Neetel Inside 文芸新都
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ミシュガルド戦記
46話 トールハンマー

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46話 トールハンマー







「───た、大変だ…!」
 最初に気づいたのは、アルフヘイム正規軍の上級通信士ファル・モツェピだった。
 モツェピ家には代々独自の「未来予知能力」が備わっており、彼らはその力によってアルフヘイム屈指の名門貴族になりえた。軍の要職に任じられることも多く、ファルの兄ヤーヒムもセントヴェリア城の近衛隊長を務めている。ただ時代が下るごとに、一族の未来予知能力は衰えていき、今ではごく近い未来に起こりうることの可能性を察知できる程度のものとなっている。それでも軍隊の目と耳となり、真っ先に敵の狙いや危機を察知して周囲に伝える通信士としては優れた能力ではある。アルフヘイム軍の目と耳となるファルは、クラウスの司令部にも加わっていた。
「ク、クラウス司令…!」
 顔を青ざめさせたファルは、ただちにクラウスに危機を告げる。
 未来予知能力はモツェピの先祖から受け継いだ血が濃いほど強いと言われており、ファルは現在の一族の中でも最も強い力を持っている。そのファルでも、アリューザの沿岸より僅か100キロの地にある元オウガ族の島に甲皇国空軍の秘密基地があることは、ついさっきまで気づけなかった。
「何だと!?」
 さしものクラウスも驚きを隠せない。確かに、アリューザに近いオウガ族の島に甲皇軍が潜んでいることは警戒すべきだった。しかし、アリューザがここまで攻められていたのにまったく援軍が来ないところを見て、その可能性をクラウスはいつの間にか打ち消してしまっていた。
(……やられた。我々をアリューザまでおびき寄せて、一網打尽にするつもりか)
 ファルの視た光景…。
 甲皇国空軍の空中艦隊がアリューザに迫っていた。空飛ぶ要塞ZB-29は、大型200馬力エンジンを4基も積んでおり、それぞれが5トンもの大量の爆弾を抱えている。それが30機。爆弾がすべて投下された場合、アルフヘイム軍ごとアリューザを灰燼に帰すほどの火力があるだろう。上空はるか10000メートルを時速100キロで迫っている。更にZB-29の周囲には護衛の竜戦車部隊までいる。それら空中艦隊がアリューザ上空へ到達するまで……恐らく30分もない。
「ぼ、僕がもう少し早く気づけていれば…申し訳ありません!」
 痛恨の表情で語るファル。彼はこの戦いで甲皇国の奇襲を察知できなかったことを生涯悔んで、その後エルカイダへと身を落とすことになるが…それはまた別の話で。
 たちまち、アルフヘイム司令部は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなる。
「今から軍をアリューザから撤退させたところで30分ではとても間に合わんぞ!」
「それでもやるしかない! 急ぎ、テレパシーですべての兵に…」
「いや、戦闘中の兵が大半です。即座に伝達したところで戦闘状態を解除してスムーズに脱出行動に動ける者はごく少ないのでは…」
「ああ、それに明らかに撤収は間に合わないぞ。恐慌状態に陥る危険が…」
「それにしても奴らはいかれている。友軍ごと爆撃しようというのか!?」
 喧々諤々とどう対応すべきかの議論がなされていたが、司令部の面々が目を向けるのは、結局いつものようにクラウスだった。
「───アルフヘイム空軍は」
 極力平静を保ちつつ、クラウスは重い口を開く。
「目下、アリューザの敵司令部を爆撃中ですが…」
「我々には、ルーラ・ルイーズどのの竜騎士団に、レドフィンどのの竜人部隊が頼りだ。彼らに上空の敵の迎撃に向かわせよ。が、迎撃に成功するかは分からない。爆撃の危機があることを全軍にテレパシーで通達。今はもう議論している場合ではない! ただちにアリューザから撤収するのだ!」
「は、はい!」
 伝令兵が急いでテレパシーによって全軍へクラウスの命令を伝える。
 クラウス自身もプレーリードラゴンに騎乗し、急いでアリューザ市街から脱出しようと走り出す。 
 疾駆しながらも、クラウスの脳裏には非情なる甲皇国皇太子ユリウスの哄笑するさまが浮かんでいた。
 手段を選ばないであろうとは思ってはいたが、まさかここまでとは。
 やつならば、友軍ごと俺たちを殺ろうとしても何らおかしくない。
 させるものか。






 高度5000メートル…。
 高度6000メートル…。
 高度7000メートル…。
 風を切り、遥かなる超空へ上昇していくルーラ・ルイーズの竜騎士団とレドフィンの竜人部隊。
 甲皇国の胴長竜と違い、アルフヘイムの竜には大きな翼があるが、実はどちらも浮遊の魔力を使って「風を切って」飛び上がっている。竜の巨体は非常に重いので、鳥のように風に乗って翼を羽ばたかせている訳ではないのだ。上昇気流を使ったり翼を羽ばたかせるのはあくまで補助的なものである。それゆえ、アリューザ直上の空へほぼ垂直に上昇するのも可能ではあったが…。
 リンクスドラゴンに騎乗するルーラたちエルフ竜騎士たちの息が白い。
 高高度の環境は過酷であり、急激な気温と気圧の低下が起こる。
 ファルが視たところによれば、高度10000メートル付近を甲皇国空軍が浮遊しているというが、そこは気温マイナス50度、気圧は地上の4分の1となる。とても生身の体で行ける領域ではない。
「た、隊長…!」
「だめです。我々には、とても…」
 7000メートルを過ぎたあたりで、次々と竜騎士たちが離脱してしまっていた。
(───くそぉっ…)
 竜騎士を率いるルーラ・ルイーズは歯ぎしりをする。
 彼女らは主に地上の敵施設や部隊を爆撃することに長けた急降下爆撃部隊なのだ。敵航空兵器と戦うには慣れていない。そもそもこれまでの敵航空兵器も、偵察や爆撃ばかりしてきてアルフヘイム空軍との空戦は避けていた。甲皇国空軍の主兵器たる飛行船は、水素ガスで浮遊するため火に弱い。時速100キロ程度の低速しか出ないので回避行動もままならない。対空砲にさえ気を付ければ容易い相手だったのだ。
 だからだろうか。甲皇国空軍は、アルフヘイム空軍が近づけないような超空から爆撃しようと考えたのだろう。甲皇国空軍にとっても新兵器となるZB-29はこれが初出撃だった。ゆえにこの唐突な超空での空戦に、アルフヘイムの竜騎士たちはまったく心構えもできていなかったし、その装備もなかった。
 高度8000メートル。
 竜騎士たちの中で最後まで上昇しようとしていたルイーズも限界だった。
「無理をするなルイーズ。あとは俺たちに任せろ」
 さすがに生物としての地力が違う。
 レドフィン率いる竜人たちは、高度8000メートルの大気にも耐えうる竜鱗と肺を持っているのだ。
「……後は、任せた……」
 無念そうに、ルイーズは離脱していく。
「ああ、任された」
 ルイーズを振り返ることなく、竜人たちは上昇を続ける。
 急がねばならなかった。空の王者である竜人の彼らでも高度10000メートルに上がるまでにはそれなりの時間を要する。上昇するだけで20分ほどは使ってしまっていた。
 高度10000メートル。
 遂に到達した超空の領域で、竜人たちは雲海の狭間にキラキラと光るアルミニウムと衝突防止灯の輝きを、敵空中艦隊の影を視認した。
 まだ5キロほどは距離があるが、それでも雷が雲の中で轟いているような音が定期的に響いてくる。恐らくエンジン音だろう。人工的な音は竜人たちには不気味で不快に聞こえた。
「でけぇ……くじらかよ!」
 鯨以上、古代ミシュガルド時代の伝説の怪物リヴァイアサンのようにでかい。全長80メートルにも及ぶ巨大飛行船ZB-29に対し、竜人たちは全長2~3メートルほどだからそう感じるのも無理はない。
「へっ、俺たちゃまるでいわしだな」
 レドフィンの部下の竜人たちが減らず口を叩いていた。
「馬鹿野郎! 俺たちは鯨も食らうしゃちだと思え!」
 レドフィンが仲間たちに叱咤する。
 アルフヘイム側はレドフィン率いる竜人部隊が僅か15名。
 だが、敵は機械の力を借りねばここまで上がってくることもできなかった脆弱な人間どもだ。これまで偵察と都市爆撃しかしてこなかったのは臆病で弱いからだ。
(ここは俺たちの空だ! 歪な機械仕掛けの連中どもが立ち入っていい領域じゃねぇ!)
 ふん、とレドフィンは鼻から炎を噴き出した。
 彼も成長している。己の強さを証明するためだけに戦っていた彼も、幾たびもの戦場を駆け巡り、多くの失敗と仲間たちの死を経験してきた。戦場を求め、自身の強さを証明することが第一とはいえ、甲皇国を倒すことも第二目標としてしっかりと認識している。
「てめぇら、ブレスで片づけるぞ」
「了解です」
 彼らの体内の逆鱗が魔素を集中させていく。口から吐くビームにも似た炎のブレスを食らわせてやるのだ。
 空中で溜めの姿勢で静止しなければブレスは吐けない。
 15人の竜人が一列に並んでブレスを放射状に浴びせようとしている。
 だが唐突に、レドフィンの隣の竜人が弾けて血の雨を地上へ降らせた。
「……っ!」
 鉄をも弾く竜鱗を貫くとは。
 ZB-29から放たれた大口径対空砲だった。それはまさに空中艦隊の名に相応しい破壊力。海上艦隊が放つカノン砲と同様に、当たれば一撃で何もかも粉砕する。
 当たれば、だが。
 既にZB-29側は竜人部隊の襲撃に気づいており、近づけさせないように猛烈な対空砲を浴びせていた。
 運悪く1人の竜人がそれをまともに食らってしまったが、構うものか。
 竜人たちはブレスを発射した。
 轟音、そして大爆発。
 30機いたZB-29の群れのうち、約10機ほどが一撃で屠られる。
 ブレスをまともに浴びて大火災を巻き起こした飛行船は、抱えていた大量の爆弾と水素ガスによって次々と大規模な誘爆を起こし、近くの他の飛行船へも炎を燃え移らせてしまっていた。炎上する飛行船からは、数百人単位の人間たちがばらばらと米粒のように地上へと落下していく。
「ふはは!」
 思わず、レドフィンに笑みが漏れる。
 やはり人間どもは弱い。
 たった一撃のブレスで敵空中艦隊に壊滅的な打撃を与えたことに気をよくする。
 だが、戦いはこれで終わったわけではなかった。
 爆煙の中から、獣じみた甲高い咆哮が戦場にこだまする。
 巨大飛行船よりかなり小さく、竜人たちと余り変わらないサイズの物体が、死体から湧き出たウジ虫かハエのようにわらわらと現れる。
 ZB-29を随伴護衛する竜戦車の群れだ。一斉に竜人たちに向かっている。その数およそ100数機。
 竜戦車は中々の速度で散開しながら迫っていた。これはブレスで一網打尽という訳にはいかないだろう。厄介だが爪と牙で叩き落していくしかない。が、数が多すぎる。
「下等な胴長竜どもが…!」
 知恵を持たないただの獣同然の胴長竜など、竜人であるレドフィンらにすれば、人間が猿を見るようなものである。同じ「竜」扱いされるのも不愉快だ。その上、甲皇国の人間に使役されて上位種たる竜人の我々に襲い掛かるとなれば、あっさりと殺してやるのがせめてもの情けというものだ。
 だが、鈍重なZB-29と違い、竜戦車は一筋縄ではいかなかった。尻尾や胴体を打ち振って蛇のように飛行する彼ら胴長竜は、格闘力と旋回力では巨大な爪・牙・翼を持つ竜人に劣るものの、その加速力は竜人以上だった。また、胴長竜もサラマンドル族のように逆鱗を持たずブレスを使えない竜だが、代わりに強力な火砲を備えている。高速で近づいては火砲を浴びせてあっというまに離脱していく。その一撃離脱戦法ダイブアンドズームに、竜人たちは翻弄された。
 それぞれが猛者の竜人たちとはいえ、4~5機の竜戦車がチームを組んで1人の竜人を狙って襲いかかる。竜戦車の火砲もまた、ZB-29に備え付けられている大口径対空砲ほどではないにせよ、それなりに強力な火砲であり、1発や2発ならば竜人たちも耐えられたが、4~5発も食らえば敢え無く撃墜されていった。
「くそっ、ちょこまかと…!」
 苦し紛れにブレスを放つが、まったく当たらない。
 飛行船の対空砲と同じく、放つ前の動作が大きくて射線を読まれていた。
 中でも特に動きの良い竜戦車が1機いて、そいつが率いる4機で1チームの竜戦車部隊が圧倒的な働きを見せていた。指揮官機を表しているのか、赤い角をつけた胴長竜の竜戦車だ。
 そんな厳しい戦いの中でも、レドフィンだけは別格であり、彼は爪・牙・ブレスを巧みに使い、次々と竜戦車を撃破していく。
 だが、その戦闘が10分も続いた頃、レドフィンは既にこの空域で羽ばたいているのが自分だけになってしまっていることに気が付く。仲間はすべて殺られていた。
「ディーン…! ナーシェン…! 畜生…! 畜生…!」
 撃墜されていった仲間たちの名を叫びながら、レドフィンは咆哮する。
「あのレドフィンか…個人の武勇が戦場の趨勢を決めるものではないということをやっと学んだか?」
 赤い角の竜戦車から声がした。
「てめぇは…!?」
「ここが貴様の墓場だな」
 そう呟くは、ゼット伯爵の腹心である少女・乙空。
 乙家の傍流の家出身である彼女は、飛竜の扱いに長けており、その腕を買われてこの竜戦車部隊を率いている。ゼット伯爵は対空砲こそが空戦で頼りになると考えていたが、彼女の考えは少し違っていた。対空砲の威力は確かに凄まじいが、小さな的に当てるのは難しいし、アルフヘイム側の竜人・竜騎士・空戦魔導士たちといった兵士に対応するには命中率が求められる。制空権というものを考えた時、機動力に優れた竜戦車部隊こそが鍵を握るのだ。
 これからの空戦は、大きな砲を備えた巨大飛行船による大艦巨砲主義ではなく、竜戦車搭載飛行船を中心とした空母機動部隊による戦いへと移り変わっていくであろう。そしてその考えが正しいということが、この10数分で乙空自身が証明したのである。
「おのれ…! 人間ごときが…!」
 赤く燃える瞳を輝かせ、レドフィンはまだ諦めてはいない。
 しかし、竜戦車の群れの向こう側では、20機ほどの残存ZB-29の群れが、いよいよその下部ハッチを開閉させ、アリューザへ向けて爆弾を投下しようとしていたのだった。
「投下準備完了!」
 部下の報告に、ゼット伯爵は頷く。
「今こそ、雷神の鎚を振り下ろす時」
「ハッ! 全機、アリューザへ向け投下せよ!」
「了解! 精霊石搭載超大型爆弾トールハンマー発射!」
 ZB-29全機には、実は大量の爆弾など搭載されていなかった。
 最大搭載量5トンの爆弾を投下できるZB-29には、それぞれたった1発の爆弾しか積まれていなかった。
 重さ5トン全長4メートルもの超大型爆弾。
 その威力は、1発で都市を消し炭にできると予想されていた。
 甲皇国のある骨大陸が草木も生えない不毛の土地と化したのは、古代エルフの呪いだと言われているが…。実は、この古代ミシュガルド由来の技術による爆弾だったのかもしれない。
 それが20発。
 黒きいかずちは、アリューザへ舞い降りていった。








つづく

       

表紙

後藤健二 [website] 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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