黒兎物語
47 フローリアの誇り
「……クソ……」
集会所から出たリブロースはヴェリア城の中庭に差し掛かった瞬間、
屈辱のあまり涙を流した。気丈に振舞ってはいたが、やはりまだまだ若い娘である。
貧しい兵士出の自分に姫騎士の身分を与えてくれた亡きフローリア女王陛下に
申し訳が立たなかった。
「ジィータ様……」
クルトガは生まれた時から剣の才能があり、幼き時からリブロースの護衛として仕えていた。
リブロースは姫騎士であるが故に、滅多なことでは泣くことはなかった。
幼きクルトガにとって、リブロースの涙はかなり衝撃的であった。
「……すまない」
「お気を確かに……ジィータ様」
ミハイル4世の言葉が嘘っぱちであることはリブロースも分かっていた。
なにせ、セキーネから真実を聞いていたのだから。
だが、あの場でたかが一介の小娘如きが真実を述べたところで一体誰が信じてくれようか……
現在のアルフヘイム政府は、いまやミハイル4世とラギルゥ一族に支配されている。
彼等に対して不利な発言は、揉み消されるのが落ちだ。
「……あの女の虚言に呑み込まれてしまった自分が情けない……」
「……でも ジィータ様 貴女は最後に誇りを取り戻したではありませんか」
ラビは嘆くリブロースを励ます。
「……もし、あの場でミハイルの言葉をただ噛み締め、
おめおめと帰って居たのなら…我らが祖国フローリアの誇りは失われていたことでしょう……
でも、貴女はあのミハイルから与えられた侮辱に対し、怒りの刃を向けた……
……侮辱に屈服せず、誇りを保った……」
「……クルトガ」
「侮辱に屈服すれば生きてはいけるでしょう……でも、誇りは死ぬ。
死んだ誇りを担いで 誰が胸を張って生きていけましょうか……」
クルトガの言葉はごもっともであった。
後に「リブロースの誇り」「ミハイルの侮辱」と呼ばれるこの事件は後世にまで語り継がれ、
「誇りのためには命を賭けるべきだ」という美学を語る際の逸話となった。