オーベルハウザーがガザミを陵辱している間、アダム・クレメンザはガザミの率いていた魚人族を捕獲し、陣地の外の広場で締め上げていた。
「はぁっ・・・はぁっ」
身体中の水分という水分と粘液を拭き取られ、彼等は青ざめた表情で悶え苦しんでいた。明らかな水分不足だ。 あとは、地上の空気や熱から身を護るための粘液・・・これを拭き取られた彼等はサウナの中に曝されたのと同じ状態となっている。
「水が欲しいのなら正直に言え・・・裏切り者を手引きしたのは貴様らだな?」
ディオゴとヌメロの不在間に黒兎軍を任された将校アダム・クレメンザは拷問の鬼として知られている。一杯のグラスをホレホレと言わんばかりにちらつかせ、自白を促す。
「・・・ち ちがう ほ ほんとだ
た たの む 水を 水を」
クレメンザはグラスを地面にかたむける。
蟻地獄に吸い込まれる餌のように無情に水は大地へと吸い込まれていく。
「あ ぁあ」
「か あ ぁ」
大地へと吸いこまれていく水を見つめ、消えゆく希望を目で追う魚人族達。
中には泡を吹き、激しく瞬きを繰り返す者もいた。
「いいか この状況は貴様等が招いたんだ。
貴様等が俺達の手からセキーネを遠ざけるためにあの薄汚い裏切り者を手引きしたんだ・・・!!
もう全てバレている!! さっさと認めろ!」
クレメンザは気絶しかけているピラニアの魚人の脇腹を戦闘靴で蹴りあげる。
隣にいたサメの魚人とランチュウ(金魚の一種)の魚人がびくりと身体をうねらせ、ガタガタと震え出す。クレメンザがこれ程、高圧的なのには理由があった。 それは軍人の十八番ともいえる八つ当たりである。ただの脅迫や指導のためのしごきでは演技と見透かされるのがオチだ。相手に本気だと分からせるために自分のストレスをぶつけるのだ。ストレスをぶつけていくうちに自然とヒートアップしてその内、相手も気付く。これは本気なのだと。では、そのストレスの原因は何か。それはディオゴが自分ではなくヌメロと共にセキーネの追跡へと出かけたことである。クレメンザはディオゴがアーネストへの復讐を遂げてから多くの戦線を駆け抜けてきた。年の近い上司と部下として共に戦闘靴を履き、汗を舐め、互いの臭いをかぎ、泥まみれになりながらも戦場を駆け抜けてきたのだ。 付き合いはヌメロよりも長い筈なのだ。
ヌメロはネロと共にディオゴの父親ヴィトーを師匠としてラディアータ教の武僧として生きてきた。故にディオゴが小さい頃から世話係として面倒を見ていたこともある。だから年上の尊敬すべき従者としてディオゴがヌメロと接っしているのもやむを得ないということはクレメンザも理解していた。だが、ヌメロが黒兎軍に合流したのはブロフェルド駐屯地・・・すなわちモニークの亡くなった直後なのである。だから 黒兎軍でのキャリアも ディオゴとの付き合いも 彼の方が長いのだ。
副官として相応しいのは彼だった筈なのだ。
ところはディオゴは自分ではなく、ヌメロを連れてセキーネを追って出て行った。
(あんな奴よりも・・・俺が・・・俺こそがディオゴに相応しいハズなのに・・・何故なんだ!!ディオゴ!!)
ディオゴを思い、自慰をしたこともある程に
クレメンザは彼を敬愛していた。だからこそ、あんな取るにとらない坊主のヌメロ如きにディオゴを奪われたことが許せなかった。
嫉妬による怒りでクレメンザは鬼の形相で魚人族を拷問していた。
「やめてくれ・・・」
縛り上げられた水牛の獣人ムザファールが懇願する。ムザファールは蛙と牛の混血種であるウシガエルの獣人である。蛙の血は引いていたが、顔以外は殆ど牛の特徴を引き継いでいるため水陸両用で動ける故にガザミの副官として働いていた。他の魚人とは違い、そこまで水分を必要としなかったため、他の魚人とは異なった拷問を加えられていた。暴れられては困るということで全ての足を2~3発撃たれており、更に唐辛子をたっぷりと塗った針のムシロの上に座らされていた。尻からは血が滲み出し、真っ赤に腫れ上がっている。
「・・・オイラ達が誰に雇われてようと・・・部下達は何にも知らねぇだ・・・ただオイラの命ずるがままだ・・・咎めるべきはオイラ一人にある・・・頼む・・・こいつらを解放してやってけろ・・・」
巨体のムザファールが頭を下げ、懇願する。
「お・・・おかしらぁ・・・」
部下の身を案じ、必死に懇願するムザファールの姿に部下の魚人族達は己の弱さを恥じた。辛いのは自分だけではない。むしろムザファールは傷を負わされているというのに。無論こんなことをムザファールに言っても魚人のおめぇらにはおめぇらの辛さがあると言い返されておしまいだが、それでもムザファールは自分達よりも辛い思いをしているように見えてしまった。
「フフッハッハッハッ! 拳のムザファールとあろうものが無様な有様だ!!」
ヌメロへの嫉妬で怒り狂っていたクレメンザは憎たらしい大笑いを浮かべ、ムザファールを見下ろしていた。
この魚人族達は元はムザファールと共に暴れたくっていたゴロツキ同然の海賊団である。その時からムザファールが誰かに頭を下げた姿など見たことがなかった。部下達は申し訳が立たなかった。
「・・・いいだろう。おまえ程の男に頭を下げられて何もしないでは アルフヘイムの男として一生の恥となろう。 部下共に水を与えよ!!」
クレメンザの命令でムザファールの部下達に水が浴びせられる。部下達は地面に零れ落ちた水も吸い尽くそうと泥水を啜っている。
「クレメンザ中尉!!」
数名の黒兎人族兵と武僧達がクレメンザの許へと歩み寄ってきていた。
「オーベルハウザー将軍のガザミ殿に対する仕打ちを許可したのはあなたですか・・・?!」
「コルレオーネ大尉とヌメロ様がこんなことを知ったら何と申されるか・・・!」
彼等はオーベルハウザーがガザミを陵辱していることに耐えられず現時点での最先任者であるクレメンザに直訴していたのだ。
「・・・持ち場に戻れ 貴様ら。ここの最先任者は私だ。」
「・・・畜生ですか!!あなたは・・・!!
我々は女子供をレイプするために戦っているのではない!」
クレメンザは刃向かってきた者達の中から武僧だけを選び、彼等の額に48口径の大型拳銃を突きつけるとそのまま躊躇せず引き金を引いた。武僧達は味方である筈のクレメンザのとった行動に一瞬気をとられ為す術もなく射殺されてしまった。
「・・・武僧共に何を吹き込まれたかは知らんが、
戦場でたかが女一匹レイプされて動揺するような腑抜けを部下に持った覚えは無い・・・」
そのクレメンザの目に最早戦士としての誇りは無かった。あるのはただヌメロに対するあからさまな嫉妬の念だけだった。
「こいつらが妙な動きをしたら直ぐに撃て」
オーベルハウザーの部下とクレメンザ寄りの部下が詰め寄った兵士たちに向けて銃を向ける。
「・・・待ってくれ・・・オーベルハウザー将軍がガザミに何を・・・・・・アンタ・・・・・・さっきレイプとか言わなかっただか・・・?」
先ほどのやり取りは当然ムザファールにも聞こえていたし見えていた。混乱のあまり、ムザファールは半泣き状態でクレメンザに尋ねる。
「・・・オーベルハウザー将軍は女好きだ。
そんな男と女が二人きりになったらどうなるか・・・分かるだろ?」
クレメンザは悪魔の微笑みを浮かべ、動揺するムザファールに笑いかける。
「き・・・きさまあァアァアァア!!」
ムザファールは怒りのあまり立ち上がろうとするが、腱や筋肉を撃たれズタズタにされた足ではそれもかなわず前のめりに倒れ、顎を強打した。
そのせいで舌を噛み、口からは血が噴き出す。
「ヴヌ〝ォおおォオオォオオオォオオオオ!!」
血と涙を撒き散らし、それでもムザファールは必死に起きあがろうと立ち上がろうとする。だが、それも虚しくクレメンザに頭を踏みつけられてしまった。
「諦めろ 醜悪なウシガエル。今更暴れたところでおまえが!!たった一人の!!女すら!!
守れない!!無力な!! カス!!カス!!カス!!だと!! 言うことに変わりはない!! いくらおまえが拳のムザファールだと・・・もてはやされてようがなあぁぁあ~!!」
嫉妬に狂い恍惚の笑みを浮かべるクレメンザの声などムザファールには届いてはいなかった。
ムザファールにとってガザミはただの上官ではない。幼少時代を共に過ごした幼なじみであり、親友であり、彼がたった一人愛する女性だった。
ウシガエルという厳つい見た目とは裏腹に女性に対してかなり奥手だったムザファールは童貞を卒業できず、真剣に悩んでいた。その悩みを馬鹿にすることなく受け止め、自分を男にしてくれたのがガザミだった。あのガザミがと皆は言うだろう、だが周りが何と言おうとムザファールにとってガザミは誰よりも素晴らしく・・・自分の心を春の微風のように心地よく温めてくれる女性の中の女性なのだ。ムザファールはどんなに殴られ蹴られ、苦悩しようと、屈辱を受けようとも決っして泣いたことなどない。だがこの日、ムザファールは初めて泣いた。
「ぐぅ~うぅ~~~~ううぐぅ~~~~~」
悔しくて悔しくてムザファールは己の無力さを呪った。
「・・・もう・・・殺してくれ・・・・・・」
犯されたくない聖域に泥と糞をブチまけられ、
ムザファールは絶望のあまり絞り出した。
死を懇願する言葉を・・・!!
「なにい~~? 聞こえませんなぁ~?
ムザファ~ル?」
「殺してくれ・・・頼む・・・もう殺してくれ・・・っ」
遂に心が折れてしまったムザファールはクレメンザに懇願した。もう自分など生きている値打ちなどないと。
「よかろう! おまえ程の男の頼みなら仕方あるまい・・・」
クレメンザはムザファールの頭から足をどけると、引き金に手を引いた・・・
「本来ならばこうした時間も与えず殺すところだが 俺にも一応礼儀はある。おまえの功績に免じて、死ねと言葉をかけてやる名誉ぐらいは与えてやろう・・・死ね!ムザファール」
だが、その引き金は引かれることはなかった。
なぜなら クレメンザの腕が輪切りにされ、宙を舞っいたからだ。
「ぐぁッ!! あぁあアッ!!」
クレメンザ寄りの部下達とオーベルハウザーの部下達が弓矢で次々と射抜かれていく。アナサスとクルトガである。
アナサスはともかくとして、クルトガも腕に隠しボウガンを備え付けていた。
先程ゲオルクに抱いた憎悪の鬱憤をぶつけるかのように、アナサスとクルトガはものの5秒で敵を片付けてしまった。この一連の動きに先程の疲れなど微塵も感じられない。弓矢の扱いに長けたエルフ族特有の動きだ。彼等の目は完全に殺意と憎悪の闇に沈んでいた。
「俺のッ・・・俺のッッ・・・腕があぁぁ~ッ!!」
クレメンザは泣き叫びながら腕をかき集めていた・・・だが、無慈悲にも顎に大剣が突き付けられる。
「これを何と説明するのですかな? クレメンザ中尉・・・」クレメンザの見上げた先にはあのゲオルクがいた。
「ゲ・・・ゲオルク!! きッ・・・きさまぁ~・・・」
「・・・事情を説明していただこうと思ったが、その任は他の者に担っていただく。貴官の捕虜に対する虐待は軍紀に違反し、我が部下に危害を与えた罪は重い。以上をもって我々は貴官との同盟関係を破棄・・・敵勢力とみなす。同胞ガザミとムザファールの無念に代わって貴様を斬首とする!!」
クレメンザの首は遥か彼方へと飛んでいくのであった。
「・・・すまぬ ムザファール・・・奴等黒兎の注意が一斉に貴方に向くのを待つしかなかった。」
黒兎人族は耳が良い・・・故に下手に動けばバレる可能性は否めなかった。
「・・・ゲオルクさま・・・・・・オイラのことはいい・・・早くガザミを・・・ガザミを」
ショックで完全に魂の抜け殻となり、人形のようにムザファールはうなだれていた。それでもなお、彼は愛する女を託すべくゲオルクに懇願した。
「・・・任せておけ。オーベルハウザーは生かしてはおかぬ!」
ゲオルクはオーベルハウザーのいる部屋へと乗り込んでいくのだった。