「もちろんだよ。あとでちゃんと両親に許可はとるけど、アーエルなら大
歓迎だよ」
家に泊めてくれないか――ボクの無茶な提案に笑顔でそう答えるエイダ。
「本当にいいのか? ボクはお金どころか身分を証明できるものだって持っ
ていないんだぞ。そんなどこの誰とも知れない天使、そんな簡単に……」
エイダの答えを聞き困惑するボク。そりゃあ自分から言っておいてなん
だがまさかこんな大事な頼みを一つ返事でOKされるとは。
「いやあ、だって天使ってそういうものでしょ。天使が身分書とか持って
いるイメージないし。与能力……だっけ? あんな物見せられて君が天使だ
と信じない方がどうかしていると思うよ?」
「だが……」
「いいんだよ、気にしなくて。困った人がいたら助ける。人として当然だ
よ」
「……」
ここまでお人よしが過ぎるとうすら寒さすら感じてくる。エイダの笑顔。
それを見ていると神の顔がちらつく。くそ、気分が悪い。
『ワンッ』
「おお、テンタどうしたの?」
ボクの感情が伝わったのであろうか? エイダの足元で控えていたボクに
吠えだす。ボクはエイダに抱えられる犬を横目で見る。
「その犬、テンタっていうのか?」
「うん、本当はテンタ=クルスっていうんだけど長いからね」
「苗字まであるのか贅沢だな」
しかもクルスって……まあ、いいか。ボクにはそんなことに気を使って
いる暇なんてないんだから。
地上に来てからすでに半日以上の時間が経っていた。天界からの追手が
すぐに来るとは思えないが用心に越したことはない。神がその気になれば
天界の掟の一つや二つどうにでもできるはずだからだ。
姿勢を直すボク。エイダに与能力のことを切り出そうとするがその前に
エイダが口を開く。
「そういえば、アーエルってどうして僕たちの世界に来たんだい? 天使が
この世界に来るってことは何かよっぽどの理由でもあるのかな?」
「いいや、別に大した理由じゃないよ。これは神様からボクに出された個
人的な試練。留学と言い換えてもいいかな。人間と触れ合うことで文化を
学び、考え方を学び、ひいては自分自身を見つめなおす機会となる。その
ためにも初日から君のような人間にあえてよかったよエイダ。君とならう
まくやって行けそうだ」
ボクはわざとらしくそう言い微笑む。
この質問は当然来ることは予想していた。適当な理由も何パターンか考
えたが相手が深入りしてこない限りこちらから情報を明かす必要もないだ
ろう。
「それよりも与能力だ。エイダ、あなたも男の子ならこういった能力には
あこがれるだろ? 」
話をそらすボク。だが、与能力について早く全容を知っておきたいとい
うのは事実だ。ボクが顔を向けるとエイダは目を背ける。
「どうしたんだ? 何か不安でもあるのか」
「うん、だってボクは能力のことを今知ったんだよ。そして君だって最初、
能力を使った時の様子を見れば君の持つ与能力に精通しているようには見え
なかった。そんな能力が自分に使われようというんだ、不安にだってなる
ものさ」
「ああ、それもそうか」
なんだ、いきなり。突如不安を口にするエイダ。さっきまであんなに乗
り気だったじゃないか。どういうことだ。
恐怖心が思考に追いついてきただけか? それにしては考えて物を言って
いる感じだ。だとするとボクのねらいに気付かれた? いや、馬鹿な。まだ
ボクはぼろを出していないはず。どこでしくじった……
先走る思考を抑え、ボクは笑顔を維持していた。
「確かに不安に思って当然だ。得体のしれない能力を今から与えられると
いうんだ……なら、こうしよう。たとえば虫か何か、ほかの生物に能力を
与えて副作用等の確認をする。それでも心配なら能力を受け取ることをや
めればいい。せっかく知り合った契約者と別れるのは痛いが、何もあなた
に使わなければいけないということはないんだ。機会なら他にもあるからね」
ボクの言にけれどもエイダは首を振る。額を汗が伝うのを感じる。
「いや、僕が言いたいのはそういうことではなくて。アーエル。君がその
能力をどう思っているのか。使ったとき危険があると思うのかということ
だよ。僕は天使じゃないから能力のことは見たところで分からない。でも、
君が大丈夫と言うのなら僕は君を信じればいいんだから安心できるんだよ」
「……」
予想外の答えにボクは呆ける。
これは考えることをやめた方がよさそうだ。今の発言、偽ととるならボク
への牽制。真ととるなら、ただの馬鹿だ。そのどちらであっても今のボク
には関係ない。
神の能力には副作用などないのだ。ここで安全性を訴えればエイダは能
力行使に同意するはず。
「今まで能力を使って狙った作用以外の効力が発揮されるという事例はな
い。たとえ人間の身に使ったところで危険性はない。しいて言えば与えた
能力の発動に代償が必要な場合があるくらいだが、それに関しては自己責
任。能力の詳細はわかるはずだからそこまではボクでも責任は取れない」
「要するに能力が付与された時点では危険はないってことだよね」
「ああ」
ボクの返事にエイダは上を見上げ言葉を切る。
「わかった、信じるよ君の言葉、君の能力。僕だって話を聞いたからには
協力したいし、能力にだって興味があるさ。だからボクからもお願いする
よ。『ボクに能力をください』」
エイダの言葉。脇に置いていた『本』が光を放つ。おそらくエイダの宣
言に反応しているのだろう。
「わかった。でも実際にボクも使うのは初めてだ。慎重に行くよ」
ボクは本を開き、書かれている文言に目を通す。
内容は、能力付与の手順、付与される能力の説明の2点。本に載っている
能力は四つ。
無限距離間での意思疎通を可能にする『
対象と自分の位置を入れ替える『
自分の身体に植物の特性を付加する『
身体能力を2倍に引き上げる『
「どれも能力発動に必要な代償はないみたいだが、エイダ。どの能力を付
与する?」
「これはボクが選んでもいいの」
「あなたに付与する能力だ。当然だろ」
正直ボクにも能力がどの程度の物なのか想像はつかない。ゆえに本当で
あれば危険の少ない通信能力を付与したいところだが下手に勧めてボロが
でてもいけないからな。
エイダは手を顎に当て黙り込む。
「そんなに考え込まなくても後で能力は変えられるんだから気楽に考えて
いいんだぞ」
「うん。でもやっぱり記念すべき初めてなんだ。多少はこだわりたいよね」
ボクの手にする本を覗き込むエイダ。エイダにはここに書かれている文
字は読めないはずであるが本人が満足するのならそれでいいだろう。ボクは
エイダの様子をしばらく静観することにする。
「
のかな。『
適しているだろうし、『
きだからよさそう」
「『
「いや、携帯電話があれば事足りるでしょ、それはいいや」
「……それもそうか」
その後しばらく悩んだエイダであったが、ボクの方を向くと
「やっぱり最初は『
のが一番体感しやすそうだし」
そういってボクに笑顔を向ける。
「わかった、ではそれにしようか」
ボクは本を片手にエイダの前に立つ。力が上がるというのは単純に脅威
であるがさすがに能力を手にした途端暴れだすこともないだろう。
能力を行使するのは初めての経験、自然と手には力が入る。能力発動の
イメージ。対象は目の前のエイダ。能力の発現したときの感覚を思い出し
意識をエイダに集中させる。
『
意識が開け、目の前にエイダの存在が迫ってくる。体から光が抜けてい
く。心地よい脱力感を感じながらボクは光の行く先を目で追う。
渦巻いた光はエイダの体へと収束していく。
「なんだか体が温かくなってきた気がするよ」
「ボクは力が抜けていく感じだ」
予想はしていたがやはり能力発動には体力消費が必要らしい。疲労感が
全身を覆っていく。後ひと踏ん張り。力を振り絞りエイダに向け力を伝え
るボク。放たれる光が途切れ、そして。
「すごい!! 力がみなぎってくるよ」
「それが『
まるで初めて体を動かすかのように腕を回したり、部屋の中を駆け回っ
たり、エイダはボクの目の前で奇行を演じる。とりあえず能力付与には成
功したようだ。視界の端から端までエイダの姿が踊り狂う。
「エイダ、はしゃぐ気持ちはわかるけどあまり張り切りすぎるなよ」
ボクの忠告。けれどもエイダはどこ吹く風。
「だって、こんなに気分がいいんだ。走らないでいられるわけがないじゃ
ないか」
こういうのだ。ボクが走るのをとめるのは何も奇行をやめるよう言うた
めでは無いのだが、まあ、すぐに自分で気づくだろう。
その後も部屋の中を駆け回るエイダであったが突然動きを止めると床へ
と寝転がってしまう……やれやれ、だから言ったのに。ボクはエイダへと
近づく。
「ぜえ、ぜえ、ぜえ、ぜえ」
「エイダ。あなたの能力は身体能力の倍化。当然体力も倍になるわけだが、
たとえば倍の速さで走るには通常時の何倍ものエネルギーが消費される。
つまり、能力発動状態で全力を出せばすぐにガス欠を起こすというわけだ」
苦しそうにあえぐエイダ。とはいえボク自身も限界だ。ボクとエイダは
二人そろって床へと寝転ぶ。この疲労感、しばらくは動けそうにもない。
能力発動の際には周りの状況の確認も必要なようだ。ボクは首だけエイダ
の方に向ける。
「疲労感意外に何か体の不調はないか?」
「うん、たぶん大丈夫」
エイダの発言にボクは安堵する。能力付与は成功だ。あとは付与した能
力の精査が必要だがそれは後でもいいだろう。ボクは心地よい疲労感に浸
りながらまだ早朝の澄んだ空気の中、エイダとともにまどろんでいった。