Neetel Inside 文芸新都
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ミシュガルド戦記
2話 アルフヘイムの闇

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2話 アルフヘイムの闇










「ありがとうございました」
 ガザミは、礼を言って立ち去るニニの小さな背中が見えなくなるまで、心配そうに彼女を見送った。
「一緒についていってやらなくてよかったのか?」
 ゲオルクが問うと、成り行きで助けただけさと、ガザミははすっぽく答えた。
 あんな危ない目に遭ったというのに、伝道師たるニニはまた一人でアルフヘイム中を旅するという。ニニの志は素晴らしいと思うが、戦時中でそれを貫くのは困難だろう。
(早く戦争を終わらせないとな)
 ガザミは戦う理由を見出した気がしていた。
「さぁ、セントヴェリアはもう、目と鼻の先だぜ」
 つい最近までセントヴェリアにいたガザミの案内により、ゲオルク軍は先を急ぐ。
 アルフヘイムは手付かずの自然が多く残っており、整備された街道というものも少なく、ゲオルク軍の行軍は遅々としていた。
 オークのランブゥいわく、各部族間での交流はこれまで殆ど無かったし、ゆえに街道を作る必要性も無かったらしい。アルフヘイムの住民の大半が生まれ育った里から出ることなく一生を終えるのだ。
 だから、経験豊富な傭兵でアルフヘイム出身のガザミの案内はありがたかった。彼女はアルフヘイム中を旅してきており、道にも詳しい。
 やがて、ゲオルク軍はセントヴェリアの街並みを一望できるところまで辿り着く。
 セントヴェリアはここ5年ほどでできた新しい街である。
 アルフヘイムには様々な部族の亜人が住んでいるが、甲皇国やSHWで見られるような大規模な都市を形成するということは無かった。エルフ、ドワーフ、ホビットなど。それぞれの亜人族ごとに分かれて領土を持つし、更にその中でもエルフ族の中の真エルフ族、ダークエルフ族、エンジェルエルフ族などと分かれて集落を形成している。更に、人間のように石造りの家を建てて住むという亜人族は少数派であり、洞窟や樹上に居を構え、自然と調和した生活様式を好む亜人族が多数派だった。隣近所の人の顔や名前も知らないなど、アルフヘイムの民には考えられない生活だっただろう。アルフヘイムで最大人口を有する真エルフ族でさえ、それぞれの氏族に分かれて1000人にも満たない集落を幾つも形成し、住民皆が顔見知りというのが当たり前だった。
 それが今や、好むと好まざるにかかわらず、人間のように大規模な石造りの都市を形成していた。
 甲皇軍に対抗すべく、数多の亜人族に参集を促し、軍を形成せねばならない。
 軍も長期に渡って活動するなら、物資を集積し、寝泊りできる居を作らねばならず、それは駐屯地というより都市となる。
 セントヴェリアはそうしてできた、人口10万以上のアルフヘイム史上初の「軍事都市」なのだ。
 人口1万以上の都市も無かったところに、10万以上の人が暮らしているのだから、かつてない規模の巨大都市と言えた。
 それも、各地に分散して暮らしていた亜人族が、甲皇軍の侵攻によって故郷を追われ、どんどんこのセントヴェリアへ避難をしてきたためである。軍事都市といっても民間人の方が多い。
「文字通り、アルフヘイム最後の砦という訳だ」
 ゲオルクはセントヴェリアの街の性質を見抜き、端的に表現するのだった。








「SHWからの傭兵斡旋の紹介状だ」
 軍ごと街に入るにあたり、街の入口を守る衛兵に紹介状を提示する。
「それではどうぞ」
 易々と街へ入るゲオルク軍。
 セントヴェリアは幾つかの区画に分かれ、それぞれの部族の駐屯地が設けられている。だが、ゲオルク軍が落ち着くための場所はまだない。まずはこの街に居場所を作らねばならなかった。
 そこでゲオルク軍がまず向かったのは…街の中心部、ひときわ異彩を放つ建造物。
「あれがエルフ族が建てた城か」
 人間のゲオルクにすれば、城と言えば石造りの要塞というのが当たり前だ。
 ところがそのエルフの城は、巨大な樹だった。
 それも城というぐらいなので、自然にできたものではない。
 エルフの精霊魔法によって、成長を促進された巨大な世界樹であり、その樹上の枝や樹洞に兵士が潜んでいる。
 人間の力で切り倒せる大きさでもないし、火をつけようにも水や風の防壁魔法によって守られている。
「人間の軍隊には攻め辛いだろう。よく出来ている」
 感心しつつも、樹上には軍馬では向かえない。
 城下町ならぬ樹下町にある馬小屋の主人に金を払って軍馬を預け、ゲオルクと部下達は世界樹へ向かう。
 世界樹の周囲には、これまた巨大な水掘が作られており、やはりこれが城なのだと気づかされる。
 水掘から世界樹へ繋がるのは長大な橋が一つのみ。
 跳ね橋となっていて、侵入者を撃退できるようにと設計されているのが分かる。
 跳ね橋などは人間の文化だし、少しは人間に対抗した造りを考えているように見える。
 その橋を渡り、世界樹の眼前まで来たところで。
「ここへ何をしに来た、人間ども」
 待ち構えていたのは、弓を携えた門兵のエルフ数名と、地位の高さを表しているような身なりの良いダークエルフ族だった。弓ではなく長剣を携えている。
「私はヤーヒム・モツェピ。このヴェリア城の警備隊長である」
 ヤーヒムは、剣は鞘に収めたままだが、威嚇するようにゲオルク達を睨みつけた。
「私はゲオルク・フォン・フルンツベルク」
 ゲオルクは膝を折り、地につけ、臣下のように礼をする。
「甲皇軍を討つため、セントヴェリアへ参集せよというエルフ族族長ダート・スタンどのの呼びかけに答え、SHWより馳せ参じた傭兵。こちらが紹介状でございます」
 主君のゲオルクがそうしたので、慌てて部下達もそれにならった。
(警備隊長ごときに、ここまですることないのにな)
 部下達がこそこそと囁いている。
(静かにしろ! エルフは耳が良いんだぜ。聞こえるだろ)
 ぴくぴくとヤーヒムの長い耳が動いている。
「ふふふ、下品な蛮人どもが何か喚いているようだが」
 しっかりと聞こえていた。
「僅か100名足らず。見れば野蛮な人間だけでなく、下賤のオークまで混じっている。信用できるものではないな」
「下賤だと!?」
 オークのランブゥがいきり立つ。
「ランブゥ」
 控えろというゲオルクの視線に、ランブゥは顔を真っ赤にしながらも黙った。
「アルフヘイムになぜ甲皇軍が上陸できたのかは知っているだろう」
 なおも、嫌味ったらしい口調で、ヤーヒムは言い募る。
「SHW経由で送りこまれた人間の傭兵が反逆し、我が方の防壁魔道師達を殺害し、そのために水際でやつらを防ぐことができなかったのだ」
「それは存じております」
「ならば! またも同じ事を仕掛けてくるのではと警戒するのは当然のことであろう!」
 ヤーヒムは剣を抜き、ゲオルクに突きつける。
 ゲオルクは平然としているが、部下達が余りの無礼な言い草に怒りを滲ませる。一触即発の緊迫した空気が張り詰めた。
「何事ですか」
 ふいに、ヤーヒムの背後から涼やかに澄み切った声がした。
 凛とした佇まい。優雅な法衣をまとい、魔法の杖を持ち、盲目なのか目をすっぽりと帯で隠している魔道師風の真エルフ族の女だった。
 魔力がなせるのか、見る者を畏怖させるようなカリスマを感じる。
「これは巫女どの」
 ヤーヒムが剣を下ろす。ばつが悪そうに、無理に笑顔を作ろうとする。
 緊迫した空気が緩んだ。
「何でもありませんよ。蛮人どもが騒いでおるだけです。危のうございますので、お下がりください」
「いいえ、ご心配なく。彼らに敵意はありません」
 女はヤーヒムが制止しようとするのも構わず、ゲオルクの前へ歩み寄る。
「ようこそ、セントヴェリアへ。私はニフィル・ルル・ニフィーと申します」
 その名はゲオルクも聞き覚えがあった。
 アルフヘイム屈指の魔力を持つ魔道師で巫女でもあり、連戦連敗のアルフヘイム軍にあって、ギリギリのところで壊滅するのを避けてこられたのは彼女の占星術による助けがあったからと言われている。
「あなたがあのアルフヘイム軍の高名な英雄ニフィルどのか…」
「私は英雄ではありません」
 首を振り、ニフィルは憂いを帯びた表情を見せる。
「私の占星術があったとしても、強大な甲皇軍の前では、決定的な敗北を喫するのを避けることしかできません。戦いに勝利してこそ英雄と言える…そう、最前線で甲皇軍と互角の戦いをしているクラウス将軍。彼のような人こそ英雄と呼ぶのに相応しいでしょう」
「ホタル谷の戦いでのクラウス将軍の勝利は、私も聞き及んでおります」
「はい。そして私もあなたの勇名は存じ上げておりますよ。ゲオルク王」
「王といっても、田舎の名も無き小さな国です」
「それでも、遠路はるばる甲皇軍の蛮行を防ぐため参集して頂き、ありがとうございます。どうか、あなたに精霊の加護を…」
 ふわり、と風が舞った。
 ゲオルクの豊かな顎髭を、風の精霊が撫でたような気がした。







「不思議な雰囲気を持ったお方でしたね」
 部下の言葉に、ゲオルクも頷く。
「ああ。底知れないものがある。強い魔力というだけではない、何か別の物が…」
 樹上へと招かれたゲオルクだが、部下百名近く全てで立ち入ることは許されず、腹心の部下数名だけを伴って樹上へ向かった。
「なぁ! 傭兵王のおっさん! あたしも行かなきゃだめか?」
 ガザミもいる。不平そうに頬を膨らませていた。
「貴様は一度脱走した身であろう。アルフヘイム軍の上層部にも申し開きをせねばなるまい」
「しち面倒くせぇ。やつらも覚えちゃいないだろうに…」
「おっさんは覚えているぜ、ガザミ」
 樹洞の一つから声がした。
「あんたは…おっさん!」
「そうだ、おっさんだ」
 キルク・ムゥシカ。真エルフ族の弓兵のおっさんである。少し前まで、ガザミの上官でもあった。
「アルフヘイムに愛想が尽きたと言って脱走したのに、のこのこ戻ってきやがったか」
「うるせぇ! おっさんにゃ任せられねぇと思って、戻ってきてやったんだ!」
「若造がイキがるんじゃない」
 そう言いつつ、ニヤリとキルクは笑みを見せる。
「まぁ、良く戻ってきてくれたよ。老け込むにはまだ早いとか良く言われるが、正味な話、おっさんはもうおっさんだからな…」
「おっさん、別のおっさんを紹介するぜ」
 ガザミは背後のゲオルクに蟹の手を向ける。
「あんたがお噂の傭兵王のおっさんか」
「お初にお目にかかる」
「おう」
 キルクとゲオルクが向かい合う。キルクの方が頭二つ分以上小さく、長身が多いエルフ族にしては随分と小柄なおっさんだった。ただ、その眼光は鋭く、強く輝き、彼が歴戦の戦士であることを物語っていた。
「キルク・ムゥシカだ。よろしくな。おっさん同士仲良くしようぜ」
 どん、とキルクは拳をゲオルクの胸に当てる。
「こちらこそ、ご指導ご鞭撻のほどを」
「堅い、堅いよ。おっさん!」
 キルクは苦笑する。
 一般的にエルフ族は、頭が良いから気位も高く、人を小馬鹿にした嫌味ったらしい話し方をする。先程のヤーヒムなどが典型である。その点、キルクはエルフらしからぬ明朗快活な性格だった。
「律儀なのもいいが、そんなんじゃ上の連中の相手してたら、ストレスで死ぬぜ」








 キルクの言い草は、あながち冗談という訳でもなかった。
 樹上には、アルフヘイムの闇が凝縮されていた。
 いくつもの蔦や樹洞を伝って辿り着いた世界樹頂上には、そこだけ魔法金属(ミスリル)の壁で覆われた広間が設けられていた。
 広間に入ると、夏だというのに寒気がするほどの涼しげな空気を感じた。風邪でもひいたのかと錯覚したが違う。夏でも快適に過ごせるように、氷の魔法で室温を調整しているのだ。窓も無い薄暗い部屋であり、それがまたいっそう冷たく感じさせた。快適な気温であるが、自然を敬うエルフ族らしからぬ不自然さも感じる。何より、この魔法金属で覆われた広間自体が、とても無機質で、冷徹な空間に思えた。
(樹下とは別世界だな)
 ゲオルクはそう感じる。
 広間には相当数の身なりの良い人々が集まっている。いずれもエルフ族だった。仲間であるはずの他の亜人族は誰一人いない。完全にここはエルフの城なのだ。
 ゲオルクが入ってきたことに、エルフ達は気づいてはいる。しかし、一瞥をしただけですぐ自分達の話し合いに戻ってしまう。
「西方の正面戦線はクラウス将軍率いる5万の軍勢で抑えがきいている。だが問題は、北方のセキーネ王子の方だ」
「兎人族の族長ピアースどのが強く主張なさるので北方戦線をお任せしたが、兎人族だけでは荷が重過ぎるのでは?」
「セキーネ王子も戦場でも前線にはろくに出ず、後方で娼婦の尻ばかり追っておるという噂も」
「何と、嘆かわしい。モフモフなどと言っておる場合か」
「もっぱら前線に出ておるのは、兎人族の一派、黒兎人族の者達というが、戦況は芳しくないようだ」
「ピアースどのは甲皇軍との戦争を、兎人族内での争いに利用しているふしがあるな」
「というと?」
「目障りな黒兎人族を滅ぼしたいのであろう」
 とても身なりは良いが、不健康そうな小太りで、何より表情がいけすかないエルフの貴族達が好き勝手言っていた。
(何だこの連中は? 皆、同じ顔をしている…)
 余り先入観は持たないゲオルクだが、そのエルフの貴族達からは嫌なものしか感じなかった。
 広間の中央へゲオルクは近づくが、誰も見向きもしないし、誰もいないかのように無視している。
「……私は、ゲオルク・フォン・フルンツベルク」
 仕方なく、ゲオルクはそこで膝を折り、臣下の礼を取る。
「ダート・スタンどのの参集に応じ、SHWより……」
「僅か100名にも満たぬ兵でか」
 にべもない、冷たい声だった。
 ゲオルクが顔を上げると、同じ顔のエルフ族が同じ冷たい表情でこちらを見つめていた。
「SHW大社長は何をしている。もっと使える傭兵をよこせと言っておるのに、こんな老いぼれをよこしおって」
「アルフヘイムに勝ち目が無いと思い、我が方との付き合いを軽んじておるのか?」
「それならそれでこちらにも考えがあるというものだ。精霊魔法関連の商品の輸出を打ち切ってやろうか」
「それは面白い考えだが、少し性急に過ぎるぞ、スグウ兄」
「そうかね。では外交的に抗議文を出せばよかろう、弟ソクウよ」
「まずは麦の輸出を縮小するところから牽制をしても良いかと愚考いたします。今や世界の麦の8割以上は我がアルフヘイムより産出されている。甲皇国への輸出は当然禁止しておるが、SHWへの輸出は止めていない。よってSHWから横流しをされている疑惑は常に言われております。この策は如何でしょう、マタウ兄」
 誰が誰だかまったくわからないが、どうやら兄弟のエルフ族らしい。
「ラギルゥー族の方々」
 しわがれた声がした。
「せっかく我々の呼びかけに呼応し、お越しいただいたゲオルク王へ、失礼であろう」
 頭にターバンを巻いた小柄な老人、それがエルフ族の族長ダート・スタンだった。
 やっと話が通じそうな人物の登場に、ゲオルクは安堵する。
「ゲオルク王、遠路はるばるご苦労であった」
「は。アルフヘイム救援の為、甲皇国の暴虐を食い止めるべく、このゲオルク麾下100名足らずの寡兵なれど、まかりこしました」
「堅い、堅いのぅ」
 ダート・スタンは好好爺然とした柔和な笑みを見せる。
「そんなに気張ることはない。どれ、セントヴェリアに来られるまでの長旅の疲れもあろう」
「いえ、そのようなお気遣いは」
「遠慮することはないぞ」
 ダート・スタンは手拍子をうつ。するとどこからともなく、幼いエルフの少女達──ロリコン趣味的で扇情的なメイド服をまとった──が現れ、貧しいゲオルクの国では考えられないような贅を尽くした馳走が運ばれてきた。
「ほれほれ、酒に女に食い物。どうか遠慮のうやってくれ」
「ダート・スタンどの。今は、このようなことをしている時では」
「腹が減ってはいくさはできぬと言うであろう? わっはっは」
 ゲオルクは仏頂面でその場に立ち尽くした。
(義はアルフヘイムにあり)
 そう思って駆けつけたものの、あっさりその義とやらは崩れ去ったのである。







 
 つづく

       

表紙

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Neetsha