ねむりひめがさめるまで
【八】ねむりひめがさめるまで
一
それからの出来事は、あっという間だった。
若苗萌黄を呑み込んだ藤紅淡音は急に青ざめると、よろけながら傍らの手すりにしがみつくようにして寄り掛かり、そして最後に真崎葵を強く睨みつけた。緊張した面持ちで身構える私に対して、彼は特に気にする風もなく、ポケットに両手を突っ込んだまま、目を細める。
同情、だろうか。彼が藤紅を見る目が悲哀を含んでいるように感じられた。その同情は、果たして誰に対するものなのだろう。
「駄目、出てきちゃ駄目……」
藤紅淡音は両手で自身をキツく抱き、身体を捩らせながらひたすらに呻き続ける。溢れ出る何かを必死で抑えようとしているような、けれど今にも決壊してしまいそうな、事情を全く察することのできずにいる私でも分かるくらい、彼女は衰弱していた。
彼女はその場にしゃがみ込むと、形にならない言葉を滂沱の如く吐き出していく。
「先生が、何かやったんですか……?」
「いいや、僕は何もしていないよ。多分、やったのはみどりと……若苗さんだろう」
呑み込まれていったのはやはり若苗萌黄。その事実から私の中の足りないピースがぱちりとはまる。ただ、ねむりひめという超常の存在を当て嵌めるとして、咲村真皓はどのポジションに位置づけるべきだろう。
唐突に、藤紅淡音の声が、ぴたりと止まった。
私は巡らせていた思考を中段して藤紅を見た。
彼女はゆらりと立ち上がると、周囲を見回し、水面みたいな夜空を眺め、それから私と真崎に目を向けるとああ、と声を漏らす。
「姉ちゃん」
その言葉を飲み込むのに、ほんの少しだけ時間がかかった。
藤紅淡音の口から出たのは、紛れもなく咲村真皓の低い声であり、周囲を見回す時の仕草からその後の動作まで、彼を彷彿とさせるものだった。
「真皓、なの?」
頭が真っ白になった。ただ、名前を呼ぶことしか私にはできなかった。
彼女、いや彼と呼ぶべきか。藤紅淡音の肉体をしたそれは肩を竦ませると、ため息を一つ吐いて、皮肉げな笑みを浮かべる。
「そっか、姉ちゃん、俺を探してたのか」
真皓の声をした藤紅淡音はそう言ってから鼻の頭を掻いた。
「君は、咲村真皓で合っているかい?」
言葉の出ない私の代りに、真崎はそう尋ねる。彼はじっと真崎葵の事を見つめてから、ああと一言口にする。
「いや、詳細に言えば咲村真皓の記憶か」
「記憶?」
真崎先生は頷く。
「君の弟は、やはり食べられていたんだ。藤紅淡音に」
「それは間違っている」
彼の言葉に【彼】は反論した。
「淡音もこの中だ」
「藤紅も?」
【彼】は頷いた。
「なんで今こうして【俺】になっているのかよく分からないけど、都合が良いから今のうちに言っておく。俺は食べられた淡音の傍に居ることを選択した」
「ちょっと待って、状況が理解できない」
二人の間に割って入るようにして私は声を上げる。真崎先生は何か理解したような口ぶりだけれど、私にはさっぱりだ。納得のいく説明が欲しい。
【彼】は私を見て微笑む。
「姉ちゃん、ごめん。藤紅はさ、俺の恋人だったんだ」
「藤紅淡音が?」
「最初は単なる一目惚れだったんだけど、彼女の話を聞く内に、守りたい、傍にいたいって思うようになってさ」
そう言って【彼】は遠くを見つめる。その顔はとても晴れやかで、微塵の後悔も感じさせないもので、私はそんな顔を浮かべる彼を見たことが無くて、とても驚いた。
「孤独も、繋がりも怖くて閉じこもって、でも強がろうと必死に苦しむ彼女を、とにかく安心させたかった」
喧嘩したあの日、真皓の口にした問いかけの先にいたのは、彼女だったのか……。
「馬鹿じゃないの、本当に……」
胸が苦しくて堪らなくなった。今、目の前にいるのは咲村真皓自身ではなくて、単なる記憶なのだろう。何故突然その記憶が呼び起こされてしまったのかは分からないけれど、記憶だからこそ、その言葉に嘘偽りはきっと無い。
馬鹿だ。彼は本当に。
「あとさ、あの日の朝なんだけ――」
口にしようとした言葉がぷつりと途切れた。唇は動いているけれど、音が出ていない。まるで故障したラジオみたいに、藤紅淡音の口から【彼】の声は失われた。
暫く口を動かしていた【彼】も、やがて諦めたのか残念そうな笑みを浮かべ、私にそっと手を振る。
彼の唇は、たった四文字を形作ると、がくんと頭を垂れ、そのまま床に崩れ落ちた。
真皓の名前を叫んでも、【彼】はもう反応しなかった。
びくん、と再び起き上がった彼女は、もう【彼女】に戻っていた。恐らく、咲村真皓と藤紅淡音の更に先にいる【何か】。
「君は、誰だ?」
脂汗を滲ませよろめく彼女は、右手で側頭部を抑えながらにやり、と笑みを浮かべると、手すりに身体を預ける。
彼女の行動に気付いて駆け出したけど、もう遅かった。
【彼女】は頭から屋上の外へと身を投げ、私達の目の前から姿を消した。
駆け寄ってフェンスの下を覗いて、その高さにくらりと目が回る。同時に真下の光景に私は目を疑った。
藤紅淡音の姿は、どこにも無かった。
呆然とする私の背後からびしゃりと水っぽい音がして、振り返ってみると【食べられた】筈の若苗萌黄と、後を追ったみどりがぐっしょりと濡れて倒れていた。
「終わりだよ」
真崎先生は若苗さんを抱き上げると、ただ一言、そう口にした。
意識の無い二人を運ぶ間、私達はずっと黙り込んだままだった。多分、何から話せばいいか分からなかったのだと思う。目の前で起きた現象はどれも摩訶不思議で、普通なら信じることのできないものだ。きっと彼も今、整理をしている途中なのだろう。
「私は、貴方が犯人だと思ったんです」
口火を切ったのは私だった。まるで懺悔でもするように、前を歩く背中に向けてそう告げると、彼はそうか、と振り向く事もなく言った。
「一つ、私からも言うべき事がある」
「なんですか」
「君を引きずり込もうとしたのは、みどりだ」
私は背中に背負ったみどりに目をやる。こんな小さな子が、私を食べようとしていたなんて。未だに彼女がねむりひめであるという事実が理解し難くて、私はため息を一つ吐き出した。
「私は、そんなに美味しそうだったんでしょうか」
「そうだね、誰も食べたことのないみどりが興味を惹くくらいなんだから、余程いい匂いがしたのだろう」
「誰も?」
むしろそちらの方が気になった。
真崎先生は頷く。
「そう、彼女は常に空腹状態なんだ。勿論人としての食事で空腹が満たされはするけれど、みどり……いや、ねむりひめは人の記憶にとてつもない興味を持っている生物だ。恐らくその欲は食欲とは全く別である可能性が高い」
「……あの」
「なんだい?」
廊下の先に保健室が見えてくる。非常灯の灯りが薄気味悪く廊下を照らしている中を歩きながら、私は意を決して口を開く。
「もし、その欲求が我慢できなくなったら、どうなるんです?」
彼は暫く黙っていたが、やがて保健室の扉の前で立ち止まり、鍵を開けると、ぽつりと口にした。
「まず、身近な人間が呑み込まれてしまうんじゃないかな」
その言葉に、私は何も返すことが出来なかった。
ベッドに二人を寝かせると真崎先生はご家族に連絡を入れると言って保健室を出て行った。
残された私は椅子に腰掛け、ベッドに眠る二人を眺めていた。
窓から差し込む月光が若苗さんの顔に掛かる。ふと外に目を遣ると、もうあの水面みたいな夜空は消えていた。はっきりと輪郭を持った月と、雲と、逆光で真っ黒に染め抜かれた山が映っている。それを見て安堵すると同時に、結局真皓は最後に何を言おうとしたのだろうかと思案を巡らせる。
結局全て解決できていないままだ。
でも真崎先生は「終わった」感触を持っているようで、それがとても羨ましく思えた。
結局私は何一つ役に立っていない。
勝手に動いて、勝手に調べて、見当違いの相手を犯人と断定し、よくわからない内に本当の犯人だった藤紅淡音を模した【誰か】は逃亡を図り、食べられてしまった筈の二人は戻ってきた。
彼女らが中で何かしたから、真皓が現れ、そして【誰か】は逃げ出したのだろう。
そしてもう一つ。
恐らく、もうこの街から行方不明者は出ないのだろうな、と私はなんとなく感じていた。姿を消した【誰か】も、なんとなくその先が見えている。きっと【彼】が決着をつけてしまうのだろう。
いや、このタイミングをずっと見計らっていたに違いない。
「ご名答」
聞こえてきた声に、私は振り返らないまま拳を強く握り締める。
「貴方は、どこまで分かっていたの?」
背後から衣擦れの音が聞こえる。
「大体は理解していたよ。彼女が藤紅淡音では無いことまでかな」
「……それを自分で解決しようとは思わなかったの?」
「思わない」
「直接動くことはどうしても避けたいことなの?」
「ああ、避けたい事だ」
一呼吸置く。彼は後ろにまだいるようだ。でも多分、私が振り返ったら、彼はそれ以上を口にすること無くどこかに消え失せてしまう。何故だかそんな気がした。
「……貴方の探している女性は、もう居ないのでしょう?」
あの時言えなかった言葉の先を口にしてみる。背後の彼は小さなため息を吐き出した。
「その結論に辿り着いた原因は、茅野茜かな?」
「茅野先生を、知っているの?」
ふふ、と笑みの含んだ吐息が聞こえる。私の問いに対して返答するつもりは無いのかもしれない。
「……ねむりひめはね、記憶を食べるんだ」
彼は突然そう漏らした。少なくとも私と真崎先生、そして若苗さんは知っている事実だ。何を今更口と疑問に思っていると、彼は続ける。
「じゃあもし、奴等の目の前に記憶をたんまり詰め込んだ袋があったとしたら、どうすると思う」
以前にも聞いた話だ。私は同じ答えを返す。
「食べてしまうでしょうね。そんな餌があれば」
「だから僕は出来る限り、身を隠し、うまく勝ちを掻っ攫いたいんだ」
私は目を伏せると、彼に向けて言った。
「やっぱり、貴方もねむりひめを飼っているのね」
返答は無い。がイエスと取ることにした。
「記憶を好むねむりひめは同種であっても対象を獲物として捉えている。そしてより多くの蓄えがあればあるほど他からの襲撃を受けやすい」
「そう、だからねむりひめは身を隠すんだ。自分ごと溜め込んだ『コレクション』が奪われてしまわないように」
悲劇を抱く存在を食べず魅了する習性は、恐らくそこからくるものなのだろう。自らに尽くしてくれる人間を一人用意することで彼らは十分な供給源を手に入れる。
彼らも決して完璧ではないのだ。
「貴方は、だからこれまで身を隠し続けていたのね」
絶対に勝てる戦いしかしない。そうやって来たからこそ今があって、今回もきっとその為に神出鬼没に現れては助言を繰り返し、周囲に幾つも解決の糸口を垂らして待っていた。
その駒が取られても、最終的に報酬に還元される。
極めてリスクの低い状況がやって来るまで彼はじっと息を潜め続けていた。
「とても一人でできるとは思えない」
「そうかな、じゃあ僕には協力者がいたって事になるね」
「協力者?」
「そう、逐一情報を伝えてくれて、動向を見続けていた人物がいるってことさ」
彼は何故私にこんなヒントを与えるのだろう。これ以上は自分を振りにせざるを得ない状況であるはずだ。
「何故、私にそこまで教えてくれるの?」
彼は黙りこむ。考えているのか、それとももうこの場から居なくなってしまったのか。無音の暗闇に取り残された私は焦れながら、しかしきっと彼はまだ居るはずだと待ち続けることを選んだ。
「弟が失踪して、解決する気配がない時、君はどう思った?」
「私が探すしかないって、そう思った。何があっても弟を見つけたいって」
私は頷く。きっと警察もマスコミも行方不明事件の一つとして消化してしまうと思って、真皓に本当に会いたいのなら、自分から動くしか無いと思った。結果は散々なものだったが。
「それが理由かな」
――まるで貴方みたいよね、朱色ちゃん。
茅野先生の言葉を思い出す。
それが、理由なのだろうか。本当に彼はただそれだけの理由で、私の前に度々姿を現したと言うのだろうか。
「今日の出来事を見て、失踪した人の記憶は蓄積されていくって分かっただろう? 消化はされないんだよ」
背後の彼は語る。
「何か刺激を与えることで関連した記憶が浮き上がることもある。ほら、綺麗な池に石を投げ入れたら、底の沈殿したものが舞い上がるあの感じさ」
「真皓が出てきたのも、その結果だって言うの?」
「そう考えると、とりあえずの説明はつくだろう。真崎葵はなんとなく予測していたんじゃないかな。ねむりひめの中にねむりひめが入ったらどうなるのかをさ」
彼は確かに、やったのは自分ではなく、若苗さんとみどりだと口にしていた。なら恐らくそういうことなのだろう。一種の賭けに出て、真崎先生はそれに勝ったのだ。
「僕には出来ない芸当だ」
「負けるかもしれないから?」
「そう、負けたらそこで終わりだからね。僕は勝ち続けなくちゃならないからやろうとすら思わない」
がらり、と椅子を引いて彼がこちらにやってきて、すぐ側で座ると、私の背中に自分の身体を預けてきた。男性なのに、とても軽くて、華奢な身体だった。私でも支えられるくらいなのだから、相当なものだ。
「僕は嘘をついていないよ」
「それは、彼女に会いたい、って言葉に対して?」
そう、と彼は頷いた。
「例えば」彼は言葉を切り出す。
「悲しみに釣られてやってきた奴等が映しだしたものが、恋人だったとしよう。でもそれは対象の記憶を映しだしただけの、ただの空っぽな人形でしか無い。でも、仮にだ」
「映し出された人形に、『映しだした人形のオリジナルの記憶』が収まったら、どうなるんだろう。そんな事を思うと、とても面白いとは思わないかな」
背中の感触が無くなって、足音がこつ、こつと室内に響く。
扉の開く音、次に閉じる音がして、やがて静寂が戻ってきた。
今しがた出て行った彼の小さな背中の感触を思い出しながら、そっと目を閉じる。
彼の目指す物は、あまりにも儚すぎやしないだろうか。
彼のやろうとしていることは、数多ある可能性を一つ一つ虱潰しに辿っていく行為であり、それに掛かる膨大な時間の為に、自分の全てを投げ打っている。
決して叶うとは言い切れない、本当に小さな希望を手繰り寄せようとしている。
その為だけに生きていると思うと、あまりにも残酷だ。そんなことをしても、手に入るのは時間の止まった恋人であって、その先に道は無いというのに。
ただ大事な人が消え、自分が動かないといけないと思ったところまでは似ていても、そこからの選択はまるで別物だ。
「唄野、彼方さん……」
モッズコートの青年の名前を、そっと呟いてみた。
その言葉は月明かりに吸い込まれると、やがてその隙間に再び静寂が流れ込む。まるで存在ごと無くなるみたいに、私の口にした言葉は消えてしまった。
ニ
若苗さんが目を覚ましたのは、唄野彼方が私の下から消え去ってから間もなくしてだった。ぼんやりとした目つきのまま周囲を見回し、ぐっしょりと濡れた自身を見て初めて助かった事を自覚したようだった。
真崎先生は、意識を取り戻した彼女を見ると、穏やかな笑みを浮かべた。家族にも連絡し、一時間もすれば迎えが来ることと、それまで何か暖かい飲み物を飲もう、と私達に言った。
――珈琲。
――ミルクティー。
――ココア。
それぞれの注文を聞いて、彼は少し可笑しそうな顔を浮かべた。
彼は給湯室にお湯を取りに再び出て行った。それから私達は顔を見合わせると、互いに笑い合った。棚を開ければポットはあるのだけれど、敢えて言わないでおいた。
「終わったのかな」
「多分、終わったんだと思うよ」
彼女はどこか寂しそうにそう言った。
「でも私、何も結末を聞いていないの」
「結末?」
「誰がどうなったとか。結局真皓は戻ってきていないし、他の人だけすごく腑に落ちてるみたいだけど、私は……」
沈黙の中で、隣のベッドのみどりの寝息だけが静かに響く。すうすうと心地良さそうな寝息を聞いていると、この子が私達とは違う事なんてまるで信じられなかった。
「私は、会ってきたから。咲村さんの弟さんにも、淡音にも」
「会ってきた?」
彼女の切り出した言葉に間髪入れず私は返す。
「正確には、二人の記憶をちょっと覗いただけ。あと、最後にほんの少しだけ、意識のある二人と会えた」
恐らくそれが、私達の前で起きた不可思議な現象とリンクしているのだろう。そんな気がした。
「弟さん、本当に淡音の事が好きだったみたい。私なんかよりもずっとずっと」
そう語る彼女はどこか寂しそうで、でもどこか安心したようにも見える表情だった。彼女が多分淡音の事を考えているように、私も真皓の事を、あの日の玄関で見た背中を、はっきりと思い出す。
「真皓は、後悔してなかった?」
問いかけると、彼女は頷いて、「していなかった」とはっきりと断言した。
それからふと何かを思い出したようで、私の方に向き直ると、彼女はじっと私の目を見つめる。
「伝言をね、貰ってきたの」萌黄はそう言った。
「私に?」
「そう、真皓君から」
――真皓からの伝言。
もう二度と声を交わすことのできない彼が、私に残した言葉はなんだろう。それでも不思議と、悪い言葉では無いと思った。だってあの時私の前に現れた真皓は、笑ってくれたのだから。
「聞かせて」
彼女は頷き、向き直ると、湿ったままの前髪を横に撫で付け、真正面から私を見据える。彼女の一連の行動に何故だか私もそんな風にしなくちゃいけないように思えて、姿勢を正してしまう。
真崎先生はまだ帰ってこない。みどりも眠ったまま。月の光に照らされた若苗さんは凛とした強さを持っているように見えた。丁度影にいる私はその姿を見て、綺麗だと思った。多分それは、彼女が求めてきた人と出会えたからこそ手に入れた輝きなのだろう。
私が辿りつけなかった所に、彼女はちゃんと触れることができた。二度と手に入らないチャンスをものにした。
「たった一言だけなの。私が言われたのは」
息を呑む音が随分大きく聞こえた。まるで部屋中に反響しているみたいに響いた
若苗さんは、ぷっくりと膨らんだ唇を静かに動かすと、本当に、本当にたった一言だけを口にした。
――あの日、玄関を出て行く真皓の記憶がフラッシュバックする。
早朝、まだ青く薄暗さの目立つ廊下で、私は玄関から出ていく彼を見ていた。
振り返らず出て行ったはずの彼が、扉の前で待っている。あの時、真皓はこんなところで止まらなかったのに……。
私の想像の中の彼は踵を返し、私を見るとそっと微笑んだ。
前向きで、とても暖かくて、どんな冷たい心でも溶かしてしまえそうな程の、良い笑顔だった。
藤紅さんもきっと、こんな彼の雰囲気に落とされたんだと思う。理屈とかそういうのではなく、単純に彼になら気を許せると、本気で感じたのだろう。
真皓は朱色、と私の名を呼んだ。
「ごめんね」
本当に、本当にたった一言だ。
言い終わると同時に玄関の扉は閉じて、私だけが残された。まだ薄暗い外に飛び出していった彼は、もう戻っては来ない。うまくまとめようとして、まとめきれなかった末に出てきた言葉なのだろう。
本当に馬鹿だ。そんな一言で納得できる家族なんているわけがない。お母さんを泣かせて、お父さんを心配させて、私を悲しませた責任を償えるわけがない。
「……ほんと、もう一発くらいビンタしてやりたい」
震えてうまく出ない声をなんとか絞り出して、ぐっと押されたみたいに苦しくなった胸に手を当て、私は真皓の名前を呟いた。
もう叩けない。
もう叱れない。
もう喧嘩もできない。
もう笑顔は見られない。
そんな事実が一気に私の中で膨らんでいるようで、どうしてもうまく飲み込めない。
「自分だけ幸せそうな顔しちゃってさ。残された人の事考えるくらいの頭、あったじゃない」
目元が熱くなって、体中もふつふつと湧き上がるみたいに熱を上げていく。ずっと錆び付いていた蛇口が緩んだみたいに、私の奥深くに積もった泥みたいな感情が出口を探している。
「馬鹿よ、本当に」
頬を伝うたった一筋を合図に、ぼろぼろと私の目から感情が溢れ出す。幾ら拭ってもどうしても止まらなくて、どうにか止めたくても口から出るのは嗚咽で、鼻はぐしゃぐしゃで見れたものじゃない。
そういえば化粧をしてもらってたんだ。目元も弄ってもらったし、頬だってチークとか一杯塗って貰った。こんなに水っぽくなったらきっと私は化け物みたいなんだろうな、なんてどうでもいいことだけは考えながら、ひたすら泣いた。
もう真皓は居ない。二度と会えない。
ごめんねと彼が言ったのだから。
「ねえ、若苗さん」
霞んだ視界の奥で彼女は頷くと、私を優しく包み込んでくれた。湿っているけど、暖かな人肌の感触は、とても落ち着いた。ぐずぐずになりながら私は彼女を抱き返して、また溢れだすそれらに振り回されながら、きつくきつく回した腕に力を込めた。
――私も、ごめん。
真皓は、もういない。
三
真崎先生の持ってきたココアは、甘くて、暖かくて、私の中にじわりと沁み広がった。両手に感じる確かな熱と匂いを感じながら、甘いものってこんなに美味しかっただろうかと思う。ココアやチョコレート、飴やキャラメルとか、口の中に残る甘さがどうしても苦手だったのに。
「落ち着いたかな」
マグカップ片手に彼は丸椅子を一つ隅から引っ張ってきて、私と若苗さんの座るベッドの横につけて、それから彼は珈琲を口にする。
「珈琲はやめたのかい?」
やけにブラックにこだわっていた覚えがあったからか、どうも珈琲以外を口にしている私に違和感があったらしい。
先生の言葉を聞いて、私はカップに目を落とす。
「もういいんです。多分、私も強がってただけなんだと思います」
「そうか」
私の言葉に、彼はそっと頷いた。
「君と私は同じ理由で飲んでいたみたいだね。私も今まで、色んなことが曖昧でね……。碧から吹っ切れられない事、みどりについて、そして色々な物事に対して何も選択をできずにいる私自身に対してかな。そういった曖昧な感情がべったりとくっついている気がして、なんだかだんだん自分がぼやけていくような感覚すら感じていたんだ」
そこで一度彼は珈琲を口にすると、安心したように深い息を吐き出した。
「輪郭がはっきりする、ですか?」
私の言葉に彼は再び頷いた。
彼は、自分が気に入らなくて、そんな嫌いな自分を痛めつける方法を探していたのかもしれない。
「これからも、珈琲を飲むんですか?」
「私は、これからも飲み続けるよ」
「みどりちゃんは、この先どうするんです?」
若苗さんが、どこか心配するようにそう尋ねた。
彼は暫く私と彼女を交互に見てから、力の無い笑みを浮かべると、珈琲を飲み干して隅のテーブルの上に置いた。
「私はあの子を手放すつもりは無い」
「でも、あれはいずれ誰かの記憶を……」
「そんなことさせない」彼の口調は強いものだった。「あの子はみどりで、私の娘だから」
「娘、ですか」
私はふと、若苗さんの方を見た。彼女は暫く私の目を見つめてから、どこか諦めにも似た表情を浮かべ、やがて視線を落とす。
――私達にこれはどうすることも出来ない。
彼女の仕草が、それを語っていた。
「一つだけ、安心していることがある」
まるで独り言みたいに彼は小さな声で囁いた。その目はみどりを映していて、優しそうで、でも私は彼の表情を見て途端に悲しくなった。
「みどりが生まれた事だ。私は碧ではなくみどりを選んだ。もし妻を選んでしまっていたらきっと私は、彼のように狂っていたのかもしれない」
彼とは、唄野彼方の事だろうか。いや、桃村さんの事かもしれない。そう予測してみるのだけれど、どちらと聞く勇気はどうしても起きなかった。
「私はね、やっと満たされた気がしているんだ」
彼は私を見た。まるで見透かされているみたいな態度に思わずどきりとする。
「子供がいれば、碧に執着しなくて済んだのかもしれないと思ったんだ。でも碧と作ることは出来なかった。愛する人との最後の望みが達成されず終わってしまったのが悔しかった」
月が雲に隠れていく。若苗さんに指していた光がくすみ、やがて彼に陰が挿していく。丸くなった背中を見て思わず私は手を伸ばそうと思うのだけれど、途中でその手は止まってしまった。
「望んだ事が、娘で良かった。碧が欲しがっていたものを自分も欲しがれた。互いの意思が交わった結果がみどりである事が嬉しくてたまらなかった。だから、私はこの選択で後悔は無い」
それは恐らく、唄野彼方と同じ。すぐにでもほつれて切れてしまいそうな糸で登り続ける行為に等しかった。
「実はね、みどりと会って、やっと泣けたんだ」
あの日尋ねた言葉が鮮明に蘇る。電話越しにはぐらかされた言葉を、彼は今やっと告白してくれた。碧さんの時は泣けなかったのだと、遠回しにだけれど、言ってくれた。
「……私も泣きました」
「それは良かった。私達はちゃんと泣けたんだね」
微笑みかける彼に私も笑みを返す。
でも、互いの涙の理由は同じなのだろうか。
――私達は一体何に納得したのだろう。
やがて外からエンジンとタイヤが地面を踏む音が聞こえた。遠いけれど、今の私にはとてもはっきりと聞こえて、保健室の扉に目を向けた。
「君達の反応を見ると、迎えが来たようだね」
若苗さんを見ると、彼女もまた同じ方を見ていた。でも彼だけは音に気付いていないらしい。こんなにはっきりとした音なのに、聞こえないわけないのに。
「咲村さん、行こう」
「若苗さんは、そのままで平気なの?」
「平気じゃないよ。多分何があったのか聞かれる。でも、今は、今日だけはこのままでいたいの」
ブラウスを透過して彼女の肌が見える。下着の色だってはっきりと見えている。でも彼女はむしろそれを誇らしく思っているように見えた。
「明日から、君達は日常に戻る」
立ち上がり荷物をまとめる私達を背にして、彼は穏やかな口調で言った。私達の方からは彼の表情は見えない。
「帰りなさい」
真崎先生を見て、それからベッドで未だ眠り続けるみどりを見てから、私は一度深くお辞儀をしてから保健室を出た。
扉を閉める時に彼をもう一度部屋に目を向けたけれど、彼は最後まで私達を見ることは無かった。
がたん、とレールを滑る音と共に扉が閉まる。嵌め込まれた小さな窓越しに、みどりの眠るベッドと丸椅子に座る真崎先生の姿が見えた。
それはどこか一枚の絵のようで、絵美が好みそうだなと思った。
「幾月さんが見たら喜びそう……」
そう呟いた彼女に驚いて私は振り返る。
「絵美を知ってるの?」
若苗さんは暫く戸惑いの色を表情に浮かべていたが、やがて何か腑に落ちたのか、突然微笑んだ。
「あの子の絵、とっても素敵ね」
その言葉の意図を暫く考えたのだけれど、結局分からなかった。
「私も、大好き」
だから、素直に返答しておく事にした。私の返答を聞いた彼女はとても嬉そうだった。
非常灯の光だけの不気味な廊下も、二人で歩いていると不思議と怖さを感じなかった。今日の出来事のせいで感覚が麻痺しているせいかもしれないけど、とにかく一人ではない事でとても安心している自分がいる。
「絵美は、絵が出来上がると必ず私に見せに来るの。とても色彩豊かで素敵で、でもまるで鏡を見ているみたいで怖い絵を」
絵美は今、どんな絵を描いているんだろう。多分若苗さんの見たものはまだ私が見たことの無い絵だろうと思った。
「今度、一緒に絵を見に行こうか」
彼女は頷くと、そっと私の手を握り締める。心地良い温もりが左手を包む。
彼女がずぶ濡れな理由をどうしようか、きっと本人はなんとなく理由を思いついているのだろう。
なんにせよ、口裏を合わせられるようにしておくべきだろうな、と隣で笑う彼女を見て私は思った。
四
あの夜から一ヶ月ほど経った。
つい先日、最後の行方不明者が出た。雪浪通りの隅にある「アクアショップ桃村」の店主、桃村継彦さんだ。
娘が行方を眩ませて以来随分とおかしくなっていたようで、通りの者もあまり彼の動向を知る人は少なく、それが事件の発覚を遅らせたようだった。
女子高生と一緒にいる光景を何度か目撃されたが、どうにもうまく足取りを掴めなかったようで、結局どういった経緯で彼が姿を眩ませたのか分からず終いだった。
彼のその後を知っているのは、私と萌黄と、真崎先生と、唄野彼方だけだろう。その結末がどこにも広まっていないところを見る限り、恐らくこれから先も私達はこの件に関して口を閉ざし続けるべきなのだと思う。
暫くして、アクアショップを訪れた女性がいた。
私、萌黄、絵美の三人で―この一件でどんな事があったか分からないが、萌黄は絵美と一緒にいることが多くなった―雪浪通りに足を踏み入れた時に偶然出会った。
長い黒髪の素敵な目元をした女性で、歳相応の皺は見えるものの、まだ若く感じられた。確かに淡音みたいだと萌黄は漏らしたが、それ以上を口にすることは無かった。
やがて季節が移り変わるくらいになると看板は消え、雪浪通りにシャッターの降りた物件が一つ増えた。それを嬉しいとも悲しいとも感じなかったのは、いずれそうなる未来を見通していたからなのかもしれない。
「あの家は引き払われたそうだよ」
精肉店の店主はそう口にした。
彼の店のコロッケを買って食べている時に、萌黄がふと尋ねたのだった。彼女も彼の家で美味しい大福をご馳走になって、話を色々聞いたと知った時、また一つ疑問が消え去るのを感じた。
「あと、大分先の事だけどね」
ついでとばかりに彼はこの商店街が消える事を教えてくれた。恐らく私達が卒業した後だそうで、五、六年もすればここは別の建物ができているだろうという事だった。
新しいものが好きな年頃の高校生にとってはとても嬉しいニュースだろう、と彼は付け足すように言ってから、もう一つコロッケを私達におまけだと言って渡すと奥へと戻っていってしまった。
「何もなくなっちゃうんだね」
寂しそうに呟く絵美を横目に、私は食べ終わったコロッケの包み紙を丸めると、少し離れた所にあるごみ箱に投げ入れた。包み紙は大きな弧を描いて縁にぶつかると、バウンドして中に消えていった。
「同じままで要られることなんて一つもないから、きっとこの通りもそういうことなんだよ」
萌黄の何気ない言葉を聞いて絵美は目を細めると、私達の腕を抱きしめる。
「でも、難しいことだとしても、同じで居て欲しいなあ」
そう言う彼女を見て、それから私達は顔を見合わせて笑う。
「絵美もそのままでいてね」
そう言って頭を撫でると、彼女はくすぐったそうに身を捩らせて、それから小さく頷いた。
それからふと、あの二人は今どうしているのだろうかと通りの先に目を向ける。
雪浪高校は今日も変わらずにそこに建っている。けれど、そのうち変わってしまった事が二つあった。
真崎先生はあれから暫くしてまた長期的な休みを取り、やがて学校を辞めてしまった。彼の家を訪ねてみたことがあったが、既に荷物は引き払われ、彼の存在を証明するものは「真崎葵、碧」と書かれた表札だけだった。
あの日二人きりになった保健室で、彼は何を考えていたのだろうか。みどりが目を覚ました時、どんな会話を交わしたのだろう。
それらを知る機会はもう無くなってしまった。
彼の辞職から暫くして、非常勤の茅野茜先生も学校を離れることが決まった。元々期間を決めての配属だったようで、それが偶然彼の辞職と重なってしまっただけと彼女は言っていたが、恐らくそれだけは嘘に違いないと思っていた。
理由は、最後に彼女が私に言った言葉と、唄野彼方のヒントだった。
―――――
随分とお世話になった私と萌黄は、最後の勤務日に彼女にプレゼントを送り、少しのあいだお喋りをした。
彼女はいつもの様に飲み物を淹れてくれて、洒落たお菓子も用意してくれた。他の人には言わないようにと念を押されての保健室での小さなお茶会は、楽しかった。
「でも、結局弟くんも、淡音さんも見つからなかったのは残念ね」
「いいんです。先生は頑張ってくれましたし、望んだ結果じゃなかったけど、踏ん切りはつきましたから」
申し訳なさそうに落ち込む彼女にそう言って私は微笑んだ。
茅野先生の淹れてくれた紅茶はとても美味しくて、カモミールの香りがまた素敵で、ほっと心が落ち着くような気がした。
「またどこかで会えたらいいなとは思うけど、貴方達が卒業したらもう保健室なんてそう利用する機会はないでしょうね」
「そうだ、じゃあ連絡先を交換しましょうよ!」
萌黄が元気な声でそう提案したが、彼女はそっと首を横に振った。
「嬉しいけど、遠慮しておくわ」
「どうしてですか?」
折角の提案を断られた萌黄は眉を顰めている。不機嫌そうな彼女を宥めるように微笑むと、茅野先生はそっと紅茶を口にして、それから私達をそれぞれ見てから、目を細めて言った。
「貴方達、もうそんなに美味しそうじゃないから」
空気が、一気に凍りつくのを感じた。
私も、そして恐らく萌黄も、茅野先生の言葉で少し前に起こった出来事と、摩訶不思議な存在の名前を思い出した。
唖然とする私達に構わずケーキを完食し、紅茶を飲んで満足そうにする彼女はそれに、と言葉を続けた。
「久々に素敵なご馳走に出会えたから、今はとても気分がいいの。だから、最後に貴方達にはお礼を言っておきたくてね」
「それで、お茶会を……?」
茅野先生は頷くこともせずそっと私を見つめる。
「『私』は少し気紛れな性格なの。普段ならすぐにでも居なくなるんだけど、何故かしらね、私の中で貴方がね、被るのよ」
それは多分、彼のことだ。はっきりと言われなくてもそれだけはすぐに理解ができた。
【茅野茜】を着飾った人物の名前も、すぐに思い出すことができた。
「面白いでしょう、ねむりひめって。人が、記憶が好きだからこそ、人に近くなりたがる。こうして人として接してもらえるのって、とっても嬉しいことなの」
「私達に協力したのも、そういうことだったんですか?」
呆気にとられている私の代わりに萌黄が尋ねる。【茅野茜】は素直に頷いて、それから立ち上がると一度大きく伸びをして、仕事机の上に纏められた鞄を手に取った。
「元々はあと二人、行方不明になると思っていたんだけどね。思い通りにはいかないものね」
残念そうな口調だが、彼女の顔は明るいままだった。
思い通りではなくてもいいものが見れたと思っているのだろう。
「弓月、遥さん?」
ぽつりと漏らした言葉に、【茅野茜】はにっこりと笑うと手を振りながら保健室を出て行ってしまった。残された私達は暫くずっと開いたままの扉を見ていたが、結局その後も彼女が戻ってくることは無かった。
―――――
受験がどうだとか、幽霊部員を辞めるべきだとか、そんな他愛の無い話をしながら私達は駅の改札を通る。萌黄と絵美は上り、私は下りの電車だ。階段の前で私達は別れた。
ふと、廃れつつある雪浪通りの入り口をちらりと見る。今日は萌黄の提案で久々に顔を出したけれど、もうあの通りを利用することはないだろうなと感じていた。
私達があのような出来事に遭うことはきっと無い。
彼女が何の未練もなく去っていった事が理由だ。悲劇にもきっと賞味期限があるのだろう。
プラットフォームにたどり着くと、私の目の前で電車が滑りこんで止まった。夕暮れ過ぎの、スーツ姿で溢れた車両に紛れ込みながら、私は鞄から本を取り出すと栞を外して読み始める。
扉が閉まって、電車は滑るように走り始める。がたん、ごとん、と正確なリズムを刻みながら。
途中でトンネルに入って、目の前の窓に私の姿が映った。薄く塗ったチークと、アイラインの入った目元。実際私に似合っているのかあまり分からないけれど、あれ以来私は絵美にやり方を教わってずっとこのメイクを続けている。
私はあまり良いとは思わないけれど、この目元のメイクを気に入ってくれた異性が一人いたから、この先もしてみようと思った。
彼は、今どうしているだろう。トンネルを抜けて外の景色が広がったところで、私は再び本に目を落としながらそんな事を思う。
きっとどこかで次の悲劇を、そしてそれに群がるねむりひめを探しているのだろう。
真崎先生も、みどりとうまくやっているだろうか。きっとそれなりにやっていっているに違いない。
望みどおりの終わりに辿り着けるのはごく少数だ。彼らだっていつ多数に入ってしまうか分からない中を生き続けている。その行く末がどうなるのかは分からないけれど、せめて、その結末を受け入れて終わると良いなと、他人事ながら私は思う。
電車が止まった。
私は駅の名前を確認して、本を閉じると電車を降りた。
戻りつつある生活の中で、私は普通を実感している。
さよなら、と私は口にする。
それが誰に向けてなのかは、敢えて言わないでおこうと思う。