Neetel Inside ニートノベル
表紙

拝金探偵神名川一乃は推理をしない
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「君は好きな人の為ならその身を汚すことは出来るかい?」

「あ? なんだよ藪から棒に」
「いいから答えてくれ給え」
「うーん……そうだな…………無理だな」
 正直言ってまた始まったかという感じではあったが、僕はせめてもの抵抗として彼女に一瞥することなく、ソファーに寝転んだままそう答える。
「ほう、それはどうしてだい?」
「冷たいコンクリートに囲まれて臭い飯を食うのは御免被りたい」
「へえ、てっきり自由を束縛されるのが嫌だからかと思ったのだけど」
「それもあるにはあるが……人を殺した連中と共同生活なんて気が狂いそうだからな、そんな地獄にぶち込まれるぐらいなら好きな人を見捨てたほうがマシだ」
「ふうん、君は随分と薄情な男だね」
「せめて小心者と言ってくれ」
 こんな風にして。
 依頼がなければダラダラとしているのがいつもの日常である。
 五階建ての小さなビルの三階に位置するこの事務所にはジュースバーがあり、数千冊にも及ぶ漫画、小説も読み放題、これだけを見ればまさに無料の満喫と言ってもいい場所。
 彼女の小言と事件さえなければ、学生のご身分には最高の空間と言っていいだろう。
 ――まあ、迷子犬探しやら浮気調査の尾行等でちまちまと生計を立てながら業務に忙殺されるような探偵事務所でないだけマシと思うべきなのかもしれないが。
 事実、ホームズや安楽椅子探偵の如くズバッとマルっと難事件を解決するような名探偵は現代には存在しないのだから――考えても見れば科学が大きく進歩した時代に、警察の捜査力に勝る探偵などいるのかと言われれば、いないというのが至極妥当な話である。

 だが、彼女は――――神名川一乃(かながわいちの)は違う。

「…………なら逆に聞くけどよ」
「うん? なんだい?」
「お前は好きな人の為にその身を汚すことが出来るのか?」
 僕は彼女の持論という名の小言に付き合うのを覚悟で質問を返す――すると彼女はかつての文豪達が愛した煙草に火を付け、ゆっくり息を吸い込み、煙を吐き出すと――
「無理だね」
 とぶっきらぼうに答え、いかにも高そうな椅子にもたれ掛かるのだった。
「……お前の方がよっぽど薄情じゃねえか、何で無理なんだよ?」

「簡単なことさ、金にならないからだよ」

「……成る程ね」
 そう。
 彼女は拝金探偵。
 金にならない物事には一切興味を持たない女。
 しかし、一度金が絡めばどんな難事件でさえも解決へと導いてしまう。
 それこそ、往年の名探偵の如くズバッとマルっと。
 前金百万、報酬金二百万から、どんな事件も必ず解決、それが神名川探偵事務所。

 これは、そんな守銭奴と彼女の元でタダ働きをさせられている助手の物語である。


「それと、僕は処女だからそういう人間の気持ちがよく分からない」
「…………それはご尤も」

       

表紙

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