世の中には『Aさん』と括られる人々がいる
しかしAさんたちにも1人1人に名前があり人生がある
例えば五反田のAさんはこうだ……
「兄ちゃん、『火』かしてくれないか」
駅の傍らで座る俺に声をかけてきた男の風体は明らかにAさんだった。
もちろん初対面のAさんだ。
俺はAさんの姿をチラっとだけ見て黙ってライターを渡した。
Aさんは服を弄り「あれ? あれ?」といいながら
バツが悪そうに決まってこう言ってくる。
「タバコ忘れてきたみたいだわ、一本もらえないか?」
言い終わる前に俺は箱ごとタバコをAさんに差し出していた。
「それ間違って買ったものなんでコレでよけば全部どうぞ」
「そりゃ悪いよ」
「いいっすよ、どうせ捨てる事になるし」
「そうかい」といいながら一本口に加えると残りを懐にしまい俺の隣に座った。
「兄ちゃん何やってる人?」
これもまるで決まり事でもあるようなAさんが最初にしてくる質問だ。
「仕事っすか? …今無職です。 色々あって……」
俺は出来る限り初めて聞かれたように返す。
「若いのにそんなんじゃダメだろ」
「そうっすね……」
Aさんがようやくタバコに火をつけて紫煙を一吹きすると
煙を追いかけるように空を見上げた。
Aさんは総じて説教臭い。
「挑戦しないとダメだ」だの
「若いうちは苦労しろ」だの
そんな決まり文句を言う時だけは饒舌になるのがAさんだ。
このAさんもそんな決まり文句を言った後にこう続けてきた。
「兄ちゃん俺が仕事紹介してやろうか?」
そう言うAさんの顔は少し自慢げにも見えた。
確かにそんな事言ってくるAさんは珍しい。
「あそこにパチンコ屋あるだろ? 俺あそこで掃除やって金もらってんだよ」
Aさんが指差す場所には見慣れたパチンコ屋のネオンの光リが見える。
「俺が上の人に口聞いてやるから」
「そういうのはちょっと……」と断ると
「兄ちゃんはそんなんだからダメなんだよ」と呆れた笑みを浮かべた。
俺に何を言っても無駄だと思ったのか
吸い終わったタバコを地面に擦りつけAさんは立ち上がった。
「仕事紹介してほしくなったらいつでも声かけてくれ俺この辺りにいつもいるから」
「は、はい…」
Aさんは俺の愛想笑いを見ると
去り際にもボソボソとつぶやきながら人混みへと消えていった。
『そんなんだからダメなんだよ…… そんなんだから……』
その言葉が俺への言葉だったのか自分への言葉だったのか……
そんな事を考えながら俺も交差する人々の中へ紛れ込み
この街を離れる事にした。