Neetel Inside 文芸新都
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チーム・エレクテオ
第1話「指名の日」

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第1話「指名の日」

静寂のインターネットカフェに足音が響く。不審な2人組の男は鬼気迫る様相で、狭い本棚の隙間を縫って追ってくる。ひとりは屈強そうな大男。もうひとりはガリガリに痩せ細った神経質そうな男。その動きを遠めに見ながら、フロアの隅にあるスポーツ雑誌などが設置してある低めの本棚に、追われる3名の若者たちが身を潜めていた。
3人ともスーツ姿の会社員である。そのうちの唯一の女性、ショートボブの髪で小柄な女性が後輩らしき2人の男性に小声で促す。
「ねえ、もうやだよ。早く帰ろうよぅ」
2人の男性は自分たちを探しているであろう2人組の足音がまだ遠くを動いていることを確認した上で、比較的落ち着いた雰囲気の短髪の男性が答える。
「そりゃあ、今すぐここから出たいですが…なんせネカフェですから出口も限られます」
それに応じるように、もうひとりのほうの若干茶髪で少し背の高い男はつぶやく。
「あいつら、逃げられないように入り口付近にはすぐ戻れる位置をキープしてやがんのなぁ」
「信じらんない!こんなことならネットカフェなんて来るんじゃなかったわ」
身を潜めながら女性は頭を抱えた。素早く茶髪の男が口を尖らせる。
「や、そもそも来たいって言ってたのはミキさんじゃないっすか」
そんな2人を短髪男性は制止した。
「そういうのあとにしましょう!タクローもミキさんも。あいつらが左側のコーナーに行った時、逆側から回って出口に向かいますよ」
それぞれ短髪男性は田宮コウタ、女性は篠宮ミキ、茶髪は鹿野タクローという名前だ。

     


     

コウタは回り込むルートを2人に分かるようにざっくり指で示す。
「お、おう。」
タクローは、この同期入社だった男性の冷静ぶりに苦笑いしながらも感心した。この状況においてそんな感想を持つ彼も同様に冷静とも言えるが。
コウタが先頭に立ち2人を手招きしたそのとき、最後尾にいたミキの左腕を、いつの間にか回り込んでいた不審な2人組のうちの屈強な男が力いっぱい掴んだ。ブツブツと何か聞こえない言葉を呟きながら。
ミキは痛みもさることながら驚きと恐怖で
「キャッ!」
と叫ばずにはいられなかった。
「この野郎!」
反射的にタクローが男に殴りかかっ…たものの、ミキから手を離した次の瞬間にはタクローの腕を掴んでおり、掴まれたと気づいた次の瞬間には空に投げ出されていた。片手で軽々と。
その瞬時の所作と怪力に全員が目を疑った。
そのまま本棚に背中から直撃し、本と一緒に投げ出されたタクローは
「イテテ…これはとんでもねー怪力だぜ」
と感じたままを伝えるので精一杯だった。
怪力男は引き続き聞こえない独り言を言いながら不気味な笑顔を浮かべ、人差し指で頬を押し当てながら口角が上がるのを確認し、突然声を上げた。
「見たまえ!これが『選ばれた者』の力なのだ!」
もう一人の痩せ細った男も同調して
「うぉぉ、ヒトを超えた力ですねえ!」
と奇声にも似た甲高い声を店内にとどろかせるのであった。
狂信的なまでに何かに取り憑かれたかのような2人組に、店内の客は異常を感じ取りながらも、度が過ぎるそれには反応できず、自らに降りかからないよう個室に閉じこもるばかりである。
「『選ばれた者』・・さっき言われた言葉だけど」
コウタは二人にだけ聞こえる範囲で話した。
ミキもタクローもその言葉に反応し、3人お互い目を合わせるのだった。


さかのぼるのはほんの1時間前だ。
3人はまとまった仕事の目処も立ち、金曜ということもあり街に繰り出して飲んでいた。
歳も近い3人で同じチームで仕事も行っており仲も良いため、これ自体は普段の光景である。
ミキは「結構飲んじゃったわね」と、少し呂律の回らない口調。
コウタとタクローは散会を促すが、ミキはまだ飲み足りないよう。女性というものは20代後半からアルコールのエンジンがかかり出すのかもしれない。初めて会った頃より明らかに飲みが深くなってきている。タクローの心配は時間的な深さよりも給料日前の懐事情だ。
「つうか、もう金ないんすけど」
コウタも「はは、俺も」と同様のようである。
ミキは考えているのかいないのか、ネガティブな反応にただ反射的に発声しているだけなのか、
「あのねー、普段からちゃんとお金の管理をしないからこんなカワイイ先輩にお誘いいただいたときにカッコ悪いことになるのよ」
と心理的優位位置から話し始める。よく飲む割にミキはたしかにお金に困っていなそうであるから、2人はなにも言い返せない、トホホな気持ちになる。ふと、ミキが何かを見つけたようだ。
「じゃあアレにしようよ、いっぺん行ってみたかったの」
「はあ、ネットカフェですか?」
「なによ、悪い?これなら安くすむでしょ?さっ、行きましょお」
タクローもコウタも、これならたしかに予算も問題ないし、なにより終電の時間もキツそうだし、ミキを放っておくと1人でどこに行くかわからないし、で話に乗ることにした。
ミキは楽しそうにマンガを探している。めぞん一刻のタイトルに反応していることにタクローは「意外とマンガっ子なんすね!」
と意外な一面に少し驚いていた。
コウタは今週の後半の仕事の追い込みも響いたのか少し疲れているようで、アイスコーヒーをコップに注ぎ個室に入りソファチェアに腰を下ろし、タクローが隣の個室でPCのネットをカチャカチャやっている音を聞いているうちにいつの間にか眠りに落ちた。
そのほんの少し後、背後の人の気配でコウタは目を覚ました。タクローかミキが入ったのかと最初は思ったが、振り返ると見知らぬ中年男性が立っていたので一気に目が覚めた。
小太り、というか結構太め。ほぼ無表情を維持しコウタの顔をしげしげと見ていた。一見変質者かと思うが、身なりは無精髭はあるものの小綺麗なニットセーターと綺麗にプリーツの入ったウールパンツを着ており、さらに全体から感じる雰囲気としてはいわゆる「おかしな人」に見えない。不思議であるが。中年男性は呟いた。
「うん、この際、君でいいか」
「は、はあ?」
「キミ、名前は?」
「田宮コウタですが・・」
コウタはそこまで言って自身の警戒レベルメーターの設定をし直した。どう考えてもおかしい人に決まっているじゃないか!
「いや、いや!何なんですかあなたは」

     


     

コウタを無視し、中年男性は一方的に話し始めた。
「田宮コウタ、君を今から『指名する者』の権限のもと『選ばれた者』とする」
気が付けば、コウタと中年男性のやり取りに気付いて不審に思い、ミキとタクローがコウタの個室に入ってきた。
「どうしたのコウタ?」
かまわず中年男性は話を続けた。
「凄いぞー。君がメンバーを編成してチームメンバーが1人増えるごとに人1人分の能力が君に加算されていくんだ。チームへの参加は、双方が強い意志のもと加入に了承した時点で有効となる。ただ、離脱の際は双方立ち会った状態でどちらかが一方的に宣言した時点で有効だから注意が必要だ」
3人とも中年男性の話はだいたい聞いていたが、理解できなかった。3人とも理解力は悪くない、むしろいい方のはずであるが、それ故に意味が通じないことは理解できない。
「細かいルールは他にもあるが・・今後1週間に一度は私に会えるからその時質問してくれ」
そう言うと中年男性はコウタの方をぽんと叩き、タクローに道を空けてもらう動作をして去ろうとした。すると、その先に屈強な男と痩せ細った男が立ち尽くしており、屈強な方が呆然とした様子で太った中年男性を呼び止めた。
「『指名する者』!なぜそいつらにも資格を与えるのです?私を選んでくださったのではないのですか?」
中年男性は意にも介さないといった様子で
「選ぶのは君1人と言っていないだろう?」
と答え、2人の前を通り過ぎ、少し振り返ると付け加えた。
「まあ、せっかくだからルールをひとつ教えよう。『選ばれた者』が他の『選ばれた者』を敗北させた場合、負けた方は資格を失い、失われた能力の半分は勝者が獲得する」
「敗北させるとは?」
「自分で考えなさい。では」
中年男性はそのまま去っていった。屈強な男はしばし考えた様子であったが、やがて答えが出たのか体を震わせると両手を閉じたり開いたりを繰り返し嬉しそうに呟いた。
「ぶち殺せってことだな?」
そしてまたニヤニヤして独り言に戻った。
もう1人の痩せ細ったほうが甲高い声で悦に入る男に割って入る。
「リーダー!あいつら逃げましたよ!リーダー!」
男は痩せ細った男の首を持ち、そのまま持ち上げた。
「うるせえよ、瞑想の邪魔すんじゃねえ」
そのまま首を絞めたのだが、男の感覚的には軽い力のつもりであったが、想像以上に強い力となり、痩せ型の男の顔は一瞬で真っ赤になる。それが最高に快感であるかのように屈強な男は喜びで体を震わせ、力を緩め、下へ降ろした。
「ゲホッ、リ、リーダーすげえっす!すげえ力!」
「出入り口に繋がる道は 『指名する者』しかいなかった。店内奥に逃げたはずだから探せ!『敗北』させる!」
と言うと、また独り言を始めた。
その通りで、3人は咄嗟に出入り口から遠いほうに逃げてしまっていた。
やばそうなことに巻き込まれている・・3人は不安を隠せなかった。


ここで時間は冒頭に追いつく。
「『選ばれた者』・・さっき言われた言葉だけど」
ミキは
「でも信じちゃうわけ?純粋にも程度ってものがあるわよ」
と返すが、コウタは
「でも見たでしょあの怪力!普通の人間のものではないですってば」
と答える。コウタは現実的な人間であるが、自分の目で見たものが真実と判断できればそのまま受け入れる。この場合半信半疑ではあったが、不思議と中年男性の言うことがまんざら嘘には感じられなかったのである。
「さあミキさん、僕のチームに入って下さい」
コウタはお辞儀しながら手を差し出し握手を求める。
「えー。それもなんか告白みたいでヤなんだけどぉ」
タクローも「何やってんスか」と笑いかけたその時、視界に屈強な男がこちらめがけて飛び込んでくるのが見えた。そりゃあ、本棚に登れば見つかってしまう店内の広さ。時間の問題だった。
「分かったわよ、オーケー!」
ミキは差し出されたコウタの手を思い切りタッチ、パァンと切符の良い音が響いた。
「ありがとうございます!」
とコウタが言った瞬間、屈強な男がコウタに覆い被さり馬乗りになり、力でコウタの頭部を鷲掴みにするとそのまま床に叩きつけた。
同期の危険な状態に、ケンカっ早いタクローも助けようとするもののその力を目の前に一瞬怯んでしまう。
コウタは意識が飛びそうになるが、次の瞬間には逆に男をなんとか押し返し、体を持ち上げ、力一杯隣の本棚へと投げつけていた。本棚が男に倒れ込み大量の本が落ちるその間、コウタは起き上がり、タクローに
「もうちょい力足んない!タクローも頼む!」
と手を差し出す。タクローも状況についていけないながらも
「お、おう!」
と応じる用意をし、
「タクロー、『強い意志のもと』、らしいぜ」
「お前は信頼してら」
タッチを交わす。
瞬間、体が巡る。先程もそうだったが、うまく言えないが体の内部のあらゆるものが巡るのを感じるのだ。血液なのか体温なのか、エネルギーと呼ぶものなのか。単純に力が増すのではない。視覚として捉えられる情報も、それを処理する脳も、めぐる感覚がそこにあるのだ。
だから、ミキが、タクローが、まだ見えていないものも見える。そう、例えば今、倒れ込んでいたはずの男が隙をついて思い切り壁を蹴ってコウタに向かって左肩を低く落としタックルを決めようと突進してくる様子だ。
男と目が合う。
そして男は気が付く。動作を始めたばかりなのに見切られていることを。コウタはこの男には何の恨みもないから危害を加えるつもりはなかった。だがしかし、聴覚も鋭くなっているがゆえ、さっきからブツブツ言っている男の独り言が今、聞こえてしまった。
「この力で世界の女を襲う、襲う、襲いまくる。襲いまくってまた襲う」
コウタは攻撃をかわすために反らせた右半身だったが、そのまま腰を入れ、右脚を思い切り踏み込む。と同時に突き出した右腕に一気に乗せる。
男は斜め45度に飛び上がり、その瞬間に気を失ったのが分かった。
「もっとマシな野望にしろ!」
怒りと呆れが半々の中、コウタはそんな台詞を吐き捨てた。

     


     

ミキとタクローは言葉を交わす。
「この怪力の3分の1が自分のだって思うと女として傷つくわねぇ」
「ミキさん、わんぱくですからね。あ、いえ、何でもないです」
気が付くと、騒ぎを聞きつけてかパトカーがのサイレンが近づくのが聞こえた。
「やべ、逃げましょう」
コウタの一言をスタートの合図に、全員で逃げ始めた。
・・もちろん逃げ足もコウタが3倍速かった。
遥か先にいるコウタにタクローは罵声を飛ばした。
「お前こそマシな使い方をしろ!」

       

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