Neetel Inside 文芸新都
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黒兎物語
69 魂を奮い立たせる侮辱と憎悪

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黒兎軍の陣地まで歩を進めるゲオルク、クルトガ、アナサスの3名。日は既に没っしていた。闇夜の森を抜けていくうちに、目は完全に闇夜に慣れきっていた。いつから目が慣れていなかったのか覚えていないほどに。だが目が慣れれば今度は黒か白かの単調な光景に辟易することになる。ただでさえ仲間の安否が気になるというのに、そこまでの道のりがこれでは重い足取りにもなるというものだ。
「・・・ディオゴ・・・ガザミ」
無事でいてくれとゲオルクは祈る。フローリアで丙武と 死闘を繰り広げた疲労は回復はしていない。アナサスは休憩の度に座り込んでぐったりと頭を垂れていた。ただ彼自身もプライドが許さないのか、地面にその可愛らしいお尻をドカッと預けるような露骨に寝ている素振りは見せず、木や岩に腰掛けてただ座っているように見せかけていた。闇夜では瞼を閉じていることが分かりにくい、歩哨を命じられた新兵や兵卒が上官の目を誤魔化してチョンボをする手口だ。
(・・・バレバレだぞ アナサス)
いつもならやれやれと鼻で笑いつつも見逃してやるゲオルクだが、事が事だった。
一方のクルトガも意地は張ってはいたが、口数も少なくなっており溜め息が かなり増え込んでいきていた。迫り来る眠気を誤魔化すためか 全く座ることなく ただ腕を組み、立ちつくしている。
それだけではもう足りぬのか、まるでディオゴやヌメロがやるようにスタンピングじみた動作で地面を蹴っている。
(・・・2人とも疲労に押し負けているな)
いくら戦士であろうとも2人は女子供である。
だが今はそんな2人のデメリットに付き合っている暇などない。
「・・・貴様ら!!」
ゲオルクの怒号に近い声に2人ともびくりと身体を強ばらせる。
「仲間の安否よりも自身の疲労の方が大きいというのなら ここで待っているが良い・・・! 私一人でディオゴとガザミの安否を確認してくる。」
かなり不機嫌な雰囲気を 醸し出しながらゲオルクは強い口調で2人に言う。
「な・・・なんだと!!」
「待ってくれよ!!おっさん!!」
寝ていたことを咎められたと感じたアナサスが
すがりつく女のように慌てて詰め寄る。
一方でクルトガは必死に眠気に耐えていたのに責められたことを怒っているようだった。
「眠気に負けるようでは仲間の生き死にに興味が無いということだ・・・。眠気を耐えることだけに意識を集中させていることも同じだ。貴様らの頭にほんの少しでも仲間の顔が思い浮かんだのなら・・・今の貴様らの態度など微塵も出ない筈だ!」
アナサスは何も言う言葉がなく、目から涙をこぼし、ただ縮み上がり震えていた。ただでさえ大山脈のような筋と骨の鎧を身に付けたゲオルクである。そんな大男に喝を入れられれば、軍人の男ですら泣き出すというのに ましてや女子供のアナサスとクルトガだ。クルトガはアナサスと違って露骨に寝てはいなかったが、眠気を我慢していたから自身の行為が正当化されると思い込んでいたという邪心を見抜かれ、ぐッと唇を噛み締めて涙を堪えていた。彼女自身、女だからと戦場で差別され苦虫を噛み潰してきた経験はゼロではない筈だ。だからこそプライドがあったし、それこそが彼女自身の戦士としての誇りであった。加えて彼女はエルフ至上主義に偏ったエルフである。
人間であるゲオルクにここまで言われて耐えられる筈もない。

「私も愚かだった・・・おまえ達がこれ程まで仲間の命に無関心なクズだったとは・・・おまえ達エルフの誇りに仲間を想う気持ちなど微塵も無いことが証明されたな・・・」
吐き棄てるかのようにゲオルクは2人を責め立てて立ち去ろうとした時だった。彼の首筋を一本の矢が掠めた・・・

「・・・取り消せ!!ゲオルク!!」
アナサスの弓矢であった。振り返った先にあったのは子供エルフとは思えぬ燃えたぎるような激しい怒りに満ちたアナサスの表情(かお)だった。
「今の言葉だ・・・取り消せ・・・でなきゃ次は喉を狙う!! 楽には死なさねぇ・・・!!」
弓矢を振り絞り、ゲオルクの喉仏目掛けて定められた殺意の矢に思わずゲオルクも驚いた。いつものようなあの生意気さと可愛らしさの入り混じった顔は何処にも無かった。
「・・・私も同意見だ。」
ゲオルクは後頭部の寸前に突き立てられた剣から殺意を感じ取り、驚いた。
「私はこの小僧のように甘くはない、おまえの頭を串刺しにした後で首をねじ切り、野良犬の餌にしてくれよう。おまえが先程吐いた我が種族に対する侮辱の言葉を取り消さなければな。」
クルトガとは思えぬ程の冷徹冷酷な怒りオーラである。
ゲオルクとしても2人に気合いを入れるために吐いた言葉だとは言え、行き過ぎた言葉だと内心反省していた。だが、いくら反省しようと2人のエルフとしての誇りを傷付ける侮辱の言葉を吐いてしまったことに変わりはない。だからと言ってここで謝ってしまえば、ゲオルクの威厳は丸潰れである。それにゲオルクもこの2人の行動に怒りを感じ始めていた。何を逆ギレしているんだという怒りを。人として引くに引けなかった。
「・・・謝るつもりはない。正直言っておまえ達の行動がエルフの誇りに泥を塗ったと思っている。なのに逆上してこの俺に武器を向けるとはな・・・もし、おまえ達がこの俺に謝罪せよと抜かすのなら先程のような行動など二度と取らぬことだ。
誇りを語るのなら それに見合った行動をとれ。」
逆上したゲオルクの言葉に アナサスもクルトガも憎悪に満ちた顔でゲオルクを睨み付けながら武器を下ろした。

3人とも言葉はなく、出発した。
ゲオルクの心には仲間として2人の心を傷付けてしまった罪悪感が残った。だが、兵士として部下を・・・仲間を奮い立たせるために 時には侮辱の言葉を吐かねばならないこともある。激励や優しい言葉ではなく、激しい侮辱と屈辱が魂を奮い立たせることだってある 。それには激しい代償が残る・・・両者の絆に深く傷跡を残すほどの辛く苦しい代償である。

3人は互いに憎悪の気持ちを抱きながら
向かうべき場所へ向かうのだった。

       

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