Neetel Inside 文芸新都
表紙

黒兎物語
24 全ての道が交わる時

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ニッツェはヴェスパー陛下への見舞いの品をピアース3世伝てに献上していた。病床の女王陛下ヴェスパーへの見舞いは禁じられている。それは聖地ブロスナンに兎人以外の立入りを許していない歴史があるからだ。故に、彼女への見舞いはピアース3世伝てに行われていると言ってもいい。

「女王陛下の容態はどうなんでしょうか?」
ニッツェは尋ねる。
最早ピアースも隠し通すことは出来ないと悟ったのか重いロを開いた。
「・・・芳しくはない 内臓のガンが脳にまで転移して・・・もう手の施しようがないそうだ」
ピアースの表情が溢れ出す悲しみを必死に抑え込もうとしているものだと言うのは明白だった。だが、他国の使者の前である。泣き顔を見せてはならぬと、悲しみを彼女を苦しめる病への怒りと替え,必死に必死にピアースは堪えていた。

「そうですか 是非とも神の御加護があることを願います。」
ニッツェは目の前で十字を切り、
ヴェスパーの病状の快方を願う姿勢を示した。正直言ってニッツェはヴェスパーの生死などどうでもよかった。エンジェルエルフより・・・いや、有象無象のエルフより劣った亜人の女王など眼中にない。ただ利害が一致している以上、社交辞令は弁えねばならない。腹の底から湧き上がる侮蔑の感情を押し殺しながらニッツェは絞り出すようにある一つの質問をした。

「ピアース陛下、あなたはヴェスパー陛下を愛しておられますか?」

「・・・愚問だ 彼女はこの俺が生涯でたった一人愛した女性だ」
白い体毛に覆われた顔から小さく覗く丸いつぶらな瞳には 内に秘めた焔の如く「男の光」が宿っていた。
愛する女のため生涯童貞を貫き、
そのことに一点の曇りも劣等感も後悔も無い男の光がそこにはあった。

(・・・一途な男の目とはこれ程の光を放つものなのね)

ニッツェはピアースの男の光に圧倒されそうになった。だが同時にこういう一途な男だからこそこれから放つ質問に乗せやすいと確信した。

「もし愛する女性を救う方法があったとして、それが痛みを伴うものだとしたらどうされますか?」
「そんな方法があるのか?」
「ええ どんな病気でも治癒する事が出来る霊薬があります。」
「ヴェスパーを救えるという意味か?」
「ええ、もちろん」
ピアースの目に希望の光が差し込んでいくのをニッツェは見逃さなかった。だが、ピアースも王たる者の品位を保つべく感情を露わにせぬよう、必死に沈黙を保っていた。

「あるのならば何故申さなかったのだ?」
ニッツェに感情を悟られたのを感じてか、ピアースは負けじと霊薬がありながら何故静観していたのかニッツェを責め、王の威厳を保った。

「陛下、その霊薬はあまりにも強大な力を持つが故に、エルフたちの間で禁忌の薬として門外不出とされてきたのです エルフが長寿であり、このアルフヘイムを統べていられるのもこの霊薬のため。その様なものを他の種族に渡せばどのようになるか陛下であればお分かりでしょう」
「・・・そうだな」
不老不死、長寿とは万人を狂わす
悪夢である。その霊薬を求めて過去争った種族は後を絶たなかった。


「ですが我等エンジェルエルフ族は陛下の白兎人族とは即位以来の友好関係を結んでいます、陛下が苦しまれている事態を見過ごすことは出来ませぬ。」

「ありがとう このピアース・・・心より感謝する」
ニッツェの苦悩が真実か否かは分からないが、ピアースはそれを真実と理解したのか感謝の意を伝えながら掌を胸に当てた。

「陛下 感謝には早いかと むしろ これから私に正反対の感情を抱くことになるかと」
「ほう 何かあるのか?」
「・・・ええ これから提示する条件が条件ですので」 
「ほほう、申してみよ」
少しばかり上機嫌になっていたものの、その目は笑ってはいなかった。
如何にして感謝が負の方向へと変わるのか ピアース自身興味があったのだろう。
「セキーネ王子を処刑して下さい」

ニッツェの申し出にピアースは
不気味な笑みを見せた。
「ほほほ、そういうことか」
笑みが憤怒に変わるのと同時・・・いや、刹那と言うべきか
ピアースはニッツェの目前にレイピアを突き立ててられていた

「この俺に家族を手にかけよと進言したこと
余程の理由があってのことであろう。 霊薬とやらで俺の愛する女の命を人質にとり、あろうことか この俺に甥を殺させようとする下衆な理由なら たとえ女と言えども容赦はせぬ。目をくり抜く。」

一連の彼ピアースの行動を矛盾と
唾棄(だぎ)するのは容易い。だが、彼は男として、家族としてだけでなく、王として揺れ動く感情の渦の中で苦悩していたのだ。次世代を担う後継者となる甥の命を棄て、愛した女の命を選ぶことが民の望む王の姿であろうか?

そんな王としての疑問が彼を踏みとどまらせた。苦悩の狭間で揺れ動くピアースであろうとも、他国の者に利用される訳にはいかない。あくまでもエンジェルエルフ族と白兎人族は序列の違いこそあれど,一種族を治める族長としては対等な立場である。愛する女ヴェスパーの命が賭かっているとはいえ、馬鹿正直に頭を縦に振る訳にはいかない。
余程の事情が無い限り、甥のセキーネを処刑しては仁義など立たないのだ。

「痛みは伴うのは承知です。ですが,これは陛下の抱えるもう一つの問題を解決することになりましょう・・・」
ニッツェはレイピアに動じることなく、それ越しにピアースを見つめていた。彼女も引き下がるわけにはいかなかった。たとえ使者と王という身分の違いこそあれど、種族として自分は亜人より優れたエンジェルエルフなのである。王といえど、たかが亜人如きに刃を向けられてこのまま帰っては一族の永遠の恥となろう。何としてもこの亜人を屈服させねばならない。

(この私が屈服する訳にはいかない)
ピアースの圧倒的王者のオーラを受け流そうとニッツェは言葉を紡ぎ始めた。下手な一言が死へと繋がりかねない。動揺を悟られぬよう、ニッツェはロを開く
「・・・恐れ多くも今や国民はタカ派の陛下よりもハト派のセキーネ王子を支持しています。 このままいけば、いずれ陛下の障害となるでしょう! 陛下、セキーネ王子の処刑を御一考を!!」

「・・・今の言葉 余の王としての将来を案じてのことと解釈するが・・・よいか?」

「ええ!この目に賭けて誓います」
ニッツェとしてはここでピアースが彼女の真意を誤解してくれたことに賭けるしかなかった どの道、後には引けないのだ。一族の恥となるぐらいなら、こんな目など要らぬという気持ちで彼女はレイピアに目を近付けた。 その真意をピアースは誠意と誤解した。その誤解が彼女に突き付けられたピアースの殺意を掻き消した。

「おぬし程の女の目は潰せぬわ」
レイピアを引っ込めながら、ピアースの表情は憤怒から苦悩を秘めた優しい顔へと変わった。

「おぬしが目を差し出したのだから 俺も心を差し出さねばな ・・・
おぬしには俺の真心を打ち明けよう それで良いか?」
一国の王が他国の者に真意を打ち明けるのは弱味を握られることに繁がる。それは王として致命的である。
だがそれがピアースなりの仁義であった。
「私如きでよければお聴きしましょう」
ニッツェにとっては大収穫である。
湧き上がる歓喜の笑いを必死に堪えていた。

「悩んでいたのだ・・・近い将来、俺はセキーネに失脚させられると思っていた。故にセキーネが俺の障害に成りうると思ったこともあった。だが、今や民はセキーネ王子を必要としている。俺こそが民の障害となってしまったのだ。俺がすべきことは民のため、愛する女の死を堪え 甥に全てを託すことなのかもしれない」

ピアースの紡ぐ言葉には苦悩が渦巻いていた。彼にとって何よりの不幸はきっと大切なものが多過ぎることなのかもしれない。

「陛下、恐れ多くもセキーネ王子のやり方は、野蛮人の増長を許す愚行に他なりません。今後、長い年月が経ち 増長した黒兎達が白兎人族を根絶やしにしようと企むリスクが皆無と果たして言い切れるでしょうか?」
ピアースにとっては耳が痛い話である。ハト派のセキーネが和平を推し進めようとも現にタカ派のピアースが居るのと同じように,将来的に黒兎の中でタカ派が出てこない可能性は棄て切れないのだ。

その苦悩を見逃さず、ニッツェは一気に畳みかけた。

「このアルフヘイムが共和制による共存を勝ち取ったのも争いの種となる野蛮な種族を淘汰し、共存を望む優れた種族だけを認めてきたからです、陛下。偽りの平和で今を生きるのではなく、今は痛みを伴おうとも真の平和をこれからの世代へと遺すべきです」

ピアースは沈黙した
ニッツェの言うことにも、一理はあった。

長きに渡る沈黙の末、ピアースは答えた

「・・・セキーネの処刑日は?」
ピアースは決断した
愛する女を救い,未来の民のために
争いの種を潰すと・・・

男には沢山の道がある
男として、家族として、王として
選ぶべき道がある。誰かはそれを柵(しがらみ)と言った。一見して交わることのない柵だらけの無数の道の先に ある日突然 交点が姿を見せることがある。
その交点を見つけ出すことが
理想の人生なのだと誰かは言った。

一見して彼が選んだ道は一つのように見える
だが、彼が選んだ本当の道の先に
交点はあるのだろうか? 私はあると思う。
少なくとも彼の選んだ道の先には
男の道と王の道が交わる交点があった。いつかその道の先に もう一つの道が交わることを祈ろう。
それが希望を棄てるなという意味なのだから。

マルネ・ポーロ

       

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