりながらバーへと向かった。
あたりはもうすっかり夜になったという感じで、あちこちで酔っ払いが奏でる独特のリズムが街を支配する。
何人かの若者鳥人が羽をバタバタ飛びつかせながら、酔いに身を任せていた。
あの状態でよく飛べるもんだと感心したが、しばらくみていると若者たちは今更薬草ジュースをすすり始めた。私はニヤリ。
「これが年の功のいうものだよ。」
手元にまだ少しだけ残っている薬草ジュースをグイっと飲み干しながら、そんなに自慢にならない自慢を自分の中でリフレイン。
 バーへの道は不思議と長く感じた。


 「昼間に焼き鳥の店主に言われた店は…あったあったここだ。」
店前にぶら下がった看板と、店先に立っていた看板の両方を見比べて数回頷くように確認する。
木造りの看板には「マイルメール」と記されている。これは地元の言葉で
「人魚!」
後ろから声を掛けられて思わずハッとする。
「驚かして悪かった!兄さん観光客かの?」
成程。常連といった風貌の初老の鳥人男性が声をかけてきたらしい。
「ええ、まあ冒険家ですが今はそんなもんです。」
実は驚きよりも先にきたものがあった。それは兄さんとよばれた嬉さだ。これはそんなもんじゃない。脱線。
「さささ入った入った。大体観光客がここに来る理由っていうのは良くわかる。うん。良くわかるわい。」
何やら一人で納得しているこの御仁に促されるまま、バーの扉を開いた。
チリンリン。鈴の音が可愛らしく、誇らしげに響く。

 中に入ってみると薄く照明を光らせる、雰囲気のあるバーであることが一目で見てわかった。
綺麗に磨き上げられたカウンターはここでは珍しい石製の物。ところ狭しとボトルが並んでいるのが見えるが、厭らしくはない。
セットされたテーブルをいくつか見渡した後、一つの物が目にはいった。とても立派なステージである。
 初老の男性はお気に入りの場所があるらしくそっちの方へと向かっていった。
「常連っていうのはああいうところが良いね。」
私はカウンター席のほうに腰かけながら、ママらしき人物に声をかける。この人は鳥人だ。歳は五十くらいで肩まで伸びた綺麗な髪をしている。
「あの人も最初はあなたと同じところに座ってたのよ。」
暗に常連になってね。と言われた気がして(やるね)とママと自分を思わず心の中で褒めた。
「芋虫カクテルは勘弁してね。それ以外で。」
「残念、地元の名産なのに!」ママは笑い転げる。「芋虫で何かあったね?」
結局地上でも飲みなれた好物のラム・カウを注文する。似合わない?まったくその通りだ!
 慣れた手つきでカクテルをつくると私の前にそれが届けられた。 
差し出されたグラスを傾けながら私はママに質問をしてみる。あの人魚の女性のことだ。
焼き鳥の店主は何やら知ってそうだったが、昼間っからそれを知っては夜の分の楽しみがなくなってしまう。
今はまさに最後に残して置いたショートケーキのイチゴを食べる瞬間なのだ。
「人魚のね。もうちょっとしたらわかるよ。」
イチゴが上手くフォークに刺さらなかった。

 それから何杯かのお酒を楽しんでいた時、それは起こった。
常連たちの雰囲気が変わる。その空気の変わり方に私は来たかと確信を持つことができたのだ。
店全体の照明がより一層暗くなり、先ほど感心したステージの方へ光が注がれる。

 声すらでなかった。

現れたのは絹のような美しい衣装に身を包んだ人魚の女性。容姿も遠目でみるよりはるかに美しい。
腰付近まで伸びた蒼い髪に穏やかな目、艶のある唇には誰もが吸い込まれる。
地面のあるところを移動するためであろう人魚の女性が乗る車イスにも不思議と気品があった。
誰もがその雰囲気に一瞬で酔ったような感覚に包まれ、ステージの方を見つめている。よくある盛り上げ節すら起こらない。
 すぅ…と薄く空気を味わった次の瞬間、この世の物とは思えないほどの「綺麗で可憐で気品のある美しい歌声」が響き渡った。
この歌は人魚族に伝わる物だと過去の経験から導きだしたが、今までのものとそれは比べものにならない、プロを超えたプロを感じとる。
これは本物だと脳が判断するのに理由も時間も要りはしない。素晴らしいものとはそういうものだと私は改めて思った。
しかし、見事。透明感のある透き通った歌声は耳にやさしく、喜ぶ。
紅く紡がれる蒼い歌詞は心のやさしさをくすぐってやまない。人間でないものでさえ虜にしてしまうだろう。
 やがて歌が一つ終わり辺りをすこし見回してみる。感動して泣いているお客さんもいる。惜しみない拍手を送っている人もいる。
余韻に浸る中、二曲目・三曲目と披露され私もたっぷりとその時間を楽しんだ。
 そして全ての曲が終わりまっすぐな称賛が起こる中、私は来てよかったと感動に包まれる。
「歌手だったのか。何も知らずに訪れるというのも悪くない。」
ふと、そうすることでより多く得た満足感とともに一つの疑問を抱く。
「ママ。」私が問いかけると
「あなた確か飲んでいる時に冒険家と…そう名乗ったね。」
「はい。」
「ふふふ。らしく攻略してみなさいな。」
ママはそう不敵に笑うと奥へと行き、やがて先ほどの人魚の女性の車イスを押してこちらに戻ってきた。
「初めまして。冒険家のマーク=クラウゼンと言います。先ほどの歌にはいたく感動しました。世界を回っていますがこんなことは初めてですよ。」
「ご丁寧にありがとうございます。私は見ての通り人魚のアルフレメルラ。アルと皆からはそう呼ばれています。」
言葉の一つ一つが心地よい。
「私は冒険家として何冊か本を出版しています。もしよろしければアルさん、あなたの事を書いて広めたいのです。」
まあ。と両手で口を覆う。
「ふふ。私なんかでよろしければお受けいたします。マークさん、よろしくお願いします。」
何回目かの乾杯は本物の乾杯へとなった。

       

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