マリア・アーミティッジの部屋には物が少ない。六畳半の室内にあるのはテーブル、小型冷蔵庫、拾ってきたギター、定期的に叩かないと砂嵐に襲われるテレビ、レコード、そして無数のコーラの空き瓶くらいだった。
すぐそばを線路が通っており、音はうるさいがすでにマリアは意識から騒音を排除する術を見に付けており、ときおりやって来るジャックが振動する窓のほうを見るとき、改めてそのやかましさを再認する。
〈クロスロード・レインボウ〉が結成されて一週間、一度も活動をしておらず、ゆるやかに、自分がボーカル、ジャックがギターといった担当が決まり、残りのメンバーも知り合いから誰か引っ張ってこよう、というのが現在の進行状況だった。
ある日起きてテレビをつけ砂嵐、拳で一打、映った天気予報では素早い〈夕立屋〉が上空を飛んでおり、〈蒼穹戦団〉の射手たちも攻めあぐねていると報道されていた。現在は晴れているが、このままではほぼ確実に土砂降りになるだろう。
今日では都市は城壁と結界の魔導機で守られており、大型で危険な魔物は決して進入できない――もちろん例外的な事件は歴史上何度か起きているが――魔物もかねてから弱体化の一途を辿っており、しかし未だ人類は彼らに悩まされ続けている。〈夕立屋〉は非実体型の竜の一種であり、結界の及ばない上空から猛烈な雨を降らせることで知られる。一説には古代の雨乞いの魔術が未だに生きている存在だというが、日照り続きの農村にとってならいざしらず、現代の都市にとっては傍迷惑な存在だ。去年の夏もなんども飛来し、道路を冠水させた。彼らを討伐する蒼穹の戦士たちはかつては偉大な勇者であり、雷雲に立ち向かう竜退治(ドラゴンスレイヤー)だったが、今では魔導機銃の操作者に過ぎず、照準システムのパターンにない動きをする〈夕立屋〉にはなかなか対応できないことが多い。しかし、なかなか高価な武装を用意できない新規参入の企業の代わりにずっと居座り続けている。
マリアは予報を見るなり、本日の講義を休むことを決定した。そして床に直接敷いたマットレスに寝そべり、今後のロウサウンドの音楽シーンについて思索した。
清風の年代に入ってからは電気音楽が特に盛んで、帝都サンブレイクではおおっぴらにタブーや政府の批判を歌う反体制のバンドが人気だ。中には逮捕される者もいたが、帝都は他のやっかいな犯罪でもちきりだし、おおむねお目こぼしを受けている。
一方こちら西海岸ではもちろん、はびこる無気力がすべてのカルチャーに食い込んでいて、メッセージ性などない、人様の夢みたいな詩や歌詞が人気を生み、それらの作者は気づいたら消えている。サンブレイクやドーンフォートなど、東海岸から流れてきたやる気のあるバンドが表向きは人気を博しているが、この都市の真価は地元のブルーなバンドだとマリアは考えていた。
自分もそういったものをゆるやかにやっていきたいと考えているうちにマリアは眠り、夕方に激しい雨音で目を覚ました。その後眠れず、ずっと横たわって、部屋が暗くなるころ雨は止んで、〈銀眼隊〉が悪霊を追い立てる聖鐘の音が聞こえた。雨は霊的に大きな意味を持つと彼らは言い、雨上がりにはいつも騒がしくなる。今では聖鐘が重いからといって録音で代用する兵士がいると聞くが、それは録音したものをコンサート会場でただ流すようなものであまりよくはないとマリアは考えていて――そんなことを思い浮かべているうちに本格的に眠ってしまった。