食料に余裕がある村は、シャロフスキーの野蛮な要求に対して女を差し出すことを拒否した。これはシャロフスキーにとっても好都合だった。
正直、シャロフスキーも女ばかり差し出されても困るので敢えて食料に余裕がある村を選ぶなどしていた。いくら、軍人がケダモノしかいない男どもの集まりだからといえど、いつまでも我慢汁が持つわけではない。
性欲を解消したとしても、引き換えに体力を奪われてしまうのは避けられないからである。だが、野蛮な行いをすれば心も野蛮と化していく。サウスエルフ族の兵士たちは次第に凶暴化していった。
シャロフスキーとその甥フェデリコの率いる軍はローたちの居る村にたどり着くなり、道中の村で徴収した食料をつまみに宴会を始めた。もうこの村までたどり着くまでに200キロの行軍をしてきたのだ。兵士たちの我慢袋も限界だった。
村の広場にテントを無数の張り、あっという間に村の敷地の半分を占拠した。
「伯父上、どうなされます?」
「何をだ?フェデリコ。」
フェデリコは下衆な笑みを浮かべ、伯父のシャロフスキーに尋ねる。
「ほらぁ~、いつものあれですよ。食料か……女か……
幸いなことに今の我々には食料はあります故、ここいらで少し女を…」
我慢汁が今にも吹き出そうなのかフェデリコは、まるでヨダレを垂らして餌をせがむ犬のように
目を輝かせて尋ねた。フェデリコの色狂いは今回の遠征で嫌というほど目に焼き付いたが、この絶倫エルフは
西方戦線への遠征だというのに、いまだその衰えを見せることはなかった。
「ふむ……いいだろう。ただし、なるべく獣人族の女から選ぶのだぞ。」
「承知致しました。」
フェデリコは何やら出鼻をくじかれたような表情で承諾するとそそくさと出て行った。
「……言っておくが……もし、エルフの女を犯した者が居たらどうなるか分かっているな?」
シャロフスキーの声が何処となく激しい憎悪に満ちた声色を化すのを甥のフェデリコは背中越しに察知した。
「わ……分かっておりますとも!伯父上!!ええ!!厳重に処罰いたしますとも!!ではではわたくしめはこれで!!」
フェデリコはそそくさと出て行った。
(まさかとは思うが……奴は……)
フェデリコの狼狽ぶりを見て気づかぬシャロフスキーではなかった。
無論、フェデリコはエルフの女たちも慰安用に抱いているに違いない。
だが、シャロフスキーはふと我が身を振り返る。
(……奴だけを責められた義理か……元はといえば、兵士の士気向上に女を差し出すよう指示した俺に咎がある……)
危うく甥を手にかけるところだったが、自身の過ちがきっかけで道を踏み外した甥を手にかけるなど
いくらシャロフスキーといえども出来なかった。
意外に思われるかもしれないが、シャロフスキーとしては、エルフ族の女だけは慰安の対象外だった。
エルフ族の女を犯すのは野蛮な亜人、獣人族がすることであると思っていたからである。
それもこれも彼の故郷であるサウスシュタイン地方での過去に端を発する。
今から300年前、アルフヘイム南部ではサウスエルフ族と獣人族との争いが絶えなかった。
南部の精霊樹から湧き出る水を巡っての争いが200年も続き、シャロフスキーの幼少時代にはもはや泥沼化していた。
結果的には、サウスエルフ族がその領土の6割を占有したことでかりそめの勝利となったのだが、
それに不服な獣人族が、残酷な報復をしたのである。なんと捕虜として捕らえられたサウスエルフ族の兵士たちを
虐待して親元に送りつけたのだ。男は去勢されたり鼻や耳、腕など体の一部を削がれ、女は犯され妊娠させられていた。
シャロフスキーにとって、この事件は遠い次元の話ではなかった。
犯され妊娠させられた女たちの中に彼が慕っていた姉が居たのだ。
姉は男勝りな性格だった、誰よりも気高く、男兵士たちが根をあげるような訓練にも
折れることのない戦場の女神だった。彼が政治家でもなく、あくまでも軍人として世間に貢献したいと
思ったのも軍人だった姉の勇姿を見てのことだった。だが、姉は仲間を救うために獣人たちに囚われた。
そして、姉は見せしめのために獣人族のケダモノたちに望んでもない子供を孕まされたのだ。
帰ってきた姉は、か細く哀れな薄幸の少女のような体つきをしていた。変わり果てた姉は精神を病み、
ある日、橋で首を吊って自殺を遂げた。彼女の足元には、生まれるはずだった彼女の子供が
グチャミソに崩れた姿で転がっていた。手とも足とも区別がつかぬほどの腕と、体毛なのか骨なのかわからぬ程の
針状のものが体中を覆い、目も口も鼻もまともな形をしてはいなかった。
首を吊ったために、産道から滑り落ち、そのまま地面に叩きつけられて潰れてはいたが、
生まれていれば奇形児となっていただろうことは明白だった。
アルフヘイムは、獣人という言葉がある故に異種交配が盛んな国家だ。
だからといって異種交配の成功例が多々あると言うのは違う。元は遺伝子の異なる生物同士をかけ合わせているのだから、
当然うまくいくはずなどない。その裏で多くの奇形児が誕生したか、闇に葬られてきたかを語るまでもない。
「はっ‥…!!」
いつの間にかシャロフスキーは気を失っていたようだ。
行軍疲れもあったのだろうか、いつの間にか指揮官椅子から転げ落ち、
そのまま床に仰向けになっていた。こんなところを甥のフェデリコや部下たちに見られるわけにはいかなかった。
(悪い夢を見たようだ……)
そうだ、高潔で美しいエルフの女性を穢すことなど許されぬことである。
他の種族の女たちが、どんな汚いやり方でその身を穢そうが構わない。
だが、エルフの女たちは崇高であるべきなのだ。
エルフの女と性の交わりを交わすのが、慰安用などという下衆な行為であってはならない。
エルフの女とまぐわっていいのは、エルフの男だけである。
シャロフスキーの歪んではいれど、間違っているとも言い切れない
独特の哀しい価値観が彼にはあった。だが、それが故に 彼の価値観が恐ろしい禍となって
ローとアンジェに襲いかかるのだった。