Neetel Inside ニートノベル
表紙

欠けた天使の与能力(ゴッドブレス)
第三話 崩れた天使の向かう先

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「神様、ご無沙汰しております」
 ボクとウーエル、オーエルの三人は神の前で跪く。巨大天使メタトロン
達ほどではないがボク達の体躯の10倍は優にある神の巨体を前に普段は落ち
着きのないウーエルですら静かにしているようだ。

 この部屋で神様と会うのは3度目になる。とはいえ記憶にあるのは成人の
儀を終えたとき、一度のみ。生まれたときにも神の間へと連れてこられた
そうだが当然記憶にあるはずがなく、つまり何が言いたいのかと言うと極
度に緊張しているということである。オーエルに至ってはこれが初めての
経験となる。見ればかわいそうになるぐらい顔が青ざめており緊張のほどは
計り知れない。ウーエルはさすがに図太くさっきから微動だにせず、顔を
見ると目を閉じ落ち着いた表情を浮かべている……って、ウーエル寝てる!?
どうりで静かなわけだ。とはいえ起こしてしまってうるさくなられても困
るので起こさないでおく。


「アーエル、ウーエル、オーエル。継承の儀を賜るべく参上いたしました」
 二人の弟の間に位置しもう一度頭を下げたボクは、ここでようやく頭を
上げ神の顔を見る。いかつい骨格に対し優しそうな目。普段建物の中から
出ていないはずなのに日で焼けたように黒がかった肌の色。そして微笑み
をたたえた口元がわずかに動いたかと思うと神はボクらに向けて言葉を発
する。

「神様なんて堅苦しい。私事で会うときはお父さん、もしくはパパでいいん
だよ」
 うん、残念すぎる第一声。前に会ったときにも痛感したことであるがそ
のごつい外見とは裏腹に神はとってもフランクであった。

「継承式は私事ではなく公事です。それに現存する天使は皆、あなたによ
り作られているのですから呼び方はパパでも神でも意味は同じでしょう」
「アーエルは相変わらずつれないなあ」
「ふざけていないで式の進行、お願いできますか?」
「そうせかすなよ。家族の久々の再会だ。長く時間を共有したいと思うのは
親の摂理だろう?」
 大げさに首をかしげる神。これがボクらの緊張をほぐすための芝居であ
ればよいのであるが、この捉えどころのない話し方を地で行くのがこの目
の前の神である。昔は普通の話し方であったそうだがどうしてこうも劣化
してしまったのだろう、多忙ゆえのストレスであろうか。
 ボクはあきらめて神の言葉への訂正をやめる。

「……黙ってしまうとそれはそれで張り合いがないな。まあよい、悪ふざ
けが過ぎても興ざめだしな。では、継承の儀を執り行うとしようか」
 神の顔から笑みが消え、そこには学校に飾られている神を模した像よろ
しく厳格な神の姿があった。張りつめる空気、聞こえてくるのは隣のウー
エルの寝息のみ。この静かな空間に緩んでいた緊張の糸が再び張りつめる。

「達成感無き天使、アーエル。平穏無き天使、ウーエル。自負無き天使、
オーエル。神の候補に選ばれし3人よ、前へ」
 さすがにまずいのでウーエルを小突くボク。ハッと目を覚ましたウーエ
ルとともにボクらは歩を進める。


「三名とも今までよくぞ耐えてきた。神は悪しき心を知らねばならぬ。そ
の考えの元、善とされる感情の欠けたお前たちは今日に至るまでいくつも
の苦難、葛藤があっただろう。オーエル、お前は自信なき故常に不安を抱
えて生きてきたはずだ。ウーエル、お前は闘争心を抑えることができず周
りから煙たがられることも多かっただろう。そして、アーエル。いくら努
力しても実感できない苦悩はどれほどのものだったろうか。けれどもお前
たちは折れず、腐らず、まっすぐに、不断の努力で正しき精神を育ててき
た。私はお前たちを誇りに思うぞ」
「……」
 認められている。ボクの努力が、葛藤が、生き様が。いままで誰から称
賛されようが自分が欠けた存在であることに気付いた時から揺れることが
なかった心が熱くなる。ボクはこんな気持ちにもなれるのか。いままで気
づかなかった自分の一面を感じ取ったボクは自然と目頭までが熱くなる。
 神の言葉は続く。

「お前たちは自慢の息子たちだ。しかし、惜しいことに今から神となる者を
伝えねばならない。だが、わかってほしいのは選ばれなかった者も私の愛
すべき息子であるということ、そして神となることだけがお前たちの存在
理由では無いということ。自分の道を探し、下から皆を支えてもらいたい
のだ」
「……」

「もちろん、神に選ばれたものは先頭に立ち天界の皆を導いてほしい。お
前たちの今まで培ってきた心はその時にこそ真価を発揮するだろう……前
置きが長くなった。私も心の準備ができた、お前たちも大丈夫であろう」
 息をのむ。とうとう運命の時が来たのだ。場の空気は極度に張りつめ、
胸に手を当てればボクの心のざわめきが聞こえるだろう。目の前の床がや
けに近く感じる。ボクは姿勢を正した。

「次代の神、私がそれと認めたものは……2人」
「えっ」
 ふたり……2人!? 神とは絶対なる存在。それが、2人、そんな。

 とっ散らかったボクの思考をよそに神の言葉は続く。

「ウーエル、そしてオーエル。お前たちが次代の神だ」
「へっ、俺!?」
「っ……」
 声を上げるウーエルと押し黙ったまま顔を伏せているオーエル。ボクは
そんな2人の隣で声を失う。


 今、神はなんと言ったんだ?

     

**  

「以後、ウーエルとオーエルは互いを助け神事を務めていくように。では、
続けて継承の儀に移る」
 神の間のさらに奥、神に選ばれたもののみが通される継承の間へとウー
エル、オーエルが呼ばれる。

「は、はは。俺がアーエルに勝った……ざまねえなぁ兄貴ィ!!」
「ごめん、ごめんよアーエル兄さん。でも……でもどうなったって僕は兄
さんの味方だから」
 目の前で何か口を動かす弟たち。ウーエルの顔には笑顔、オーエルの顔
には涙が浮かんでいる。神はと言えばすでに継承の間へと動き出しており
部屋全体が神が動くたびにわずかに揺れている。ウーエルはボクへと近づ
いてくる。今までに見たことのないほどの満面の笑み、良かったなウーエ
ル。そんなに笑って何かいいことがあったのか? 何か言っているようだが
今のボクにはなんだか関係が感じられない。神だとか、勝っただとか。ま
あ、ウーエルが喜んでいるんだ。ボクもうれしいよ。
 一方泣き顔のウーエル。そんなに泣いてどうしたんだ? また誰かにいじ
められたのだろう。一体誰にやられたんだ? お兄ちゃんが懲らしめてやる。

 しばらくすると二人も神に続き奥の部屋へと入って行ってしまう。残さ
れたのは何もない部屋にボク一人。改めて部屋の中を見回してみればやは
り豪華な装飾に広い空間。ボクもこんな部屋に住んでみたいな。

 そうか、神になればこの部屋も自由に使えるんだった。




 何かの崩れる音。それは心のうちから聞こえた音。壁が崩れその奥には
とても醜いものがある気がした。だから目をそむけ蓋をしようとした。だ
けどそれは次第にふさいだ隙間から溢れ出してくる。見たくない、触れた
くない。いくら逃げても事実はかわらず、何より自分自身がその事実の正
体をうっすら気づいてしまっていた。破滅の足音、それはすぐ背後にまで
迫ってきている。どこかに逃げなきゃ。でも、どこに。とにかく逃げなきゃ。

 ボクはゆっくりと神の間から這い出す。


 外に出る。けれどもそこにボクの求める救いはなかった。ならどこに行
けばいい? ボクは歩を進める。


 もう、すぐ後ろまで迫ってきている。見なくてもわかる、見たくなくて
もわかってしまう。前方にボクの家が目に入る。早く帰ろう、帰らなきゃ!!



「ああ、お帰りなさい、アーエル様」
 扉を開けば迎えてくれるウシエルがいた。自然とボクはウシエルへと歩
み寄る。すがりつくようにウシエルに抱き着くボク。触れたウシエルのきゃ
しゃな体、けれどもウシエルはボクをしっかりと抱きとめてくれる。

「……アーエル様。ご夕食の用意ができていますよ」
「う、うう、えぐ」
「まずは食べましょう。その後、話は聞きますから」
「ありがとう、ウシエル」
 崩れゆく心。ボクはこの後どうなってしまうんだろう。いまだ実感の伴
わない破滅を抱えボクはウシエルの後に続いた。

     


**

 手に持つスプーンが震える。すくったスープからは湯気が立ち込めてい
る。口元に運ぶ。スープを流し込むとともに伝わってくる温かさ、ウシエ
ルの温かさ。つられて目元が熱を帯びる。

「おいしいよ、ウシエル……ごめん」
 何に謝ったのか自分でもわからない。けれども口から出た謝罪の言葉。
自分が弱っているという実感だけはあった。

「まだ料理はありますからゆっくりお食べください。考えるのは明日でも
いいでしょう」
「うん、そうするよ……ありがとうウシエル」
 不思議と食欲はあった。食べ進む間は何も考えないでいられるからだろ
うか。胃袋へと次々に消えていく食べ物。気づいたときには目の前が空の
皿で埋まっていた。ウシエルは洗いもののため調理場へと消えてしまった。
ボクは立ち上がると自分の部屋へと向かう。

 部屋に戻るも気力はとうに失せ、もはや思考を巡らせる隙間もない。揺
らめく、その揺らめきのままボクは思考を閉ざす。



 『神』  目をつむる。すると文字が頭をよぎる。

 『神』  ボクの夢……だけど叶わなかった。

 『神』  ボクは選ばれなかった、神となるべく作られた天使のはずなのに。

 『神』  ボクを選ばなかった。神とするべくボクを作ったはずなのに。

 『神』  ウーエル。ボクを超えることができてさぞ満足だろう。

 『神』  オーエル。そんな顔するのならボクに譲ってくれよ。

 『神』  ボクには神になるしかなかったんだ。

 『神』  そして今、ボクには何もない。

 『神』  神となるべく作られたボク。

 『神』  神になれなかったボク。

 『 』  何も持たない。

 『 』  ボクには何もない。

 『 』  ボクはこれから何を目指せばいい?

 『 』  ボクはこれから何を成せばいい?

 『 』  何も考えられない。何も見えない。何もわからない……

 『 』  考えてもわからない? 違う。

 『無』  考えたらわかってしまうから考えない。

 『無』  わからなければボクはボクのままでいられる……

 『壊』  でも、いつまでも考えないではいられない。

 『壊』  考えたとき、ボクはボクでいられなくなるんじゃないか?

 『壊』  怖い。

 『壊』  何が怖い?

 『壊』  自分が壊れるのが怖いのか? 

 『壊』  でも、ボクにはもう何もない。壊れて失う物もない。

 『壊』  何をためらう必要がある? 破滅はもう済んでいる。

 『壊』  あとは向き合うだけ。受け止めるだけ。

 『壊』  壊れた先には何もない。そう、何もないんだ。





 『神』  ……なぜ、またこの文字が浮かぶ?

 『神』  なぜ、まだこの文字が浮かぶ?

 『神』  ボクはもう神にはなれない。

 『神』  ボクにはもう不要な存在。

 『神』  では、神とはなんだ?

 『神』  ボクが神でないのなら神なんて、何の意味がある?

 『神』  ボクを選ばなかった神。

 『神』  ボクがなれなかった神。

 『神』  ボクの目標だった。ボクのすべてだった。

 『 』  でも、ボクは裏切られた。

 『 』  ボクの努力も、ボクの夢も、全部無に帰した。

 『 』  すべては神のせい。それなのに……

 『神』  どうしてボクはまだ羨む?   

 『神』  ボクはどうすればいい?



 『壊』  壊れたボク。壊した神。

 『壊』  失った夢、埋まらぬ心。

 『壊』  それならいっそ神など捨ててしまえばいい。

 『壊』  もうこれ以上傷つかないように。

 『壊』  もう手に入らないのなら、もう届かないのなら。

 『壊』  神も、かみも 、かみ もすべて。


「消してしまえばいいんだ」


  

       

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