40話 セックスモンスター
精霊戦士ビビの出現に、ハゲワシ中尉は焦りを隠せなかった。
「───おい、どれぐらいやられた?」
「はっ、この騒ぎですから正確な数は分かりませんが、恐らく二十名ほどは」
「そんなにか……」
ハゲワシ中隊は実は敗残兵の集まりである。
ホタル谷の戦いでクラウス義勇軍に破れた第三軍は、かなりの数が戦場から離脱して甲皇軍の指揮系統から離れて行方知れずとなっていた。彼らはアルフヘイムの各所で野盗化していった。ハゲワシ中隊もその一つであり、彼らは数を元の半数以下に減らしていたが、野盗や傭兵の真似事をしながら、散り散りとなった甲皇軍兵士やアルフヘイム軍からの脱走兵やSHWの傭兵なども吸収して、何か月もかけて地道に元の数へと戻しつつあったのだ。それが、一瞬で一気に減らされてしまった。
(これでは……クンニバル閣下に顔見せできん)
自由気ままに行動しているように見えたハゲワシ中隊だが、その目的は戦力を回復してクンニバルの指揮下に復帰することだった。ハゲワシ中尉自身も軍の指揮下から離れたままでは出世も俸給も無い。野盗化したり傭兵として行動するのもちょっとしたつなぎのアルバイト感覚だったのだ。ボルトリックの依頼を請けたのも、メゼツ小隊のような小さな部隊でも吸収できるなら良しと判断してのことだった。だが、実際には大きく数を減らしてしまった。
(それどころか、これでは全滅すら危ぶまれる…!)
もはやなりふり構ってはいられない。ボルニア周辺に陣取っているクンニバル将軍の第三軍主力はもう目の前にいる。ここは急いで援軍を請うべきところだ。
「おい、ベルトランド。後の事は任せたぞ」
「え!? ハゲワシの旦那、そりゃないですぜ。一人だけ逃げようってんですか!?」
「馬鹿野郎! 増援を連れてくるんだよ! いいか、必ず戻ってくるから、それまで持ちこたえるんだ!」
「くっ……わ、分かりました」
「じゃあ任せたぜ」
そう言って、ハゲワシはさっさとプレーリードラゴンにまたがって戦線離脱していった。
ハゲワシの部下ベルトランドは渋々ながら前に出て指揮をとる。
アルフヘイム軍から脱走してきたこのSHW出身の元義勇兵は、左腕と左足を失って義足を付けているので戦闘力自体は大したことないが、多くの戦闘を生き延びてきた熟練兵であり、機を見て兵を指揮することには長けている。アルフヘイム軍での階級もハゲワシと同等の中尉だったのだ。
「おう、てめぇら! 相手は精霊戦士といえど娘っ子一人だ! 俺たちゃ泣く子も黙る甲皇軍第三軍だぞ! 気合入れろや!」
ベルトランドの指揮は中々に見事なものであり、崩壊しかけていたハゲワシ中隊の面々も武器を手に戦意を取り戻しつつあった。
「ドイール! ドイールはどこだ!?」
「ここにいますよ」
丁寧な口調でベルトランドの前に姿を現すドイール。
「おお、無事だったか」
ベルトランドは安堵した。
亜人の体毛、牙、甲羅などなど。様々な素材をグロテスクに加工した武器防具を身に着けたこの鎧騎士は、ハゲワシ中隊でもっとも頼りになる戦士だった。
「お前が頼りだ。やれるか?」
「……さすがに勝てるかどうかは分かりませんが、亜人の強力な素材を使ったこの武器防具がどこまで使えるか試す絶好の機会ですからね……」
「おう。あの小僧どもに、大人の怖さってやつを見せつけてやらねぇとな」
「邪魔」
たったそれだけだった。
精霊戦士ビビは、強化兵メゼツと激しい戦いの最中だった。
そこに横やりを入れようと襲い掛かるドイールだったが、ビビはハルバードをたった一振りするだけで、ドイール自慢の重武装ごと彼を両断し、周囲にびしゃりと血と臓物を撒き散らすのだった。
「……なんてこったい」
ドイールがあっさりと殺されるのを見て、ベルトランドの切り替えは早かった。
「撤退だ、撤退! こんな戦いやってられるか!」
その叫びと共に、第三軍兵士らは散り散りとなって敗走を始めた。
「アラアラ、いやだわァ」
ポルポローロは真っ先に逃げ出そうとしていた。
体格は良いが戦闘力は低い彼は、ハゲワシ中隊の所属というわけではなく取引相手としてこの場にいた。珍しい亜人を捕獲して高額で買い取る奴隷商人なのだ。
「待てよ、ポルポローロ」
「ボルトリックさん、あなたも逃げましょうよ」
ポルポローロを呼び止めたSHWの奴隷商人ボルトリックは、彼の商人なりの意地を見せていた。
「いや……まだあの小僧が頑張っている。ハゲワシ中尉ももう少ししたら増援を連れて戻ってくるかもしれねぇ。それにあんた、捕まえた商品をみすみす置いて逃げ出そうってのかい?」
「命あっての物種じゃない」
「商売にリスクはつきものだぜ」
(───そうさ。実際あの小僧は中々のもんだ。俺の見立てが確かなら……)
ボルトリックはメゼツが勝つ方に賭けていた。商品の価値を見定める商人としての勘がそうさせるのだ。
「ンマー。紳士、引くときはスマートに、よ!!!」
「じゃああんたが手に入れた商品は俺が買い取るぜ。相場の半値以下になるが文句はねぇな?」
「あなたって……こんな時にまで良くやるわァ」
「もし買い戻したい時にはSHWのボルトリック商店をよしなに」
そう言い、ボルトリックはぶっさいくなオーク面を歪ませて笑うのだった。
「ほう、するとお前は部下どもを置いて逃げて来たという訳か」
「い…いいえ! 部下たちを救うために、汚名をかぶる覚悟でここに来たのです! クンニバル閣下、どうかお力添えを!」
野山を駆けずり回り、プレーリードラゴンを走らせ、思ったより早くクンニバル少将の本陣に辿り着いたハゲワシ中尉はそう言って平伏した。
その額にはじっとりと脂汗が浮いている。
無理もなく……目の前にいる“化物”は確かにかつての上官クンニバルの声をしているが、見た目は彼が記憶しているものとは大きく違っていた。
「クンニバルさぁん。こんなみっともないハゲ中年なんて食べちゃいましょうよ」
「オーボカ。確かにこいつは死んでもいいと思うが、食うには不味そうじゃないか」
「ハゲって性欲強いっていうし、精力剤代わりにいいんじゃないかしらぁ?」
「ふーむ、そうだな…」
クンニバルの顔のすぐ隣に、あの魔女オーボカの顔が…。
信じがたい“化物”がそこにいた。
クンニバルとオーボカは合体していた。セックスをしているという意味ではない。文字通り体と体を外科手術によって癒着させているのだ。かつてバルザックの反乱により、クンニバルとオーボカは爆発に巻き込まれ、半死半生の重傷を負った。がしかし、甲皇軍が誇るマッドサイエンティストであるドクター・ゲコの生物学者としての外道の試みが功を奏していた。
「げげげげげぇ……。この傷なら普通は死んでるのにまだ生きているのか。何としぶとい御仁たちだ。そう、ローパーのようだね。女好きとショタコンで性癖は違うけど二人ともローパーみたいに性欲旺盛で相性も良さそうだ。もしかしてローパーをつなぎに使えば良い感じに助かるんじゃね?」
ドクター・ゲコ。数々の非人道的で悪魔に魂を売り渡したかのような人体実験を繰り返してきた彼の最高傑作がここに作られる。
上半身はクンニバルとオーボカで二人の脳みそや人格はそのままだが、下半身はローパーというとんでもない化物が。ローパーの生命力は予想以上に凄まじく、また本当に相性が良かったのだろう。合体した二人の体長は以前の三倍以上にも膨れ上がり、身長2メートル50センチはあるジャイアントエルフでも小さく見えるほどに巨大化していた。クンニバルとオーボカの性欲を兼ね備え、それを催淫剤や触手を操るローパーの体と生命力で補強…。まさしく悪夢のセックスモンスターがここに誕生したのである。
何を言っているのか作者にも分からないがそういうことだ。余りコメントがつかない小説を黙々と書き続けているのだからこれぐらいのおふざけがあってもいいよね?という悪魔の囁きが生み出したとも言える。
「本国から送られてきた強化兵、クノちゃんの孫のメゼツか。そしてアルフヘイムの精霊戦士ビビ…。十六歳と十三歳? なるほど、ショタとロリの戦いという訳だな」
「犯っちゃう? クンニバルさん」
「そうだな。ボルニアを丸裸に剥いて御開帳してレイプする…その前戯としてはちょうどいいだろう」
うねうねとクンニバル・オーボカの下半身の触手が動き、それがハゲワシの体にまとわりつく。
「……! お、お慈悲を! 閣下ぁーー!」
「駄目だ、許さん」
触手がハゲワシの体に触れると、みるみるうちにハゲワシが萎びていった。元々五十代のハゲワシは枯れたおっさんであるが、今やもう八十代のおじいちゃんになってしまっている。これがこの化物の必殺技、人の精気を吸い取るエナジードレインであった。
「くはははは! もう干からびてしまったか。食いでのない…。だがショタやロリならば、もう少し瑞々しく美味であろうな」
すっかり皮と骨だけになってしまったハゲワシの死体を踏み潰し、クンニバル・オーボカはこの世の者とは思えない大音量で高笑いした。
つづく