Neetel Inside 文芸新都
表紙

STARLESS
One More Red Nightmare

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沈黙の間、おれは、机の上の蝋が、溶けて受け皿の上に落ちていく様子を、ただ眺めるのに集中していた。由美は心の奥でなにか煩悶している――そう感じられた。だから、けっして尋問しているような空気は醸したくなかった。おれは、暖かい空気にぼんやりとしている如く見えるように努力した。

10分ほどだろうか? そうしていると、突然、たまりかねたように由美が口を開いた。

「あのね・・・・・・」
「ああ、何?」
「あのね、最近、夢を観るの」

肝心の質問ははぐらかされたが、今は会話を続けることが大切だ。おれはひとまずこの話題に付き合うことにした。なにか、秋田との関係につながるものがあるかもしれないからだ。それに、なにか引っかかるものがある。

「夢?」
「そう、・・・・・・それも、悪夢」
「どんな?」
「えっと、・・・・・・赤い夢」
「・・・・・・赤い?」
「そう。・・・・・・とにかく、赤い夢」

由美はそう言うと、憑かれたように語り始めた。

「・・・・・・その夢の中ではね、わたし、まだ幼い少女なの。それで、森の中の小さなお家に住んでるんだけど、ずっとそこに閉じ込められてるの。決して出ることは許されないの。お外は危ないから、って。でもね、夢のわたしは、幼いから、好奇心に駆られて外に出てしまうの。お外の世界には何があるんだろう、って。暗い家の中と違って、すごく明るいのよ、お外は! それでね、しばらく森で植物や動物たちと遊ぶの。・・・・・・それがね、すっごく楽しいのよ。大樹はとっても物知りだし、お花はとっても綺麗で笑ってるみたいだし、動物たちはお茶目で優しいし。これだけなら、どうしてこんな子供じみた夢を見るのかって自分でも思ったでしょうね。・・・・・・でも、ふと気が付くと、大樹もお花も動物たちもみんな煙みたいにいなくなってるの。あたりは同じような枯れ木ばかりで、家の方角もわからないわ。それでね、もう夕方なのか――逢魔が時っていったほうがいいかしらね――、辺りを見渡すと、木々の間から、真っ赤な空がのぞいてるの。もう怖くなって、必死に帰ろうとするんだけど、いくら走っても走っても家に着かないし、森を抜けだすこともないの。走り疲れて、途方に暮れて、その場にしゃがんだら、ぽろぽろ、ぽろぽろ、涙が出てきてしょうがないの。・・・家を出た時からずっと気づかないふりをしてたんだけど、誰かの視線を感じるの。それで、勇気を出して、立ち上がって、まずぐっと空を見上げるの。ほら、涙がこぼれないように、っていうでしょ? でもね、驚いちゃった。だって、空は、星ひとつない暗闇なんですもの! どういう意味か分かる? おかしいでしょ、辺りを見回すと、相変わらず、木々の間から、地平線の向こうの赤い夕焼けがのぞいてるの・・・・・・ところが、違うのよ! 本当に覗いてるのよ! あたしが夕焼けだと思ってたのは、真っ赤にぎらつく、大きな眼。――邪眼っていうらしいわ、こういうのって。――木々の間から、四方八方、つかず離れず、いくつもの眼があたしをみてるんだわ」

由美はそこまで言ってしまうと、急に口を噤んだ。かなり興奮したのか、肩で息をしている。顔色も良くない。

「大丈夫か?」
「・・・・・・ちょっと疲れちゃった」
「・・・・・・今の話、冗談じゃないんだよな?」
「冗談に聞こえた?」
「・・・・・・悪い」

おれはその饒舌に多少驚きつつ、注意深く彼女の告白を聴いていたものの、いまひとつその意味の核心がつかめないでいた。しかし重大な話であることは確かだった。とにかく、なにかが彼女の心をひどく傷つけ、その傷ついた心が彼女に不気味で不条理で不可解な悪夢をみせていることは確かだった。
そこまで思案して、おれはやり場のない怒りを覚えた。だが、何に対して怒りをぶつければいいのかわからないから、思わず目の前の茶をぐいっと飲み干した。少し気分が落ち着いた。
それにしても、こんなに怒りを覚えたのは久しぶりだ。最後に怒ったのはいつだったっけ? そうだ、学生の頃、由美が見知らぬ男にちょっかいをかけられてるのを見かけた時だ・・・あの時は半殺しの目にあわせてやったな、おれもちょっと怪我をしたような気がするが・・・・・・そう考えると、おれはまた由美のために怒ってるのか? 
・・・・・・怒りの対象は由美にカラんだ見知らぬ男の形になって、それからなぜか、秋田の姿に変化した。――なにを、おれは考えている? 馬鹿馬鹿しい、秋田だって一応は「親友」だぞ。そんなことするやつじゃないことはおれが一番知ってる。 しかし、それなら、一体何が彼女を苦しめる? それに、事情をなにも知らないおれに何ができるというんだ? 「幼馴染」として「親切」に彼女の話を聴いてやることだけだろうか。


「わたし、何度も何度もこんな夢を観るの。・・・・・・透はわたしの苦しみ、わかってくれる?」

由美が訴えるように言った。目には涙が滲んでいる。それは今にも決壊しそうな堤防だった。・・・・・・おそらく、彼女の精神はもう限界だ。おれは慎重に言葉を選んだ。

「ああ、今は把握しきれてないけど、わかろうという努力はするよ」
「透らしい言い方だね。でも、きっとわからないよ」
「なんでわからないと思うんだ?」
「そうやって訊くのがまた、透らしいね」
「・・・・・・秋田と何かあったのか? それとも他に何かあるのか? おれにも言えないことなら、そう言ってくれ」
「和樹も・・・・・・そう・・・・・・関係あるね・・・・・・でも・・・・・・うん・・・・・・今は詳しく言えないかな」
「そうか。・・・・・・おれで良かったら、いつでも力になるからな」
「うん。ありがとう、透にも協力してほしいの。今は言えないけど、透じゃないと出来ないことなの」
「・・・・・・ああ、・・・・・・どんなことでも・・・・・・」

おれは軽い眩暈を覚えた。すぐに眠気だと気づく。どうやら本当に暖かい部屋に身体が安んじてしまったらしい。寝てる場合じゃないっていうのに・・・・・・。由美がそれに気づいたらしく、

「眠くなってきたんでしょ? いいよ、無理しないで」

彼女は静かにロウソクの火を吹き消した。

「・・・・・・悪いな・・・・・・まったく・・・・・・情けない・・・・・・」
「疲れてるのよ、きっと。少し横になったら楽になるんじゃない?」
「・・・・・・じゃあ・・・・・・少しだけ・・・・・・甘えさせてもらうよ・・・・・・」
「おやすみ。・・・・・・いい夢が観られるといいね、透」



急速に睡魔の波が襲ってくる。おれはゆっくりと、眠りの淵に墜ちていった。





       

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