Neetel Inside 文芸新都
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LOWSOUND 十字路の虹
36 Hidden Chapel Nuns

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 そのあとパセティックでのライブまでだいぶ時間があり、正直シグノの家まで遠いのでマリアは面倒になりなかなか連絡を取らなかったが、ある日近くに仕事で来たとき顔を出した。シグノとアレックスがいて、出られなくなったというバンドメンバーの見舞いに行くそうだ。まったく無関係だがマリアも同行することにした。
「病気ですか? その人たちは」 
「ええ、三人とも黒晶病に感染してしまいまして。〈ヒドゥン・チャペル・ナンズ〉っていうんだけど、管理局内部で結成されたバンドです」
「全員黒晶は摘出済み?」
「もちろん。そうじゃなかったら面会謝絶ですよ」
 心臓の黒晶を取り除いても、一度血が黒く染まった魔女たちの体内は変異済みだし、微小な断片が残っているので、黒晶病を完全に防ぐことはできない。ましてナンズのメンバーは全員、この都市の大部分の若者と同じく不摂生な生活を送り、免疫力も低下していたために感染してしまったらしい。
 三人はバスで病院坂方面へ来た。医療関係者と患者、見舞い客らしき人々が陰鬱に歩いている。枯れた花ばかり売る花屋と黒猫がやけに多かった。
 大都市ではどこでもそうだがここでも、物理的医療と魔術的医療の割合の異なる様々な医療機関が立ち並び、路地裏に入れば闇医者や、免許なしでも開業できる拝み屋や怪しい薬屋などが潜んでいる。
 ナンズの面子が入院していたのは〈ヘクセンナハト管理局〉の運営する魔術医療の施設だった。三王国に程近い西海岸地区では、管理局のようなコドニア系の企業が大きな力を持つ。歴史上なんどか王国群は同盟を組んで西海岸を征服し、その名残が多いためだ。
 やたらと埃と香の臭いが立ち込める施設は煙館じみていたが、魔女の運営する場所はだいたいそうで、彼女たちは異質な魔導師であると同時に薬剤師、医療者、錬金術師でもある。黒晶から滲み出る成分は生体エーテルを組み替え、人間の脳に麻薬的に作用する。近代化が進みにつれて本人の体に多大な負担を及ぼす非人道的な状態だと人々が判断し、黒晶除去の機運が高まってはいるが、一部の魔女たちはいまだに赤子にそれを埋め込む禁忌を犯し続けている。もちろん彼女たちからすれば、肉体を切り開いて聖なる黒晶を摘出するほうが断然禁忌だ。
「何年か前に、就職できないなら心臓に黒晶を埋め込んだほうがいいって言った政治家がいたよね」アレックスが上階へ昇るエレベーターの中で言った。「相当批判されたけどあれは真実だと思うんだけど」
「だとしてもアレックス、病室でそんなこと不用意に言うんじゃねえぞ。望まずに魔女になって副作用で苦しんでる患者が聞いたらぶん殴られるぞ」
「だけどヤバいくらい気持ちいいもんなんでしょあれは。わざわざ抜いて禁断症状とか後遺症で苦しむよりは、そのまんまのほうがいいんじゃないかなあ」
「じゃあそこいらの裏道で埋め込み業者に言って、魔術師になりゃいいじゃねえか。あるいは下水道を歩いて、〈芽〉に感染してみなよ。ナンズのドラマーのジゼルさんはドブ浚い中に貰ったっていうぞ」
 人為的に黒晶を埋め込まれる他に、親からの遺伝や、他の魔女からの血液感染、魔術的感染、そして暗所に生息する魔法生物に傷つけられることが、魔女となる原因だ。しかし四割近い魔女たちは、原因不明での感染だ。
「僕が女ならうまくいったかもね、だけど男が魔術師になれる確率は女の半分以下って言うじゃん」
「お前は馬鹿に運の良いやつだからな」
 病室は薄暗かった。点けっぱなしになっているテレビがやけに明るく、外郭地区の殺人事件を報道している。
 ベッドは五つあり、そのうちの三つをナンズのメンバーが占めていた。痩せた治癒師の男が話しかけてくる。「あんたら、黒晶は入ってないね?」
「はい、面会許可証を貰いました」一同がそれを提示すると、男は「じゃあごゆっくり、学生さん」と言って出て行った。
「僕って学生に見える?」そう言うアレックスに対しシグノが、「そうじゃねえって分かってても、角が立つからプー太郎って言うわけにもいかねえだろ。ああ、どうも。こんちは」
 ベッドから体を起こして、金髪で面長の女が応じた。「わざわざどうもシグノさん、ほんと、今回はすみませんねぇ」
「いや急病なのでしかたないですよ。症状はどうですか?」
「うちらはもともと適合率のだいぶ低い魔女だったのでそこまででもないのよねぇ、あたしは摘出してからかなり経ってるし」
「どうもおひさしぶりですね!」雑誌を読んでいた少女が快活に頭を下げた。カレンと同じかそれ以上に騒がしそうだ、とマリアは推察し、カレン二号と名づけた。
 残る一人は寝入っているようで、反応はなかった。
「ジゼルさん、彼女が今回ナンズに代わって出てくれるバンドのボーカル、マリア・アーミティッジさんです」
「こんにちは、〈クロスロード・レインボウ〉のマリアです」
「初めまして、すみませんねぇ、本当。急な話で」
「そうですね、まあ大変ですね。うちは急じゃなくても大変ですけど」
 シグノはジゼル以外の二人も紹介してくれたが、もともとあまり興味がなかったので名前すらマリアは覚えることができなかった。
 そのあと、アレックスに対してナンズの二人がプログレの話とかをもちかけて雑談をしようとしたが、彼がプレグレにあまり良い感情を持っていなかったので、場の空気はやや険悪なものになり、早々に帰った。

       

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