黒兎物語
13 マルネ・ポーロとダニィの優しい音色
黒兎人族は音に敏感な民族として知られている。
兎特有の長耳が目立つせいもあるが、コウモリの血を引くが故にエコロケーション能力に
長けた超人的な聴覚から、音を操る能力は他の亜人族の中で郡を抜いて秀でていた。
故にダニィ・ファルコーネのように音楽を愛する音楽家が出てもおかしくはない筈なのだ。
実際のところ、ミシュガルド大陸発見後以降、
ダニィ・ファルコーネ以外にも黒兎人系の亜人の音楽家がちらほら出てきている。
歴史家 マルネ・ポーロはミシュガルドへと向かう船の中で、
自称音楽家のダニィのギターの音色を聞いていた。
いや正確に伝えるのであれば、ロンロコという名のギターである。
音楽に門外漢なマルネ・ポーロではあるが、世界各国を旅している彼だ。
多少の楽器の種類ぐらいは分かる。
ダニィのロンロコは奏でるチャランゴとギターの弦を混ぜ合わせて
作られた楽器とのこと。ダニィ曰く
高音のチャランゴよりも低音で、ギターよりも高音の音色とのことらしい。
ロンロコの音色がそうなのか、それとも 彼ダニィが奏でるからなのか、
彼のロンロコから奏でられる音色は、明るい音色ながらも何処か哀し気に聞こえた。
そう……それはまるで
哀しみに満ち溢れつつもどこか希望を棄てきれない
ダニィの人生への想いを紡いでいるかのようだった……
ミシュガルドへと向かう船を吹き付けるやや激しい潮風が
マルネ・ポーロの顔を少しばかり叩くかのように撫でる中、
ダニィのロンロコの音色はその潮風を心地よい微風のように感じさせてくれるほど
優しく響いた……
「音楽は正直だ。世界の巨大さを教えてくれる。
あと少し厳しい潮風が吹くだけで
こんな美しいロンロコの音色なんかかき消されちまう……
だから、時々俺は思う……俺一人が音を奏でたところで
何にも世界は変わらねェんじゃあないかと……
俺一人の力なんざ世界一つの力に比べれば
ちっぽけなものなんじゃあねェのかって……」
ダニィはまるで巨大な世界の無情を悟ったかのように哀しげに微笑む
だが、その微笑みは巨大な世界の無情さに諦めた絶望から来るものではなかった。
「だけどよ……俺一人だけじゃなくて
もう一人が……そのまたもう一人が音を奏でたら
たとえ厳しい潮風が吹こうとも 少しは世界に響くんじゃないのかなって思う……
誰かが俺の奏でる音色に心を ほんの少しでもいい……
動かしてくれたら もしかしたら俺みたいに音楽やりてェって言ってくれる
仲間が増えるんじゃねェかと思うんだぁ……そしたらよぉ……
こんな無情な世界でも 何か俺たちなりの情とか
残せるんじゃねぇのかなって……俺は思う……
少なくとも俺は……この世界に平和って情を残したい……
どこもかしこも戦争だ。憎しみだらけの厳しい潮風しか吹かねぇ世の中で、
平和の音色を響かせてやりたいんだ……」
彼ダニィは心から平和を祈っていた
義兄ディオゴは平和を憎しみを許しでしか交換出来ない残酷な世の理と定義したが、
彼ダニィは平和を憎しみだらけの厳しい潮風しか吹かない絶望の世に響く希望の音色と定義した。
「……ん?どうした?」
胸の傷を撫ぜるかのように優しくなぞる
マルネ・ポーロの可愛らしいホビット指に、
ダニィは優しく微笑んだ
「……あぁ……これか……今でも思い出すよ……この傷のことは」
優しく微笑むダニィの眼差しが彼自身の哀しい
血塗られた過去へと沈んでいくのをマルネ・ポーロは感じた