穴があればのぞきこみたくなるのが人の性で、メゼツも例にもれず足を踏み入れた。
足の裏を押し返す弾力があり、ぬめっていて気をつけなければ足を取られそうになる。
洞窟の奥から生臭い風が吹く。
パラパラと紙がめくれる音がして、足元を探る。手のひらサイズで革張りの装丁の小冊子が足にぶつかった。
メゼツはそれを拾って洞窟から出ると、セキーネに見せた。誰が落としたものかは、内容を読むとすぐに判明した。落とし主はロビン・クルー。どうやらジャフ・マラーの雇った冒険家のようだ。日記の日付から、SHWのジャフ・マラー探検隊は一週間も前にここに到着していたことを知る。
赤い月15日
我々探検隊はついに千年樹へとたどりついた。この地点は前に訪れたことがあったから、たどり着くこと自体はさして難しくはなかった。
ただ前回来た時にはの地点には塔があったはずで、これだけ大きな千年樹があれば気が付かないはずがない。塔が崩れ、中から千年樹が現れたとでもいうのか。塔は千年樹を守るための覆いにすぎないのか。
それとも、この地に足を踏み入れるたびにたどり着く場所が変化するということなのか。
疑問はつきない。
最近シンチーが妙によそよそしいのも気になる。私が一歩近づけば、シンチーは一歩下がってあくまで従者として接してくる。
赤い月17日
千年樹の根元に開いた洞窟――ハギス・アンドゥイエットという名前らしい――に宝が眠っていることが明らかになり、探検隊は未知なる闇へと潜っていく。
洞窟は生物の体内みたいに、ときおり
私は正直焦っていた。
ケーゴ少年に先を越されてしまった。
宝を見つけ出すことができたなら、その勢いのままに言ってしまおう。
私の宝物はシンチー・ウー、君なんだと。
それぞれの強い決意を胸に秘め、探検隊は宝を目指した。
肝心の赤い月16日のページが破れていたが、どうやらSHWのジャフ・マラー探検隊は精霊樹以上の宝が眠るハギス・アンドゥイエットの中を今も探索しているようだ。
このままではSHWに宝をタダ盗りされてしまう。すぐさまメゼツたちも千年樹の根元にまあるい形に穿たれた洞窟を降りて行った。
洞窟の中はどういう原理か、外の森よりも暖かい。洞窟に潜る装備など準備しているはずもなく、ランタンの小さな火を頼りに一行は腰をかがめて進む。
12メートルも進むと、洞窟は急激に広がった。2人が並んで歩けるほどに広かったが、代わりに上下左右に入り組んでいてかなりの時間を食ってしまった。
ここから先はずっと急な下り坂が続く。あいかわらずの一本道だ。どこまでいっても岩肌や鍾乳石はなく、柔らかい肉壁や悪趣味な触手が延々と続いている。メゼツは足の裏をくすぐる触手を踏みつけながら進む。
足元がわずかに揺れている。やがて振動が大きくなり、それが前から転がって来る球状の大岩のせいだとわかったのは目の前5メートルの距離だった。大岩は洞窟の幅とぴったり同じサイズで、こぶし一つ分しか隙間がない。
一行は反射的にもと来た道を全力疾走した。急な上り坂のはずが大岩はなぜか転がって来る。
ずいぶん奥まで来てしまったから、入り口に戻るまでにはいずれ追いつかれてしまうだろう。後を振り返る勇気はないが、大岩が徐々に近づく気配がある。迫る大岩の圧を背中に感じ、走りながらメゼツは叫ぶ。
「なんか、早く。本!!!」
メゼツの端的な言葉をくみ取ったセキーネ・ピーターシルヴァンニアンは、ロビンの残した日記にヒントがないか、ページをすばやく繰る。
「これだ!」
メゼツとセキーネは大岩にのしかかられて地面にめりこむ。地面に押し付けられて、ウンチダスと白兎人の形がくっきりと型抜きされた。その上を岩は転がって、通り過ぎて行った。
「ロビンたちも同じトラップで岩につぶされたんですが、地面も側面も柔らかかったのでぺちゃんこにならずに済んだと書いてあります」
「そういうことは、もっと早く言ってくれよ」
寿命が縮む思いだったが、メゼツは最初のトラップを無傷で乗り切った。
カンテラの小さな火を使って肉を炙る。これもロビンの日記に書いてあったことだ。洞窟の肉のような薄桃色した柱は刃物で簡単に切り取ることができて、焼いて食べると上等なステーキの味がするそうだ。日記によれば肉を食べても体に害はない。だとすると、この洞窟の中で食料の心配はいらなそうだ。
SHWに追いつくために少しでも先に進みたかったが、ダンジョン内のトラップに四苦八苦して体は疲れ切っていた。ここで休憩することに誰も異論を唱える者はいない。
ロビンの日記を読むことで、セキーネが励ます。
「日記は宝にたどり着く前の日付で途切れていました。おそらくSHWは宝をまだみつけていないでしょうね」
赤い月21日
我々はついに最後の扉の前までたどり着いた。
しかし、巨石が並んだ石垣の扉を開く方法はいまのところみつかっていない。
食料については心配いらないが、足止めを食らっている間にやることがない。私は探検家であると同時にルポライターでもある。この機会に探検隊のメンバーに志願した理由を聞いてみた。
ほとんどの者がシュルツ姉妹と同じで金のためと答えたが、ガンダラ・マチェットというおばあさんからは興味深い話を聞くことができた。
ガンダラが27歳のころだから、ニーテリア歴1682年のこと。8才の息子を寝かしつけるため、ガンダラはおとぎ話を聞かせていた。
それはSHWに伝わるおとぎ話。
真っ黒な衣を身にまとい、目を怪しく輝かせて薄気味悪い微笑みで現れる妖女。
願いをかなえる代わりに、魂を奪うという。
甲皇国の母親はダヴの悪夢の話を、SHWの母親はフア・マズーラの話をして子供を寝かしつけたものだ。早く寝ないとフア・マズーラが来るよって。
体の丈夫なほうではないガンダラは育児に疲れ、やっとのことで寝かしつけた後にお酒を飲むのだった。そして、つい子供がいなければ自分の時間を持つこともできたと考えてしまった。
あまりに静かすぎる子供部屋に戻ると、すでに子供は息絶えていた。
貧しく飢えた亜人が子どもの首にかみついていた。
それ以来ガンダラは自分を罰するかのように体を鍛え続け、SHW戦闘力ランキング6位の実力者に上り詰めた。
精霊樹には人の願いを叶える力があるため、自分の願いを叶えるためこの探検隊に参加したとガンダラは語った。
もう少し休憩していたかったが、
そのとがった口から酸を吹きかけ威嚇している。メゼツたちを異物とみなし、一匹二匹と数がどんどん増えていく。一匹ずつ蹴り倒していくが、らちが開かない。
セキーネは日記に書いてあった対処法をこころみた。ゲノムフードという匂いの強い魔獣の肉を混ぜ合わせて作った撒き餌を取り出し、
その後もトラップは仕掛けられていたが、ロビンの日記をヒントに攻略し、ついに追討部隊は探検隊に追いついた。
ハギス・アンドゥイエットの最深部。空中には金色の玉が浮かび、地面からは赤黒い肉の芽が隆起している。
探検隊はいまだ巨石の石垣に守られた扉を開けられずにいた。
「てめーら、許さん」
すでに疲労のピークに達していた探検隊に、メゼツは容赦なく襲いかかった。
「ふざけんな、宝は私たちシュルツ姉妹のもんだ!」
妹のシヴァ蹴りがメゼツに炸裂する。足の長さの差でメゼツの蹴りは届かない。
何度やっても同じなのにメゼツは何度も向かっていく。
セキーネは姉のリザの相手をする。
「妹さんも実に魅力的ですが、クールなお姉さんもいい」
「そりゃどーも!」
リザの拳から繰り出されたジャブをセキーネがさばく。かつては特殊部隊十六夜の隊長を務めたほどの男である。徒手空拳でも十分に強い。悪い癖さえ出なければ。
「お姉さん、私ともふもふフレンズになりませんか」
セキーネはリザに抱きつこうと、ジャンプ。
「うぜーんだよ、このセクハラ野郎!」
「ぴょっ」
セキーネの左ほほにリザの右フックがヒット。
リザは追い討ちをかけようとした手を止めた。
シュルツ姉妹が戦っている間にジャフ・マラーとガンダラ・マチェットが石垣の前で扉を開けようとしている。
「シヴァ! そんな奴らに構ってる場合じゃないよ。ジャフの奴、漁夫の利を得るつもりだ。抜け駆けさせるな!!」
「姉ちゃんは頭がいいなあ」
シヴァは姉のいうことに従おうとしたが、しつこいメゼツが離してくれない。
「まだ決着ついてねーぞ」
「腕相撲しよ! 腕相撲!」
「俺腕ねーし」
リザは妹のことはあきらめ、単独でジャフの脳天目がけ渾身のストレートを放つ。
ジャフに命令されるまでもなく、ガンダラは間に入って大鉈の峰で受けた。そして、そのまま自分の膂力を加えて打ち返し壁に叩きつけた。
リザの骨がいやな音をたてる。柔らかい肉壁でなければ、今の一撃だけで致命傷だったろう。
「姉ちゃん!!」
シヴァが怒りに突き動かされるままに、ガンダラに飛び蹴りをお見舞いする。が、ガンダラがシヴァの首に大鉈を振るうほうが早い。
大鉈の柄にいつの間にかワイヤーが絡み、シヴァの首に当たる直前で止まっている。
「こんな美女を殺すなんてもったいない。いらないなら私にください」
セキーネがワイヤーを引きながらウィンクした。
「これで、守ったつもりか」
初めてガンダラが口を開く。歯並びが良く、金歯も入れ歯もない。
大鉈が触れていないのにシヴァの体がふっとんだ。
「まさか、剣圧だけで」
困惑するセキーネを逆にワイヤーを引いて手繰り寄せる。
「亜人! 殺す!!」
「ぴょっ!」
赤子の手を捻るようにガンダラはセキーネをのしてしまった。
ガンダラは何事もなかったように扉の前に戻ると、石垣を大鉈を使ってめった打ちにした。
「息子を返せ! 息子を!」
扉は一向に開かないが、黒いもやが急に立ちこめる。
もやの中からにょきりと生首が生える。整った顔だち。いわゆるエルフ顔だ。もやはひとかたまりになって黒いローブとなるが、ローブの中に体はない。
「私は千年樹の精霊、あなたの願い叶えましょう」
ガンダラは自分の願いが天に通じたのだと思った。
「お願いします。息子を生き返してください」
しわくちゃの顔から険がなくなり、厚いまぶたの下に涙がたまっている。ただのおばあちゃんのように。
精霊は快諾して呪文を詠唱し始めた。
「きれいはきたない、きたないはきれい」
何も起こらない。
「なんで、あなたは願いを叶える、千年樹の精霊じゃ……」
ガンダラがかよわく震える。
「うっそー。あはは、ざーんねん。ホントは悪魔フア・マズーラちゃんでしたー。でもお代はいただいてくよー」
フア・マズーラはそう言い残して黒いもやになって消えた。
ガンダラが静かに倒れ伏す。すでにこと切れていた。
セキーネが日記を読んでメゼツのほうを見る。
「ありました、内側から黄金色に光る球体が強い再生力を与える肉です」
すぐさまメゼツは膜を切り裂いて、中から滴る光る液体をガンダラの口へ注いだ。
ガンダラの体が黄金色に光り、一瞬若やぐ。
目は閉じたままだが、静かに寝息を立てている。こうして見るとひなたぼっこをする普通のおばあさんのようだ。
「お宝は結局なかったのか?」
メゼツがセキーネに聞く。
「洞窟奥地のことが書かれた探検隊の日記を入り口に落とすわけがない。罠だったんですよ」
「あーーーーー!!!」
戦闘に参加せずに成り行きを見守っていた冒険者、ロビン・クルーがセキーネが右手に持つ日記帳を指さして叫んだ。
「お宝がなかった以上それをネタに冒険譚を書いて稼ぐしかないんだぞ。返せ!! いまやその日記が私のお宝だ」
組み付くロビンをいなしてセキーネがからかった。
「あれー、お宝はシンチーさんじゃないのかい」
「かってに読むなー」
なんとか日記を取り返したロビンだったが、今度は従者のシンチーが「何の話?」と聞いてくる。
「宝を見つけ出すことができたなら、その勢いのままに言ってしまおう。私の宝物は……」
「なんで暗唱してるんだよー」
セキーネにからかわれながらも、ロビンはどこかほっとしているようだ。
「宝ならウチの店にありますよ」
コウモリの翼を羽ばたかせて、メゼツの耳元でささやく者がいる。ネイビーブルーの髪からシンチーの角よりも太くて禍々しい角が生えている。メゼツはすかさず距離を取った。
「お前も悪魔の類か?」
「やだなー、お客さん。私はガーゴイルのガー子ですよ。お代はお金でいただきます」
どうやら本当に商人のようだが、セキーネのほうはまだ疑っている。
「こんな人の来ないところで商売になるんですか?」
「何をおっしゃるウサギさん。掘り出し物っていうのはラスダン、ラスボス手前にあると相場が決まってます」
言っている意味は分からなかったが、品ぞろえを見るだけ見てみることにした。
「これなんてどうです? 武器職人人が創りし最強の武器、エッサの斧です」
原始人が持っていそうな木の柄に石器がツルで固定されているだけのシンプルな斧、自信満々にガー子は勧める。
「見た目がダサい。名前がダサい。斧という時点でダサい」
「最強の武器ならあの扉を破壊できるかもしれませんよ」
セキーネのアドバイスでメゼツは買うことに決めた。
「いくらだ?」
「へっへっへっ……ガッポリ儲けさせていただきま~す? 999999VIPです」
メゼツはほとんど手を付けていなかったホロヴィズからの軍資金を全部払った。
「どうした? 早くよこせよ」
「お客さん。この武器で私を亡き者にして、お金も取り戻そうって魂胆ですね」
ガー子はエッサの斧を渡さずにメゼツに向かって振りかぶった。
「それをしようとしてるのはお前のほうだぞ!!」
武器を使うことには慣れていないのか、ガー子はあてずっぽうに振り下ろす。地面が裂け、そのまま威力は衰えず扉を割った。
扉の割れ目から外に出ると、そこは地上ではなく、巨大な地下の空洞だった。自分たちが出てきた割れ目のほうを振り返ると、それは地面からガイコツのような顔だけを出している巨大なロボットの口だった。メゼツたちが探検した長い洞窟は巨大なロボットの体内だったのだ。
ロボットは機能を停止しているようだ。ガー子の一撃で死んでしまったのかもしれない。
「やぁやぁ兄さん、お困りかい? ミシュガルドで困ったらこのミーアさんにお任せ!ただしお金はいただくよ」
ジャフ・マラーに手を引かれ連れてこられたキャップを目深に被った少女が弁士のように語り始めた。
発達した文明をもっていた古代ミシュガルド人さえ戦争を根絶させることは叶わなかった。そこでミシュガルド人は機械と魔法で人工の神を作り出した。それがこの巨大ロボットなのだという。機械の神はミシュガルド人の調停者となったが、その裁きはあまりに厳しすぎた。陸地を一夜で海に沈められたのを見て、ミシュガルド人は機械の神を邪神として樹齢千年をまっとうした精霊樹である千年樹の力でこの地に封印した。
以上のことをミーアは面白可笑しく話した。
「じゃあ、なにか? 俺たちはたまたま邪神をやっつけてしまったってわけか?」
(たまたまだと。虚仮にしおって。貴様ら人類を呪ってやる。ミシュガルドの人間を一日千人呪い殺してやる。人類は緩慢に絶滅しろ)
これは邪神の声なのか。頭の中に声が響く。皆が同じ言葉を聞いているようだ。
「白兎人族はね。決して戦争上手ではありませんでした。それでもエルフと並ぶ勢力になったのは繁殖力、ただそれだけです。ですが私は白兎人族のそういうところを誇りに思っています」
「それ、今言うことかよ」とメゼツは思ったが、その後に続く言葉を聞いて、少しセキーネのことを見直した。
「邪神が一日千人呪い殺すというのなら、私は一日千五百人孕ませます」
(終極)