Neetel Inside 文芸新都
表紙

僕の名は佐藤
強豪、登場!

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「いや、いや。いくらエースって言ったってさ」
 我に返り、六彦はかぶりを振った。
「名札甲子園ってなんだよ、聞いたことないよ」
「そりゃあ、佐藤くんがテレビ観てないだけさ。全国大会はテレビで放送だってされんだぜ」
 オサゲがニヤニヤとした笑みを湛えながら六彦の言葉尻を捉えた。
「たしかに、野球やサッカーみたいな部活の大会とは全然違うけどね。どっちかと言うと、高校生クイズ大会の“ノリ”だから」
 そう補足したのはスポーツ刈りである。
「苗字で優劣が決まる単純明快なゲーム性と、白熱の心理戦。“名札”は熱いゲームなんだぜ」
 メガネはそう言うと固く握った拳を顔の横に掲げてみせた。その目力に満ちた瞳が煌々こうこうと燃えている。六彦が彼から感じたインテリなイメージは、表面だけのものだったのかもしれない。
「まあ、まあ。じゃあせっかくだから、佐藤くんにも観てもらおうよ。去年の大会のDVD、今あるから」
 そう場を執り成した麻里子は六彦から両手を解き、プレイヤーに一枚のDVDをはめた。十六インチのブラウン管テレビが砂嵐の中起動する。
『さあコマーシャルが明けまして、試合はこれから第三戦に入ります』
 試合は体育館で行われているらしかった。
 体育館中央に各校五名ずつの生徒が対面して立ち並び、その横で数名の大人たちが椅子に座り場況を見守っている。長机から垂れる“実況”、“解説”等の文字が彼等の肩書きを語っていた。
『ここがターニングポイントです』
 その中の、“解説”の肩書きを背負った男が顎のところで手を組みなにやら難しそうな表情をしていた。
『ここまで勝ち星は一勝一敗ですが、鹿児島豊穣は少し厳しいですね。エース佐藤、二番手鈴木の波状攻撃を一勝一敗で凌がれてしまったのは豊穣としては痛手でしょう。手札の出し惜しみをせず真正面からぶつかる闘い方は豊穣の十八番ですが、ここまでは京都名代の思惑通りの展開だと思いますよ』
『なるほど。たしかに初戦を鈴木-佐藤の組み合わせで落とした後の第二戦。豊穣の佐藤に対し、名代が山田で受けましたよね。ここが豊穣としては痛かった』
『はい。“山田”は世帯数ランキング第十一位、名代としては最も弱い選手ですからね。豊穣はエース佐藤を有効に使えたとは言い難いです』
 実況の男は大袈裟に、深々と何度も頷いてみせた。
『さあ! 第一回大会以来、二十四年連続出場の記録を誇る名札の名門、鹿児島の豊穣学園。その彼等がこの二回戦で姿を消してしまうのでしょうか?!』

 鹿児島豊穣
 ○佐藤[1] ●鈴木[2] -高橋[3] -伊藤[6] -小林[9]

 京都名代
 ○佐藤[1] -高橋[3] -渡辺[5] -山本[7] ●山田[12]
 ※[ ]内は世帯数ランキングの順位。

 円陣を組むようにしてしゃがんだ豊穣の選手たちは、皆深刻な表情をしていた。
 冷や汗が頬を流れ、ぽたりと体育館のフロアに落ちる。
 ――負けるかも、しれない。
 そんな絶望感が五人を包んでいるように見えた。
『この場面、京都名代としてはどんな選択を取るでしょうか』
『そうですねえ。理想はもちろん、豊穣の高橋を山本で受けることなんですけどね。その対戦では星を落としますが、残りの組み合わせ上、その瞬間に京都名代の勝ちが確定します』
 なるほど、と実況の男が相槌を打つ。
『ただ、両校としてもそこは周知のことでしょうから。なかなか、この第三戦は高橋-山本の組み合わせにはなりにくいと思いますよ』
『やはり、敗戦が確定しかねない組み合わせというのは怖いものですか。果たして、両校の選択は――?』
 鹿児島豊穣のエース佐藤が、これまでの星取表を見上げながら呟いた。
「一勝一敗か……」
 蒸し返すような、暑さ。灼熱の体育館が、男の冷や汗を加速させていた。

       

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