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『小鬼の太刀』外伝小説:陰陽師の家
第8話 取引

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  「いろいろと話を聞いて、だいたいの事情は呑み込めた。
   口縄一族の族長と仁九郎の関係については…
   これ以上話して貰わなくともよい。
   それとも、何か話しておくべきことがあるかな?」

『いえ。
 恐らく、千葉様はすべてご存じのことかと…』

  「賀茂殿が仁九郎のことをどこまで知っているか、ワシとしても興味はある。
   が、これ以上貴殿を問い質すのは止めにしたい。
   夕餉の時間も近づいておるし、何より
   私から貴殿に話すべきことは、ほぼ決まったしな。」

『仁九郎殿の行方、教えていただけますか?』

  「仁九郎の行方か。
   …仁九郎は、もうこの世におらんのかもしれんな。」

『えっ!?』

  「死んだと決まっておるわけではない。
   だが、生死は五分五分と覚悟せねばなるまい。
   その上、生き残っておったとして、果たして正気を保っていられるか…」

『そ、それは、どういう?
 もう少し詳しく教えていただけませんでしょうか?」

  「ふむ。
   先にも申した通り、仁九郎については情報が乱れておってな
   ワシもよう判ってはいないのだが…
   あ奴は今、口縄一族の生き残りとの戦い
   しかも恐るべき妖怪刀の使い手との決戦に臨もうとしておるのだと思う。
   そう悟ったのは、賀茂殿から聞いた話を基にあれこれ推測した結果だ。  
   その推測の中身を話してもよいのだが…
   しかし勝てるのか…ブツブツ…」   

     


     

『千葉様?』

  「ああ、すまん。
   仁九郎についてワシが知っていることを貴殿に話すのは一向に構わないのだが…
   しかしな、ワシが今から賀茂殿に話そうと思っとるのは
   実は仁九郎のことではないのだ。
   そもそも、貴殿の本当の目的は、須藤仁九郎に会うことではなく
   先代当主賀茂元孝殿を救うことであろう?」

『それはそうですが…
 しかし、仁九郎殿から口縄一族の族長の居所を探らないことには、打つ手が…』

  「まあ、聞いてくれ。
   貴殿を騙そうというわけではない。
   それに、ワシが今から話すことは
   ひょっとすると貴殿と仁九郎の縁にも関係しているかもしれんのだ。
   口縄一族の噂が出始めた頃、元孝殿がこの道場にいらしてな。」

『ちっ、いや先代が
 この道場に?』

  「左様。
   七、八年ほど前かの。」

『千葉様は、先代と知り合いだったのですか?』

  「その時まで、互いにほとんど面識はなかった。」

『そうだとしたら、先代は何をしにここに来たのでしょうか?』

  「妖怪刀を一本預かって欲しいとな。」

『妖怪刀を、父がですか?
 な、何がなんだか、さっぱり…
 それに、なぜその話を今急に?』

  「ワシの話を聞く気になってもらえたかな?
   そうだな。
   これからワシが話すことは、貴殿一人限りの話ということにして欲しい。
   どうだ約束してもらえるかな?」

『…』

  「まあ、返事は今すぐでなくともよい。
   これから話すことは、世間に出回っている史書の類には記されておらぬ。
   わが千葉家と、賀茂家の間にはな、古くからの特別の縁があるのだ。」

『賀茂家と、千葉家の間に、特別の縁が?』

  「そうだ。
   知っておるかもしれんが、わが千葉家は、古代豪族の血を引く一族だ。
   賀茂氏ほどの名族ではないがの。」

『…』

  「はるか昔、古代豪族の一つであった天皇家が、やがて特別な地位を確立していった。
   それはこの国の興りそのもの。
   賀茂家にも詳しい話が伝わっていよう?
   天皇家の家長、つまり帝(みかど)が『王の中の王』に上り詰めるに従い
   多くの豪族が没落していった話もな。
   そのなかで、賀茂一族は巧みに生き残りを図った。
   単に生き残っただけでない。
   やがて陰陽道を統括する陰陽宗主家と認められ
   帝の執り行う祭祀を補佐する地位についたわけだ。」

『…はい。』

  「天皇家の氏神は、太陽神・天照大御神。
   陰陽師は、太陽に加えて、月や星の運行をも観察し、様々な事象を占う。
   昼と夜、太陽と月・星が互いを他を補うように
   陰陽宗主家たる賀茂家がお上の祭祀を補佐するのは必然なのだ。」

『そ、それは、賀茂家に伝わる陰陽口伝の第一条…
 (こ、この爺さんは、やっぱり知りすぎている!)』

  「フフ。
   ところで、賀茂殿はわが千葉家の氏神をご存じかの?」

『千葉家の氏神?
 (今度は何の話をするつもりなのか…)
 確か…妙見菩薩を信仰している
 と伺っておりますが?』

  「その通り。
   ならば妙見菩薩とは?」

『北辰(北極星)を仏教上の護法神に見立てたもの
 護法神でありながら「菩薩」と呼ばれるのは
 神々のなかでも特別の地位を占めるからだと聞きました。』

  「うむ。
   千葉家ははるか古代から、夜空にあって決して動かず『不動の位』を保ち
   星々の運行の起点となる北辰を信仰してきた。
   ちなみに、わが剣法、妙見不動流も『不動の位(構え)』を最終奥儀とする。
   ゆえに奥儀修得の最終段階では、むしろ剣を合わせる形では稽古をせぬようになる。
   もちろん、不要な気合の声も発しない。」

『それで、この道場が静かな山寺の境内に…』

  「分かったかの?
   だが、この道場が山寺にある理由は、それだけだけではないぞ。
   千葉家ははるか古代から北辰(北極星)を信仰してきた。
   そして、古代において北辰信仰は、陰陽道と密接に結びついていた。
   何しろ北辰は天空の中心にあって全ての星の運行の中心となるのだからな?
   実際、かつて千葉家の家系には、多くの陰陽師がおったのだ。」

『千葉一族に陰陽師が!?
 ならば、千葉家も陰陽宗主家の監督に服してきたのですか?
 そんな話は聞いたことも…』

  「かつて、な。
   貴殿も知っておろうが、地方において独自に陰陽家を名乗っていた諸家のなかには
   中央の陰陽宗主家と対立したものが少なくない。
   そうした家は家名そのものが廃絶され、やがて歴史の闇に消え去ったわけだ。
   わが千葉家は、しかしその道を辿らなかった。」

『陰陽道を放棄した?』

  「そうだ。
   千葉家は賀茂家の命に従い、陰陽道を放棄した。
   後で、賀茂本家にある家譜を確認してみるがよい。
   古い時代に千葉家が陰陽道を放棄したという記録が見つかるだろう。
   ただ、それは表向きの話だ。
   千葉家は古代豪族に連なる有力な一族だったからな
   賀茂家と裏で取引をしたのだ。
   当時の千葉家当主は、賀茂家当主と密会し
   以後千葉一族の人間は誰一人陰陽師を名乗らぬ
   その代わり陰陽道の知識と術を別の形で伝授することを認めよ、と迫ったのだ。」

『別の形とは?』

  「仏教の教えとしてだ。
   密教の秘術、と言った方が分かり易いかな?
   それ以来、千葉家は信仰の対象を北辰そのものから妙見菩薩に替えたわけだ。
   そうして、この山寺が建てられた。」
   
『賀茂家当主がその条件を認めたというのですか?
 しかし、形を仏教の教えに変えただけでは、陰陽道を放棄したとは言えない。
 到底信じられません。』

  「うむ。
   賀茂家と千葉家の取引にはさらに三つの条件が付いておってな。
   第一は、天文道と暦法は伝授してよいが、占星術と祈祷術の類は一切伝授せぬこと。
   つまり、基礎知識は伝授してよいが、応用技はいかんというわけだ。
   第二は、賀茂家が武力を必要とするときは、千葉家が援助を与えること。   
   そして第三は、この取引のことを代々の当主と次期当主以外に語らぬことだ。」

『…その話を私にしてくださったのは
 それは条件違反にならないのですか?
 いや、それ以前に、その話が真実であると証明するものはあるのですか?』

  「ん?
   てっきり信じてもらえると思ったのだが…ワシの勘違いかな?
   証明するものはある。
   証文が両家の当主に受け継がれておるからの。
   だが、さすがにそれを次期当主以外の人間に見せるわけにはいかんの。
   しかし、そんなことをせずとも
   賀茂殿自身が既に気づいておるのではないかな?」

     


     

『私自身が?
 (気づいている?)
 …
 …
 …
 …
 そうか!
 確かに、ずっと不思議に思っていたのです。
 千葉様が賀茂家の事情に、妖怪のことも
 いや陰陽道全般について、あまりにお詳しすぎること…
 ま、まさか、最初から私を試していらっしゃったのですか?』

  「試したことになるのかもしれんな。
   貴殿が仁九郎との縁に導かれてこの道場を訪ねて来たのは、単なる偶然ではない
   のかも知れない。
   そう思って、ワシから貴殿に何を話すべきなのか、最初から考えておったのだ。
   両家の関係を貴殿に話すのは、確かに条件違反ではある。
   だがな…貴殿にはそのことを知る資格があるかもしれない、とワシは思ったのだ。
   だから、貴殿の話を聞きながら、あれこれと探りを入れさせてもらった。
   気を悪くしたなら、謝ろう。
   許して欲しい。」

『別に、気を悪くなど…。(私に資格?)』

  「そうか。
   ならば、話を続けさせて貰いたい。」

                   (つづく)



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