20話 受け入れられる者、受け入れられない者
ダヴ歴455年9月。
クラウスの蜂起から約3か月以上が経過していた。
クラウス義勇軍の快進撃は続いており、各地で次々と甲皇軍の要塞群が陥落していた。要塞と言ってもそこまで強固な作りではなく、どちらかというと補給の為の糧食交付所である。前線は遥か西方に移っており、まさか甲皇国側でも占領地域の後方でこのような亜人の反撃が起こるとは思ってもいなかったので、防備にそこまで人数は割かれていない。少数の甲皇軍兵で多数の亜人を監督している状態。
そこを義勇軍の扇動を受け、奴隷だったアルフヘイムびとは次々と戦士へと覚醒し、反旗を翻していく。要塞が陥落するたび、義勇軍へ参集する亜人たちは更に増え続ける。
今や戦士だけでも5千を数えるまでになった義勇軍は、はっきりと甲皇軍にとって脅威となっていた。
「ですから! 今こそ正規軍と連携し、あなたがたの力を存分に発揮なさってください! クラウス〝将軍”!」
───いつのまにか、クラウスは将軍と呼ばれるようになっていた。
クラウスの前にひざまずきながら声を張り上げるのは、猫の亜人ナイアである。伝令であることを示す赤い腰布をひらひらとさせ、短剣と皮鎧だけという軽装だが、れっきとしたアルフヘイム正規軍の女性兵士である。黄土色の毛並みの良い尻尾や耳が、興奮の余りピンと立っていた。
アルフヘイム西方戦線は逼迫している。
ナイアの伝えてきたところによれば、ボルニアという要塞都市がその天王山となりつつあるらしい。
ボルニアは、植物型亜人、樹人ともいわれるウッドピクス族の領地である。彼らの居城たるクリスタル宮殿を天守とした巨大で堅牢なつくりの要塞都市。聖都セントヴェリアを守る最大の要所でもあり、ここを抜けられるとアルフヘイム側は王手をかけられる。まさに絶対防衛線。アルフヘイム側としてもかなりの戦力を割いて防衛にあたり、ウッドピクス族の戦士たちに加え、エルフ族の〝宿将”アーウィン麾下3万の軍勢が増援についている。
そこが今、危機に瀕していた。
甲皇軍のアルフヘイム大陸上陸から3年余り、いよいよ彼らは戦力を蓄え、ボルニア軍の倍以上となる総勢7万の大軍勢で押し寄せようとしていた。
アルフヘイム側が掴んだ情報によれば、甲皇軍でも名将や猛将と名高いそうそうたる軍人たちが揃っているという。
甲皇国でも特に過激に人間至上主義を掲げる〝丙家総帥”ホロヴィズ大将。
その腹心である〝独眼鉄拳”ゲル・グリップ大佐。
奴隷狩りと亜人を使った風俗ビジネスで悪名高い〝性将”クンニバル少将。
その腹心である〝賭博師”バルザック中佐。
堅実な戦いぶりで守備に定評のある〝教師”バーナード少将。
その腹心である〝鼻無し”ロンズデール中佐。
……などなど。
いずれもアルフヘイムびとならば絶対に関わり合いになりたくない連中であった。
「……」
クラウスは、腕組みをして少し困った顔で、ナイアを見つめていた。
元来、余り雄弁な男ではない。真剣な訴えに対し、答えに窮しても、適当にごまかすような不誠実さも持ち合わせていない。ゆえに、黙り込むしかなかった。
「きゃははは!」
「きゃっきゃっ♪」
ふいに、笑い声が起こる。義勇軍首脳たちが揃っている陣幕の中だというのに、エルフや人間やドワーフなど様々な種族の子供たちがドタバタと騒ぎながら走り回っている。
「こらぁ、静かにしなさーい!」
それを追いかけながらミーシャが怒鳴っているが、お構いなしといった子供たちは元気に逃げ惑う。
軍隊の中とはとても思えない光景。
「……」
ナイアが口をぽかんと開けて呆気に取られていたが……。
「ひゃうっ!」
悪戯好きな子供がナイアの長い尻尾を引っ張り、彼女は思わず素になって可愛い声で鳴く。
「こらぁ! ダメでしょ!」
ごつん!
ミーシャがナイアに悪戯をした子供に拳骨をした。
「し、失礼しました~」
ミーシャが子供たちを連れて陣幕をそそくさと出ていく。
「……ふふ」
義勇軍の首脳たちが、声を押し殺して含み笑いを漏らしている。
緊張した場が少し和らいだ気がした。
「見ての通り」
それを見計らい、クラウスは重い口を開く。
「義勇軍といっても、どちらかといえば、村人たちが自分たちの身を守るために立ち上がったに過ぎない」
クラウス義勇軍は各地で村人たちの保護もしていて、ミーシャや子供たちのような戦えない者たちを多く抱えていた。戦士が5千人いても、守るべき女子供老人はその倍以上いる。だから軍というよりは難民キャンプといった方が近いかもしれない。
「俺たちに余り多くを期待しないで欲しい。戦いのプロという訳ではないし、それは正規兵たちの役目だろう」
「それは確かに……そうですが……」
ナイアは逡巡する。これを言うべきか。軍の恥さらしとなるだろうが……背に腹は代えられない。
「今のアルフヘイム正規軍には、カリスマとなるリーダーがいないのです」
「アーウィン将軍がおられるではないか。それにメラルダ僧兵長も」
「確かに彼らは有能です。しかし、彼らを認めない者たちもいる」
ナイアはため息をつく。
アーウィンもメラルダもエルフ族で由緒正しい血統の持ち主。一軍を率いるのに値する人物たちだ。しかし。
「ウッドピクス族か」
クラウスはナイアの言葉を予想し先取りした。ボルニアの軍編成を聞いた時、それでは上手くいかないだろうなと思ったのだ。
「はい。エルフ族に対し非常に反感が強い彼らウッドピクス族は、非協力的な態度を取り続け……ボルニア軍はまったくまとまりがありません。このままでは、また負けてしまう」
「なるほどな……ウッドピクス族にとっては、甲皇軍もエルフ族も等しく敵なのだろう」
クラウスは大工として修行をするのに様々な地域を旅していた時期があり、ウッドピクス族にも会って彼らがどんな種族かも知っていた。
ウッドピクス族は、以前はボルニアだけでなく、精霊樹があったセントヴェリア周辺の広大な領地を所有していた。それが甲皇軍との戦争が始まるずっと以前、百年も昔にあったエルフ族との戦争に敗れ、セントヴェリア周辺をエルフ族に奪われたという経緯がある。以来、彼らは反エルフ主義を取っている。精霊樹の力をエルフ族が独占しているのも気に食わない。自分たちこそが精霊樹そのものの子孫だと自称しているからだ。
エルフ族とウッドピクス族の連合軍。実に呉越同舟である。しかし、仲の悪い者同士でも同じ災難や利害が一致すれば協力したり助け合ったりするかもしれないが、ナイアの様子を見る限りそれは難しいようだ。
「将軍! ご決断を!」
「将軍はやめてくれ。別に俺は軍人になった訳じゃない」
「いえ、あなたのような人物こそ将軍というに相応しい」
「だが……それに、俺もエルフ族だぞ。ウッドピクス族が受け入れるとは思えない」
「いえ、あなたは典型的なエルフ族の枠に収まる人物ではない。それはこの義勇軍の様子を見れば分かります。誰にでも分け隔てなく接しておられて、すべての種族の者たちからも慕われている。だからウッドピクス族も、あなたと触れれば考えを変えてくれるかもしれません」
「それは期待しすぎだ……」
「そんなことはありません。今こそあなたの力が必要なのです。クラウス将軍!」
「……だから将軍はやめろ。頼む。俺は、将軍でも兵士でもなく、戦士だ。戦えない民たちの為にだけ戦うのだ……」
なおも言い募ろうとするナイアだが、クラウスは首を横に振るばかりであった。
クラウス義勇軍はホタル谷に潜んでいた。甲皇軍要塞群からほど近いが、狭い峡谷は大軍が攻め込みにくい。ゴラン山脈とナルヴィア大河に程近いため、豊かな自然の恵みから狩猟採集で食料を確保することができた。戦士の倍以上もいる戦えない疎開民を守るには最適な場所であった。
夜になると、谷につけられた名前の通り、仄かな明かりを灯すホタルが無数に舞っている。
周囲の色とりどりの木々の色を反射してか、きらり、きらりと様々な色の明かりが明滅している。
ナルヴィア大河からの支流がこのホタル谷にも流れ込んでおり、水にも困らない。清浄な水を好むホタルが舞うように、豊かな自然が作り出す幻想的な光景。
クラウスはナルヴィア大河を眼前に見据えながら、その上流へと目を向けていた。
その先にボルニアがある。
涙ながらに援軍を訴えるナイアに対し、にべもなく断ってしまったが、果たしてそれで良かったのだろうか。
だが、やむを得ない。今の自分は、戦士5千に疎開民1万もの命を預かる身なのだ。
「……ミーシャ」
背後から近づく気配に気づき、クラウスはミーシャの方を振り返り、笑顔を見せる。
ミーシャだけがクラウスの救いだった。
僅か3か月の間に、遂に〝将軍”とまで呼ばれるようになったクラウス。
周囲の期待、羨望、嫉妬、英雄という作り上げられた虚像が重圧となり肩にのしかかっていた。
そんな中で、元はしがない大工だったクラウスを知っているのは幼馴染のミーシャだけである。
だからクラウスはミーシャにだけ弱音を吐いていた。
俺は英雄なんて柄じゃない。みんな俺に期待しすぎなんだ。何でこんな大それた義勇軍なんてものを初めてしまったんだろう。ミーシャが拾ったあの子供たち。あの子たちを守れるぐらいの力があればいい。いっそこのまま、ミーシャと子供たちと俺だけで、どこか遠くへ逃げてしまいたい。
ミーシャはそんなクラウスの性格を分かっているので、何も言わずに彼を抱きしめる。頭をぽんぽんと撫でる。多くの子供たちを引き取り世話を焼くミーシャにとって、クラウスもまた一人の子供のようだった。
しかしながら、そこは将来をいずれ誓い合った男女である。
抱き合い、キスをして、やがて二人は草むらの陰に隠れていく。
「うああ」
と、クラウスは泣き叫ぶ。ミーシャの身体に組み付くと、濃密な女の匂いが煙っていた。
「いいのよ。愛してる……クラウス!」
ミーシャはすべてを許した。
その返事に、クラウスは我を忘れる。しがらみも体裁も何もかも捨て去り、そのままミーシャの深みに入っていった。
岩陰に隠れていたオウガ族のニコロはそっとその場を立ち去る。
「……」
俺は泣いているのか。
自分の頬についた水滴を手に取り、ニコロは驚いていた。
クラウスは戦友だ。尊敬し、信頼できる男だ。その彼が常々から惚気話をしていたミーシャと結ばれていた。結構な事じゃないか。
なのになぜ、こんなに心が痛いのだろう……。
オウガ族は力は強いが猜疑心も強い一族である。
義勇軍副司令として皆から頼られているニコロだが、本音のところでは誰も信じておらず、また誰からも信じられていない。
戦いから離れたら、誰も彼に話しかけるものなどいない。
ただ、クラウスとミーシャだけは、そんなニコロに優しく接してくれて、ともに笑い、ともに酒を酌み交わした。
自分はこんなに醜いオウガ族なのに。
青緑色の皮膚に頭から突き出た黒い角、四角くて固くてごつい体格…。
戦うにはこの上なく恵まれた体つきだが、愛を語るにはなんと不釣り合いなことか。
俺もクラウスのようにエルフか、もしくは人間に生まれていれば…。いや、見た目が多少ましだったとしても、こんな性根では無理か。
清浄なナルヴィア大河に映ったニコロの顔は、くしゃくしゃに歪んでいた。それがぽたり、ぽたり、と彼の目から落ちる水滴で波紋を広げていく。
知らず知らずのうちに、こんな醜い自分にも分け隔てなく接してくれるミーシャに恋心を抱いていたらしい。
告白も何もする前にすべてが終わってしまっていたが。
いや、その前にミーシャはクラウスのものだ。
軽率に告白なんてしなくて良かった。
俺のようなただの乱暴者がクラウスに勝てるはずがない。
俺のような醜くて疑りぶかい者をミーシャが受け入れてくれるはずがない。
そう、本当に良かったじゃないか……。
「ニコロ〝将軍”」
そんなニコロの元に、ナイアがひざまずいていた。
「し、将軍……?」
ニコロが慌てて目をこすり、猜疑心のこもった目をナイアに向ける。
「はい。クラウスさんは、我がボルニア軍麾下に加わるおつもりはないようです。ならば、あなたに〝将軍”として、我がボルニア軍に参集して頂きたく…」
クラウスの代わりだと?
クラウスが断ったからって、さっきまでは俺なんかには目もくれなかったくせに。
ばかにするな、そんな話……。
かっとなり、怒鳴りつけてやろうかと思ったが、ニコロは思いとどまった。
これで、クラウスやミーシャを見ないで済むじゃないか。
そしてクラウスが受諾しなかったとはいえ、将軍となって名声を得れば、こんな俺にも幸せが訪れるかもしれない。
クラウスを上回る名声を、得られるかもしれない……。
俺も、誰かに受け入れられたい……。
───数日後、ニコロはナイアと共にボルニアへと旅立っていった。
「ニコロさんがいなくなったって?」
クラウスの陣幕で声を荒げるのは、ビビだった。
お前には前線は早い、女子供はすっこんでいろ!
ニコロは口やかましくそう言って、いつまで経ってもビビを前線に出してくれなかった。
甲皇軍の小規模な要塞を陥落させるという任務なら、義勇軍は十分に戦力が足りていたこともあり、ビビもニコロの言うことを大人しく聞いていた。
その代わり、ビビがいずれ戦いに出ることにはニコロもしぶしぶながら賛同してくれていて、ビビの戦いの修行に付き合ってくれていたのだ。
戦場での心構え、過ごし方、敵と対峙した時の感情の抑制の仕方等々…。
お前は筋がいいぞ、ビビ。
そんな調子のよいことを言っていたくせに。
急にいなくなられては困るのである。
クラウスが机に突っ伏して、ふーーっと長い溜息をつく。
クラウス個人としても信頼していた戦友であり、義勇軍にとっても副司令のニコロは貴重な戦力だったので、落胆は大きい。
傍らに佇むミーシャもクラウスがそんな調子なので、少々暗い顔をしている。
ああ、本当にニコロさんはいなくなったのか。ビビは彼らの態度でそれを悟り、歯噛みした。
「ビビ、これ……」
ニコロからの置手紙を預かったというエルフの少女レダが、ビビにその手紙を渡した。
「ありがとう、レダ」
心なしか、レダもまた悲しい表情を浮かべているように見える。
彼女もまた両親を失い、ミーシャに引き取られた戦災孤児の一人である。金髪に儚げな表情、骨ばって痩せぎすな華奢な体つき。とても保護欲をそそる少女だ。両親を失ったショックからか、心を閉ざし、誰とも言葉を交わそうとしない。
ミーシャにさえ打ち解けようとしないレダだったが、同じ境遇ながら戦いに身を投じようとしているビビにだけは心を開いていた。
ビビの後ろにくっついて歩き、ビビがニコロとの修行でへとへとになるたびに介抱してくれる。
ビビが伸びている間、レダはニコロとも話すようになっていて、それもあって少しづつ話せるようになっていたのだ。
そんな矢先だというのに……。
「あのおっさん…!」
ニコロからの手紙を読んだビビは、悔しそうに唇を噛む。
───済まない、俺のようなものが傍にいてもクラウスたちの為にはならない。俺は俺の戦場を見つけに行く。
手紙にはそのようなことが書いていた。
ニコロもまた、あのロー・ブラッドのように血塗られた道を歩もうとしているのか。
パパ、ママ、ロー、そしてニコロ……。
なんでみんな、あたしたちを置いて行っちゃうんだよ!
あたしたちは家族じゃないのかよ!
ビビは悲しみの余り、涙を溢れさせてレダに抱きつき、おいおいと泣いた。
レダは、ビビに抱き着かれながら、呆然と感情のこもらない目を空に泳がせていた。
一方そのころ。
「同じクラスのアーネストくんだけが僕の唯一の理解者でしたよ」
「誰だよそいつ。やっぱり貴様と同じロリコンか?」
「失敬な! アーネストくんは強姦派、僕は和姦派なんだよ!」
「どっちにしろ犯すのかよ。変わんねぇだろ……」
うんざりとした声を漏らすのは〝賭博師”と評される甲皇軍人バルザック中佐。
もう一人のロリコンの方はその部下ザキーネ中尉。
場所は甲皇軍が占領したレンヌの町。元いたアルフヘイムの住民は一人残らずいなくなっている。
「中佐ぁ~~。女体盛りの準備できやしたぜぇぇ~~~」
部下の白兎人族兵が野卑た声をかけてきた。
「おう、俺は遠慮しとくからお前らで好きにおっぱじめてくれていーぜ」
「うっひょ~~! さっすがバルザック中佐! 話が分かるわ~~」
「あ、僕も遠慮しておくよ。成熟したメスなんかに興味無いからね」
「誰もてめーには聞いてねーですぜ、ロリコン中尉どの」
悪態をつき、唾まで吐いて、白兎人族兵が立ち去っていく。
部下の兵卒などに直接面罵されたことに、ザキーネはぷるぷると白い兎面に青筋を立てていた。
「こ、こらえろザキーネ」
バルザックが一応とりなそうとするが、ザキーネは感情を爆発させる。
「あああ~~~~むしゃくしゃする~~~! 女は初潮前が一番旨いって言ってるだろ! なぁんで分かんねぇのかなぁ~~~!!!???」
バゴーーーーーーーーーーン!
バルザックとザキーネはテーブルにトランプを並べてポーカーを楽しんでいたのだが、そのテーブルをザキーネは思いっきり蹴飛ばした。テーブルは天井を突き破って遥か上空へと消え去った。
ザキーネは兎面の白兎人族である。兎人族は、人間面と兎面とがいて、兎面の方がキック力は凄まじいことになる。およそ人間の7~8倍はあるのだ。
とはいえ、ザキーネはロリコンということで、同族からも蔑まれてきた。
そのため、祖国アルフヘイムを逃げるように出奔し、流れ流れて甲皇国のクンニバル男爵(軍では陸軍少将)に拾われたという経緯があった。性的な芸術を好むクンニバルはザキーネを気に入ったのだ。、
「……考えが変わった。むしゅくしゃするから、エルフをバラバラにしてやる」
かつて自分を蔑んだエルフや亜人を殺せることに、ザキーネは昂ぶりを隠し切れない。彼はロリコンなだけではなく、リョナも発症しているどうしようもない性癖の男だった。
「おいおいおい、売り物にするんだから程ほどにしろよ」
バルザックは、もはや軍人なのか奴隷商人なのか分からない言葉で、心配そうにザキーネをいさめる。
全ては彼らの上官クンニバル少将の方針である。
甲皇軍、正確には彼らの上官であるクンニバルの発案で、亜人族でも甲皇軍に恭順の意を示すものたちは受け入れられていた。
彼らは「黒羊軍団」と呼ばれ、亜人でありながら亜人を殺すことに容赦がない恐るべき連中となった。
そして行われる亜人狩り。アルフヘイム大陸中で行われていることだが、クンニバル指揮下では最もそれは苛烈を極めた。
あの丙武は、生け捕りにした亜人をダルマにしてレイプして、いたぶり殺すことにしか興味がなかったが……。
クンニバルは、生け捕りにした亜人を兵士として自らに従わせるか、奴隷として売り飛ばすかの二択であった。
アルフヘイム側にとって悪夢なことに、クンニバルは戦術面でも優れた人物だった。
堅牢なレンヌの町があっさりと陥落したのも、ホタル谷を含むゴラン山脈を超え霧に乗じて忍び寄り、機動力に優れる亜人兵たちが強襲するという……クンニバルの指揮が見事だったからである。
「快楽に至るためには、苦痛への道を知れ」
山脈を超える辛く苦しい行軍中にあって、これがクンニバルが部下たちにかけた名言である。
───それにしても、軍人ってのは基地外しかいないぜ。
バルザックは元々は甲皇国の裏社会に通じるマフィアファミリーの出身であり、軍人らしい軍人という訳ではない。
マフィアだからSHWなどへの人身売買のルートも持っており、そのためにクンニバルにも重用されるようになった。
本人としては金儲けとギャンブルができればそれで良しと、大した実績も無いがミスも無い平均的なアラフォー軍人であり、ごくごく常識人と思っている。
とは言え、略奪・強姦・奴隷労働・人身売買等々。悪行のオンパレードを部下に徹底させるのも厭わない程度に、甲皇軍に染まっている。
「ところでよぉ、ザキーネ」
バルザックがバラバラになったカードを拾い集め、ぱららら…っとシャッフルする。
「この前、俺たちがせっかく亜人狩りをして掻き集めた奴隷どもが、何を血迷ったか蜂起して、義勇軍なんぞといって暴れまわっているのは知っているか?」
しゃっ!
バルザックがカードを投げる。
壁に突き立ったカードの模様は、ジョーカーである。
「英雄クラウス……何が英雄なものか。芸術を理解できんゴミですな! すぐ消毒せねば」
「いい答えだ。クンニバル少将も、せっかく掻き集めた奴隷どもを解放され、儲けが減ったとお怒りだしな」
バルザックは思い出したように、とぼけた声を出した。
「そうそう、クラウス義勇軍は、各地で村人たちを保護しているためか、子供たちも大勢抱えているそうだぞ」
「何ですって」
ザキーネの目の色が変わった。
「がっはっはっ、いいロリがいっぱいいるかもなぁ?? どうだ、やる気が出ただろう」
いやらしくバルザックは笑う。
「これで亜人狩りが捗るな。お前も芸術とやらのネタになるじゃねぇか」
「……あのね、金のために芸術があるんじゃないんです。アートは、アートとして、そこにある。ただそれだけなんです」
バルザックの思い通りの姿を見せるのが癪だったからか、ザキーネはぷいっと憎まれ口を叩く。
そもそもザキーネは軍人ではなく芸術家だった。祖国アルフヘイムで様々なロリをテーマにした芸術作品を発表するもまったく受け入れられず、甲皇国へと流れついたのである。意外なことに、亜人が描いた芸術作品でも、芸術は芸術として甲皇国では受け入れられた。以前、甲皇国では帝都が大量のローパーによって集団レイプされるという事件が起こっており、それ以来、性に対して寛容的なお国柄になっているのだ。
とはいえ、まだまだ世界でのロリに対する風当たりは強いとザキーネは感じていた。
ザキーネはロリを愛するが、当然ながらロリがザキーネを受け入れる訳がない。
だが、ザキーネにはそんな事実を認める訳にはいかない。クンニバル少将の元でもっともっと手柄を立て、ロリリョナ芸術を世に知らしめねばという妄執に取りつかれている。
「ふっ…見せてあげますよ。本当の芸術というものを……」
そういってバルザックの元を立ち去るザキーネだが……その表情が、徐々に愉悦によって歪んでいく。
「……ああ、やばいやばい! 我慢汁という名のアイデアが止まらないよぉ~~~!!!」
ザキーネは、新たな芸術の妄想に耽り、楽し気にスキップするのだった。
ニコロを欠き、戦力低下したクラウス義勇軍5千。
バルザックの甲皇国正規軍とザキーネの黒羊軍団が合わせて1万。
両軍の対決は近い。
───斯くして、亜骨戦争史に名高い〝ホタル谷の戦い”が、今始まろうとしていた。
つづく