Neetel Inside 文芸新都
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ミシュガルド戦記
8話 空に舞う

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8話 空に舞う








 戦争は新たな技術開発の母だ。
 次々と新兵器が開発され、実戦において現場で有用と認められた物は量産され、近代化改修は徐々に進められていく。
 アルフヘイムは甲皇軍の新兵器の実験場でもあった。
 だが、先進的な科学技術を誇る割に、甲皇国陸軍兵士の主要武装は未だ剣や鉄鎧といった前近代的な武装が多い。
 一方で、人工知能で動く機械兵、自動車両、飛行船などといった近代的な装備も登場している。
 一見するとちぐはぐな印象を受けるが、これにも理由がある。
 海戦や空戦での膠着状態が60年続き、戦いの舞台が陸戦となったのはここ5年ばかりのことだ。
 海軍と空軍に比べ、甲皇国陸軍はまだ実戦経験と装備の近代化においては過渡期にあった。
「一番砲車、仰角増やせ、二目盛!」
 サンリ・レッテルン砲兵長の号令が響く。
 女と見間違いするような優男だが、それを台無しにしてしまうような醜く大きな傷が顔にある。
(傷が疼く。俺にエルフを殺せと言っている…!)
 彼もまた、亜人蔑視教育を受け、人間至上主義に染まった軍人だ。亜人、特に自身に傷をつけたエルフは絶対殺すと心に決めている。
 最新式の鋳造製前装式18ポンド(およそ8キロ)滑腔砲の砲塔が、鈍い鉄の輝きを見せ、フローリアへと向けられていた。
 これまで、大砲というものは海に浮かんだ帆船に備え付けて使う物だった。陸上で使うには重過ぎるからだ。それが、ここ5年ばかりで陸上戦での大砲支援の需要が高まり、帆船から取り外した大砲に車輪を付け、馬に曳かせ、運用するようになった。
 砲兵科が陸軍に新設され、弾道観測などの数学に強いとはいえ、年若いサンリが士官になれたのもそのおかげである。
 海軍のペリソン提督、空軍のゼット伯爵など、海と空には戦功も華々しい名だたる将官・士官が大勢いる。だが、組織がきっちりと固まってしまっていて、年少の者が出世するには難しい。
 サンリが戦功を挙げ立身出世を狙うには陸軍しか無かったのだ。
「18ポンドぶどう弾、装填よーし!」
「クソ耳長どもをぶっ殺してこい!」
「撃ち方~はじめ!」
 砲塔が火を噴き、耳をつんざくような轟音が響く。
 帆布製の袋へ子弾を複数詰め込んだ弾丸は、小弾が詰まっている様が葡萄に似ていることから「ぶどう弾」と呼ばれている。
 ぶどう弾は発射時から飛散し、回避するのが困難なほどに広範囲の敵兵を無力化していく。
 これでフローリア周辺の塹壕の亜人兵を一掃しようというのだった。
 砲弾が炸裂するたび、塹壕から悲鳴や血しぶきが舞っていた。
 小玉が体内の肉に食い込み、即死はしないまでも重傷を負って後方へ担がれていくだろう。負傷兵の手当の為に他の無事な兵士の手を煩わせ、二重に敵戦力を疲弊させる目的もある。
「首尾はどうだ? サンリ中尉」
 丙武が尋ねると、サンリは緊張した面持ちを見せる。
 年若いサンリにとって、丙武は敵軍よりも恐ろしい鬼の上官である。
「ハッ! 上々であります。正面敵戦力は無力化しつつあります。しかしながら────」
 サンリの側にある大砲は、既に砲塔が歪みを見せ始めていた。
 甲皇軍の鋳鉄・鋳造技術が優れていると言っても、何発も連射していると暴発の危険や砲塔自体が壊れてしまうことは度々あった。命中率も低いし、だから威嚇程度にしかならないと軽視する甲皇軍将兵も多い。
「重く扱いにくく、何日もかけて前線に運んできたのに、もう使い物にならんか」
 丙武も砲の威力は認めている。
 実際、敵戦力は無効化された。しかし、今ひとつ信頼性に乏しいと見ていた。
 迅速な行軍の邪魔になるほど重いのも頂けない。サンリの砲兵隊は今朝方ようやく遅れて前線に到着したのだった。もう少し早く来ていれば、ガロンら機械甲冑兵も全滅せずに済んだかもしれない。丙武が砲兵隊の到着を待てば良かったのだが、まさかここまでフリーリアが頑強だとは思わなかった。
「……鋳鉄製の砲は扱いが難しくはあります。威力は劣りますが、鋳造が容易い青銅に換えた方がいいかもしれません。あとは……」
 砲兵を見くびられた気がして、サンリは反論をしようとしていた。
「鉱物の精霊の加護があれば、もう少しは保つと思いますが……」
 つい口を滑らしてしまい、サンリはしまったという顔をする。
 丙武はいつもと変わらず口元に笑みを見せているが、目は笑っていない。
「精霊など目に見えないものを信じろと?」
「い、いえ…そういう訳では」
「中尉、貴様は敗北主義者か?」
「し、失礼しま……」
 ぐしゃりと嫌な音がして、サンリは顔面に熱を覚えた。
 丙武の鉄の義手が、サンリの顔面を殴打したのだ。
「言動には気をつけろ」
 うずくまるサンリを一瞥もせず、丙武はその場を立ち去っていく。
(い、命拾いした……)
 この程度で済んで良かったと、サンリは胸を撫でおろす。頬はむちゃくちゃに腫れているし、口内も夥しく出血したが、死ぬよりはマシだ。
 先日、丙武に口答えした兵は、ダルマにされた上で何かの武器ですり潰されたようになって地面に赤い染みを作って消えたという。
 丙武が個人的に何かの新兵器を隠し持っているという噂は、軍でもまことしやかに噂されている。彼が味方からも恐れられている一因でもある。
(精霊の加護か……)
 サンリに言われるまでもなく、実のところ丙武も少しはその必要性は感じていた。
 にも関わらず、丙武がサンリをぶん殴ったのは、表向き甲皇国はアルフヘイムの象徴たる精霊の存在を否定しているからである。
 実際、戦争技術においてアルフヘイムが格段に劣っているという訳ではない。
 鉄と機械科学技術の甲皇軍に対し、ミスリルと精霊魔法のアルフヘイム軍と形容される事がある。
 この世のありとあらゆる万物は、精霊の加護を受けねば、酷く脆いものなのだ。
 それを科学技術で克服してきた甲皇軍だが、やはり精霊の力も借りた方が利口だ。
 例えば、アルフヘイム軍の鉄剣は、甲皇軍の鉄剣よりも殺傷力に優れている。
 アルフヘイム大陸の豊かな自然。
 精霊はその自然があってこその存在。
 アルフヘイムの為に戦う者には、精霊の加護がつくだろう。
 当然、アルフヘイムを侵す者には、精霊の加護は無い。
「加護など必要ない。精霊も従えさせれば良い話だ」
 丙武は懐に忍ばせた試作兵器───リボルバー式ショットガン「マッシャー」(すり潰す者)───を取り出し、弾丸を装填する。
 これが、丙武という男なのだ。








「────もう、もう耐えられません!」
「しかし、ジィータどの…」
「ゲオルク王。確かに貴方の言う通りにすれば、敵は防げるかもしれません。でも、もうフローリアの大地が腐り、焼き払われるのを見るのは偲び難く……」
「だからと言って、早まってはいかん」
 一方その頃。
 頑強な抵抗を見せていたフローリアだが、そろそろ限界がきていた。
 農業魔法を戦争に利用する事も、平和を愛するジィータ達フローリアの農業魔道士達には耐え難かった。
 作戦上の事とはいえ、植物の成長を促進させるだけならまだしも、土壌を腐敗させたり、濁流を起こしたりと、意図的に国土をめちゃくちゃにしてきた。
 天然の要害に遭った甲皇軍は大苦戦し、狙い通りではあったが、それでも彼らはまるでゾンビのように進撃を止めようとしない。
 畑を塹壕に変えてしまうことにもジィータは嫌悪感を抱いていたが、やむを得ないと思っていた。
 ところが、塹壕に潜んで抵抗を続けていたフローリア側の兵は、先程の砲撃で壊滅的な打撃を受けてしまった。
 フローリアの大地が破壊されるのみならず、多くの血まで染み込んでしまっただろう。
「我々のことなら気にすることはない」
 そう言うのは、今回の戦いに参戦したヤタレッタ族の族長だった。
 仮面に多くの羽飾りをつけたその姿は勇ましい。何の能力も持たない亜人族だが、その兵は実に誇り高く戦い、死んでいった。
「甲皇軍に一矢報いることができたなら、例え一族が全滅しようと…我々は本望だ」
「その通り。それは俺達だって同じことさ」
 応じて答えるのは、アルフヘイム正規軍を抜けて合流してきた白兎人族の兵士だった。
「黒兎人族兵に戦いを任せてばかりで、しかも略奪までしていた。そんな同族の不名誉をそそぐ為にも、俺たちは最後まで戦うぜ」
「フン」
 その言葉に、居合わせた黒兎人族のディオゴは憮然としているが、さすがに彼らの真摯な決意を茶化したりはしない。いくら憎い白兎人族兵でも、今度こそちゃんとした味方である。
「ディオゴ! お前、少しは分別がつくようになったじゃねーか」
 アナサスがからかうと、ディオゴはまだ少し憮然としている。
「今だけだ。やつらを信用した訳じゃねぇ」
「溺れる者は蟹鋏も掴むってね」
 ガザミがしみじみと言った。
「何だそりゃ、姉御」
「蟹の魚人族に伝わることわざだ。どうしようもなく苦しい時は、ちょっと痛い思いするかもしれないが、その手を掴むべきだって意味」
 にやりと笑うガザミに、ディオゴは仕方なしに肩を竦め、やっと笑みを見せる。
「……白じゃなく、赤い蟹の鋏なら喜んで掴むさ」
 そこはフローリア領主の館。
 外では砲声が鳴り響く。
 丙武軍団は、虎の子の砲を惜しみなく使い、今度はぶどう弾ではなく鉄甲弾により領主の館を破壊しようとしているのだ。
 フローリアでも唯一頑強で巨大な石造りの館だが、そう長くは持たないと思われた。
 次々と鉄甲弾が命中し、石壁が崩れ、そこから甲皇軍兵が侵入してくる。
 ゲオルク軍がそれに対抗し、血みどろの激戦があちこちで見られていた。
「やはりもう限界です……!」
「ジィータどの」
「ゲオルク王、あなたはこの光景を見ても何も感じないのですか? 傷つき倒れているのは、あなたの兵達ですよ!」
 ジィータは指さす。
 次々と運ばれる負傷兵達。
 痛い苦しいと呻き、いっそ殺してくれと泣き叫ぶ兵士。
 負傷した手足が使い物にならないので、もう手足を切り落とすしか助からないと言われ、切らないでくれと哀願する兵士。
 どう見ても助からない致命傷を受けており、もう苦しまないように殺してくれと力なく言う兵士。
 既に事切れており、蛆虫が沸いているが、死体安置所まで運ばれることなく放置された兵士。
 フローリア領主の館の中は地獄絵図そのままであった。
 ただ、そんなゲオルク軍の奮闘のおかげで、フローリアの民間人は既にセントヴェリアへ逃れることができた。シャーロットのような若い兵から順次、護衛という名目でフローリアを脱出させてもいる。今、この場にいる兵は、ジィータ達フローリアの姫騎士達を除けば、いずれも古参兵や精鋭ばかりが50名足らずとなっていた。
「……戦いに犠牲はつきものだ。我が兵達ならば、その覚悟はできている」
「そんな、ひどい!」
「だがそれが戦争だ」
「理解できない!」
 ジィータの訴えに、ゲオルクは再三説得しつつ、首を振り、疲れたように嘆息した。
 結局のところ、剣を帯びた姫騎士といってもジィータに実戦経験は無い。農業魔法が使えるために姫騎士の地位にいるだけであり、戦争のことなど何一つ分かってはいない。
 そのため、ここまで長引き凄惨な戦いとなったことに、遂に耐え切れずにいた。
「今、ここにいるのは兵士だけ。私達が甲皇軍に降伏しても民に被害は及ばない。それならもう、戦いは終わりにしましょう! 私達は正々堂々と戦った。きっと甲皇軍も捕虜には騎士としての礼を尽くしてくれるのでは……」
「いや。やつらに降伏することは死を意味する」
 にべもなく、ゲオルクは即答する。
 ゲオルクは経験豊富な傭兵だ。若かりし頃に甲皇軍に雇われていたこともある。その経験から言って、甲皇軍がいかに亜人やその協力者に容赦が無いかは良く知っている。
「それに、死ぬだけなら良いが……」
 首を振り、ゲオルクは眉間に大きく皺を寄せる。強姦、虐待、人身売買等々────それらの甲皇軍の非道な振る舞いを思い出していた。
 その事をジィータに伝えようとも思うが、彼女をいたずらに不安がらせるべきでは無いと考える。
 戦争の真実を知らぬ者に、言葉でそれを教える事は難しい。
 その緑の美しい瞳は、戦いを知らぬままで良いだろう。
「……フローリア。この国は美しい。だが、土地よりも人の命だ。ジィータどの。今しばらく、今しばらくだけ。この老いぼれに任せては下さらぬか」
 ゲオルクは力強く言う。
「だが、ただ一つだけお許し願いたい。このフローリアを一時的に敵の手に委ねることにはなる。いずれ必ず取り戻す。だから、今は我々と共に、この場を逃れよう」
 降伏をしても甲皇軍にフローリアを渡すのは同じことだ。
 そうゲオルクに説得され、ジィータもやむなく同意する。
「でも、もうこの領主の館は甲皇軍にすっかり包囲されています。たった50ばかりの兵で、どうやって脱出を──」
「策はある」
 これまたゲオルクは力強く言った。
(────そう、甚だ心元無いが、あの色ボケ王子が上手くやってくれているのを信じるしかあるまい)








 かつて、フローリアは花の都と謳われた。
 領主の館では12人の姫騎士が咲き誇り、民は朴訥で平穏無事な田舎暮らしを送っていた。
 国は小さくとも面積あたりの農業生産力はアルフヘイムで一番であり、豊かな国でもあった。
 今は見る影も無い。
 国土はすっかり荒れ果て、フローリア領主の館は半壊状態。
 花の香りが常に漂い、姫騎士達による「百合の館」と呼ばれた美麗さの面影はどこにもない。
 館は2階建てになっているが、既に1階部分は甲皇軍に制圧されていた。
 2階部分も屋根が完全に破壊され、野ざらしとなっている。
 ゲオルク軍はその2階部分に追い詰められ、1階から登ってこようとする甲皇軍と激戦を繰り広げていた。
「殲滅せよ!」
「ウラァァァーーーッッ!」
 丙武の号令により、甲皇軍兵2千余りは最後の力を振り絞り、突撃を敢行した。 
 実に当初の半数以上が死ぬか負傷して戦えない状態である。通常なら既に壊滅と言っていい状態だ。にも関わらず、未だその士気は衰えず……いや、丙武の恐怖かカリスマによるものか。ともかく何かに突き動かされているかのように、甲皇軍兵は狂気の目を輝かせ突撃していく。
「行け、行け!」
「殺せ、殺せ!」
 怒涛の進撃である。
 目は血走り、顔は引きつっている。
 剣は刃こぼれ、切るではなく殴る棒となっている。
 鎧は砕け、あるいは重すぎて捨ててしまい、裸に近いものもいる。
 それでも構わず、甲皇軍兵は進撃する。
「放て!」
 ゲオルクの号令の元、石弓の矢が放たれる。
 猪突猛進の甲皇軍兵に当てるのは容易い。ばたばたと倒れていく。
 しかし、やはり止まらない。
 石弓から槍に持ち替えて乱戦に臨むゲオルク軍兵だが、甲皇軍兵のまさに人海戦術といった波に呑み込まれるように取り込まれ、撲殺され、次々と死体を晒していく。
 1階から2階までの階段も制圧され、ゲオルク軍は更に後退していく。
 館の1階では、甲皇軍兵がはびこり、早くも戦利品の略奪が始まっていた。
 最後に残ったのは、野ざらしとなった2階の玉座の間。
 そして、遂に玉座の間で、最後の戦いが繰り広げれる。
「最後まで諦めるな!」
 ゲオルク自ら槍を振るう。
 老いた肉体とは思えない膂力で、槍で叩きつけられた甲皇軍兵が何メートルも吹っ飛んでいく。
「おお!」
 最前線に出て兵を鼓舞する指揮官の姿に、ゲオルク軍は最後の命の灯火を燃やし尽くそうとしていた。
 ガチ、ガチ、ガチ。
 鉄を擦り合わせたような、鈍い音の手拍子が響いた。
「……良く戦った。本当に、良く戦った。感動した」
 低く落ち着き払った声。
「およそ5千の凶暴な甲皇軍兵を相手に、僅かこれだけの兵で互角以上に戦い、最後は城を枕に討ち死にしようという。その覚悟、敵将ながら天晴れとしか言い様がない」
 眼鏡のくもりを布で拭き取り、かけなおす。瞳孔が完全に開き、血走った目が大きく見開かれている。
「────だが、超えちゃいけない一線、考えろよ」
 斯くして悪鬼は放たれた。
 甲皇軍兵らがモーゼのように人の波を分けていく。
 丙武は、その開かれた道をゆっくりと歩んでいく。
 ゲオルクは眉間に皺を寄せ、丙武を睨みつける。
 丙武の持つマッシャーが、銃口をゲオルクに狙いを定めて突きつけられる。
「最後に、言い残す言葉はあるか?」
 勝者の余裕を見せる丙武に、ゲオルクは低く笑った。
「これで勝ったつもりか? 小僧」
 誰がどう見ても、フローリアは陥落寸前。
 ゲオルク軍は将もろとも全滅必至。
 誰もがそう思っていた。 
 影がさす。
 一瞬、急に日が沈んだのかと錯覚する。
 領主の館上空を舞う、巨大な竜の姿を見るまでは。
「ひゃっはー! アルフヘイム空軍、ここに参上やでー!」
 意気揚々といった声が響く。
 竜の背に乗るのは、アルフヘイム空軍竜騎士部隊長ルーラ・ルイーズである。
 アルフヘイム山岳地帯出身のエルフたる彼女は、地元特産品リンクス・ドラゴン(飛竜)の扱いに長け、竜を馬のように駆ることができるのだ。
 そのルーラ率いる竜騎士部隊がおよそ10数騎。
「いかん、退避ーーーっ!」
 丙武ではなく、甲皇軍兵の大尉クラスの指揮官が叫ぶ。
 だが遅い。
 竜騎士部隊は一斉に上空から爆破呪文を唱える。たちまち、精霊の加護を受けた爆裂が地上を襲い、甲皇軍兵を狙い撃ちにしていく。
「ちッ……!」
 丙武も爆裂呪文に巻き込まれており、周囲の兵を掴んで肉の盾にしながら後退していく。
「間に合ったか…!」
 ゲオルクは胸を撫で下ろす。
 先日セントヴェリアにてフローリア救援を決めた際、ゲオルクは再度セキーネ王子に会っていた。
 その際、白兎人族兵を数100名借り受けるだけでなく、竜騎士部隊の救援も依頼していたのだ。
 各地を転戦して多忙なアルフヘイム空軍竜騎士部隊は、フローリアまで救援に来るのがかなり遅くなってしまった。
 だが、当初からのゲオルクの要望通り、このタイミングで丁度よかった。
 幾ら強力とは言え、たった10数騎の竜騎士部隊では、数千もいる甲皇軍に対しては焼け石の水。
 フローリア脱出の為の足として、竜騎士を呼んだのである。
 数千人もの民間人を運ぶには絶対的に足らないが、たった50人未満の兵だけならば、リンクス・ドラゴンの背に便乗させてもらうことは可能だ。少々窮屈だが。
「よし、全軍撤退! リンクス・ドラゴンの背へ!」
 甲皇軍兵は竜騎士からの爆破呪文で吹っ飛び、警戒して近寄っては来ない。
 今ならば脱出するのも容易い。
 ゲオルクらはリンクス・ドラゴンへと乗り込んでいく。
 あらかた乗り終わり、次々とフローリアを脱出しようとドラゴンは飛び立っていく。
「よう、傭兵王のおっちゃん! ルーラ・ルイーズだ」
「ゲオルクだ。よく来てくれたな」
 竜騎士部隊長のルーラとゲオルクは握手を交わす。
「急いで離脱してくれ」
「合点承知のすけ!」
 ばさっばさっばさっ。
 リンクス・ドラゴンが次々と飛び立ち、ゲオルク軍を連れてフローリアを脱出していく。
「くそっ…逃がしてなるものか」
 丙武は怒りの目をたぎらせ、マッシャーの火を放つ。
 たちまち、凄まじい高密度の弾丸が飛び出し、一頭のリンクス・ドラゴンの腹にすり潰したかのような大穴を空ける。
「な、なんだぁ!? あのキチガイは!」
 驚くルーラだが、部隊のドラゴンを殺された事に怒りを滲ませる。
「置き土産だ! やっちまえみんな!」
 ルーラの号令で、爆破呪文が次々と放たれる。
「大佐、危険です!」
 丙武の部下の大尉が丙武を下がらせようとするが、丙武には聞こえていない。てこでもその場を動かない構えで、夢中でマッシャーを放ち、目を血走らせている。
 だがそれが災いし、何頭かのリンクス・ドラゴンを傷つけて撃ち落したはいいが、爆破呪文をまともに浴びてしまう。
 大量の爆破呪文は相乗効果を生み、領主の館2階の床部分を完全に粉砕してしまう。
 床は崩れ、傷ついた丙武らごと1階へと落ちていく。
 1階では略奪に没頭していた甲皇軍兵らがいたが、2階が落ちてきたことによってぺしゃんこに潰れてしまった。
「お~~~の~~~れ~~~~~!!!!」
 絶叫する丙武だが、マッシャーも失い、両手両足の義手にも深刻なダメージを受けていた。
 丙武はここで己の命が終わるのかと観念する。
 ああ、もっと亜人を殺したかった。
 もっと、もっと、もっと。
 足らない、足らない、足らない。
「殺す…! 亜人を絶対に…! 一匹残らず…!」
 まだ生身の頭部などにも傷を負い、薄れいく意識の中、丙武はうわごとのように呟く。
 もう両手両足の義手は動かず、以前のようにダルマになっても、なおその殺戮欲は尽きることはなく────。
「御意」
 光が走った。
 丙武の周囲をまとわりつくように。
 光は丙武を取り込み、いずこかへ飛び去っていく……。
 ほぼ壊滅状態、混乱状態の丙武軍団だったが、ここに完全に解体となる。
 その謎の発光現象を最後に、丙武は二度と戦場に姿を見せなかったのである。
 






 ────斯くして、ここにフローリア攻防戦は、甚大な被害を甲皇軍・アルフヘイム軍双方に与えつつも。
 フローリアが完全に甲皇軍に制圧されたことで、終結を迎えた。
 民は逃れたが、国としては完全に滅ぼされた形だ。
 そして、北方戦線はここに完全に崩壊。
 セントヴェリア北方の主要な城砦は全て攻略された。
 アルフヘイムは遂に、王手をかけられたのである。








つづく

       

表紙

後藤健二 [website] 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha