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■0『葛城綾斗はなぜ女性恐怖症になったのか』

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 ■0『葛城綾斗かつらぎあやとはなぜ女性恐怖症になったのか』


 俺にはかつて、幼馴染がいた。
 いた、というのは、今は引っ越していて、どうしているか知らないから用いている言葉であって、別に死んでいるとかではない。
 今や忘れもしない、小学校五年生のある日。
 幼馴染、武蔵野白金が引っ越すその日。
 ちょっと先約があったので、それを終えてから待ち合わせていたいつも遊んでいた公園へ向かった。
 ブランコに揺られながら、地面を向いている彼女を見つけ、俺は
「白金!」
 と叫び、彼女へと駆け寄った。
 笑顔でブランコから飛び降りた白金は、ニパッと笑って、「綾斗くん!」と手を振り返す。
「悪いなっ。ちょっと先に呼ばれててさー」
「う、ううん。大丈夫。えっと、それでね、綾斗くん、実は私――」
 話そう話そうとはしているのだが、彼女にとって、転校するから引っ越すというのは、とても言いにくい話らしく、目を泳がせて、タイミングを図っていた。
 俺は、言いにくい話なんだろうな。じゃあ、俺から話してやるか、と気を利かせた。
「あ、その前にさ、俺の話からいいか?」
「へっ? あ、うん。ど、どうぞ」
「実はさー、俺さっき、同じクラスの坂下さんから告白されたんだ」
 一番仲のいい女子だし、やっぱり言っておかないとね、的な考えで言ったのだが、俺の人生でこれが最大の後悔になる。この時の俺は、当然知らない。
「……は?」
 正直言うと、この時の「は?」に多少の違和感を感じていれば、そして今から考えれば、この時白金の目から死んでいた。まな板の上の鯉くらい死んでいた。
「んでさぁ、付き合うってなんなんだ? 一緒に遊びに行きゃいいのか? んでもさぁ、そういうのって、お前と変わんねーじゃん? 付き合ってるからする特別なことってのがあるんだよな?」
 俺が質問をまくし立てると、白金は俯いてしまう。
「……どした? 腹いてーの? トイレそこだぞ」
 俺もよく、牛乳がぶ飲みして腹が痛い時、家まで我慢出来ない時に利用する公衆便所を指さした。学校だとトイレすっと、友達が汚物呼ばわりしてくるので、あそこは楽園的扱いを受けていた。
 だが、女子からすればあの場所の価値など無いに等しく、白金は顔を上げ、ポケットから鉛筆を取り出したかと思うと、素早く俺の懐に飛び込み、俺の腹にその鉛筆を突き刺した。
「……えっ」
 彼女は冷静に、俺から離れ、倒れた俺を見下す。
「私、実は今日で転校するの。――さよなら、綾斗くん」
 そう言って、去っていった。
 ちなみに、実は無傷だった俺。なんでかと言われると、その時着ていたパーカーのポケットに、野球ボールを入れていたので、それが犠牲になってくれた。
 んだが、いきなり仲のいい幼馴染に腹を鉛筆で刺されて無事でいられるほど、俺の心は鉄じゃない。
 まあ、つまるところ、この一件は甚大なトラウマを俺の心に植えつけてくれた。
 女の子ってのは、いざとなったら俺の腹に鉛筆を突き刺すんだって。


 ちなみに、坂下さんですが。
 この一件で坂下さんが鬼みたいに見えてしまい、避け続けた結果、帰りの会で糾弾されるという悲劇に見舞われたが、坂下さん以上にガン泣きしてドン引かれる事で事なきを得た。

       

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