獣神帝は人職人人を求めていた、ミシュガルド現住生物にあたる職人人の乱獲から
外来種から守るため、獣神帝は遺跡の奥底で眠っていたエイリアを解放し、
ガイシの地上で蔓延るアルフヘイム・甲皇国・SHWの軍の掃討作戦を決行するのだ。
エイリアの幼生が獣人・人間・エルフ無差別に、次々と獲物の顔に張り付き繁殖行動を開始していた。まさに市街は阿鼻叫喚の地獄絵図であった。
その混乱の中、ディオゴは獣神帝と獣神将の監視の目を掻い潜り、
地下遺跡で念願の人職人人を見つける。この混乱に紛れて、人職人人を奪取するつもりだ。
願いが叶った後で獣神帝に引き渡せばいい。その企みの浅はかさをディオゴ自身分かっていた。
企みはいずれ、ばれる。先ほど、ゲオルクやガザミと再会した時にも釘を刺された。
いずれ獣神帝に切り捨てられるのがオチだと。強がって反論してはみたが、
2人の言葉も間違っちゃあいない。
獣神帝とは不可侵条約を締結してはいるが、いつ金玉を握りつぶされるか分からない仲だ。
おそらく、企みが露呈すればただでは済まないだろう。その時は、何としてでも逃げ延びるだけだ。
たとえ志半ばにしてたとえ殺されたとしても……我が子たちや妻にはどうか復讐など考えて欲しくはない。
ディオゴは心からそう願った。気持ちだけで十分だ。
復讐のために、身を削り、魂をすり減らすような生き方だけは……どうかお願いだ。
自分のことを棚に上げて何を言っているんだとは分かっている。
もし、俺の死を弔いたいのなら 廃人となった義兄ヌメロの傍に居てやって欲しい。
せめてもの願いをディオゴは込めた。
まあ、運良く獣神帝の機嫌を損ねずに事を成し遂げられたとしても
次は3人の獣神将たちは心地よくは思わないだろう。
鴉の魔物エルナティ、ねずみの魔物ぺぺロム、馬の魔物ロスマルト……
いずれも一癖も二癖もある3人とは獣神帝を交わえて何度か話をしたことがあるが。
いずれにしろ油断のならない連中だ。
中でも、ロスマルトは自分を毛嫌いしている。
補欠要員の分際で、獣神帝と対等に喋ろうとするその姿勢が気に食わないらしいが、知ったことか。
企みがバレて牙をむいてきた時には真っ先に殺してやる。
だが、ことはそう上手くはいくかどうか分からない。よくて相討ちだろう。
10年前の自分ならば、いざ知らず
オフィスワークが多くなった今の身体では勝算は赤球が出る寸前のザーメンのように薄い。
自分自身にそう言い聞かせ、エイリアの幼生をクンペル・カマラーデン48で
始末しながらディオゴは地下遺跡を進んでいく。危うく、顔面に幼生が張り付きそうになったが咄嗟にグリップで殴りつけ、踏みつけ、撃ち殺す。寄生されれば苗床にされて、エイリアの幼生の蛹がわりに使われる。
そんな惨めな死に様を晒すぐらいなら、薄汚い野郎にケツの穴を掘られた方がマシだった。
だが、ようやく地下遺跡へとディオゴはたどり着いた。
わけのわからぬ古代ミシュガルド文字が刻まれた巨大遺跡。
古代ミシュガルド人が作り上げた文明の朽ち果てた結晶がそこにはあった。
まるで巨大都市がまるごと地下へ沈んだような規模の祭壇や、
女神像や巨人像が立ち並んでいる。
幸い、そこにはエイリアの姿はなかった。むしろ、そこに居たのは人職人人の姿があった……
紫色の……といっても
自分の会社が経営している葡萄畑でよく見かける葡萄のような健康で生命溢れた色とは違った毒物のような紫色のボサボサの髪の毛と、スリットのついたドレスを羽織り、首元を湿った草鞋のような茶色いマントで覆っている。
肌は、やけに血色のよい肌色に顔の上半分と、脛の下半分を除いてほとんどが死人のような青白い肌をしている。腕にいたっては左腕が、足にいたっては右脚が無い。完全に歪な姿をしていた。
「……アンタが人職人人か?」
「ご名答!!そしてよくぞここまでたどり着きました!!!
だが、残念なことにほぼ同じタイミングでもう一人の客が来てしまったようです!!!!」
見た目とは裏腹に陽気な人職人人が両手を広げる、どうやらディオゴだけではなくもう一人の客にもディオゴのことを言っているのだろう。
ディオゴから見て左側になる手の指し示した先には、子供たちのゴッドファーザーである義弟ダニィ・ファルコーネの姿があった。
「ダニィ……」
「こいつは驚いたね……狙いはその子かい?兄貴。」
ダニィがディオゴを睨みつけながら尋ねる。
その目にかつて心優しかったあのダニィの姿はなかった。
10年もの時が経ち、14歳だったダニィも今や24歳だ。
黒いフードを後ろにやり、前のはだけたパーカーを羽織り、同じく黒いズボンを身につけたその姿はまるで死神のような闇を携えていた。はだけたパーカーから除く小麦色の筋肉質な身体はゴムのようにところどころ肉が張り、それが鍛え上げてついた筋肉であることを
想像するのは見て取れた。その筋肉の上に覆いかぶさるように化石化したようにケロイドがダニィの胸に張り付いていた。
「……ああ、そうだ。」
ディオゴは頭を抱え、顔を覆いたい気分だった。
まさか、よりによってこんなタイミングで会いたくはなかった。
神を恨みたい気分だった。心の準備も与えぬまま、こんな再会の機会を与えるとは。
「……悪いが、譲るわけにはいかない。引く気がないならね。」
ダニィの眉間が切り刻まれるかのように大きな皺が出来、激しく
ディオゴを睨みつける。そして、背中のパーカーを突き破り、巨大な蝙蝠の羽が飛び出す。明らかな威嚇の姿勢だ。ギターの弦を構えた途端、ダニィの周囲を取り囲んでいた空気がまるで氷のように冷たくなり、ディオゴの動物的本能が
氷柱が襲いかかってきたかのような戦慄を覚える。
「おいおい、お2人さん。勝手に話を進めてるんじゃあねぇぞオラ」
睨み合う黒兎人族の2人に
人職人人は不機嫌そうに不満を投げかける。
「てめぇらの願いを聞くも聞かねぇのも こっちの気分次第ってことを忘れるな。」
人職人人がその目を見開く。見開いた目は魚のようなギョロリとしており、
生物とは異質なものを感じさせた。
「……はっはっはっ!まあ、とまあ凄んでみたけどお前ら面白いから
願いぐらい聞いてやるよ!! まあ、その前に動機は聞かせてもらわんとなぁ~」
「俺は」「俺は」
2人同時に言葉が重なり、しばし沈黙が流れる。
歯を噛み締め、俯くディオゴの姿を漆黒の眼差しで見つめながらダニィは
口を開く。
「……分かった 兄貴から言いなよ。」
突然、ダニィから言葉を譲られディオゴは驚いた。
まさか、ここに来て自分に発言を譲るとは何故だ。
自分を見つめるダニィの目を見る。
たとえ、どんな事情があろうとも邪魔はさせない
ダニィはディオゴの心に刻み込んでいた。
ディオゴは心の底から目へと湧き上がってくるダニィの
どす黒い漆黒の意思に飲み込まれそうになりながら、話し出す。
「……俺には義兄が居る 彼は俺にとって良き兄貴であり、
そして従者であり、ともに大戦を戦った戦友だった。
黒の災禍という禁断魔法を聞いたことがあるだろう。
俺も義兄もその爆心地に居た。だが、義兄は身を呈して俺を護ってくれた……
そのせいで、彼は廃人になってしまった。生命活動はしているが、
魂自体はあの世に逝ってしまった……俺はその義兄を救いたい。
そして、ここからはあなたへの願いとは別だが。
そこにいるダニィと……もう一度、暮らしたい。
俺の子供たちも……名付け親のお前のダニィの帰りを待っている。」
人職人人は黙ってディオゴの願いを聞いていた。
ディオゴの口から義兄の話と自分の名前が出た時、ダニィの目が僅かに見開いたのが分かった。
おそらく、ダニィにとっても義兄がヌメロであることは分かっただろう。
そして、ディオゴが自分の帰りを望む呼びかけをしたことはダニィにとって意外だった。
ダニィはディオゴが獣神帝の命令で人職人人を奪取しようとしていたことを危惧していた。
それ故の予想外の発言に、心の準備が出来ていなかったのはダニィも
同じだったようだ。
「ダニィ……おまえが名づけてくれた俺の子供たちに…
…会ってやってくれないか? お願いだ……」
ダニィは目を閉じ、深呼吸をした。
やがて、ゆっくりと目を開け数秒の後に答えた。
「俺には恋人が居た。俺にとって彼女は全てだった。
だが、10年前の戦争で彼女は……帰らぬ人になってしまった。
……正直、彼女の居ないこんな世界から何度消えちまいたいって
思ったか分からない。それでも死ねなくてズルズルと生き続けて、
俺の過去を打ち明けた友人とも出会った……生きることが恋人のためだと
何度も言い聞かされたし……趣味の音楽に打ち込んで悲しみを紛らわそうともした。
だけど、いつまで経っても……モニークを失ったこの悲しみと
モニークを奪われた憎しみは消えない……だから、俺はモニークを生き返らせて欲しい。
もう一度、モニークの笑顔を見たい……そのためには……たとえ何だろうと
犠牲にしてやる。たとえ、家族だろうと容赦はしない。」
ダニィは必死に何かを拭うような目でディオゴを睨みつけた。
ダニィの心の中で、いくつもの想い出が走馬灯のように駆け巡った。
ディオゴの言う義兄ヌメロは、ダニィにとっても義兄であった。
曲作りに励むダニィにヌメロが頑張れよと優しく言葉をかけてくれたこと……
軍を除隊して音楽家になりたいと言った時に応援してくれたのが
モニークを除いた義兄のヌメロだけだったこと。
時に厳しくはあったけれど、優しく自分の生き方を導いてくれた
ヌメロ義兄さんの優しさをダニィは忘れたことはなかった。
そして、自分が名付けたモーニカとディアスをこの手に抱いた
あの温もりをダニィは忘れることは出来なかった。
たとえ血のつながりはなくとも、名付け親であるダニィは
すやすやと自分の腕の中で眠る2人が愛おしくて堪らなかった。
だが、ダニィはその全てを棄てディオゴの前に立ちはだかった。
ディオゴはダニィの言葉に打ちひしがれた。
「……ダニィ 」
かつて心の底から女性として愛したモニーク……何故、血が繋がってしまっているのか
心の底から自分を呪い続けるほどまでモニークを愛したこともあった。
今でもディオゴにとって、モニークを失ったことは心に深い傷をもたらしている。
だが、ダニィはそんな自分よりも遥かに傷ついていたのだ。
どうして分かってやれなかったのか……ディオゴは自分の不甲斐なさを呪った。
今やダニィは全てを斬り捨てる覚悟だ。
愛すべき者を取り戻すために、全てを取り戻そうとするディオゴと
愛すべき者を取り戻すために、全てを捨てようとするダニィ。
覚悟の差は歴然だった。
ダニィの漆黒の精神は、もはやディオゴにも止められそうにもなかった。
「よろしい!! 2人の願い叶えてやる。
ダニィの兄さん、アンタ ダニィとやらを殺せ。」
「なっ!!」
「さっきから聞いてると兄さん、アンタ本当に大切なものはなんだ?
家族だと言いてぇんだろーが、一体誰なんだ?
義兄か、それともダニィって義弟さんか?
正直、アンタの願いはいっっっちばん
はっきりしてねぇから叶えたくはなかったけどよォ
もし、ここでダニィを殺せたんなら叶えてやってもいい。」
「なんだと!!できるわけがないだろ!!」
「2つに一つは不可能なんだよ、ダニィの兄さん。
人生は常に一本道だ。全ての道を行くことなんて出来ねえ。
アンタが影分身の術でも使わねぇ限りな。」
ディオゴは絶句した。選べるハズなどない。
だが、人職人人の言葉は世の理に等しい絶対的価値観を持っていた。
だが、そんな絶対的価値観のために家族のどれか一つを犠牲にしろというのか?
ヌメロもダニィもディオゴにとっては大切な家族だ。
できるはずがない。
考えろ考えろ……体中の全神経を脳細胞全てに集中させて答える。
「……俺の命ではだめなのか?」
「はぁぁああ~~~~~……なんでそういう選択肢になるかなぁ~~。
つーかよ 考えろよなぁ。
自分のせいで死なれた奴の気持ちぐらい考えろよなぁー
人職人人はつくづくディオゴに呆れ果てていた。
彼女(?)がここまで自己犠牲を働く者を嫌うのは、セキーネの件があったからだ。
セキーネは自分の命を犠牲に、ネロの魂を引きずり出そうとした。
流石に人職人人も目覚めが悪いので、怒りという感情を抜き取ることで勘弁してやった。
だが、それも流石に目覚めが悪かった。人職人人もなんだか胸騒ぎがしたので、
乞食に化けてもふもふランドに潜伏してセキーネの動向を見守っていた時期があるのだが、
セキーネは欠けた怒りという感情を補うために、よく笑うようになっていた。
もふもふランドにちょっかいを掛けてきた悪党や野党に嫌がらせをされ、
羊や犬を殺されたセキーネは大声で笑いながら、悪党や野党を拷問し、いたぶっていた。
セキーネは大声で笑っていたが、本当は心の底から激怒していたのだ。
マリーに止められるまで、セキーネはその手をやめようとしなかった。
蘇ったネロは、人職人人と共に主人の変わり果てた姿を見つめ激しく後悔の念に苛まれた。
その姿を見ていた人職人人はセキーネとネロのその姿があまりにも不憫で、
もう二度と自己犠牲で願いを叶えることを拒否したのだ。
「……で、ダニィとか言ったな。そこのイケメンさん。アンタはそうだなぁ……
モニークさんの生まれ変わりの女の子を殺せたら叶えてやるよ。」
「……誰だ? それは?」
「そうだなぁ、名前は知らないけど 少なくともこの
ダニィのお兄さんの娘さんってことは分かってる。」
人職人人から娘のモーニカを連想させる言葉が出た瞬間に、
ディオゴの目の色が変わる。
「貴様ァァあアアああああああああっっ!!」
よりによって娘のモーニカを人質にして、ダニィを煽る人職人人に
ディオゴは尖った犬歯をむき出しにし、激しい怒りを顕にした。
人間面で、兎の特性が強いディオゴは一見すると蝙蝠の特性をまるっきり
受け継いでいないように思えた。だが、その怒りに満ち溢れた顔は
吠える蝙蝠のそれを連想とさせる獰猛さを撒き散らしていた。
「…っ!!娘には……!! 手を出すなあぁぁああ!!」
その瞳にはかつて戦場で見せていた凶暴さとは違った凶暴さがあった。
子供を護る親の凶暴さ。暖かさ故の凶暴さである。
「喚くなよ……おっさん。意地悪で言ってるんじゃあねぇんだ。」
怒り喚くディオゴをなだめながら、人職人人は水晶を取り出し、
話を続ける。
「いいか? アンタの義兄さんと違って、
モニークさんの遺体はもうこの世には存在しないんだ。
ならば、その寄り代が必要となってくる。寄り代として成功例が高いのは
生まれ変わりの人間だ。となれば、選択肢は一つしかない。」
水晶越しに人職人人はダニィを見つめる。
思わず、我に返りディオゴはダニィの方向を振り向く。
「ダニィ!!やめろ!!やめてくれ!!」
ダニィの目はかっと見開き、地面を見つめていた。
おそらく、ダニィにとっても重すぎる代償に違いはない。
だからこそ、ダニィの拳はわなわなと震えていた。
「目を覚ませ!!ダニィ!!」
目を閉じ、ダニィは再び深呼吸する。姪のモーニカをこの手に抱き抱えたあの温もりを心から剥がすように、ダニィはモーニカへの情を消していく。
「目を覚ますのはアンタの方だ、兄貴。
アンタはモニークの代わりを見つけたから、もうモニークが要らないんだ。
おかしいと思ったよ……モニークを失ったっていうのにアンタは
家族を手に入れて幸せそうだったからね……そうか……
俺の人生は何もかもアンタの自分勝手のせいで台無しにされたんだ。」
まるで自分に言い聞かせるように、ダニィはギターの紐に手をかけていく。
「だったら、ぶっ殺してやるよ……」
モーニカの名付け親だったあの優しかった頃のダニィ・ファルコーネは死んだ。
今、ここにあるのは愛するモニークのために姪を手にかけようとする
漆黒の精神を持ったダニィ・ファルコーネだった。