Neetel Inside 文芸新都
表紙

黒兎物語
8 ダート・スタンの誓い

見開き   最大化      

ピアース3世は
苦渋の進言に苦渋の承諾で応えた
どんなに理想を掲げようとも、現実は変わらない。

今や丙武軍団の猛攻を前に、白兎軍は主要都市・重要拠点の陥落を許してしまっている。あの不落の防壁とされたレーゼンビー城の陥落をきっかけに、白兎軍はコネリー高原にまで追いやられていた。その背後にあるのは兎人族の聖地ブロスナン、ここだけは何としても陥落させられるわけにはいかなかった。この聖地ブロスナンでは、ピーターシルヴァニアン王朝文化を象徴する守護神ムーアの岩石像、鬼神クレイグの黄金像といった兎人族の文化遺産が数千年にも渡って受け継がれ、保護されてきた。また、ピーターシルヴァニアン王朝が正統な白兎人族の王であるという確固たる証拠を記した巻物、壁画がこの聖地にはあった。
もう後が無かった。聖地ブロスナンが陥落することになれば、白兎軍の士気は粉微塵に消滅し、この混乱に乗じて白兎の王を名乗る愚か者共の出現を許してしまいかねない。甲骨国軍は、聖地ブロスナンの陥落と同時に破壊活動を実行するだろう。ピーターシルヴァニアン王家が白兎人の正統たる王である証拠など跡形も無く消滅する。それは数千年間 代々受け継がれてきたピーターシルヴァニアン王朝の崩壊、白兎国家の分裂を意味していた。たとえ、この戦争に勝利できたとしても聖地ブロスナンが陥落しては何の意味もない。
「命には代えられぬか」

意地を張っている場合では無かった、ピアース3世は黒兎軍との和平交渉へと乗り出した。

白兎人族代表の和睦の使者には本人の希望もあって、セキーネ王子が選ばれた。対する黒兎人族代表の和睦の使者に選ばれたのはディオゴ・J・コルレオーネであった。
和睦の使者など到底不釣り合いなこの男が何故選ばれたのか、それには
兎人族の「対等さ」を重んじる精神的文化が背景にある。
セキーネ王子は白兎人族代表者ピアース3世の甥、つまりは親族である、対する黒兎人族は王家などある筈もなく、代表者というなら黒兎人族の国教ラディアータ教の最高指導者ヴィトー・J・コルレオーネであった。その息子、つまり親族が、彼ディオゴ・J・コルレオーネであったのだ。

代表者同士が交渉の場に立たぬ以上、その親族が立たねばならぬのが
彼等同士で交わされる礼儀であった。

だが、ディオゴはセキーネ王子とは違い、政事とは無縁の一介の兵士である。むしろ、白兎人族とのコミュニケーションは対話よりも武力でしてきた男だ。その姿勢に宗教的指導者の父親への反発があったことは否めない。愛する娘モニークが陵辱され血まみれの身体で帰ってきたあの日、復讐で我を忘れるディオゴに
ひたすら耐えよと父親ヴィトーは涙で頬を濡らして諭した。
「見損なったよ 親父殿!
てめぇの娘をレイプされて、復讐する度胸も無ぇのか!!意気地なしが!」
そう言いながら、家を飛び出した彼は黒兎軍に入隊した。
ヴィトーの姿勢は彼の目にはただの泣き寝入りに思えた。男として愛する女を陵辱されて泣き寝入りする人生は彼ディオゴには惨め過ぎて耐え難いものであった。

それ以来、ヴィトーとは会っていない。最早 彼ディオゴの心にとって疎遠の親族と化した父親ヴィトーと再会したのは、今回の和平交渉のための使者に呼ばれたあの日であった。

「久しぶりじゃのう、ディオゴ」 
「ご無沙汰だな、親父殿」
ヴィトーは病床についており、あと数日の命であった。腎臓ガンで尿毒症に陥り、日頃は意識が無く眠っていることが多いヴィトーだったが、久々の息子ディオゴと再会できるとあってこの日は意識もはっきりしていた。

ヴィトーは和睦の使者となってくれないかと懇願した、

「白兎族が憎い気持ちは分かる、だが今は甲骨国軍という共通の敵がいる。白兎軍だけでは到底防ぎされない、このまま傍観して居れば必然的に甲骨国軍は我々黒兎の国にも侵攻してくる。許すことができぬのなら、せめて利害の一致という形で白兎軍との和平交渉に応じてはくれぬか?」

利害の一致であるにしろ、手を組む相手ぐらい考えたいと思っていた ディオゴは内心不愉快な気分で承諾した。

ディオゴも政事に無縁とはいえども、世の中の流れが分からぬ程 馬鹿ではない。和平交渉の場で、万がーセキーネ王子を叩き斬ることになればそれは即刻アルフヘイム正規軍に弓を引くこととなり、黒兎人族はアルフヘイム内で孤立することとなる。
ディオゴはヴィトーの元を去りながら、後ろ足で地面を何度も悲しく蹴りつけた。

ヴィトーが亡くなったのはそれから2日後のことであった。死する直前、彼の傍に居たのは息子のディオゴではなく、その娘モニークと、婿養子のダニィ、そしてノース・エルフ族族長のダート・スタンであった。

「コルレオーネ殿。おぬしは死すべき存在ではないのじゃ」
ヴィトーの毛むくじゃらの手を握りしめながら、ダート・スタンは涙を堪え激励の言葉を投げかける。
ヴィトーはダート・スタンの手を握りしめながら力無く涙を流し、その生涯を終えた。今際の言葉の無い大往生であった。

「おどぅ・・っざん!お父さん!」
泣きじゃくる愛娘モニークの傍で
彼女の夫であるダニィ・ファルコーネがダート・スタンへ手紙を渡した。 
「義父のヴィトーが自分が亡くなった時に貴方に渡すようにと申していました どうかお受け取り下さい」

ダート・スタンは神妙な表情で封を開け、読み始める

「スタン殿・・・いや、我が魂の友ダートよ もし白と黒の兎人族同士が互いに手を取り合う日が来たら 貴方に仲介者となってもらいたい。無念ではあるが、私はもう永くはない。どうか先に神の御許へ旅立つ私の代わりに、彼等が仲睦まじく手を握り合うその日を見届けてくれ 同じ平和を愛する同志ダート・スタンへ 」

亡き魂の友ヴィトーからの手紙を握り締めるダート・スタンの両手は悲しく小刻みに震えていた。
目から溢れ出した涙は髭を伝わり、ヴィトーの手紙の文字を濡らした。
「・・・我が魂の友ヴィトーよ お前の遺志しかと受け取った。この子達が平和の光を拝めるよう、このダート・スタン 平和を実現させてみせる」

こうしてここに
白兎人族代表
セキーネ・ピーターシルヴァニアン、
黒兎人族代表
ディオゴ・J・コルレオーネ、
エルフ族代表
ダート・スタンによる
和平交渉が行なわれるのであった。

       

表紙

バーボンハイム(文鳥) 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

Tweet

Neetsha