序
自分は他人とは違うのかもしれない。
誰もが曖昧な思いを抱いて、いつの間にか忘れている。
俺は普通の人間だ。
特別あたまが良いわけでもなく、足が速いわけでもない。
何かに熱中出来る事と言えば靴を磨くことだ。
ビリリリリリ・・・
目覚まし時計が鳴った。
起き上がって時計を少し見つめ、階段を降りて一階へ。
もそもそと母が作った目玉焼きと焼いた食パンを食べる。
「美味い?」
と、父が尋ねるので
「普通・・・」
と、曖昧に答えた。
朝食を食べ終わり、歯を磨いて学校へ行く支度をする。
「ちょっとまって!」
父が慌てた声で駆けつけてきた。
「昨日借りたままだったの忘れてた。ついでにチャージしておいたぞ。」
そういえば昨日、父にSuicaを貸していたのを忘れていた。
Suicaを受け取って玄関を出た。
コンクリートが土に変わる。ここは学校のグラウンドです。
飛び交う矢の如き挨拶をかい潜って校舎の中に入る。
俺はまるで一騎当千の戦士だと思いつつ上履きを履いた。
まいにち家に持ち帰って磨いているので綺麗だ。
ところで俺は少しだけ機嫌が良かった。
今日は一ヶ月に一度ある日直の当番だからだ。
日直の相棒は俺の好きな女の子。一ヶ月に一度だけ仲良くなれたような気がするからだ。
友達はいないけど好きな子はいた。
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なんやかんやあって受験時期だ。
俺はコーヒーを飲みまくって一週間不眠不休で勉強していた。
ふと後ろを振り向くと、俺が小学生の頃、一緒に川遊びしていた親友がいた!
「うそ・・・新 友助(あらた ともすけ)!生きてたのか!」
俺はカフェインの過剰摂取で幻覚を見た!
しかし、不眠で判断状況が鈍っている俺は幻覚の友助に語りかける。
「俺のことが憎いか?・・・俺は分からなくなっているのだ。
自分が一体なんなのか。自分が特別だと思っているわけじゃない。
同じように他の誰かもこうやって悩んでいるのか?」
そう言っているうちに友助の幻覚が薄くなってきた。
「あっ・・友助」
思わず手を伸ばした俺が友助の幻覚に触れると
友助の声が伝わってきた。
「その答えを俺は知っている。
誰もが、その悩みを解決できないままいつの間にか忘れてしまうんだ。
自分が特別な存在だと思うのは恥ずかしい事じゃない。
それは秘めるべきものであり、想い続けるものだ。
決して忘れてはいけないんだ。・・・」
幻覚は消えた・・・。
「・・・おい!おい!起きろ!死ぬな!」
父の声が聞こえる。
俺は気付くと父に抱えられていた。
どうやら俺はカフェイン中毒でぶっ倒れていたようだ。
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やがて月日は経ち、社会人になった。
俺は今日も働いている。
親でもない上司に怒鳴られ、一日中働いている・・・。
俺は結局、特別にはなれなかった。学生時代に父が作ってくれた飯と同じように普通だ。
現実に打ちのめされて、淘汰され、あの頃思っていた淡い悩みはとうに忘れていた。
「美味しい?」
「うん・・・うまいよ。」
だが、俺は特別な存在らしい。
彼女がそう言っていたので、そうなんだろう・・・。
おわり