籠の鳥
序章 棄てられた少女
――その館は、鳥籠と呼ばれておりました。
鳥籠に入ったメイドは、二度と出てくることがない。
そんな話を聴いたのは、何年前の事だったでしょうか。
確か、私の家で務めていたメイドたちの他愛もない会話の中で、誰かが話していたような気がします。
鳥籠には誰でもメイドとして務めることが出来て、いつでも辞めることはできる。
けれど、これまで鳥籠に入ったメイドは、誰一人として辞職していない。
よっぽど環境の良い所なのでしょう、そう思って、記憶の彼方に流れていった話。
それを思い出したのは、鳥籠へ向かう車の中でのことでした。
「じゃあ、元気でね」
姉さんからの、気持ちのこもっていない別れの言葉。
スーツケースを持った私の目の前を、姉さんをのせた車が通り過ぎていきます。
もう二度と会うことはないのでしょう、と思うものの、寂しくもなければ、涙が出てくることもなく。
とっくの昔に諦めがついていた私にとって、あの車のことも、そこに乗っていた姉さんのことも、段々と忘れていくのでしょう。
なんて、どうでもいい事を考えていた私の背中から、
「貴女が、城崎玲香(きのさき れいか)さん…」
澄んだ声が、響いて。
振り返ると、そこには――
「…ですよね?はじめまして」
――美女が、いらっしゃいました。
私では、到底敵わないような美女が。
きめ細やかな肌、優しい人だと一瞬でわかるような、温かい表情。
美しく整った、艶のある長い黒髪。
その上で控えめにアピールするヘッドドレス。
すらりと伸びた細い身体。
それを包むのは、丁寧に仕立てられたのであろう、長いスカートのメイド服。
「……え、ええと……その…」
顔が熱いです。
多分、私の頬は真っ赤になっていることでしょう。
「はいっ、本日からお世話になります、き、城崎玲香と申しますっ」
何度も噛みながら、自分の名前を告げて、深く頭を下げます。
と、温和そうに微笑みながら、彼女からも頭を下げられました。
「ようこそ"鳥籠"へ。"首輪付き"の時峰梓紗(ときみね あずさ)と申します」
"首輪付き"?
その言葉に、彼女の首元へ視線を向けると――
――漆黒の首輪が、鈍い光を放っておりました。